無口な騎士は思い込み娘がお好き

白野佑奈

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新婚生活はお静かに2

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 気持ちを切り替え、背筋を伸ばし、私は対面に座る彼を見た。

 すると、私が気持ちを切り替えた事に気づいたのか、彼も唖然としていた表情を改め、咳ばらいを一つした。

「その……久しぶりだね、エルーシア。綺麗になったね」
「ええ。お久しぶりです。その節はご迷惑をおかけしました」

 少し頭を下げて、謝意を表す。彼にかけた迷惑は大きなものだが、大げさに謝る事は立場的に許されない。心の中で「ごめんなさい」と言うのがせいぜいだ。

「あ、いや。そんな事ないよ。俺も……その、こっちに来てから手紙も出せなくて……」
「貴方の立場では、それはできなかったでしょう。事情はわかります」

 彼も正直に迷惑だと言えれば良かったのだが、上司の娘の機嫌を損なえば、どんな叱責が飛ぶかわからない。自分の立場を考えれば、あやふやなままの別離を選んでも無理はない。

「そう……なんだ。ごめんよ」
「いえ」

 話はこれだけだろうか。だったら、互いにこれで手打ちかな。と思ったけど、事はそうはいかなかった。

 彼は何度も迷うようなそぶりを見せ、それから真剣な表情で私を見る。

「その……君が嫁ぎ先にこのローレインを選んだのは、俺がいたからだよな?」
「は?」

 何を言っているんだ?この人は。

「いえ、偶然ですわ。第一王子殿下が勧めて下さったお見合い相手が、たまたまローレインの方だったというだけで」
「そう……なのか?俺がいたから……じゃなくて?」

 そんなわけあるかい。って、いくらストーカー気質でも、はっきりと拒まれた相手にそれ以上執着するわけがないじゃない。というか、普通振られた相手となんて、顔も合わすのは嫌だから、できるだけ離れたところに行こうとするんじゃないの?

 万が一普段着で会ってしまて、あーやっぱり振って正解だったわー、なんて思われたら腹立つし。それ以上にそんなことを気にして、いつも綺麗にしていなきゃいけない生活なんて真っ平だわ。

 ああ、でも。もしかして、この人は今も私に粘着されているんじゃないかと、怯えていた……とか?

 一応「もう大丈夫」とお父様も連絡しておいた、と言っていたけど。伝わっていなかったのかもしれない。だったら、改めて伝えた方がいいのかしら?

「あの……。以前付きまとったのは、申し訳ないと思いますが、今はまったく、そういう気持ちはありませんのでご安心下さい」

 気質というのは変えられないかもしれないけれど、気持ちを向ける対象は変えられるからね。

「いや、無理しなくてもいいんだよ?君の気持は……俺はわかっているつもりだから」
「???ありがとうございます」

 何を無理しているのかはわからないけれど、とりあえず今の私が彼にとって無害なのはわかってくれただろう。そう思って礼を言うと……。

「親に強制された結婚でも、俺の事を考えて、俺の近くに嫁いできたんだろう?気持ちのない相手との結婚なんて嫌だったろうに」
「は?」

 貴方今何を聞いていたというの?

「君の結婚が国にとって重要な事はわかるよ。でも、立場はともかく、気持ちは自由になってもいいんじゃないかな?あの頃の俺はまだ若くて、君の献身や干渉を少し……疎ましく思っていたのは確かだ。けど、今の俺は君を求めている。君の全てを受け止める覚悟もある」

 いや、少しばかりじゃなかったわよね。全否定していたわよね。

 私がそれを指摘しようとする隙も与えず、彼はここで声を小さくして囁いた。

「今後もこうして会えないか?俺は、君の気持に応えたいんだ」
「……………」
「本当は、忘れられなかったんだろう?俺のこと」

 本人なりの物凄い決め顔で迫ってくるけれど、かける言葉がないってこういう事かしら。空いた口が塞がらないっていうか。

「これからも、二人でこうして会おう?そして秘密裡になっちゃうけど、あの時の約束を果たそう!」

 待て!全然わかっていないじゃないの!ちょっと待て!本当に待て!どうしてそうなった。

 今までの会話で、こんな方向に進む要素なんて一つもなかったわよね。

 私の今の気持ちなんて「はあ?はあ?はあ?」なんだけど。音にすると、『あ』がフラット、斜め上、超斜め上に上がっていくやつね。

「婚約しても俺が忘れられなかったから、学生の時も、毎年のように長い休みの時はこっちに来ていたんだろう?」

 それはない。単にいきなり嫁ぐよりも、その前に領の勉強や領民と交流をしたいと思ったからだ。

 しかし、人は面白い話の方に飛びつくもの。

 もし彼が、こんな飛んでも話を周囲にしたらどう思うだろう。

 勿論、事実はそうではないし、周囲の人は私の過去も、現在も知っているから惑わされることはないと思う。

 けれど、そうでない人は?

 世の中は良く思ってくれている人がいれば、ほぼ同数のアンチも存在する。

 中には彼の話を信じ、私と彼が切れていないのではないか。度々領を訪れていたのも、彼に会うためじゃないか、と思う人も出てくるだろう。もしかしたら、そこから関係があったんじゃないかと邪推する人も出てくるかもしれない。

「もし、これからもこうして君と会えるなら、この事実は言わない」

 いえ、事実じゃないから。っていうか、これって脅し?私、脅されているの?文脈的に会わないと、彼だけの『真実』という名の『思い込み』を言いふらすって聞こえるんだけど。

 考えもしていなかった展開にひたすら困惑していると、不意に仕切りのカーテンが開き、そこに逞しい腕を組み、足を開いて仁王立つジュリアナがいた。

「はーい。お時間でーす。お話終わりましたかー?」

 高い声で歌うように叫ぶ彼女の背後では、エリザベータが店内の呼び鈴をチンチンとけたたましく鳴らしている。

 どうやらタイムアウトのようだ。………助かった。

 その事にホッとしていると、目の前にいたイザークが両の腕を二人の美女に取られ、軽々と連行されていく。

 足、地面についていないのよね。

「ちょ、ちょっと待って下さい!まだ話が……!」

 突然の事に一瞬虚を突かれた彼だったが、我に返って暴れ出す。が、身をよじるほど抵抗しても、美女二人の筋肉には敵わない。

「時間切れなんだもーん。仕方ないわよね」
「そうそう。時間切れ。ついでに言うと、今後若奥様に近づいたら、問答無用で襲っちゃうから、ヨロシク」

 迷惑系一兵卒に対し、自警団や、自治隊を頼るんじゃなくて、自力救済の道を選ぶんだ。さすがエリザベータ。男の中の男。食物連鎖の頂点みたいな肉食獣の笑みに惚れ惚れするわ。

 エリザベータの宣言を受けて、ジュリアナの目が輝く。

「やだ、ちょっと!エリザベータにやられたら、あんたもう元の道には戻れないわよー!」
「そうよ。私ってば、軍に居た時も生意気な奴を片っ端から矯正した、そっち方面の教育係だったんだから!」
「エリザベータの呼び出しは、その道の『片道切符』って有名だったのよねー!」

 そんな切符を買うより、自治隊に突き出され、檻の中にいた方が幸せなんじゃないだろうか。

 二人に運び出され、ゴミみたいに店外に放り出されるイザークを見て、私は心の中で彼に対し手を合わせていた。師匠がしていたように。

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