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辺境地にて8
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「美味しい!めっちゃ美味しい!」
片手を頬に当てて、ミカエラ様がうっとりと溜息を吐く。
食堂にいるのは、私とアレク。彼のご両親である辺境伯夫妻。お姉さまのアウル様、そして、突然何もない空間から現れたお兄様のレオナール様。
最初は飛び上がって驚いてしまったけれど、レオナール様は国の魔導士なのだとか。
「さっきまで王宮の魔導塔にいたんだけど、アウルが美味しいもの食べるって自慢してきたから来ちゃった☆」
と言っていたけれど、王宮という事は王都という事。つまり私たちが一週間かかった距離を、一瞬で移動したということだ。
魔導士すごいな、と思っていると、アウル様も魔導は使えると言う。アレクが使う所は見た事がないけれど、シューバリエはそういう一族なのだろう。
とにかく。最初の夫人の言葉に、六人で囲む食卓で、私はガッチガチになっていた肩の力を抜いた。
何故かと言うと、私としてはあくまで練習と思っていた料理が、なんと夕飯として皆様に提供されてしまったからだ。
シェフの作る料理を差し置いて、素人の料理を辺境伯夫妻に出すなんて、そんな事はできない。
私は抵抗した。抵抗に抵抗を重ねた。が………。
「子供たちだけで、そんな美味しそうなお料理を食べるなんてずるいわ!」
とミカエラ様がむくれてしまわれたので仕方がない。
「いいわ!食卓に出せないのなら、ここで食べるから!」
強硬な態度を取る彼女に、辺境伯がため息を吐いてシェフに「それを提供するように」と告げたのだ。
シェフにしても、最悪自分が作ったモノと差し替えればいいかと、判断して、結局この形になったのだけど。
「ほっぺが落ちちゃう」
「私もよ、お母様」
幸せそうに頬を押さえる奥様と、同じように頬を押さえたアウル様
味も素人が作ったモノな上、鰻は見た目があまり美味しそうではない。食卓に上ったものの拒否されたらどうしようかと心配もしていたが、どうやら及第点は取れたらしい。
「これから、時々はこんな美味しいものが食べられるのね!」
ミカエラ様の嬉しそうな声に、アウル様が大きく頷く。
「最高よ!よくやったわ、弟よ!」
二人の声につられたのか、レオナール様もニコニコと笑顔を見せた。
「あー。私もこれからは実家に頻繁に顔を出そうかなー」
「そうよ、レオナール。大体貴方、こっちに来たのは何年ぶりなの?」
「???」
料理を気に入って貰えたみたいで良かったと思ったけれど、所々交わされる会話の内容がよくわからない。
頭に?マークを沢山浮かべていると、誰かの視線に気づく。そちらを見ると、もの言いたげな辺境伯と目が合った。
なんだろう?お米の一粒も残さず綺麗に完食していたし、お代わりも頼んでいたから、料理が口に合わなかったというわけではなさそうだけど。
首を傾げると、辺境伯は神妙な顔で一つ咳ばらいをし、視線を私からアレクへと向けた。
「あー……アレク。お前が令嬢をここに連れて来た、ということは、あの話は了承したという意味でいいんだな?」
辺境伯の問いに、三杯目を手にしていたアレクがあっさりと頷く。
その途端、まだ食事中というのに、彼の家族が立ち上がり嬉しそうに互いにハイタッチしだす。
「???」
何だろう。ますますわからない。
すると、そんな私の困惑を汲んだのだろう。アレクは父親を真っ直ぐ見て言った。
「だが、エルの了承は得ていない」
「「「はあ?」」」
声を上げたのは、アウル様、レオナール様、ミカエラ様で、辺境伯は無表情で受け止めている。
何?私の了承?え?
私の承諾を必要とするものなんて、あったかしら?
頭の中で、該当部を探すけれど、見つからない。
「エルは例の事を知ったばかりで、傷ついている」
「………」
アレクの言葉に、辺境伯は無言で頷く。
初めてお会いする辺境伯は、口数少なく、表情の乏しい方だった。なまじお顔が麗しいから、人形かと錯覚するくらい。
というか、どうやらアレクの無口な所って、父親似だったのね。
それはともあれ。
『例の事』といって通じるということは、私のストーカー的な恋愛は、この家族…少なくとも辺境伯とアレクの間では共通の認識ということで。
とんでもなくプライベートな話だけれど、アレクにとっては依頼内容に触れることだし、辺境伯としては、息子を貸し出すのだから、理由を知っていても不思議ではない。多分、依頼する前にお父様も告げていただろう。
それは無理ないこととはいえ、恥ずかしくて顔が一気に熱くなる。
「あ、あのっ………」
「だが、それはそれとして、話自体は進めて欲しい」
話?
本当に。一体何の事なのか。
戸惑う私を辺境伯はチラリと見、それから眉間に盛大に皺を寄せた。
「……傷心につけこむのは……」
「隙があるなら、そこを突くのは武人として当然。それに先はまだ長い」
嫌そうな父親の顔を見もせずに、アレクはいつもと同じ無表情のまま告げる。
「……形だけでいいのか?」
「今は」
頷くアレクに、辺境伯も渋々という様子を隠しもせずにため息を吐く。
どうやらそれで、二人の間での決着はついたらしい。
二人の間にあった緊張感が消えていく。良かった。
アレクもそうだけど、辺境伯も遠目には細く見えていても、筋肉がかなりついている。さすが貴族とはいえ、国の最前線を守る一族。こんな二人が喧嘩の末、拳で語り合ったりしたら、テーブルごとひっくり返されかねないもの。
それにしても、今夜のアレクはよくしゃべる。やはり、家族の前だと違うのかしら。
そんな事を考えていると、テーブルの向こうにいるアウル様がニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「アレクってば、今日はよくしゃべるじゃない?」
という事は、家族と一緒だからよく話す、というわけじゃない?
アウル様を見て、アレクに視線を移す。
しかし、アウル様の言葉にアレクは反応を返さない。ただ黙々と食べるのみ。
すると同じように、アレクを見たレオナール様が嬉しそうに笑った。
「アウル。情緒と言う言葉を母上の腹の中に置いて来たお前が、可愛い弟を揶揄うんじゃない」
「常識を忘れてきたお兄さまが、情緒を語るのはおかしいわ」
窘められ、唇を尖らせたアウル様に、レオナール様が甘く蕩けるように目を細める。
「愛しいアウル。お前がどんなに憎まれ口を叩こうと、私にとっては、可愛い以外の何物でもないんだよ。よって噛みつくだけ、無駄、無駄、無駄」
どうやらこの方は、弟妹激ラブな方らしい。けれどその思いが、正しく弟妹に伝わっているかどうかは別問題。言われたアウル様が嫌そうに顔を顰め、反撃の為に口を開いた時、それを遮るようにアレクがレオナール様に話しかけた。
「兄上。例の話、お受けします」
その途端、ニヤニヤした口元から笑みを消し、レオナール様が真剣な顔でアレクを見る。
「………本当に?」
「はい」
「これは………」
無表情で頷いたアレクに、レオナール様は感極まったように目を見開き、言葉を失った。そして、少しの後に私の方を見た。
「君は、天使か?」
「は?いえ、しがない侯爵家の娘ですが……」
羽根も生えていなければ、頭に妙な輪っかもない。念のため体を触ってみたけれど、やっぱり何もない。
「いいや、君は天使だ!神がわが家に遣わした天使に違いない!」
「は?一体……」
何の話なのか。聞き返そうとすると、アウル様の声が遮る。
「良かったわね、お兄様!」
「これで万事安泰だわ!」
アウル様に続き、奥様までも。
「……………」
いきなり何が始まったのだろう?
