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辺境地にて9
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個性豊かな辺境伯家族との食事の後は、居間に移動してお茶の時間。
他愛もない世間話をしながら、暫くはお茶やお酒を楽しんでいたが、そろそろ解散と言う時間になった時、自室に戻ろうとしていた私とアレクは辺境伯に呼び止められた。
部屋には給仕もおらず、三人だけ。
そこで私は、さっきから引きずっていた疑問を思い切って聞いてみた。
「あの、先ほどからわからないお話が出ているようなのですが……。私に関係のあるお話ですよ……ね?」
確証はないけれど、何となくそうだと思う。
私の問いかけに、辺境伯は少し目を瞠ってからアレクの方を向いた。
「アレク、お前本当に何も話していないのか?」
「……必要がないと思った」
「まあ、そうなんだろうが……。一緒に旅に出た時点で、令嬢に拒否権なんてなかっただろうからな」
辺境伯の言葉は、困惑をあらわしているものだったが、その顔は無表情。どうやらこれが彼のデフォらしい。
美しい男が二人、見つめ合って話し合う姿は眼福と言えるかもしれないが、いかんせん、二人とも無表情。これなら多少なりとも表情が作り込まれている彫像の方が、よほど人間味があるように思える。
何だかな、と思いつつ、私は小さく手を上げた。
「あの……拒否権って、何の拒否権なんですか?」
遠慮がちに声をかけた私に、辺境伯が振り返り、無表情なまま一つ頷いた。
「ああ。結婚だよ。家の息子との」
「結婚?息子?」
驚きながらも、辺境伯の指さす方を見れば、アレクの姿。
息子…確かにアレクは辺境伯の息子だけど。え?結婚?私と?
いきなり衝撃的な話をされ、頭が追い付いて行かない。というか、いつそんな事になったのか。
それを尋ねると、どうやら最初かららしい。
驚きで目を瞠る私に、辺境伯の眉尻が微妙に下がる。どうやら同情してくれているのだろう。あまり表情は変わらないのだけど、何となく雰囲気でわかる。……この人もフランクと同じなのね。
それから辺境伯が話してくれた内容によると、私とアレクの結婚を主導したのは、この国の第一王子で、アウラ様の婚約者でもあるラファエル殿下だという。
「見合いで気に入ったら、と言う条件だったのだが。ここに連れて来たということは、気に入ったということだろう」
そうだな?と問いかけるような辺境伯に、アレクがすぐに頷く。
「え?でもアレク、私に好きな人いるって知っていたよね?」
「その件については、最初から侯爵に聞いていた」
知っていて話を受けたって事?
だって、他の男の嫁になろうとしていた女よ?
「まあ、いずれにしろ令嬢は結婚から逃げられないと思うぞ。『辺境伯の息子が、侯爵令嬢を連れて故郷まで旅に出た』という噂は、ラファエル殿下が国中の貴族に言いふらしているからな」
確かに。未婚の二人が一緒に旅に出たのだ。しかも辺境伯の息子が相手とあっては、いくら「護衛です!」と言っても、信じてはもらえないだろう。
ということは、彼に護衛をお願いしたときから、私たちは第一王子公認のカップルという事になる。
これは……逃げられない。
「もっと早くに気持ちを聞いておくべきだったが……。令嬢は、家の息子では嫌か?」
幾分申し訳なさそうな辺境伯の問いかけに、私の頭の中にアレクとの時間が浮かぶ。
無口で不愛想だけど、嫌な顔一つせずに、私の話を聞いてくれた。彼と旅をした穏やかな時間。
困っている人を見捨てず、凄く強くて。それなのに私の掠り傷一つで心を痛める人。
傷つく私を心配して、ずっと寄り添ってくれた人。
心配性で、面倒見が良くて、誰よりも大切に扱ってくれる……。
「嫌……じゃないです……」
頬を包む手の感触を思い出しながらの答えは、自分でも驚くほど自然と唇を突いて出た。
「優しいし…、いつでも気遣ってくれるし……」
隣で支えてくれる人。
私の答えに、辺境伯の目が見開かれる。
「………そうか」
彼はそう言うと、アレクの方を見る。
「最初から気に入っていたのか?」
「…………」
バツが悪そうに口を噤む息子に、辺境伯が淡い笑みを浮かべた。
「お前の顔以外の事を口にする令嬢は初めてだな。……いいんじゃないか?
