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2[リア]
化け物
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「リアは、あの小さな化け物を食べたことがあるのか?」
ヴィルさんがおかしなことを言った。
海の幸をほとんど食べない彼にとって、イカは食べ物ではなく「化け物」らしい(笑)
いやいやいや、食べないにしても知識としてイカとタコくらいは知っているものではないの?と思ったけれども、ジュワーっという音にそんな思いもかき消されていく。
お兄さんはハケで黒い液体をイカに塗り、ひっくり返すと裏面も同様に塗りつけた。
それが繰り返されるたび、辺りにはお醤油の焦げる香ばしい香りが広がる。
やはり「南大陸のソース」は醤油かそれに近い調味料のようだ。
ということは、南大陸の食文化は要チェックということになる。
「はぁぁ、懐かしい香り……」
当初は醤油と味噌がなくても生きていけると強がりを言っていたけれど、やはり遺伝子レベルで体が和食を求めてしまう。
この香りはダメだ。どうやっても抗えない。
群がっていたお客さん達も一様にそわそわし始めていた。皆さん分かっていらっしゃる。
「ヴィルさん、わたしあれを頂きたいと思います」
「う、嘘だろう……?」
「お願いです。ダメって言わないで。わたしの母国の屋台で売っていたものにそっくりなのですっ」
「しかし、足が三十本くらいあるぞ」
足の数が三倍になっちゃってる……(汗)
周りにいるお客さん達はお金を用意して列をなし始めた。皆さん買う気満々だ。
これだけ人気があるということは、絶対に美味しい。ここで遅れを取ったら売り切れは必至。
この三十本足の化け物呼ばわりしている人を説得しなくては。
「ヴィルさん、イカの足は十本で、お友達のタコさんは八本足ですっ」
「リア、十本でも八本でもおかしいぞ。馬の倍以上だ」
「とっても美味しいのです。ほら、どんどん売れていますでしょう?」
「確かに人気だ……意味が分からない」
「大丈夫、わたしを信じてくださいっ」
「……わかった、我々も並ぼう」
「お小遣いを持ってきたので、わたしが買ってまいります。ヴィルさんは席の確保をお願いいたしますっ。ではっ!」
「……え? お、おい!」
人混みの中を移動するのは慣れている。スルスルと避けながら最後尾を目指し、シュタッ! と並んだ。
その瞬間、背中に誰かの手が触れた。
「んっ?」
振り返るとオーディンス副団長がいた。
「こら、彼から離れては駄目だと言ったでしょう?」
「あっ」
いけない……。
食い気に気を取られて、またやらかしてしまった。今日は釘を差されていたから気をつけていたのに。
護衛に守られる生活に慣れてきても、何かの拍子にこうやって長年染み付いたクセが出てしまう。
「悪い子ですねぇ」
「ご、ごめんなさい……」
「しかし、人にぶつからずに進むのが上手いですね」
「ん?」
「ああ、こうやって八人を撒いたのかと納得しました」
「あああぁ、そうやってわたしの黒歴史をぉぉ」
「ふふふ。ついでなので、ひとつ美味しいお店をお教えしましょう」
「わぁ♪」
イケ仏様が美味しいクレープ屋台の場所を教えてくれた。
追いかけてきたヴィルさんがそばに来ると、彼はわたしの頭をヨシヨシしてまた離れていく。通行人を装って守ってくれているのだ。
「なあ、リア……これはどこに顔があるのだろう。意味の分からない化け物だと思わないか?」
またヴィルさんがイカ氏を化け物呼ばわりした。
「三角のところが耳で、足の付け根に目と口があるはずですよ?」
「おお、恐ろしいことをさらりと言う……」
彼は鉄板の上を睨み、眉間に皺を寄せている。
店員さんは気にする素振りもなく、一口サイズにカットして紙のトレイに乗せると、木のピックを付けてくれた。
「あのぅ、そのソースはどこかで売られているのでしょうか?」
いかつい店員さんに恐る恐る聞いてみると、感じ良く教えてくれた。
「同じものがあっちの角の乾物屋にありますよー!」
「なんという名前なのでしょうか」
「えーとね、ここで使ってるのと同じものが欲しいと言えば店主が分かります」
「そうなのですねぇ」
「うちのは業務用のデカいやつだけど、家で使うなら、小さい瓶のがいいですよ」
「ありがとうございます。あとで行ってみます」
「毎度ありぃ! またどうぞぉ!」
素敵な情報を入手した後、ちゃっかりクレープも買いに行き、テーブルがある休憩エリアへ移動する。
侍女長と従者が各々買ったものを持って加わると、ヴィルさんがコッソリ鑑定魔法を使って問題がないことを確認してくれた。
三か月以上ぶりの醤油味は、「最高」の一言に尽きる。九州醤油のような、やや甘めの味だ。
ヴィルさんも化け物呼ばわりしていたわりには「美味だ」と言って食べていた。
「足と耳もコリコリとして美味しいですよ。食感が違います」
「そんなブツブツした気味の悪いものをリアの口には……あっ、よせっ!」
モキュモキュとイカゲソを食べているわたしを、ヴィルさんは悲しそうな顔で見ていた。初心者には難易度が高いのかも知れない。
「実はわたしのほうが化け物なのですよ?」
「リアに食われるのなら十本足でいるのも悪くはないな」
地元の夏祭りの味だと話したら、「ほう、夏に大量発生する化け物なのか」と、またトンチンカンな返事が返ってきた。
どうも彼は、食べ物の話をし始めると、途端に面白くなってしまう。
少し前はサラダを「草」と呼んでいて、葉っぱですらないトマトまで「草」呼ばわりだった。
わたしはイカ墨のパスタも好きなのだけど、この状況で墨の話をすると化け物感が増してしまいそうだったので、今日のところはやめておいた。
ヴィルさんがおかしなことを言った。
海の幸をほとんど食べない彼にとって、イカは食べ物ではなく「化け物」らしい(笑)
いやいやいや、食べないにしても知識としてイカとタコくらいは知っているものではないの?と思ったけれども、ジュワーっという音にそんな思いもかき消されていく。
お兄さんはハケで黒い液体をイカに塗り、ひっくり返すと裏面も同様に塗りつけた。
それが繰り返されるたび、辺りにはお醤油の焦げる香ばしい香りが広がる。
やはり「南大陸のソース」は醤油かそれに近い調味料のようだ。
ということは、南大陸の食文化は要チェックということになる。
「はぁぁ、懐かしい香り……」
当初は醤油と味噌がなくても生きていけると強がりを言っていたけれど、やはり遺伝子レベルで体が和食を求めてしまう。
この香りはダメだ。どうやっても抗えない。
群がっていたお客さん達も一様にそわそわし始めていた。皆さん分かっていらっしゃる。
「ヴィルさん、わたしあれを頂きたいと思います」
「う、嘘だろう……?」
「お願いです。ダメって言わないで。わたしの母国の屋台で売っていたものにそっくりなのですっ」
「しかし、足が三十本くらいあるぞ」
足の数が三倍になっちゃってる……(汗)
周りにいるお客さん達はお金を用意して列をなし始めた。皆さん買う気満々だ。
これだけ人気があるということは、絶対に美味しい。ここで遅れを取ったら売り切れは必至。
この三十本足の化け物呼ばわりしている人を説得しなくては。
「ヴィルさん、イカの足は十本で、お友達のタコさんは八本足ですっ」
「リア、十本でも八本でもおかしいぞ。馬の倍以上だ」
「とっても美味しいのです。ほら、どんどん売れていますでしょう?」
「確かに人気だ……意味が分からない」
「大丈夫、わたしを信じてくださいっ」
「……わかった、我々も並ぼう」
「お小遣いを持ってきたので、わたしが買ってまいります。ヴィルさんは席の確保をお願いいたしますっ。ではっ!」
「……え? お、おい!」
人混みの中を移動するのは慣れている。スルスルと避けながら最後尾を目指し、シュタッ! と並んだ。
その瞬間、背中に誰かの手が触れた。
「んっ?」
振り返るとオーディンス副団長がいた。
「こら、彼から離れては駄目だと言ったでしょう?」
「あっ」
いけない……。
食い気に気を取られて、またやらかしてしまった。今日は釘を差されていたから気をつけていたのに。
護衛に守られる生活に慣れてきても、何かの拍子にこうやって長年染み付いたクセが出てしまう。
「悪い子ですねぇ」
「ご、ごめんなさい……」
「しかし、人にぶつからずに進むのが上手いですね」
「ん?」
「ああ、こうやって八人を撒いたのかと納得しました」
「あああぁ、そうやってわたしの黒歴史をぉぉ」
「ふふふ。ついでなので、ひとつ美味しいお店をお教えしましょう」
「わぁ♪」
イケ仏様が美味しいクレープ屋台の場所を教えてくれた。
追いかけてきたヴィルさんがそばに来ると、彼はわたしの頭をヨシヨシしてまた離れていく。通行人を装って守ってくれているのだ。
「なあ、リア……これはどこに顔があるのだろう。意味の分からない化け物だと思わないか?」
またヴィルさんがイカ氏を化け物呼ばわりした。
「三角のところが耳で、足の付け根に目と口があるはずですよ?」
「おお、恐ろしいことをさらりと言う……」
彼は鉄板の上を睨み、眉間に皺を寄せている。
店員さんは気にする素振りもなく、一口サイズにカットして紙のトレイに乗せると、木のピックを付けてくれた。
「あのぅ、そのソースはどこかで売られているのでしょうか?」
いかつい店員さんに恐る恐る聞いてみると、感じ良く教えてくれた。
「同じものがあっちの角の乾物屋にありますよー!」
「なんという名前なのでしょうか」
「えーとね、ここで使ってるのと同じものが欲しいと言えば店主が分かります」
「そうなのですねぇ」
「うちのは業務用のデカいやつだけど、家で使うなら、小さい瓶のがいいですよ」
「ありがとうございます。あとで行ってみます」
「毎度ありぃ! またどうぞぉ!」
素敵な情報を入手した後、ちゃっかりクレープも買いに行き、テーブルがある休憩エリアへ移動する。
侍女長と従者が各々買ったものを持って加わると、ヴィルさんがコッソリ鑑定魔法を使って問題がないことを確認してくれた。
三か月以上ぶりの醤油味は、「最高」の一言に尽きる。九州醤油のような、やや甘めの味だ。
ヴィルさんも化け物呼ばわりしていたわりには「美味だ」と言って食べていた。
「足と耳もコリコリとして美味しいですよ。食感が違います」
「そんなブツブツした気味の悪いものをリアの口には……あっ、よせっ!」
モキュモキュとイカゲソを食べているわたしを、ヴィルさんは悲しそうな顔で見ていた。初心者には難易度が高いのかも知れない。
「実はわたしのほうが化け物なのですよ?」
「リアに食われるのなら十本足でいるのも悪くはないな」
地元の夏祭りの味だと話したら、「ほう、夏に大量発生する化け物なのか」と、またトンチンカンな返事が返ってきた。
どうも彼は、食べ物の話をし始めると、途端に面白くなってしまう。
少し前はサラダを「草」と呼んでいて、葉っぱですらないトマトまで「草」呼ばわりだった。
わたしはイカ墨のパスタも好きなのだけど、この状況で墨の話をすると化け物感が増してしまいそうだったので、今日のところはやめておいた。
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