無口な騎士は思い込み娘がお好き

白野佑奈

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新婚生活はお静かに3

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「あの坊やも身の程知らずねぇ。ライバルが若だってことわかっているのかしら?」

 店を出て少ししたところで、ジュリアナが呟く。

「うちの若は問題がないわけじゃないけど、顔良し、体格良し、頭良し。腕っぷしも良しの男なんだけど」

 その中に性格は入っていないのね。

 それを意外に思いながら横目で彼女を見るが、彼女はその事に言及せずに続けた。

「おまけにこんなものが必要になるくらい、奥様を愛しきっちゃっているんですもの。間男になれる隙間なんて、1ミクロンもないのにね」
「え?え?な、何で知ってるの?」

 私は袋の隙間から中を覗くジュリアナに、声を跳ね上げた。

 お店の人からだって隠れるようにして買ったのに、何故わかるのか。って、そうよね。あの時彼女は隣にいたものね。

「でも、何もそんなのわざわざ隠れて買わなくても、若に直接言ったらいいんじゃないんですか?自重しろ、って」
「う……。そうなのかもしれないけど……」

 城に出入りしている業者にも、近くで世話をしてくれている侍女たちにも頼まず、自ら街に出て買っていた物。

 それは傷薬というか、消炎殺菌作用のある傷薬だった。使う用途としては……その。夜の行為によるもので。

 とはいえ、決して彼が自分本位というわけではない。それは決してない。

 いつだって、大事に扱ってくれるし、どちらかというと奉仕タイプの人なのだと思う。思うんだけ
ど……。その、回数とかいろいろあるじゃない。

 だから、ジュリアナが心配してくれるのもわかるのだけど。

「その……ね?前に爺や様がおっしゃっていたの。騎士は長い時間戦場にいて、性欲も勿論だけど、メンタル面で娼婦を抱く事もある、って」

 遠征と日常は違う。期間が長ければ、不便も多くなる。

 そこに商機を見出したのが、商隊や娼婦たちだ。長期の遠征になると見るや、彼らは自主的に軍に寄り添い、彼らと行動を共にする。それ故、過ちも多いけれど、待っている妻や恋人を裏切っているつもりはないから見逃してやってほしい。と言いたかったようだ。

