ポチは今日から社長秘書です

ムーン

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雪の降らない日々

おじさんと、に

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依頼者らしい中年男性はやつれており、俺達を家に上げると叔父を拝むようにしながら泣いて身の上話を始めた。
仕事で失敗ばかりだとか、ペットが死んだだとか、妻が原因不明の病で倒れたとか──辛そうに話しているが、俺も叔父も赤の他人に同情するタイプではなく「早く本題に入らせてくれないかな」と飽きかけていた。酷い話だ。

「藁にもすがる思いで神社に行ったら……何か、怪異の仕業ではないかと。祓える者を紹介すると言われて……正直、半信半疑で、変なおばさんでも来て高いものを買わされるんじゃないかと……でも、でもっ!」

男は爬虫類のような瞬発力を見せた。突然手を握られた叔父は貼り付けていた笑顔を崩し、毛虫に背中を這われているのかと思うほどに不快そうに目元を歪ませた。

「あなたのような神秘的な方がっ、生き神様が来てくださった……! 助けてください、お願いしますっ! どうか!」

「ええ、はい、そのために来ましたから。もちろん……そろそろ離してください」

「あ、す、すいません」

「……霊視、していきますね」

ため息をつきながら眼帯を外し、赤い瞳を晒す。神秘性が高まったからか男は畳の上で平伏した。しかし、叔父が舌打ちをすると男は当然慌てて顔を上げた。

「よく視えない。幽霊が取り憑いてるとかじゃないね、呪いか祟りだ、面倒臭いよこれは」

「え……た、助けていただけるんですよねっ?」

「あぁ、仕事だからそれはご心配なく。でも僕は霊視があまり得意じゃないので、幽霊が居るとか分かりやすいのならいいんですけど、呪いや祟りはちょっと原因までは視えなくて……心当たりを聞かせて欲しいんですよね」

「呪われたり祟られたりするような心当たりなんてありません……」

叔父は深いため息をついて「雪風なら……」と漏らした。雪風の能力は読心のはずだが、霊視となるとまた別なのだろうか?

「道具使わなきゃキツいかな……君ちょっと車から道具取ってきてくれない? トランクに入ってるからさ」

車に戻って運転手に事情を説明し、トランクを開けた。中には銀色のアタッシュケースが一つあり、俺はそれを叔父の元まで運んだ。

「ん、どうも」

中には真っ白な紙束と筆、顔料、注射器と薬液が入っていた。叔父は紙を一枚取って見慣れない漢字らしき何かを書いた。

「何してんの?」

「ちょっと高いいい紙に、血を混ぜた絵の具で呪言を書くと、呪言に対応した力を発揮する……絵の具がMPとかで、この文字がメラとかホイミとかの言葉にあたるって感じ?」

「お前が割とゲームやるってことは分かった。ちなみに嫁はどっち派?」

「涼斗さんが隣で見てたから幼馴染選んだよ、金持ちの娘も惜しかったけどゲーム的には実家の太さ関係ないしね。でもどっち選んでもあんまり使わなくない?」

「まぁ真の嫁はピエールみたいなとこあるからな」

「分かる。この話はまた今度ね。で、この字は記憶を強制的に引き出す効力がある。あったことってのは思い出せないだけで脳には残ってるんだよ、何かしらの方法で消されてない限りはね」

言いながら叔父は依頼者の男の額に札を押し付けた。裏面はサラサラとしていて接着剤なんて塗っていなかったはずなのに札は額に貼り付いた。

「ぅあ……な、なんか……頭がぼんやり痛くなってきました。大丈夫なんですか……? これ」

「この札を貼って記憶を読み込ませた後、他人が質問をすると札が本人の代わりに検索機能を果たしてくれるからすぐに思い出せるんだよ」

「へー、便利」

俺は忘れっぽいから普段から貼っておいた方がいいかもしれないな。

「……呪われる、または祟られるような行為に心当たりは?」

「幼稚園児の頃アリの巣に水を流し込んだ小学生の頃冬眠したハムスターを死んだと思って埋めて殺した同じく小学生の頃カラスに石を投げた同じく小学生の頃猫を蹴った中学生の頃同級生を虐めた」

「バグったAIスピーカーみたいになってる」

「心当たりは? だからね。恨みを買いそうなこと全部羅列してるんだ、さてどれが原因かな。最近急に変なことが起こったからには最近のことが原因だと思うからしばらく聞き流そうか」

「部下に仕事の失敗の責任を押し付けた事務員と浮気してる墓参りに五年くらい行ってない地蔵に車を擦った」

人によっては恐喝の材料が大量に手に入るな。叔父のような人間性の男が持っていてはいけないんじゃないか?

「妊娠した浮気相手に下ろさせたネットのフリマで気味の悪い箱を買った…………はっ、な、なんなんですか、今、口が勝手に……」

「止まったっぽいぞ」

「奥さんに浮気をバラされたくなかったら口止め料として」

「今やることじゃないだろ。箱? が最新っぽいけど」

「あぁ、それかもね。見せてもらえますか?」

過去の悪事を全て喋らされた中年男性はバツが悪そうにしながらも頷き、奥の部屋へと引っ込んだ。
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