父の顔でそう言うと、彼は立ち上がり、自分の息子の肩を軽く叩いて部屋を出て行く。
「令嬢……いや、エルーシア嬢。改めて歓迎するよ」
その言葉を残して。
辺境伯が出て行ったのを確認し、私は改めてアレクの方を見る。
相変わらずの無表情なのね。
でも瞳に宿る期待みたいな光。これは、遊んで欲しい時のフランクと同じね。
「……今の話なんだけど、私はともかく貴方は本当にいいの?結婚話を勧めたのは第一王子というし、断り切れなくてこんな状況になっているのではないの?」
イザークの時の事を思い出し、それを訪ねると
「それはない」
彼はきっぱりと言い、それから少し気まずそうに口を歪ませた。
「最初は、誰でも良かった」
貴族に生まれた以上、政略結婚は当然だと思っていたし、彼自身好きな人もいなかったから、決められた相手でも、それでいいと思っていたらしい。
「君は条件面で良かったし、好きな男がいるなら俺に干渉しないと思った。俺は結婚しても軍に関係したかったから、それはそれでいいかと」
それで最初から私に決めていたらしい。
けれど。
彼は困った顔で自分の髪を掻いた。
「最初の内は無邪気に話しかけて来る君を見て、妹がいたらこんな感じかなって思った。君の恋も無理だとわかっていても、どこかで応援していた。相手の事が好きで、それを隠そうともせず全身で伝える君が好ましいと思ったから。でも、一緒にいる内、君を知れば知るほど惹かれていって」
アレクが私を正面から見る。
「気が付けば、相手の男に嫉妬ばかりしていた」
その眼差しを受け止められず、私は少し俯く。
「……結局、ただのストーカーだったんだけど」
「一途なだけだ。その一生懸命で一途な部分も好ましかった」
彼はそう言うと、少し身を屈めて私の目を見た。
神秘的な青い瞳が、まっすぐに私を射抜く。
「こんなに一人の人間に執着するのも、初めてだ。あんなに気持ちが落ち着かなかったのも」
その瞳の中に間抜け面した自分の顔を認め、急に恥ずかしくなってくる。
「えっと、でも私その……」
いずれ旦那様になると言われても、現実味がないというのもあるけれど……。
「イザークに振られたばかりで……。新しい恋とか」
イザーク自身には未練はないけれど、切り替えが自分の中にできていない。
だって数日前まで、あんなにイザークの事が好きだったのだし。
辺境伯に『アレクでは嫌か』と問われ、咄嗟に嫌ではないと答えてしまったけれど、だからと言って『好きか?』と問われると、返事に困るというのが本音だ。
はっきりしない返事を返す私に、アレクが目を細めて微笑む。
彫像のような無表情の彼が、こんなに人間らしく微笑むと、周囲がキラキラするというか、目が奪われる。いや、マジ綺麗な人だよね。
「それでいい」
「え?」
それでいいって。失恋の傷を抱えたままでもいいって事?
