無口な騎士は思い込み娘がお好き

白野佑奈

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理想の花嫁とは1(アレク視点)

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「アレク、君の見合い相手を探しておいたからね」

 この国の第一王子であるラファエルが、唐突にそう言ったのは、とある日の昼前。

「相手の親を呼んであるから」

 相変わらず唐突な人だ。

 半ば迷惑だな、と考えていると、俺の表情を読み取った彼は笑顔を返して来た。

「君にとっては理想的な相手だよ」

 そう言って彼が教えてくれた相手の名は、エルーシア・ベルトラン。国軍の将軍の一人、ベルトラン卿の娘だという。

 年は俺の一つ下で十五。この秋から学園に通うのだとか。

 というか……。

 軍というのは専門職だ。故に騎士になる者といえば、貴族の次男、三男という立場の者が多い。逆に領主と兼業という者は珍しい。

 ベルトラン卿はその珍しい兼業の方で、身分も正式な侯爵だったはずだ。当然、その娘となると『侯爵令嬢』なのだろう。

 基本、貴族の結婚は本人の意思は関係ない。家と家との繋がりによって決められる。

 だから、結婚相手が勝手に決められるのはいい。相手が、国軍の将軍なのも国と辺境を繋ぐ、という面でいい話だと思う。けれど。

「俺は次男ですが」

 この国の法律では、爵位も財産も長男が総取りなので、今は『辺境伯子息』と言われている俺だが、いずれは自立しなければならない。

 一応『騎士』としての資格はあるから、家から出た後は辺境の騎士の一人として暮らす予定だが、そんな俺に『侯爵令嬢』を嫁がせて大丈夫なのだろうか。

 短い言葉の中に疑問を混ぜた俺に、理解してくれたらしい殿下が頷く。

「大丈夫だろう、と」

 事情を知っているラファは、俺の表情を見てしたり顔で頷く。

「君には悪いが、もう待っていられない状況なんだよね。どっちが領主でもいいけど、両方がフラフラしていられると困るんだ。でもレオナールは言う事きかないし。形だけでもどうにかしないと」

 隣国の王が代替わりした。

 若い王は血気盛んで、何度も我が国に戦争をしかけようとしている。

 今のところ、小競り合い程度で収まっているが、今後どうなるかはわからない。

 国としても辺境地としても、互いに協力関係ではあるが、できればその関係をもっと深めたいというのが本音だ。

「私とアウルの結婚で、国と辺境地は強く結ばれる。けれどそれは、アウルを国に組み込む事になる。できれば、辺境地に国側の人間を入れたいんだ」

 他の辺境地にも互いの結束の為、王族の血を引いた女性や、要職についている者の娘が嫁に行っている。ローレインにもそれを……という事だろう。

 最初は王族を……とも思った。しかし、レオナールに結婚自体を拒否された。命令することはできるが、彼は偏屈でその上膨大な魔力を持つ魔法使いだ。無理強いの末の対立は避けたい。
 
 とはいえ、この先家から離れるかもしれない次男に、王族や高位貴族の娘を嫁にやるわけにはいかない。
 
 国軍と辺境地を結ぶものなら、軍人を、とも思った。しかし軍人というのは身分が高くないものが多い。もしかしたら将来辺境伯になるかもしれない相手となれば、こちらはこちらで身分が釣り合わない。

「そこで、選ばれたのがベルトラン将軍の娘だ。彼女なら侯爵家の娘だから身分も釣り合うし、曾祖母は王族の出身だ。ついでに生活力もあるらしく、ベルトランが常日頃『家の娘は雑草と同じで、どこででも生きていけます』と言っていた。何でも彼の話によると、好きな男がいるらしくてな。そいつと一緒になる為と言って、平民の生活にも対応できるよう努力しているらしい」

 どんな努力だ、それは。

 さすが、あのベルトラン将軍の娘だ。

 軍の中でも『変わり者』として有名な彼は、別名『悪運の神に愛された男』。

 侯爵という華々しい位を持ちながら、領地経営は才女と名高い奥方に任せ、自分は騎士になった彼。最初周囲は『道楽』だと思っていたが、彼の実力は本物で、以後、実力主義の軍の中にあって、めきめきと頭角を現した。彼が今持っている『将軍』という地位は、元々の身分は関係なく、彼が己の実力だけで手に入れたものだ。

