ポチは今日から社長秘書です

ムーン

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お盆

帰国、四 (雪兎視点)

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ポチに酷いことを言ってしまった。追い出してしまった。あんなこと言うつもりじゃなかった、一週間も無視してごめんなさいを、あの時守ってくれてありがとうを、言うつもりだった。

「ぅ……ひっく、ひっく……ぅう……」

ポチの顔を見るとあの時のことを思い出した。僕を真っ直ぐ狙った銃口を、銃弾が当たらないように床に転がされた時の背の痛みを、見上げたポチの頼もしさを。

「ごめんなさい……ポチぃ……ごめん……」

ナイフで手を机に縫いつけた凄惨な光景。冷静に相手のポケットをまさぐって銃弾を奪い、込め直していたポチの横顔。
焦った顔をしてくれていたら、必死な顔をしてくれていたら、乱暴な口調にでもなっていてくれたら、いっそ話す余裕もなくなっていてくれたら、ポチを怖がらずに済んだかもしれない。

「ぅ、うぅ……ぅえぇん……」

ポチは無表情だった。口元にも目元にも焦りは少しもなかった。オモチャの電池を入れ替える時よりも正確な手つきで弾を込め直して、天ぷらを塩で食べるか天つゆで食べるか聞く時よりも落ち着いた声で撃つかどうか聞いてきた。
怖かった。銃口を向けられた瞬間よりも、ずっと冷静なポチの方が怖かった。

ポチは悪くない、僕を守ってくれた、どんな時でも冷静な対処が出来るだなんて頼もしい、それを怖がる僕が悪い。
でも怖かった。

ついさっきまで犬と一緒になって走り回って遊んでいた彼が、柵越しに満面の笑みを見せてくれた彼が、僕を暗殺しようとしているかどうかまだ分からない人達を殺そうかと無表情で提案した──そのギャップが、今まで生きてきた中で一番怖かった。付けたままだった犬耳も尻尾も怖さを和らげてくれなかった。怖かった。



泣き疲れて眠っていたようで、いつの間にか朝になっていた。気持ちが落ち着いたらすぐに謝ろうと思っていたのに一晩も経ってしまうなんて大失敗だ。

「ポチー、昨日はホントごめん……ポチ? ポチー?」

追い出したとはいえ彼が眠れる部屋はここだけだから、僕が寝た後に入ってきていると思っていた。でも、居ない。

「ポチ……」

寂しさにきゅっと胸が締め付けられる。自分で追い出したくせにと思っているのに、ポチの「おはようございます」が聞きたい気持ちの方が強かった。

「ポチ……どこ……?」

コインでもあれば簡単に開く鍵はかかったままで、廊下から顔を出してもポチの影はなかった。

「…………あ、そっか」

寝ぼけていたのだろうか、失念していた。ポチが眠れる部屋はあと一つあったじゃないか。

「もしもし雪風、そっちにポチいるでしょ?」

『え? ぃや、来てねぇけど』

「……か、隠さないでよっ! 喧嘩しちゃったけど、謝りたくて電話してるの……今から行くから!」

『待てって本当に来てねぇんだよ! 喧嘩したって、アイツ部屋飛び出しでもしたのか? いつだ?』

雪風は嘘つきだけれど、この声は嘘をついているようには思えない。僕はそのまま電話を切り、祖父に電話をかけた。

「あ、もしもしおじいちゃん? ポチ……そっちに行ってない? ない、か……そっか、ありがと」

使用人のまとめ役にも電話をかけたが、返事は雪風や祖父と同じだった。僕は電話を置き、ポチを探しに行くこともせずにその場にへたりこんだ。

「ポチ……ポチ……ポチぃ……ぅわぁああんっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいぃっ、戻ってきてぇっ! やだぁ一人にしないで帰ってきてぇ! ぅあぁあんっ、ポチぃいっ、ぅえぇえん……」

十五歳にもなって大号泣なんて……とは思えなかった。行動しなければ解決しないと分かっていたのに泣き喚いていると、廊下を走る足音が聞こえた。

「…………ポチ?」

あんなに酷いことを言ったのに、泣き声を聞いて走ってきてくれるなんて……!

「ポチぃ……!」

「雪兎っ!」

扉が勢いよく開けられて、赤い瞳に見下ろされて、勝手な期待を裏切られた僕はまた泣き喚いた。
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