無口な騎士は思い込み娘がお好き

白野佑奈

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新婚生活はお静かに1

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「今日、誰に会っていたの?」

 誰と聞かれて、当人の顔と、同時に過去を思い出していた私に、焦れたアレクの手がゆっくりと動き出す。

 私の事は護衛のラグーシュ改め、ジュリアナから全て聞いているでしょうに。

 普段こんな風に束縛なんてしないから、多分今日会っていた人物が気に入らないのだろう。

 婚約してから数年。大人の領域に入り、色気は駄々洩れになったくせに、こういう所は変わらない。

 要注意人物とみなした相手には、警戒を解かないのだ。そういう所もフランクに似て、可愛いと思ってしまう私も私だけど。

 仕方なく、小さくため息を吐いた後、私は彼の目を見て口を開いた。

「今日……街でイザークに会ったの」

 隠す事でもないので、事実だけを告げる。

「ちょっと欲しいものがあって、街に出ていたの。それで、偶然にイザークに会って声をかけられたわ」

 そう。どうしても欲しかったけれど、人に頼む事ができないものがあって。それで今日はジュリアナを含む僅かな護衛を伴って街に出た。

 所謂、お忍びってやつ。

 学生の頃からローレインにはよく来ていたし、その頃から『師匠』のアドバイスを受けつつ、領地経営にも携わっていた。異世界から来たという彼女は、土地改良のコツや、新しい大陸から入ってきた食べ物
にも知識があったから。

 その関係で街の人とはよく話したし、交流もあった。当然彼らは、私の顔も知っている。街に出れば普通に挨拶もしてくれるのだが……。今日は、今日ばかりはそっとしておいてほしかったから。

 目立たない服を着て、マントのフードを目深に被り、決して私だとバレないように。護衛もジュリアナを除き、少し離れてもらって……。目立たないように。目立たないように、こっそりと。

 イザークに声をかけられたのは、目的の物を買ったすぐ後だった。





 
 店は路地の奥まった場所にあり、尚且つ周囲には女性専門の店が多いエリア。

 となると、護衛とはいえ男性の姿は珍しく、どうしても人目を引いてしまう。

 それが嫌でその時はジュリアナだけを護衛に、二人で行動していたのだが、そこで背後から声をかけられた。

「エルーシア?」

 最初声をかけられた時、正直誰かわからなかった。ただ、その声があまりにも親しげだったから振り返ってしまっただけ。だが、振り返って相手を見ても、私は当初その人が誰なのかわからなかった。

「ああ!やっぱりエルーシアだ!」

 相手の声が跳ね上がる。

 その声は確かに聞き覚えのあるもので。私は急いで記憶を辿り……さして時間もかからず思い出す。

 イザークだ。昔好きだった、私の初恋の人。

 あの頃長かった彼の髪は、短く切り取られていた。すらりとしていた姿が、男の人らしくがっしりとして、記憶の中にある彼の姿とは違ったけれど、声は変わらない。

 初めてローレインに来た時、離れた位置から姿は見たものの一方的なものだった。こうして正面から向かい合うのは何年ぶりだろう。

 お父様の話では、私が婚約した後、事情を書いた手紙を渡したと。詫びも兼ねたもので、私が彼を諦めた事、王都へ戻る事を希望するなら応じる事を書いたから、すぐにでも王都に帰るだろうという話だったのに、どうして今ここにいるか。

 その事を不思議に思いながらも、それ以上の感慨が浮かばない。再会の喜びなんてものは勿論、懐かしいという感覚さえない。

 あれだけ追い回し、好きだと思っていた人なのに。

 あるのは何故まだローレインにいるのだろうという疑問と、何故今になってまで親しげに私の名前を呼ぶのだろうという戸惑いだけ。

 『鬱陶しい』と呼び、私が近くに行くことを『最低』と言ったのに。それほど嫌いな相手にわざわざ声をかけるなんて。

 一体どういうつもりなのか。

 その時、以前ユーリカさんが言っていた言葉を思い出す。

『彼はまだ貴女の事を2年前に別れたままの子供だって思っているようだけど、今の貴女にあったら、自分の不実は伏せて婚約を…って話にもなるでしょうしね』

 本当にそうだろうか。子供だからダメで、大人なら大丈夫な理由は、今になれば理解できる。

 金銭面だけではない、欲を伴った関係。彼はそんな目で私を見るだろうか。

 警戒を隠しもせずに対峙した私に、だが彼は口元に笑みすら浮かべて近づき……。瞬時に動いたジュリアナに止められた。

 彼女の先端が鋭く尖った簪の柄が、イザークの喉元にピタリと付けられる。

 ほんの少しでも動けば、喉が切り裂かれる。彼女の行動に、イザークは止まるしかなかったのだ。

「元カノとでも勘違いしたか?王軍の兵士はよほど目が悪いとみえる」

 ジュリアナが赤く塗られた唇を吊り上げ、捕食者の目でイザークを見る。そして至近距離から太い男の声で囁いた。

「わかっているようだが、こちらの方は、ローレインの次期領主婦人だ。一下級兵士が用もなく声をかければ不敬とみなす。近寄れば容赦なく殺す」
「あ……」

 彼女の正論を真っ正面から受け、イザークが気まずそうに口を閉じる。

 そんな彼を見て、わきまえたと思った彼女が先を促すように私の背に手を添えた時、彼は思わずといった感じで私の手を取った。

「待ってくれ!ただ話をしたいだけなんだ!」

 話?

