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雪の降らない日々
おじさんと、さん
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中年男性は奥の部屋から「ネットのフリマで買った気味の悪い箱」とやらを持ってきた。ルービックキューブほどのそれは古びており、札が貼り付けられている。
「うわ……汚っ」
叔父は箱を見て眉をひそめ、匂いはないのに鼻と口を手で覆った。
「なぁ、コトリバコって知ってる?」
「ネット怪談の? 知ってるよ、ああいうのが流行ってた頃何個か顕現しちゃって大変だったから。最近は落ち着いてきたね」
「それだったりしない?」
「まさか。ま、でもオカルトオタクが小動物とかで似たようなの作ってる可能性はあるかな」
言いながら眼帯をズラし、箱を見つめる。
「どうして買ったんですか?」
「え? あ……同僚の家に集まって飲んでたんですけど、テレビで心霊特集見てて、それでふざけて検索して……一人一個ずつそれっぽいの買おうってなって」
「ふーん……」
聞き終えるとちょうど叔父が右目を眼帯の下に隠した。連続使用は疲れるのか眉間を押さえてため息をついている。
「犬なんとか君、開けてみて」
「触ったら呪われる系じゃないよな?」
「君を嵌めたら家の連中に何されるか。いいから開けてみて」
触れた感触からして箱は木製だ、腐っているような見た目だがその実塗装でそれっぽく見せているだけのようで、接合部は見当たらない。
「……分かる? それは箱なんかじゃ──」
バギッ、と嫌な音が鳴る。寄木細工のような物かと力任せにねじっていたら壊してしまった。木片が手のひらに刺さって痛い。
「すいません! 壊しちゃって……弁償します」
「い、いえ、いいです、どう処分したものか困ってましたし……それが呪いの原因なんですか?」
「ちょっと待ってそれどころじゃないだろバカ! はぁ……痛くないのこれ」
「痛い」
「あぁもう何こいつ怖い。呼ぶから待ってて」
叔父は使用人に電話をかけて呼びつけ、俺の傷の手当てをさせた。細かい棘まで全て抜くのには時間がかかりそうだ。
「……耳だけこっちに向けておいてね。まず、これは悪ふざけ兼小遣い稼ぎで作られたもの。立方体に切り出した木にそれっぽい塗装をしただけ。開かないだろこれ箱じゃないからね……とかやろうとしたのに、まさか木の塊を握り潰すなんてね」
「握り潰すって言うか、なんか……ジャムの蓋開ける感じで。ややこしいことすんなよ怪我しちゃっただろ」
「これ俺のせい?」
「あの、それじゃあこの箱は関係ないんですか?」
叔父は目を見開き、ため息をつき、声色を整えて「そうなりますね」とぶっきらぼうに言った。予想が外れて不貞腐れているのだろうか。
「出来ました」
「あ、ありがとうございますー」
「……手当て終わった? はぁ……またショタ親父に嫌味言われる。えっと、他にそれっぽい心当たりあったっけ。人の仕業じゃなさそうだから浮気相手とかは無関係かな」
包帯を巻かれた手を握り、開き、細かい痛みと手の動かしにくさを確認する。
「地蔵に車をぶつけたとか言ってませんでした?」
「……ちょ、ちょっと掠っただけです!」
「地蔵尊……道祖神……そういった類のが人を祟るなんてあんまり効かないな、狐狸が騙ることはたまにあるけど……」
「ですよねっ、お地蔵様は祟ったりしませんよね!」
「地蔵の破壊、痕跡はあるものの本体は視えない、周りへの被害が大きい……この三つを考慮すると──」
叔父が口に手を当てて考えながら話している最中、バンッ! バンッ! と窓が何度も叩かれた。曇りガラス越しに見えるのは人間のものとは思えないほど大きな人の手だ。怯える依頼者とは対照的に叔父は冷静に眼帯を外し、面倒臭そうに言った。
「──地蔵尊を置くことで他所へ流れることを防いでいた何らかの怪異を解放してしまい、彼の元を本拠地としつつ久々のシャバを楽しんでいた。ってところかな」
「お出かけ中だったから見えなくて、仮住まいだからおっさんは壊さずに周りに手出してるって感じ?」
「おや案外冷静……そろそろ入ってきそうだね、効きそうな呪言書くからその間俺の護衛よろしく」