 そんな彼は、行く先々で誰も予想もしなかったとんでもないトラブルに巻き込まれる、悪運の人。

 食事をしに店に入れば、強盗に遭遇し、それを追いかけていたらテロリストに誘拐されて、その関係で背後にある狂信的な組織の事を発見。逃げようとしたら、彼らの国家転覆計画が明るみになった、なんてことは日常茶飯事。

 その度に持ち前の体力と剣技、そして運によって毎回隊を勝利に導いている人でもある。

 その彼の娘。どんな人物なのかと想像しかけ、俺ははたと気づいた。さっきラファの言った言葉……。

「?好きな人がいる?」
「ああ。その事か。別に問題はないだろう?相手は国軍の下級兵士で平民だ。どれだけ想っても結ばれようがない」
「………」

 いや、そうなんだろうけれど。

 自分的には問題ない。

 家同士の結婚な以上、相手に対する好悪は関係ないし。

 領地と家族を守る事だけを考えている俺にとって、相手に望むのは、俺の行動に干渉することなく、取り敢えず子供をもうけてくれる人、だったりする。
 
 他に好きな男がいるなら、俺に干渉してくることはないだろうし。そう言う意味ではラファの話す、エルーシア嬢は俺の理想に近いかもしれない。

 そう思って頷くと、彼は蒼穹の色をした瞳をキラリと光らせた。

「違うよ、アレク」
「?」
「そう言う意味で『理想』と言ったんじゃない。って、まあ君は君自身の事にすら興味のない男だからなぁ。君自身の『理想』についても、考えた事なかっただろうね」
「…………」

 俺自身の理想?

 首を傾げていると、唐突にノックの音が響き、顔見知りの将軍の一人が賑やかに入室してくる。

「殿下ぁ、殿下ぁぁぁぁ!」

 武人らしい大柄な体。みっしりとついた筋肉。それでも髪と同じ金色の髭に覆われた顔は、厳つさとは程遠い柔和な印象を与える。

 よほど急いで来たのか、彼は息を切らし、ラファエルに対し身分に相応しくないおざなりな拝礼をした。

「よく来たね、ベルトラン将軍」
「よく来たねじゃありませんよ。突然のお話にビックリしすぎて、ここに来るまでの間に二度も溝に落ちましたよ!」

 なるほど。見れば彼の両足は濡れてビショビショだ。だが、何故頭からも水滴を滴らせているのか。

 その疑問はラファも感じたらしい。指摘すると、何でも宮殿の下女が面倒くさがって、風呂の水を窓から捨て、それを被ってしまったのだとか。

「いやぁ、汚物でなくてよかったですよ」

 確かにそうだが、照れ臭そうに笑う意味がわからないし、汚物でなければいいなんて、考えが前向きすぎるだろう。

 国と領地の関係から、彼とは何度も顔を会わす機会があったが、その度にこんな感じだ。

 そんな彼にラファはやれやれと肩を竦め、椅子を勧めた。だが彼はそれを断り、「それより!」とラファとの間を一気に詰めて来た。

「うちのエルーシアを見合いさせるですって?正気ですか、殿下。あれは、我が娘ながら思い込みの激しい、ストーカー気質ですよ?」

 仮にも見合い相手の前だというのに、娘に対する評価が厳しい。

 それにしても、ストーカー気質の娘って、どんな人物なんだ。束縛や粘着がきついようなら、俺の理想とは真逆だと思うのだけれど。

「正直思い込みが激しすぎて、親でも引くほどなのに。しかも懸想している相手がいるんですよ!」
「ああ、その話は聞いたよ。アレクにも話したし」
「え?」

 ラファが手で俺の方を指し、その動きと同時に将軍がこちらを振り返る。そして、俺の姿を認めると人好きする笑顔になり、大股で近寄って来た。

「おひさしぶりですな、アレクシス殿!ご家族はご健勝か?」

 家の事や家族の事、そして自分自身の能力や才能、容姿の事などで俺に偏見を持っている者は多い。

 だが、あからさまに嫌う人間はまだ信用できる。厄介なのは、好意的に見えて利用しようとしてくる連中だ。彼らの中にはその部分を自覚できている者と、できていない無意識な者がいる。