 あれほど嫌っていた私に、何の話があるのだろう。

「大事な!大事な話なんだ!エルーシア頼むから!」

 必死な形相で詰め寄るイザークに、ジュリアナの眉が苛立たし気に寄る。

 これは!マジで首取る5秒前!

「ジュリアナ!ここじゃダメだって!」

 いえ、話かけられただけで首を取るなんて、ここだけじゃなく、どこでもダメなんだけど。

 焦って彼女を止め、私は改めてイザークに向き直った。

「大事な話とは何です?」

 路地とはいえ、まったく人通りがないわけではない。そんな中で、大きな声で名前を連呼されれば、私が何者かというのが周知されてしまう。しかも相手は年寄りでも幼児でもない妙齢の男性だ。変な噂になっては困る。

 それ以上に、周囲の人にあの店から出てきたのを知られるともっと困る。

 務めて冷静に声をかけると、イザークはホッとした表情を見せ、それから困ったようにジュリアナを見た。

「二人きりになれる場所で話したいんだが……」
「「無理ね」」

 合わさった声で、彼の要求に即座に拒否をする。

 ジュリアナが怖いのは理解するけど、そんな事できるわけがないでしょう?未だに王子には子猫ちゃん扱いの童顔だけど、これでも一応既婚女性よ。

 二人分の拒否にイザークは面食らい、おびえた様子を見せつつ、私とジュリアナの顔を交互に見る。

「ここで言えない事なの?」
「あ……言えないっていうか…、その…秘密の話で……」
「貴方と私で秘密の話?」

 なにそれ?想像もつかないんだけど。でも、秘密は気になるわね。

 さてどうしようか。

 そう思っていると、それまで怖い顔をしていたジュリアナが、急に笑顔を見せた。

「ジュリアナ?」

 またロクでもない事を考えているわね?

 職務に忠実で、勇猛果敢な彼女だけど、元来遊び好きというか、面白いこと好きなせいか、時々思考がとんでもない方向に飛ぶのよね。

「じゃあ、少しだけお時間を差し上げましょうか。あそこ、あそこの店の中なら人目も気にしなくていいし、秘密も厳守できますからいいですよ」 

 先ほどまでの態度とは違い、にこやかに彼女が一軒の店を指差す。

 この通りにあっても不思議には思わない、愛らしいヘッドドレスや髪飾りなどが並べられた店。

 でも多分、領主の息のかかった店なのだろう。

 ジュリアナに連れて来られて入った店内は、奥に密談にふさわしい場所が用意されており、彼女と同種の店長が私に深々と頭を下げた。

「若奥様、エリザベータよ。私の古くからのお友達なの。引退して今はこの店を任せられているわ。ここならどんなヤバい話をしても、大丈夫だからね」

 あ、でも話は手短に、10分でお願いしまーす。

 と、ジュリアナが言うと、続いて大柄というのも憚られるほど縦にも横にも大きなエリザベータが口を開いた。

「エリザベータですわ。お目にかかれて光栄に存じます」

 太い低音が耳に心地いい。多分だけど、引退する前は戦場で敵将たちにさぞ恐れられていただろう。見事な筋肉と豊かな胸筋。悔しいけれど、私のものよりも立派だ。

「よろしく。エリザベータ。急にごめんなさいね」
「構いませんわ。ここは元々領主様のお店。お好きに使ってください」

 エリザベータはそう言うと、私とイザークを奥の部屋に案内し、お茶を出すと、仕切りのカーテンを引いてジュリアナと出て行った。

 そして。

「ちょ、ちょっと待って!何?あの可愛い生き物はーっ!あの方が若奥様?信じられない!可愛いっ!可愛すぎるわよ!私思わず抱きしめたくなっちゃったわ!ヤバかったわー!」

 囁き声にしては大きな話し声が聞こえてきた。

「やーめーてーよ。あんたの馬鹿力でだきしめられたら、若奥様が壊れちゃう!」
「でも可愛いのよ!」
「でしょ?でしょう?お顔も勿論可愛いんだけど、動きがたまんないのよ!ついつい心の中で『てちてち』とか『グイグイ』って擬音をつけてしまうのよーっ!」

 そんな事していたの、ジュリアナ。

 というか、本人たちは小声でプライベートなおしゃべりをしているつもりだろうけど、全部丸聞こえかだら。

「羨ましい!悔しいっ!私もお側付きの護衛になりたいわーっ!」
「ふふん。いいでしょう?」
「何よ、その勝ち誇った顔は!このブス!」
「ほほほ。負け犬の遠吠えなんて、何にも効かないわー」

 ………どうやらエリザベータにも受け入れてもらえそうで嬉しいけれど、できれば、そういうのは本人に聞こえない場所でやってほしい。

 照れるけれど、とにかく今はイザークの言う『大事な話』とかやらを聞かなくては。

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