ポチは今日から社長秘書です

ムーン

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郊外の一軒家

すりっぷ、ろく

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白いシースルーのスリップを身に付けた上から黒い着流しを着て、やはり黒い羽織を羽織る。ようやく鏡を直視出来る格好になったとため息をつくも、着物の下にあるスリップの存在は忘れられない。

「行こっ」

「……はい」

スリップの肌触りはよく、擦れて快感に襲われるタイプの服ではない。着物だけを着ていた時より快適なくらいだ、それが嫌だ。女性物の下着を付けていることを受け入れてしまったら変態の階段をまた一段上ることになる。

「スリップはね、皮膚と服が擦れたり、服が汗で汚れたりするのを防ぐための下着なんだよ」

「へぇ……」

着心地がいいからと似合わない下着を付ける自分を肯定出来ない。機能性を言い訳に女性物の下着を着て羞恥心と背徳感を得るのを楽しんでいるだけだと自分で自分を責めてしまう。

「車乗るけど大丈夫?」

「はい、ユキ様が隣に居てくださるなら」

そう笑顔で返事をしたものの、俺はアメリカを舐めていた。地図で見れば分かるように日本に比べてずっと広大な土地を持つこの国の移動距離は日本生まれ日本育ちの俺には異常だと思えるほどに長かった。
雪兎が住む郊外の一軒から若神子グループの関係者だけが住む町へと向かう道は長く、交通量は非常に少ない。そのため日本ならすぐに手が後ろに回るような速度を出す。

「……っ、速い、速すぎませんかっ、こんな速度で走って、事故ったらユキ様死んじゃう、俺が庇っても死んじゃう……」

「もー、大丈夫じゃないじゃん。よしよし……事故なんてしないよ、ねぇ?」

「はい、運転技術には自信があります。それにご覧下さい、こんなに見晴らしのいい直線の道で事故を起こすなんてありえません」

恐る恐る車窓から外を覗くと、景色がとてつもない速さで過ぎ去っていくのが見えた。

「……っ、速いぃぃ……!」

「よしよし……大丈夫だよ」

雪兎に頭を撫でてもらうと少し落ち着いた。けれど、やはり心臓は早鐘を打ち呼吸は勝手に浅く早くなっていく。

「……もったいないよねぇ。日本じゃこんな見晴らしのいい荒野ないのに……まぁ、見てても面白くはないけどさ。あーぁ、日本でもアメリカでも僕は田舎に引っ込みっぱなし。たまのお出かけも護衛が大勢……ポチが隣に居てくれたら閉塞感も吹っ飛ぶんだよねー。早く卒業したいや」

雪兎が嬉しいことを言ってくれた気がするのに、上手く反応出来ない。車に乗っても平然としていられるようになりたい。

「…………着いたー!」

街中に入って車が停まると雪兎はすぐに車を降りて叫んだ。俺もその後を追い、雪兎の隣に並んで肩を回す。

「大学生は街で遊ぶものなんだよ、行こ行こ」

スリップの肩紐は誰にも見えていないと分かっているのに、腕を動かす度に気にしてしまう。肩をさすっていると雪兎に手を引かれた。

「街で遊ぶって一体……」

アメリカの大学生の遊びと言ったらどんなものがある? ホラー映画でありがちなのはクラブで踊ったり、友人数人と酒を飲んだり大麻を吸ったり、何らかのパーティに出かけたり……どれも雪兎にはあまりして欲しくない行為だ。

「まずは本屋! いつもは家まで届けてもらうか、電子に落とし込んでもらったりするんだけど、ポチとデートするからって取り寄せたまま店に置いておいてもらってるんだ。取りに行こっ」

「はぁ……遊びですか? それ」

「本見るの楽しくない? 注文してるの以外にも掘り出し物があるかも」

「……ですね、行きましょう」

俺は漫画も小説も辞書も読むが、英語は分からないので楽しめないだろう。いや、楽しんでいる雪兎を見ていれば楽しめる。俺の最大の娯楽は雪兎なのだ。
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