37 / 392
1[ヴィル]
神薙降臨 §3
しおりを挟む
「王宮は何を隠蔽しようとしているんだ?」
「いくつかあるが、中でも一番大きいのは、啓示を受けていないことだ」
「なんだと!?」
俺は額に手をやり、天井を見つめた。
「いくらなんでもマズいだろう……お前それ、なんて言うか知っているか?」
「拉致――神薙本人もそう言った。家族の元へ帰してほしいと涙を流した」
「当たり前だ。俺だって同意を得ずに異世界へ連れて行かれたら、泣くし暴れるぞ? 喚んだのは魔導師団だよな? いったい何をやらかしたんだ」
「それも今調べている。罪はすべて陛下が背負うことになるだろうな」
「いろんな意味で、過去最悪で最低な召喚じゃないか」と、俺は吐き捨てるように言った。
過去の神薙は貴族を脅して財産を絞り取っていたが、王家は国家安全のため、いかなる脅迫も受けずに済むよう対策を講じていた。しかし、神薙に対して負い目があると、それが機能しなくなってしまう。
「これでもし、拉致されたことをネタに王家がゆすられることになったら……」
俺が頭を抱えていると、彼は「そうはならないと思う」と言った。
「なぜそう思う?」
「陛下と宰相が一応の予防策を打っていた。しかし、それすらも不要なのではないかと俺は思う」
「その心は?」
「――今日一日で、何度もお礼を言われた」
「は? 神薙が? お前にお礼?」
「立つ時、座る時、お茶と菓子が運ばれて来た時、馬車に乗る時、目的の場所に着いた時、涙を拭いた時――相手が貴族であろうと、平民の使用人であろうと関係ない。周りが何かするたびにお礼を言う優しい方だった。他人を脅すなんてことは考えにくい」
「あのなぁ、俺たちは神薙からお礼なんか言われたことは一度もないぞ? 死ぬまで面倒で、死んでからも面倒をかけられたというのに……」
「まあ、先代まではそうかもしれないが――」
クリスの口からは、俺の理解を超えた話が次々と飛び出した。
侍女を同じ茶の席に着かせ、菓子を食べながら和やかに話をしていたとか、ヒト族と天人族の見分けがつかないとか、メイドにお礼を言うだけでなく、雑談をしていたとか――
神薙は本能的に天人族を見分けていたはずだ。それに、使用人に礼を言ったり、メイドと雑談する意味もない。
「苦虫を噛み潰したような顔で乾燥肉を食うなよ」と、彼は笑った。
「すまん。ちょっと頭の処理が追いつかない」
「俺もお礼を言われて腰が砕けそうになり、涙を見て心臓が潰れそうになって、抱きかかえて昇天しかけたぞ」と、彼は笑いながら言った。
「まったく……ご無事でなによりだよ」
「包み込んで癒やすような力を持った方だった」と、クリスは手に持っていた乾燥肉をいじくり回しながら言った。顔を上気させて何もない空間を眺めている。
「小さくて柔らかな手、華奢な肩、柔らかそうな胸、それにあの細い腰……。服ですべて隠されていると、かえって想像をかき立てられるものだ」
彼は恍惚の表情を浮かべ、両手で女体をなぞるかのように神薙の姿を描き始めた。
「やめろ、変態ゴリラ。さては酔っているな?」
「誰がゴリラだ。せめてクマって言え」
「うるさい、早く人間に戻れ」
こいつは「王都にクランツあり」と言われた騎士だ。毒ヘビなんぞに骨抜きにされてたまるか。
「お前は最強の騎士団を作るのではなかったのか!」と、俺は彼を鼓舞した。
「ああ、そうだとも。今日から俺は、リア様のために生きる」
「先週までと別人じゃないか。勘弁してくれ!」
「まだ話は終わっていない。ちゃんと全部聞けよ」と、クリスは文句を言っている。
「聞いているだろ?」
「さっきから、ちっとも信じていないだろう。お前も会え!」
「ちょっ、よせッ! しがみつくな……ッ」
「全部本当だ! マジなんだ! 信じろ!」
酔っぱらった毛むくじゃらが、俺をユサユサと揺らしている。
「やめろ、酒を飲んでいる時に揺らすやつがあるか! お前の制服に吐くぞ!」
結局、リアとかいう新しい神薙の話は、深い時間まで延々と続いた。
彼によると、たいそう可憐だそうだが、一か月もすれば毒を帯びた……ある意味、神薙らしい神薙になっている気がする。その時は彼の失恋話を聞いてやることにしよう。
神薙の護衛は我が第一騎士団の仕事だ。
彼の勧めに従い、部下の「書記君」に側仕えを頼むことにした。
今まで神薙の側仕えはヒト族の部下に任せていたが、身分が低いせいで神薙に限らず周りから見下されることが多かった。
アレンは侯爵の筆頭オーディンス家の嫡男だ。彼より上位には武家しかおらず、その数もわずか。不足はないはずだ。
例の試作品のメガネも役に立つだろう。細い岩に見える男に興味を持つ神薙はいない。
「ヴィル、お前も早く会ったほうがいいぞ」
帰り際の玄関先で、クリスは急にこちらを振り返って言った。
「俺はいいよ。神薙とは関わらないことにしているから」
「後悔して泣いても知らねぇぞ?」と、彼は横目で俺をバカにしている。