放っておくと胴上げが始まってしまいそうな雰囲気に、すっかり置いてきぼりな気分で、辺りをキョロキョロ見回すけれど、誰も答えをくれない。
助けを求めて、隣のアレクを見ると、気づいたアレクが、私のお皿にそっと自分の分のお漬物をくれた。
………いや、違うから。お水でもないから。でも、ありがとう。って。
以心伝心、難しい。
片手を頬に当てて、ミカエラ様がうっとりと溜息を吐く。
食堂にいるのは、私とアレク。彼のご両親である辺境伯夫妻。お姉さまのアウル様、そして、突然何もない空間から現れたお兄様のレオナール様。
最初は飛び上がって驚いてしまったけれど、レオナール様は国の魔導士なのだとか。
「さっきまで王宮の魔導塔にいたんだけど、アウルが美味しいもの食べるって自慢してきたから来ちゃった☆」
と言っていたけれど、王宮という事は王都という事。つまり私たちが一週間かかった距離を、一瞬で移動したということだ。
魔導士すごいな、と思っていると、アウル様も魔導は使えると言う。アレクが使う所は見た事がないけれど、シューバリエはそういう一族なのだろう。
とにかく。最初の夫人の言葉に、六人で囲む食卓で、私はガッチガチになっていた肩の力を抜いた。
何故かと言うと、私としてはあくまで練習と思っていた料理が、なんと夕飯として皆様に提供されてしまったからだ。
シェフの作る料理を差し置いて、素人の料理を辺境伯夫妻に出すなんて、そんな事はできない。
私は抵抗した。抵抗に抵抗を重ねた。が………。
「子供たちだけで、そんな美味しそうなお料理を食べるなんてずるいわ!」
とミカエラ様がむくれてしまわれたので仕方がない。
「いいわ!食卓に出せないのなら、ここで食べるから!」
強硬な態度を取る彼女に、辺境伯がため息を吐いてシェフに「それを提供するように」と告げたのだ。
シェフにしても、最悪自分が作ったモノと差し替えればいいかと、判断して、結局この形になったのだけど。
「ほっぺが落ちちゃう」
「私もよ、お母様」
幸せそうに頬を押さえる奥様と、同じように頬を押さえたアウル様
味も素人が作ったモノな上、鰻は見た目があまり美味しそうではない。食卓に上ったものの拒否されたらどうしようかと心配もしていたが、どうやら及第点は取れたらしい。
「これから、時々はこんな美味しいものが食べられるのね!」
ミカエラ様の嬉しそうな声に、アウル様が大きく頷く。
「最高よ!よくやったわ、弟よ!」
二人の声につられたのか、レオナール様もニコニコと笑顔を見せた。
「あー。私もこれからは実家に頻繁に顔を出そうかなー」
「そうよ、レオナール。大体貴方、こっちに来たのは何年ぶりなの?」
「???」
料理を気に入って貰えたみたいで良かったと思ったけれど、所々交わされる会話の内容がよくわからない。
頭に?マークを沢山浮かべていると、誰かの視線に気づく。そちらを見ると、もの言いたげな辺境伯と目が合った。
なんだろう?お米の一粒も残さず綺麗に完食していたし、お代わりも頼んでいたから、料理が口に合わなかったというわけではなさそうだけど。
首を傾げると、辺境伯は神妙な顔で一つ咳ばらいをし、視線を私からアレクへと向けた。
「あー……アレク。お前が令嬢をここに連れて来た、ということは、あの話は了承したという意味でいいんだな?」
辺境伯の問いに、三杯目を手にしていたアレクがあっさりと頷く。
その途端、まだ食事中というのに、彼の家族が立ち上がり嬉しそうに互いにハイタッチしだす。
「???」
何だろう。ますますわからない。
すると、そんな私の困惑を汲んだのだろう。アレクは父親を真っ直ぐ見て言った。
「だが、エルの了承は得ていない」
「「「はあ?」」」
声を上げたのは、アウル様、レオナール様、ミカエラ様で、辺境伯は無表情で受け止めている。
何?私の了承?え?
私の承諾を必要とするものなんて、あったかしら?
