無口な騎士は思い込み娘がお好き

白野佑奈

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辺境地にて3

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 翌日、私は早い時間に宿を出た。

 あの後、泣く私を宥め、アレクが連れて来てくれたのは、馬を預けた宿屋だった。

 実は、ローレインに来たらイザークの家に泊まるつもりでいたのだが、アレクはそれを見越して先に宿を取ってくれていたらしい。

「恋人同士であろうと、婚約者同士であろうと、婚姻前の二人が一つ屋根の下で生活するなんてありえない」

 というのはアレクだけでなく、宿屋のご主人の言葉でもある。

 確かに。改めて考えると、勢いだけ、思い付きだけの非常識な行動だ。

 それを反省しつつ、ありがたくアレクの親切を受けた私は、泣きつかれた事もあって一晩ぐっすり眠った。それから、昨日行ったイザークの部屋に向かった。

 イザークの本心を知った直後だけに、正直彼には会いたくない。けれど、今回の元凶として、本人に直接謝罪をしなければ、とも思ったし、それが叶わなくても謝罪の手紙を置いて行こうと思ったのだ。

 重い足取りで、昨日の道を進み、あまり日当たりがいいとはいえない集合住宅の扉をたたく。

「はあい」

 すぐに中から女性の声が聞こえ、少しして扉が開かれた。

 そこにいたのは、昨日見た女性。

 彼女は私を見て、一度「あっ」という顔になった後、控えめな微笑みを浮かべた。 

「あなた……エルーシア様?」
「あ、はい、そうです」

 昨日様子を伺っていた私はともかく、彼女は私と初対面なのに、何でわかったのか。

 首を傾げる私に、彼女は小さく笑みを浮かべた。

「そう…。ごめんなさい。イザーク今日は早番だから、さっき家を出てしまって…」

 幾分申し訳なさそうな声の彼女に、私は急いで首を横に振った。

「あ、いいです。その…これを渡していただけたらと思って」
「手紙?」

 もし会えなかった時を考えて、昨日の内に書いて置いた手紙を彼女に渡す。

「折角来たのですが、その…恥ずかしい事にホームシックになってしまって。なので、もう帰るつもりなんです」

 来ると言った者が、いつまでも来なかったら心配するかもしれない。だから、帰る前に挨拶だけをしに来たのだ。

 そう言うと、彼女は複雑そうな顔で「そう……」と答えた後、少し身を引いた。

「良かったら、どうぞ。その……私も話しておきたいことがあるし」

 そう言って彼女は、家の中へ招いてくれた。

 断ろうか。一瞬そう思った。でも彼女の目が凄く真剣で。

 彼女の話が何かはわからなかったが、聞かなければならない、そんな気になって私は招かれるまま彼らの部屋に足を踏み入れた。

「狭いけど、どうぞこちらに」

 勧められるままダイニングの椅子に座り、周囲を見回す。

 彼女は狭いと言ったが、本当に狭い。多分この家のすべての部屋を合わせても、私の寝室よりも狭いだろう。それでも、室内は気持ちよく整えられている。

 暖かい色のカーテンやクッション。使い込まれた木製の家具。

 棚の中に綺麗に収められた食器は、どれも同じものが二つずつ。中にはペアのカップもある。

 あのシーンを見なくても、これだけでも理解できた。ここは二人で暮らしている家で、その一人は自分ではないのだと。

 少ししんみりとした気分で辺りを見回していると、目の前に湯気の立つお茶が置かれた。

「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」

 お礼を言って、どうしようかと一瞬躊躇するも、ここで飲まなかったら失礼にあたるかな?と考え一口口にする。

 街で出回っている一般的な茶葉。苦みと渋みが濃く感じる。その瞬間、私と彼の身分の差を感じた。

 結局、そう言う事なのだろう。

 一緒になれる、一緒になろう。そう考えて私なりに、彼との生活の為に経験してきた。けれど、このお茶一つでわかるのだ。彼と私の間にある、絶対的な違いを。

 彼にはそれがわかっていた。わかっていたから、最初から私は『上司の娘』でしかなく、幼いからという理由だけでなく、彼の恋愛対象にはなりえなかったのだろう。

 この先も。多分。きっと。

 そして、目の前に座る彼女のような人を選ぶのだ。

 そう考えながら、改めて目の前の人を見る。