「披露目の会で見るよ。一番遠~い所からコソッ、チラッとな」
「一生言っていろ。ばぁか」
彼はヒゲぼうぼうの顔でニヤリと笑い、鼻歌を歌いながら機嫌よく自分の部屋へ戻って行った。
ひどい眠気と頭痛にこめかみを押さえながら、俺はふらふらとベッドに潜り込んだ――
「いくつかあるが、中でも一番大きいのは、啓示を受けていないことだ」
「なんだと!?」
俺は額に手をやり、天井を見つめた。
「いくらなんでもマズいだろう……お前それ、なんて言うか知っているか?」
「拉致――神薙本人もそう言った。家族の元へ帰してほしいと涙を流した」
「当たり前だ。俺だって同意を得ずに異世界へ連れて行かれたら、泣くし暴れるぞ? 喚んだのは魔導師団だよな? いったい何をやらかしたんだ」
「それも今調べている。罪はすべて陛下が背負うことになるだろうな」
「いろんな意味で、過去最悪で最低な召喚じゃないか」と、俺は吐き捨てるように言った。
過去の神薙は貴族を脅して財産を絞り取っていたが、王家は国家安全のため、いかなる脅迫も受けずに済むよう対策を講じていた。しかし、神薙に対して負い目があると、それが機能しなくなってしまう。
「これでもし、拉致されたことをネタに王家がゆすられることになったら……」
俺が頭を抱えていると、彼は「そうはならないと思う」と言った。
「なぜそう思う?」
「陛下と宰相が一応の予防策を打っていた。しかし、それすらも不要なのではないかと俺は思う」
「その心は?」
「――今日一日で、何度もお礼を言われた」
「は? 神薙が? お前にお礼?」
「立つ時、座る時、お茶と菓子が運ばれて来た時、馬車に乗る時、目的の場所に着いた時、涙を拭いた時――相手が貴族であろうと、平民の使用人であろうと関係ない。周りが何かするたびにお礼を言う優しい方だった。他人を脅すなんてことは考えにくい」
「あのなぁ、俺たちは神薙からお礼なんか言われたことは一度もないぞ? 死ぬまで面倒で、死んでからも面倒をかけられたというのに……」
「まあ、先代まではそうかもしれないが――」
クリスの口からは、俺の理解を超えた話が次々と飛び出した。
侍女を同じ茶の席に着かせ、菓子を食べながら和やかに話をしていたとか、ヒト族と天人族の見分けがつかないとか、メイドにお礼を言うだけでなく、雑談をしていたとか――
神薙は本能的に天人族を見分けていたはずだ。それに、使用人に礼を言ったり、メイドと雑談する意味もない。
「苦虫を噛み潰したような顔で乾燥肉を食うなよ」と、彼は笑った。
「すまん。ちょっと頭の処理が追いつかない」
「俺もお礼を言われて腰が砕けそうになり、涙を見て心臓が潰れそうになって、抱きかかえて昇天しかけたぞ」と、彼は笑いながら言った。
「まったく……ご無事でなによりだよ」
「包み込んで癒やすような力を持った方だった」と、クリスは手に持っていた乾燥肉をいじくり回しながら言った。顔を上気させて何もない空間を眺めている。
「小さくて柔らかな手、華奢な肩、柔らかそうな胸、それにあの細い腰……。服ですべて隠されていると、かえって想像をかき立てられるものだ」
彼は恍惚の表情を浮かべ、両手で女体をなぞるかのように神薙の姿を描き始めた。
「やめろ、変態ゴリラ。さては酔っているな?」
「誰がゴリラだ。せめてクマって言え」
「うるさい、早く人間に戻れ」
こいつは「王都にクランツあり」と言われた騎士だ。毒ヘビなんぞに骨抜きにされてたまるか。
「お前は最強の騎士団を作るのではなかったのか!」と、俺は彼を鼓舞した。
「ああ、そうだとも。今日から俺は、リア様のために生きる」
「先週までと別人じゃないか。勘弁してくれ!」
「まだ話は終わっていない。ちゃんと全部聞けよ」と、クリスは文句を言っている。
「聞いているだろ?」
「さっきから、ちっとも信じていないだろう。お前も会え!」
「ちょっ、よせッ! しがみつくな……ッ」
「全部本当だ! マジなんだ! 信じろ!」
酔っぱらった毛むくじゃらが、俺をユサユサと揺らしている。
「やめろ、酒を飲んでいる時に揺らすやつがあるか! お前の制服に吐くぞ!」
結局、リアとかいう新しい神薙の話は、深い時間まで延々と続いた。
彼によると、たいそう可憐だそうだが、一か月もすれば毒を帯びた……ある意味、神薙らしい神薙になっている気がする。その時は彼の失恋話を聞いてやることにしよう。
神薙の護衛は我が第一騎士団の仕事だ。
彼の勧めに従い、部下の「書記君」に側仕えを頼むことにした。
今まで神薙の側仕えはヒト族の部下に任せていたが、身分が低いせいで神薙に限らず周りから見下されることが多かった。
アレンは侯爵の筆頭オーディンス家の嫡男だ。彼より上位には武家しかおらず、その数もわずか。不足はないはずだ。
例の試作品のメガネも役に立つだろう。細い岩に見える男に興味を持つ神薙はいない。
「ヴィル、お前も早く会ったほうがいいぞ」
帰り際の玄関先で、クリスは急にこちらを振り返って言った。