見上げると、彼が頷く。何も言っていないんだけど。
「弱い部分があるなら、そこに付け込んで攻め落とすまでだから」
さらりという彼に、赤くなった頬がより熱を持つ。何でこの人、普段無口な癖に、口説き文句はまっすぐに告げて来るのか。
「………それって、さっきも言っていたよね」
さっきは自分の事だって気づかなかったけれど。
「攻め落として、占拠する。君があいつに向けていた全てを、俺のものにする。その一途な所も、努力も、献身も、俺だけに向けさせて俺だけのものにする」
「………」
「好きな人に他に好きな奴がいても、今回ばかりは譲らない。奴に負けない自信もある」
相変わらずの無表情なのに、心臓鷲掴みの事を言ってくる。でも、その言葉の全てが彼の本心だって事は、真っ直ぐな目をみればわかる。
嘘のない綺麗な瞳。
その目を半ば呆然としながら見つめ返し、頭の隅で思う。
ああ、多分、今すぐにじゃないけれど、近い将来私はこの人に夢中になる。
偽る事をしないこの人に、心を奪われる。
そんな予感めいた事を考えながら、私は顔を背けた。だって、熟れすぎたトマトみたいになった顔を見られるのは、恥ずかしいから。
そして、それすら何とか誤魔化そうと、別の言葉を探した。
「そ、そう言えば。今日のアレクはよくしゃべるのね?表情も豊かだし。やっぱりそれって、お家だから?」
自分のプライベートスペースでは、話す方なのかと聞くと、彼はバツの悪そうな顔をし、それから首を横に振った。
「ああ。いや、違う。その……爺が」
「爺?」
「会っただろう?マルペールに来た初日に、市で」
「ああ」
思い出した。あの大きな体の厳ついご老人。爺というからには、子供の頃から付き合いのある方なのだろう。
彼がどうしたというのか。
目で問いかけると、アレクは微かに頬を染めた。
「その爺が、好きな女ができたら、とにかく相手と話をしろと」
爺という方が言うには、どれだけ頭や心で思っていても、口に出さなければ相手には伝わらない。
相手は自分じゃない。別の人間なのだから、何も言わずに『わかってくれている』『伝わった』と思うのは、傲慢だということらしい。
ご老人もそれで痛い目に合った過去でもあるのか、アドバイスが嫌に具体的だ。
でも。
「アレクは分かりやすいけど」
フランクと同じレベルでだけど。
「……そう言うのは、家族以外では君だけだ」
「?そう?」
問いかけに、アレクが頷く。
「でも、無理しなくてもいいわよ?意思疎通は大体できるんだし」
第一王子が仲人ということは、この婚約は王命に等しい。覆せない。だったら、これから長い付き合いになるかもしれないのだ。最初無理して飛ばし過ぎると、早々に疲れてしまうと思う。
そう言うと、彼は戸惑った声を出した。
「……いや。何と言うか。それだけじゃなくて」
他にも何かあるのかしら?
「その……。不思議と、君の事に関しては、頭に思った事が言葉に出てしまうんだ。出てしまうというか、何か思わず零れるっていうか」
可愛い、と思えば可愛いと言ってしまう。好きだと思えば、好きと言ってしまう。頭の中や心に留めて置けない。意識もしない内に、自然にするりと出てしまう。
「今までは、好きな人がいる君に言えば、きっと困らせてしまうと思ったから、必死で押さえていただけで……」
「アレク……もしかして、めっちゃ私の事好きじゃない?」
「だから、そう言ってる」
恥ずかしくて、ちょっと茶化した言い方になってしまった私に、彼はまじめに頷く。
「でも仕方ない」
無意識にそうなってしまうから。
彼はそう言って、私の髪を掬い取った。言葉より雄弁な瞳が告げる。『愛しい』と。
そうして、恥ずかしくて硬直する私に彼は言う。
「髪にキスしていい?」
あ・の・顔で!
なんていう破壊力!