 しかし、極まれにこのベルトラン卿のように、好意だけを向けてくれる人もいたりするのだ。

「また背が伸びましたか?出会った頃はこんなに小さかったのに。子供が大きくなるのは早いですなぁ」

 純粋に会えて嬉しい、と気持ちを伝えてくれる真っ直ぐな目。それでも親指と人差し指を広げて『こんなに』というのは、いただけない。それではどう頑張っても20センチ程度だろう。

「将軍、やめないか。それは人間のサイズじゃないだろう?それとも君は、辺境伯夫人の腹の中にいる頃のアレクを知っていると言うのか?」

 どう対応していいのか、戸惑う俺を見かねて、ラファが間に入ってくれる。

「知るわけがないじゃないですか。嫌ですね、陛下。それに妻以外のご婦人のお腹を見るなんて破廉恥な真似、騎士としてできかねます!」
「………」

 『キリっ!』とした顔で言い切られ、言葉が出てこない。

 本当に相変わらずだな、この人は。

「あ、そうでした!アレクシス殿が見合い相手でしたね!いや、私は構いませんよ?息子ももう一人欲しいくらいでしたし。でもねぇ、相手が家の娘では荷が重いと思うんですよ。何しろスッポンみたいに、一度噛みついたら放しませんからね」

 面食らうこちらの心情は置いてきぼりに、彼は滔々と話し出す。

 娘の恋のきっかけを作ってしまった事。その為に相手に迷惑をかけている事。そしていまだに相手を想っている事。

「まあ、そろそろ相手の事もあるし、現実と向き合う頃だとは思っていたんですけどね」

 好きな人がいる、というのは本当だが、どうやらその恋は実らない恋らしい。

 何故かと聞けば、相手は最初からお義理でエルと付き合っていただけで、恋愛感情がないから、という。

 まあそうだろう。

 相手が幾つかは知らないが、新米の兵士だったと聞けば大体想像はつく。年の差云々というよりも、健康な成人男性が7歳の子供に恋をしたとなれば、その方が問題だ。

 その上その男は今、ローレインで同僚女性と同棲中らしい。

 娘は一週間に一度は手紙を書いているが、ここ一年半ほど相手からの返信はほぼない。

 そんな娘も15になった。この秋には学園にも入る予定だし、その年齢になれば大半の貴族、特に女性なら婚約者がいる。

「夢から覚めて、貴族女性としての責任を追う時期ですしね」

 平民には分かりにくいだろうが、貴族というのは領民を守る為にあるのだ。人生そのものが領民の為にあるといっていい。ただ特権のみを享受できるわけではない。そこには様々な理由がある。

 女性の場合は家と家を繋ぐ役目。ただ嫁ぎ、子供を産むだけではない。夫を助け、次世代の領主を教育するのだ。

 彼女も、貴族である以上その責務からは逃れられない。

 例え平民同然になる夫だとしても、俺は貴族で領主の血を引いている。俺たちの子供は兄や兄の子供のスペアになるから尚更だ。

 難しい顔で将軍がため息を吐いた。その時。

 将軍が入ってきた時と同じように、大きな音を立て執務室の扉が開き、二人の男が転がり込んできた。

「将軍、お家の方が!」
「し、失礼しますっ!だ、旦那様!お嬢様が出奔しようとしているそうです!」

 よほど急いでいるのか、同時に話し出すから用件がよくわからない。それでもそう思ったのは俺だけらしく、慣れているのか二人の言葉に突然将軍の目尻が吊り上がった。

「なんだとぉ、あのじゃじゃ馬娘!」

 …………お嬢様、出奔、じゃじゃ馬娘。

 何だか令嬢の真の姿がこの言葉だけでもわかる気がして、俺は微かに目を見開いた。


 



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