 飾り気も化粧気もなく、後ろで一つに括られた赤茶の長い髪。柔らかい光を浮かべる緑の瞳。

 スラリとした外見だけど、近くで見るとがっしりしている。丈夫で健康そうな人。良く日に焼けた、綺麗な顔立ちの頬にそばかすが浮かぶ。清潔で快活そうな女性。

 改めて見た彼女は、賑やかで面白い彼の隣が似合う女性だった。

 誰しもが納得するようなカップル。

 彼に選ばれた彼女が眩しくて、少し俯き気味になりながら、口の端に苦笑を刻んでいると、同じように一口お茶を飲んだ彼女が、言いにくそうに口を開いた。

「あの…あのね?ホームシックで帰る、ってさっき言っていたけど、本当は違うんでしょう?」
「え?」

 はっとして、女性を見ると、彼女はバツが悪そうな顔で、苦笑を浮かべる。

「えっと…、実は……わざとなの。昨日、わざとカギをかけずにいたの……。扉も……」

 ごめんなさい、と小さく謝り彼女が頭を下げる。

 ユーリカと名乗った彼女の話によると、彼女はイザークと同じ国軍の兵士だという。

 出身地は違うけれど、同じ目的でこのローレインまでやってきたと。それ故、職業柄、自分の後ろを歩く私に気付いていたらしい。

「殺気もないし、たまたま同じ方向に向かう人かな、とも思ったんだけど……。あまりに行く方向が同じだから、不審者かと思って、こっそり確認したの。で、すぐ貴方だって気が付いたわ」

 私だと気が付いた?

 さっきの疑問に直面して、驚きで目を丸くした私に、彼女は頷いた。

「イザークから聞いていたの。珍しい純粋な金色の髪と、透き通るような青い瞳の子だって」
「!」

 意外に思う人もいるようだが、この国では、ある程度の年齢になっても純粋な金髪を持っている人というのは多くはない。

 小さな頃は純粋な金髪でも、成長途中で、茶色に変化したり、もっと暗い色になることがほとんどだ。

 だから彼女の言う通り、私の髪の色は珍しいのかもしれない。

「それに、貴方が平民じゃないのはすぐにわかったわ。それらしい恰好をしていても、雰囲気や、仕草の一つをとっても、貴族…しかも平民とはあまり関係を持った事がない、上位貴族のものだもの」

 自分では意識していなかったけれど、そうなのだろうか。

 だとしたら、イザークから話を聞いていた分、彼女が私を警戒するのは当然だし、事情を知っているだけに、私を排除しようとしても無理はない。

「ごめんなさい。わざとなの。わざと彼との会話を聞かせたの」

 謝る彼女に、慌てて私は自分の胸の前で両手を振って否定した。

「謝るのは私の方です。何も知らず、図々しく押しかけたりして。貴女の迷惑も、イザークの迷惑も考えなくて……。今も朝の忙しい時間に、こうして気を遣わせてしまって、ごめんなさい」

 彼女が謝る事なんて一つもないのだ。

 彼らの気持ちを想像しもせずに、自分の考えだけを押し付けて、呼ばれもしていないのに、のこのこ来てしまったのは私だ。

 自分の考えだけで、長い間皆を振り回し、迷惑をかけてしまった。

「子供だったとはいえ、恥ずかしい事をしてしまったって、思っています。今更ですが……。本当にごめんなさい」

 素直に頭を下げる。

 許してもらえるかどうかは別として、今できる精一杯の誠意のつもりで。

 彼女は戸惑った顔をして、それから苦笑を漏らした。

「あなた……本当にいい子なのね」
「え?」
「いえ、純粋だなぁって思って」

 純粋?いえ、そうではない。

「無知なだけです。自分で何も知ろうともせずに」

 知ろうとせずに、自分本位で突っ走ってしまったから、こうなってしまった。振られたのは悲しいが、最初から自分の勘違いから始まって、ストーカーのように付きまとった自分が悪いのだから、仕方がない。

「でも、分かった以上、お二人のお邪魔はしません。事情は父にも話しますが、きちんと自分が悪かった事を説明して、お二人にご迷惑をおかけすることもありませんので」

 もし、彼らが上司の機嫌を損ねてしまったと心配するといけないと思い、その辺りはきちんと言っておく。

 すると、彼女は困った顔で小首を傾げた。

「邪魔はしないかぁ。うーん……」
「?」

 言い澱みながらも、彼女は眉尻を下げて私に軽く頭を下げた。

「ごめんね。私たち…私とイザークね、貴女が思っているような、そんな熱愛カップルってわけじゃないのよ」


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