今まで綺麗な顔だなと思った事は何度かあったけれど、異性として見てはいなかったというのが、自分ながらありありとわかる。わかってしまう。
それなのに今、将来の『夫』と呼ばれ、『婚約者』として意識して改めて見て……。さらに口説くと宣言されて。もう……これは。
真っ赤になっているだろう私に、気づいた彼が笑う。嬉しそうに、鮮やかに。
「結婚式は卒業と同時にしよう?それ以上は待てないから。それまでには、頑張って口説き落とすから」
抱きしめられ、旋毛にキスの雨が降り注ぐ。
「今、この時から君は俺のものだ」
他愛もない世間話をしながら、暫くはお茶やお酒を楽しんでいたが、そろそろ解散と言う時間になった時、自室に戻ろうとしていた私とアレクは辺境伯に呼び止められた。
部屋には給仕もおらず、三人だけ。
そこで私は、さっきから引きずっていた疑問を思い切って聞いてみた。
「あの、先ほどからわからないお話が出ているようなのですが……。私に関係のあるお話ですよ……ね?」
確証はないけれど、何となくそうだと思う。
私の問いかけに、辺境伯は少し目を瞠ってからアレクの方を向いた。
「アレク、お前本当に何も話していないのか?」
「……必要がないと思った」
「まあ、そうなんだろうが……。一緒に旅に出た時点で、令嬢に拒否権なんてなかっただろうからな」
辺境伯の言葉は、困惑をあらわしているものだったが、その顔は無表情。どうやらこれが彼のデフォらしい。
美しい男が二人、見つめ合って話し合う姿は眼福と言えるかもしれないが、いかんせん、二人とも無表情。これなら多少なりとも表情が作り込まれている彫像の方が、よほど人間味があるように思える。
何だかな、と思いつつ、私は小さく手を上げた。
「あの……拒否権って、何の拒否権なんですか?」
遠慮がちに声をかけた私に、辺境伯が振り返り、無表情なまま一つ頷いた。
「ああ。結婚だよ。家の息子との」
「結婚?息子?」
驚きながらも、辺境伯の指さす方を見れば、アレクの姿。
息子…確かにアレクは辺境伯の息子だけど。え?結婚?私と?
いきなり衝撃的な話をされ、頭が追い付いて行かない。というか、いつそんな事になったのか。
それを尋ねると、どうやら最初かららしい。
驚きで目を瞠る私に、辺境伯の眉尻が微妙に下がる。どうやら同情してくれているのだろう。あまり表情は変わらないのだけど、何となく雰囲気でわかる。……この人もフランクと同じなのね。
それから辺境伯が話してくれた内容によると、私とアレクの結婚を主導したのは、この国の第一王子で、アウラ様の婚約者でもあるラファエル殿下だという。
「見合いで気に入ったら、と言う条件だったのだが。ここに連れて来たということは、気に入ったということだろう」
そうだな?と問いかけるような辺境伯に、アレクがすぐに頷く。
「え?でもアレク、私に好きな人いるって知っていたよね?」
「その件については、最初から侯爵に聞いていた」
知っていて話を受けたって事?
だって、他の男の嫁になろうとしていた女よ?
「まあ、いずれにしろ令嬢は結婚から逃げられないと思うぞ。『辺境伯の息子が、侯爵令嬢を連れて故郷まで旅に出た』という噂は、ラファエル殿下が国中の貴族に言いふらしているからな」
確かに。未婚の二人が一緒に旅に出たのだ。しかも辺境伯の息子が相手とあっては、いくら「護衛です!」と言っても、信じてはもらえないだろう。
ということは、彼に護衛をお願いしたときから、私たちは第一王子公認のカップルという事になる。
これは……逃げられない。
「もっと早くに気持ちを聞いておくべきだったが……。令嬢は、家の息子では嫌か?」
幾分申し訳なさそうな辺境伯の問いかけに、私の頭の中にアレクとの時間が浮かぶ。
無口で不愛想だけど、嫌な顔一つせずに、私の話を聞いてくれた。彼と旅をした穏やかな時間。
困っている人を見捨てず、凄く強くて。それなのに私の掠り傷一つで心を痛める人。
傷つく私を心配して、ずっと寄り添ってくれた人。
心配性で、面倒見が良くて、誰よりも大切に扱ってくれる……。
「嫌……じゃないです……」
頬を包む手の感触を思い出しながらの答えは、自分でも驚くほど自然と唇を突いて出た。
「優しいし…、いつでも気遣ってくれるし……」
隣で支えてくれる人。
私の答えに、辺境伯の目が見開かれる。
「………そうか」
彼はそう言うと、アレクの方を見る。
「最初から気に入っていたのか?」
「…………」
バツが悪そうに口を噤む息子に、辺境伯が淡い笑みを浮かべた。
「お前の顔以外の事を口にする令嬢は初めてだな。……いいんじゃないか?
父の顔でそう言うと、彼は立ち上がり、自分の息子の肩を軽く叩いて部屋を出て行く。
「令嬢……いや、エルーシア嬢。改めて歓迎するよ」
その言葉を残して。
辺境伯が出て行ったのを確認し、私は改めてアレクの方を見る。
相変わらずの無表情なのね。
でも瞳に宿る期待みたいな光。これは、遊んで欲しい時のフランクと同じね。
「……今の話なんだけど、私はともかく貴方は本当にいいの?結婚話を勧めたのは第一王子というし、断り切れなくてこんな状況になっているのではないの?」
イザークの時の事を思い出し、それを訪ねると
「それはない」
彼はきっぱりと言い、それから少し気まずそうに口を歪ませた。
「最初は、誰でも良かった」
貴族に生まれた以上、政略結婚は当然だと思っていたし、彼自身好きな人もいなかったから、決められた相手でも、それでいいと思っていたらしい。
「君は条件面で良かったし、好きな男がいるなら俺に干渉しないと思った。俺は結婚しても軍に関係したかったから、それはそれでいいかと」
それで最初から私に決めていたらしい。
けれど。
彼は困った顔で自分の髪を掻いた。
「最初の内は無邪気に話しかけて来る君を見て、妹がいたらこんな感じかなって思った。君の恋も無理だとわかっていても、どこかで応援していた。相手の事が好きで、それを隠そうともせず全身で伝える君が好ましいと思ったから。でも、一緒にいる内、君を知れば知るほど惹かれていって」
アレクが私を正面から見る。
「気が付けば、相手の男に嫉妬ばかりしていた」
その眼差しを受け止められず、私は少し俯く。
「……結局、ただのストーカーだったんだけど」
「一途なだけだ。その一生懸命で一途な部分も好ましかった」
彼はそう言うと、少し身を屈めて私の目を見た。
神秘的な青い瞳が、まっすぐに私を射抜く。
「こんなに一人の人間に執着するのも、初めてだ。あんなに気持ちが落ち着かなかったのも」
その瞳の中に間抜け面した自分の顔を認め、急に恥ずかしくなってくる。
「えっと、でも私その……」
いずれ旦那様になると言われても、現実味がないというのもあるけれど……。
「イザークに振られたばかりで……。新しい恋とか」
イザーク自身には未練はないけれど、切り替えが自分の中にできていない。
だって数日前まで、あんなにイザークの事が好きだったのだし。
辺境伯に『アレクでは嫌か』と問われ、咄嗟に嫌ではないと答えてしまったけれど、だからと言って『好きか?』と問われると、返事に困るというのが本音だ。
はっきりしない返事を返す私に、アレクが目を細めて微笑む。
彫像のような無表情の彼が、こんなに人間らしく微笑むと、周囲がキラキラするというか、目が奪われる。いや、マジ綺麗な人だよね。
「それでいい」
「え?」
それでいいって。失恋の傷を抱えたままでもいいって事?