頭の中で、該当部を探すけれど、見つからない。
「エルは例の事を知ったばかりで、傷ついている」
「………」
アレクの言葉に、辺境伯は無言で頷く。
初めてお会いする辺境伯は、口数少なく、表情の乏しい方だった。なまじお顔が麗しいから、人形かと錯覚するくらい。
というか、どうやらアレクの無口な所って、父親似だったのね。
それはともあれ。
『例の事』といって通じるということは、私のストーカー的な恋愛は、この家族…少なくとも辺境伯とアレクの間では共通の認識ということで。
とんでもなくプライベートな話だけれど、アレクにとっては依頼内容に触れることだし、辺境伯としては、息子を貸し出すのだから、理由を知っていても不思議ではない。多分、依頼する前にお父様も告げていただろう。
それは無理ないこととはいえ、恥ずかしくて顔が一気に熱くなる。
「あ、あのっ………」
「だが、それはそれとして、話自体は進めて欲しい」
話?
本当に。一体何の事なのか。
戸惑う私を辺境伯はチラリと見、それから眉間に盛大に皺を寄せた。
「……傷心につけこむのは……」
「隙があるなら、そこを突くのは武人として当然。それに先はまだ長い」
嫌そうな父親の顔を見もせずに、アレクはいつもと同じ無表情のまま告げる。
「……形だけでいいのか?」
「今は」
頷くアレクに、辺境伯も渋々という様子を隠しもせずにため息を吐く。
どうやらそれで、二人の間での決着はついたらしい。
二人の間にあった緊張感が消えていく。良かった。
アレクもそうだけど、辺境伯も遠目には細く見えていても、筋肉がかなりついている。さすが貴族とはいえ、国の最前線を守る一族。こんな二人が喧嘩の末、拳で語り合ったりしたら、テーブルごとひっくり返されかねないもの。
それにしても、今夜のアレクはよくしゃべる。やはり、家族の前だと違うのかしら。
そんな事を考えていると、テーブルの向こうにいるアウル様がニヤニヤとした笑みを浮かべた。
「アレクってば、今日はよくしゃべるじゃない?」
という事は、家族と一緒だからよく話す、というわけじゃない?
アウル様を見て、アレクに視線を移す。
しかし、アウル様の言葉にアレクは反応を返さない。ただ黙々と食べるのみ。
すると同じように、アレクを見たレオナール様が嬉しそうに笑った。
「アウル。情緒と言う言葉を母上の腹の中に置いて来たお前が、可愛い弟を揶揄うんじゃない」
「常識を忘れてきたお兄さまが、情緒を語るのはおかしいわ」
窘められ、唇を尖らせたアウル様に、レオナール様が甘く蕩けるように目を細める。
「愛しいアウル。お前がどんなに憎まれ口を叩こうと、私にとっては、可愛い以外の何物でもないんだよ。よって噛みつくだけ、無駄、無駄、無駄」
どうやらこの方は、弟妹激ラブな方らしい。けれどその思いが、正しく弟妹に伝わっているかどうかは別問題。言われたアウル様が嫌そうに顔を顰め、反撃の為に口を開いた時、それを遮るようにアレクがレオナール様に話しかけた。
「兄上。例の話、お受けします」
その途端、ニヤニヤした口元から笑みを消し、レオナール様が真剣な顔でアレクを見る。
「………本当に?」
「はい」
「これは………」
無表情で頷いたアレクに、レオナール様は感極まったように目を見開き、言葉を失った。そして、少しの後に私の方を見た。
「君は、天使か?」
「は?いえ、しがない侯爵家の娘ですが……」
羽根も生えていなければ、頭に妙な輪っかもない。念のため体を触ってみたけれど、やっぱり何もない。
「いいや、君は天使だ!神がわが家に遣わした天使に違いない!」
「は?一体……」
何の話なのか。聞き返そうとすると、アウル様の声が遮る。
「良かったわね、お兄様!」
「これで万事安泰だわ!」
アウル様に続き、奥様までも。
「……………」
いきなり何が始まったのだろう?
放っておくと胴上げが始まってしまいそうな雰囲気に、すっかり置いてきぼりな気分で、辺りをキョロキョロ見回すけれど、誰も答えをくれない。
助けを求めて、隣のアレクを見ると、気づいたアレクが、私のお皿にそっと自分の分のお漬物をくれた。
………いや、違うから。お水でもないから。でも、ありがとう。って。
以心伝心、難しい。
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