 私も父は軍人だったし、自分も騎士の妻になろうとしていた人間だ。事情はわかるし、覚悟もしている。

 ……もっとも、父はそういうものを利用したことがないらしいけど。

 父が出征すると、フランクと同じく何故かとんでもない事件や事故が起こるらしい。それらから逃げ回りつつ、対処しているうちに戦が終わっている、と。

「一瞬でもそんな時間があれば、寝るよ」

 戦から帰ってくる度、ボロ雑巾のようになっている父を見ると、納得せざるを得ない。

 因みに現在アレクは騎士ではなく次期領主だし、彼が出なければならないような戦はここ最近ない。けれど、この先もまったくないとは限らないのだ。

「あの爺ぃ。余計な事を……」
「でも、本当の事だし」

 だから、そういう時が来た時にも、プロフェッショナルな彼女たちに負けないよう、なるべくアレクの気持ちを引いておけるように努力(?)しているのだけど。

 応えきれていないんじゃないかと思う、今日この頃だ。

「ああ、もう若奥様ってば。おバカちんすぎて、可愛いわぁ」

 少ししょんぼりした気分でいると、ジュリアナが自分の両頬を押さえて弾んだ声を上げる。

 おバカちんって……。

 唇を尖らせた私に、ジュリアナが優しくほほ笑む。

「例え長引く戦争になっても、若様は娼婦たちを近寄らせませんよ。その為に、あれだけ嫌がっていた魔道を使うようになったんだし」

 騎士たるもの、己の剣に命を懸け、己の剣技だけで戦うべし。

 誰から教わったのか知らないけど、魔道の一族の中にあって、アレクは長い間この言葉を信じ、研鑽を重ねてきた。

 そして、兄や姉に魔道では敵わないというコンプレックス抱いた彼は、剣を扱えば当代一と呼ばれる剣の達人になった。

 その彼が、私と婚約した頃から、あれほど拒んでいた魔道の練習をしている。

 理由は一つ。いつでもどこでも、私の傍にいたいから。

 聞いた時は「何てこっ恥ずかしい!」と真っ赤になってしまったけれど、彼は真剣にそう思っていて。そして、元々の才能故か、彼の魔道は短期間で目覚ましく上達したそう。

「今の若なら、例え戦場からだって毎晩、若奥様の寝所に現れますって。それに元々、若ってそういう方面では淡泊だし」
「そうなの?」

 連日の所業を考えるに、そうはとても思えないんだけど。

「先日も視察先の町長の孫とかいう女が、『奥様一筋なのはわかりますが、他のも試してみたらどうでしょう?案外気に入るかもしれませんよ』って迫ってきたらしいです」

 ああ、やっぱりアレクってばモテるから!

 頭の中にアレクに身を寄せる女性の姿が容易に浮かぶ。夫の貞操の危機!

 だが、過去の事とはいえ焦る私とは反対に、ジュリアナは白けた目で遠くを見てから告げた。

「そしたら若、その女に何て言ったと思います?『生臭い』ですよ!」
「は……?臭い?」

 若い女性に言っていい言葉じゃないでしょう、それは。

「若ってば、鼻がいいんですよ。それこそ犬並みに」

 どこまでもフランクと一緒なのね。

 感心していいのか、悪いのか。戸惑う私を他所に、話が続く。

「若奥様は、出会った時から果実のようないい匂いがしたそうですが、若がそう感じるのは若奥様だけだそうです」

 匂い?

 私は一度、自分の腕を持ち上げて匂いを嗅いでみる。……よくわからない。毎日お風呂は欠かさないから臭い事はないようだけど、果物のようないい匂いもしない。

「私……臭い?」

 自分ではよくわからなくて、隣のジュリアナに聞いてみると、彼女は真面目な顔で首を横に振った。

「臭くはないですね。というか、若奥様は無臭に近いですよね」

 う、申し訳ない。香水もつけてない日が多くて。

 でもとりあえず、臭くはないということで。ちょっとホッとしたわ。じゃあ、アレクの言う匂いって……フェロモンって事かしら?フェロモンは意識した匂いじゃないっていうし。

「あの鼻のせいもあるかも知れませんが、若って前から若奥様以外と同衾なんてしたことないんですよね」
「え?そうなの?」

 ってことは、アレクも私が最初?嘘、あんなにモテそうなのに?

 彼なら相手の方からお願いしますっ!って頼まれるだろうに。もっと言うなら、そういう相手が城の周囲を十重二十重に囲い込み、押し合いへし合い。それが邪魔で外出できない状態になっていても、おかし
くないと思うんだけど。

「そうなんですよねぇ。閨教育は悉く失敗するし、戦場で無理やり娼婦を送り込んでも叩き出すし」

 次男とはいえ、アレクは領主の子供だ。万が一の時の為にも、機能不全では困る。 

 なんの反応もしなかったという娼婦たちの言葉に、周囲の者たちは困惑していた。

「男の方がいいのか、なんて話もあったくらいですよ」

 それを真に受けた兵士の一人が、夜這いの末、死ぬか生きるかの状態にされるまでは。

「結局杞憂でしたよね。若奥様が嫁いで来られてからの若の行動を見ると」

 ジュリアが私の手の中の袋を見下ろし、はーっとため息を吐く。

 そうね。結婚してからのアレクと言ったら、禁欲的とは口が裂けても言えない状況なのだもの。

 時間が許す限り私の傍から離れず、大抵は私の足元に腰を下ろし、うっとりとした目で見上げ、膝に頬ずりをしてくる。

 実家に遊びに行った時なんて、「その場所は俺様のものだ」というフランクと喧嘩になったくらい。

 アレクの犬化が止まらない。

「でもやっぱり、ご夫婦の事ですから、話し合った方がいいですよ」
「……うん」

 恥ずかしい話だけど、本気で心配してくれるのがわかるから、私は小さく頷いた。
 

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