見上げると、彼が頷く。何も言っていないんだけど。
「弱い部分があるなら、そこに付け込んで攻め落とすまでだから」
さらりという彼に、赤くなった頬がより熱を持つ。何でこの人、普段無口な癖に、口説き文句はまっすぐに告げて来るのか。
「………それって、さっきも言っていたよね」
さっきは自分の事だって気づかなかったけれど。
「攻め落として、占拠する。君があいつに向けていた全てを、俺のものにする。その一途な所も、努力も、献身も、俺だけに向けさせて俺だけのものにする」
「………」
「好きな人に他に好きな奴がいても、今回ばかりは譲らない。奴に負けない自信もある」
相変わらずの無表情なのに、心臓鷲掴みの事を言ってくる。でも、その言葉の全てが彼の本心だって事は、真っ直ぐな目をみればわかる。
嘘のない綺麗な瞳。
その目を半ば呆然としながら見つめ返し、頭の隅で思う。
ああ、多分、今すぐにじゃないけれど、近い将来私はこの人に夢中になる。
偽る事をしないこの人に、心を奪われる。
そんな予感めいた事を考えながら、私は顔を背けた。だって、熟れすぎたトマトみたいになった顔を見られるのは、恥ずかしいから。
そして、それすら何とか誤魔化そうと、別の言葉を探した。
「そ、そう言えば。今日のアレクはよくしゃべるのね?表情も豊かだし。やっぱりそれって、お家だから?」
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「ああ。いや、違う。その……爺が」
「爺?」
「会っただろう?マルペールに来た初日に、市で」
「ああ」
思い出した。あの大きな体の厳ついご老人。爺というからには、子供の頃から付き合いのある方なのだろう。
彼がどうしたというのか。
目で問いかけると、アレクは微かに頬を染めた。
「その爺が、好きな女ができたら、とにかく相手と話をしろと」
爺という方が言うには、どれだけ頭や心で思っていても、口に出さなければ相手には伝わらない。
相手は自分じゃない。別の人間なのだから、何も言わずに『わかってくれている』『伝わった』と思うのは、傲慢だということらしい。
ご老人もそれで痛い目に合った過去でもあるのか、アドバイスが嫌に具体的だ。
でも。
「アレクは分かりやすいけど」
フランクと同じレベルでだけど。
「……そう言うのは、家族以外では君だけだ」
「?そう?」
問いかけに、アレクが頷く。
「でも、無理しなくてもいいわよ?意思疎通は大体できるんだし」
第一王子が仲人ということは、この婚約は王命に等しい。覆せない。だったら、これから長い付き合いになるかもしれないのだ。最初無理して飛ばし過ぎると、早々に疲れてしまうと思う。
そう言うと、彼は戸惑った声を出した。
「……いや。何と言うか。それだけじゃなくて」
他にも何かあるのかしら?
「その……。不思議と、君の事に関しては、頭に思った事が言葉に出てしまうんだ。出てしまうというか、何か思わず零れるっていうか」
可愛い、と思えば可愛いと言ってしまう。好きだと思えば、好きと言ってしまう。頭の中や心に留めて置けない。意識もしない内に、自然にするりと出てしまう。
「今までは、好きな人がいる君に言えば、きっと困らせてしまうと思ったから、必死で押さえていただけで……」
「アレク……もしかして、めっちゃ私の事好きじゃない?」
「だから、そう言ってる」
恥ずかしくて、ちょっと茶化した言い方になってしまった私に、彼はまじめに頷く。
「でも仕方ない」
無意識にそうなってしまうから。
彼はそう言って、私の髪を掬い取った。言葉より雄弁な瞳が告げる。『愛しい』と。
そうして、恥ずかしくて硬直する私に彼は言う。
「髪にキスしていい?」
あ・の・顔で!
なんていう破壊力!
今まで綺麗な顔だなと思った事は何度かあったけれど、異性として見てはいなかったというのが、自分ながらありありとわかる。わかってしまう。
それなのに今、将来の『夫』と呼ばれ、『婚約者』として意識して改めて見て……。さらに口説くと宣言されて。もう……これは。
真っ赤になっているだろう私に、気づいた彼が笑う。嬉しそうに、鮮やかに。
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