「あー……おじい様に渡された書類に載ってた俺の仕事、そんな感じだったわ今思い出した」
邸宅を出る際の携帯を義務付けられた特殊警棒を構えつつ、手を負傷したことを後悔した。
「うわ……汚っ」
叔父は箱を見て眉をひそめ、匂いはないのに鼻と口を手で覆った。
「なぁ、コトリバコって知ってる?」
「ネット怪談の? 知ってるよ、ああいうのが流行ってた頃何個か顕現しちゃって大変だったから。最近は落ち着いてきたね」
「それだったりしない?」
「まさか。ま、でもオカルトオタクが小動物とかで似たようなの作ってる可能性はあるかな」
言いながら眼帯をズラし、箱を見つめる。
「どうして買ったんですか?」
「え? あ……同僚の家に集まって飲んでたんですけど、テレビで心霊特集見てて、それでふざけて検索して……一人一個ずつそれっぽいの買おうってなって」
「ふーん……」
聞き終えるとちょうど叔父が右目を眼帯の下に隠した。連続使用は疲れるのか眉間を押さえてため息をついている。
「犬なんとか君、開けてみて」
「触ったら呪われる系じゃないよな?」
「君を嵌めたら家の連中に何されるか。いいから開けてみて」
触れた感触からして箱は木製だ、腐っているような見た目だがその実塗装でそれっぽく見せているだけのようで、接合部は見当たらない。
「……分かる? それは箱なんかじゃ──」
バギッ、と嫌な音が鳴る。寄木細工のような物かと力任せにねじっていたら壊してしまった。木片が手のひらに刺さって痛い。
「すいません! 壊しちゃって……弁償します」
「い、いえ、いいです、どう処分したものか困ってましたし……それが呪いの原因なんですか?」
「ちょっと待ってそれどころじゃないだろバカ! はぁ……痛くないのこれ」
「痛い」
「あぁもう何こいつ怖い。呼ぶから待ってて」
叔父は使用人に電話をかけて呼びつけ、俺の傷の手当てをさせた。細かい棘まで全て抜くのには時間がかかりそうだ。
「……耳だけこっちに向けておいてね。まず、これは悪ふざけ兼小遣い稼ぎで作られたもの。立方体に切り出した木にそれっぽい塗装をしただけ。開かないだろこれ箱じゃないからね……とかやろうとしたのに、まさか木の塊を握り潰すなんてね」
「握り潰すって言うか、なんか……ジャムの蓋開ける感じで。ややこしいことすんなよ怪我しちゃっただろ」
「これ俺のせい?」
「あの、それじゃあこの箱は関係ないんですか?」
叔父は目を見開き、ため息をつき、声色を整えて「そうなりますね」とぶっきらぼうに言った。予想が外れて不貞腐れているのだろうか。
「出来ました」
「あ、ありがとうございますー」
「……手当て終わった? はぁ……またショタ親父に嫌味言われる。えっと、他にそれっぽい心当たりあったっけ。人の仕業じゃなさそうだから浮気相手とかは無関係かな」
包帯を巻かれた手を握り、開き、細かい痛みと手の動かしにくさを確認する。
「地蔵に車をぶつけたとか言ってませんでした?」
「……ちょ、ちょっと掠っただけです!」
「地蔵尊……道祖神……そういった類のが人を祟るなんてあんまり効かないな、狐狸が騙ることはたまにあるけど……」
「ですよねっ、お地蔵様は祟ったりしませんよね!」
「地蔵の破壊、痕跡はあるものの本体は視えない、周りへの被害が大きい……この三つを考慮すると──」
叔父が口に手を当てて考えながら話している最中、バンッ! バンッ! と窓が何度も叩かれた。曇りガラス越しに見えるのは人間のものとは思えないほど大きな人の手だ。怯える依頼者とは対照的に叔父は冷静に眼帯を外し、面倒臭そうに言った。
「──地蔵尊を置くことで他所へ流れることを防いでいた何らかの怪異を解放してしまい、彼の元を本拠地としつつ久々のシャバを楽しんでいた。ってところかな」
「お出かけ中だったから見えなくて、仮住まいだからおっさんは壊さずに周りに手出してるって感じ?」
「おや案外冷静……そろそろ入ってきそうだね、効きそうな呪言書くからその間俺の護衛よろしく」
「あー……おじい様に渡された書類に載ってた俺の仕事、そんな感じだったわ今思い出した」
邸宅を出る際の携帯を義務付けられた特殊警棒を構えつつ、手を負傷したことを後悔した。
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