「俺はいいよ。神薙とは関わらないことにしているから」
「後悔して泣いても知らねぇぞ?」と、彼は横目で俺をバカにしている。
「披露目の会で見るよ。一番遠~い所からコソッ、チラッとな」
「一生言っていろ。ばぁか」
彼はヒゲぼうぼうの顔でニヤリと笑い、鼻歌を歌いながら機嫌よく自分の部屋へ戻って行った。
ひどい眠気と頭痛にこめかみを押さえながら、俺はふらふらとベッドに潜り込んだ――
49
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です
葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。
王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。
孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。
王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。
働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。
何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。
隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。
そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。
※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。
※小説家になろう様でも掲載予定です。
英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です
氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。
英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。
花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜
文月・F・アキオ
恋愛
婚活に行き詰まっていた桜井美琴(23)は、ある日突然異世界へ召喚される。そこは女性が複数の夫を迎える“一妻多夫制”の国。
花嫁として召喚された美琴は、生きるために結婚しなければならなかった。
堅実な兵士、まとめ上手な書記官、温和な医師、おしゃべりな商人、寡黙な狩人、心優しい吟遊詩人、几帳面な官僚――多彩な男性たちとの出会いが、美琴の未来を大きく動かしていく。
帰れない現実と新たな絆の狭間で、彼女が選ぶ道とは?
異世界婚活ファンタジー、開幕。
黒騎士団の娼婦
星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。
異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。
頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。
煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。
誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。
「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」
※本作はAIとの共同制作作品です。
※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。
異世界に行った、そのあとで。
神宮寺あおい@1/23先視の王女の謀発売
恋愛
新海なつめ三十五歳。
ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。
当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。
おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。
いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。
『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』
そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。
そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる