昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

文字の大きさ
190 / 392
5[リア]

ダンス §2

しおりを挟む
 翌朝の朝食はダンスの話で持ちきりだった。
「とにかく一曲踊れればいい。演奏時間はわずか三分半だ」と、ヴィルさんは言った。
 最初の一曲目は舞踏会の雰囲気を決める重要な曲——あらかじめ主催者が決めた『小鳥の挨拶』という曲に決まっていた。

 この国の貴族は、幼いうちからダンスを習い始め、何年もお稽古をするそうだ。しかし、わたしが練習に費やせる期間は極端に短い。効率よく学ばなければ、とてもではないけれど当日には間に合わない。
 執事長が昔、生徒を取ってダンスを教えていたことがあると言うので、教えてもらうことになった。



 まずは執事長と侍女長が模範演技として踊って見せてくれた。
 てっきりお堅いクラシック音楽でガチガチフォーマルなダンスを踊るものと思い込んでいたけれど、それは杞憂だった。侍女のイルサが弾く軽快なピアノに合わせ、二人は優雅に、そして時にかわいらしく踊っていた。『小鳥の挨拶』は弾むような明るいワルツだ。

 わたしはひたすら侍女長の動きを目で追った。
 簡単そうな動きに見えるけれど、姿勢を維持したまま下半身は複雑なステップを踏んでいる。前後左右への動きに加えて、ターンが何種類もあるように見えた。その一方で上半身も暇ではない。指先まで表現に使うので、まったく気が抜けない。
「おぉっと上体逸らし? んんー、また違うターンが……」
 ブツブツ言いながら見学していると、ヴィルさんが後ろからハグをしてきた。

「できそうか?」
「あの振り付けは皆同じですか? わたしたちもまったく同じように踊るのですか?」
「いや、競技ではないから自由だ。できない技はやらず、できる範囲で踊ればいい。彼女は上級者だから、すべてを一通り見せてくれていると思えばいい」
「なるほど……」

 初めから最後まで決められた振りつけがあるわけではなく、基本的なルールを守りつつ、できる範囲の技術を使って、楽しく踊ればいいようだ。
「ダンスは娯楽だから力まず楽しもう」と、彼は言う。楽しめるレベルに到達できるかは本人の努力次第という感じだ。

 リードは男性がしてくれるけれど、互いに相手がやろうとしていることを汲み取って動くのが基本。しかし初心者はその空気が読めない。そこで、先に振り付けを決めてしまい、それをまるごと覚えて本番に臨むという作戦を立てた。
 ところが、執事長たちがオススメしてくる振り付けの難易度が高い。皆、はっきりとは口に出さないけれど、王族のヴィルさんと神薙に初心者ダンスを披露させるわけにはいかない、恥をかかせてはいけないと考えているようだ。
 わたしはこのダンスで、貴族の人たちからオルランディアのものさしで価値を測られるのだ。結婚相手が決まったからといって、すぐに安心して暮らせるというわけではないらしい。
 まずは基本を体にたたき込まなければ話にならない。

 ふと自転車の乗り方を教わった時のことを思い出した。
「早く上達するから」と、父は自転車の命とも言うべきペダルを外してわたしに乗らせた。
「いいか、チャリンコをなめるなよ」
 バランスを取りながら、進行方向と速度の調整をし、自分で前進もさせなくてはならない。一人の人間が、それを同時に全部やるわけだから、とても操縦が難しい乗り物なのだと、父は力説していた。
 一番厄介なペダルを取り除き、それ以外をすべてできるようにしてから、ペダルをつけて仕上げをする。当時のわたしには理解できないやり方だったけれど、そのおかげで周りのお友達よりも早く自転車に乗れるようになった。
 ダンスも足と上半身を使う。「チャリンコ方式」で学べば効率が良いかもしれない。執事長とカリキュラムを確認し、教わる順番を相談した。

 わたしにとって最も難易度が高いのは、ステップとターンだ。
 ダンスの基本でもあるので、カリキュラムでも最大のウェイトを占めている。まずはそれを最優先で学ぶことにした。ほかのことを教わるのはステップの基礎ができてからだ。
 わたしが体に記憶しやすいよう、格好よりも結果を出すことにこだわって教えてほしいとお願いした。執事長が言うには「これは相当に斬新な覚え方」らしい。

 背中を曲げてブツブツ言いながらブサイクなステップを踏むわたしを、皆は終末世界をうろつくゾンビを見るような顔で見守っていた。
 しかし、ゾンビは気にしている余裕などない。黙々と足だけに集中して覚えてゆく。

 ステップ以外のことも習い始めると、ようやく人間に見えるようになったのか、周りの見る目が変わった。皆、それまでとは打って変わり、明るい表情で応援してくれるようになった。
 次第にヴィルさんがソワソワ・ウロウロし始め、執事長が「実際のお相手と踊ってみましょう」と言うや否や、すごい速さで飛んできた。

 レッスンが終わった後は自主練習だ。
 リビングだろうが玄関ホールだろうが、わたしは所かまわずブツブツ言いながらステップを踏んだ。それをヴィルさんが面白がって「どうせなら一緒に」と踊り出す。
 彼はピアノがなくても気にも止めず、曲を口ずさみながら楽しそうに相手をしてくれた。
 彼のいないときはアレンさんがパートナーだ。連日、朝から夕方まで踊りまくっていると、ヴィルさんは「これなら舞踏会に間に合う」と結論を出した。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜

文月・F・アキオ
恋愛
婚活に行き詰まっていた桜井美琴(23)は、ある日突然異世界へ召喚される。そこは女性が複数の夫を迎える“一妻多夫制”の国。 花嫁として召喚された美琴は、生きるために結婚しなければならなかった。 堅実な兵士、まとめ上手な書記官、温和な医師、おしゃべりな商人、寡黙な狩人、心優しい吟遊詩人、几帳面な官僚――多彩な男性たちとの出会いが、美琴の未来を大きく動かしていく。 帰れない現実と新たな絆の狭間で、彼女が選ぶ道とは? 異世界婚活ファンタジー、開幕。

転生先は男女比50:1の世界!?

4036(シクミロ)
恋愛
男女比50:1の世界に転生した少女。 「まさか、男女比がおかしな世界とは・・・」 デブで自己中心的な女性が多い世界で、ひとり異質な少女は・・ どうなる!?学園生活!!

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

蝋梅
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

なんか、異世界行ったら愛重めの溺愛してくる奴らに囲われた

いに。
恋愛
"佐久良 麗" これが私の名前。 名前の"麗"(れい)は綺麗に真っ直ぐ育ちますようになんて思いでつけられた、、、らしい。 両親は他界 好きなものも特にない 将来の夢なんてない 好きな人なんてもっといない 本当になにも持っていない。 0(れい)な人間。 これを見越してつけたの?なんてそんなことは言わないがそれ程になにもない人生。 そんな人生だったはずだ。 「ここ、、どこ?」 瞬きをしただけ、ただそれだけで世界が変わってしまった。 _______________.... 「レイ、何をしている早くいくぞ」 「れーいちゃん!僕が抱っこしてあげよっか?」 「いや、れいちゃんは俺と手を繋ぐんだもんねー?」 「、、茶番か。あ、おいそこの段差気をつけろ」 えっと……? なんか気づいたら周り囲まれてるんですけどなにが起こったんだろう? ※ただ主人公が愛でられる物語です ※シリアスたまにあり ※周りめちゃ愛重い溺愛ルート確です ※ど素人作品です、温かい目で見てください どうぞよろしくお願いします。

処理中です...