昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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5[リア]

トゲトゲ

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「んまぁ、子爵令嬢ごときが、わたくしに意見をなさるおつもり?」
 またトゲトゲしい声が聞こえてきた。感じが悪くて耳障りな話し方だ。
 その差別的な発言から察するに、子爵よりも上の身分なのだろう。身分が高いほど品位が求められるというのに……。

 しかし、悪態をつくのはそこまでにしたほうがいい。
 見物人が膨れ上がっているところで悪い言葉を連発してしまうと、不敬罪のフルマックス最高刑「ギロチン」の気配がチラつき始める。
 近年、めったなことでは使われないと言うけれども、間違いなく現役選手なのだ。このめでたき婚約発表の日に、首ぱっつんは勘弁していただきたい。

「代々、神薙の女官を輩出しているソレント家を、一般の子爵家と並べて語られては困りますわ」
「あら、それならば、わたくしよりもお詳しいのでは? 神薙はひどい淫乱で、世に出せないような人なのでしょう?」

 口の悪い令嬢はまたもやNGワードを口にしてしまった。
 廊下では先ほどの倍以上の人々がそれを聞いており、一瞬の静寂の後どよめいている。

 どこの令嬢だ。
 なんてひどい。
 まさかうちの娘じゃないだろうな。
 死罪は確実か。
 教育がなっていない。
 親の顔が見たい。
 そんな声がドヨドヨと聞こえてくる。
 わたしはため息をついて項垂れた。

 かつてのマダム赤たまねぎのように、パウダールームで騒いでいる令嬢もギロチン・ロードを全速力で走ろうとしていた。
 この国で暮らす人々にとって、ギロチンは非日常的な存在だ。
 重い罪には終身刑があるし、国外追放もあれば島流しのような刑だってある。何もかもをギロチンで死刑にしている野蛮な国ではない。
 陛下はその用途を定めていた。
 快楽殺人者など更生の余地がない罪人。国家転覆を目論んだ、または国を乗っ取ろうとした政治犯。人心を惑わせて扇動するタイプの危険な思想家。そして、著しく不敬な者。
 例外的な使用例はあるらしいけれども、基本的にはそういう「ひどい勘違いをしていて、反省もしないし、行動を改めることもできない人」がギロチンへ向かうことになる。

「いつの時代の神薙様について話していらっしゃるの? 当代の神薙様は、どこに出ても恥ずかしくないお方です。先ほどのダンスを見ておわかりにならないのなら、あなたの目はガラス玉ですわね」
 マリンが落ち着いた口調で言った。

「カラダで殿方を虜にしていることに変わりはなくってよ。ねえ、皆さまもご覧になったでしょう? あの、いやらしいカラダ」
 ああ言えばこう言う口の悪い令嬢。

 イヤラシイカラダと言われても困る。
「色気が足りない」の間違えではないか、という気もする……。
 日本では標準サイズだったのに、こちらへ来たら「ちっちゃい」と言われるようになってしまった。周りの女性は皆スラっと背が高く、モデルさんのようなのだ。
 ちんまりとしないよう、かかとの高い靴を履いて背伸びをがんばっている。自分で言うのもおかしいけれど「なにあのチンチクリン」と言われるほうがしっくり来る。
 今はヴィルさんがスキスキ言ってくれるけれども、先々のことを考えると、もう少しオトナの色気がほしい。
「んむぅ……」
 思わず下を向いて自分の体をしげしげと見てしまった。
 イヤラシイの定義がわからない。露出もしていないし、どこを見てそう思ったのだろう。

「神薙様は慎み深く、慈悲深くて神の遣いにふさわしい淑女ですわ。お胸を半分放り出している人が他人をいやらしいだなんて、よくそんなことが言えましたね」
 マリンは淡々とした口調で言った。
 一緒にいるときはキャピキャピしたイメージが強かったけれど、こうして聞いていると二十歳とは思えない落ち着きぶりだ。

 パウダールームの中からは女性が次から次へと出てきていた。
 仲間だと思われるのが嫌で、慌てて飛び出して来たのだろう。
 護衛の騎士団員が令嬢たちを呼び止め、中の状況を聞き出してヴィルさんに報告していた。

「あの側付き騎士のオーディンス様も餌食になったのかしら。ねえ?」
 トゲのある令嬢が、同意を求めるような口調で言った。
 ほかの二人が、嬉々として答える。
「わたくし、オーディンス様ねらいだったのに残念ですわぁ」
「わたくしも~。あんなにすてきなのに、もう毒牙にかかってしまわれたかも」

 やばい……その調子でアレンさんの話をするのは危険すぎるのでやめて欲しい。
 彼を怒らせるとどうなるかがわかっていないのだ。
「アレンさ……」
「団長、抜剣許可をお願いします。出てきたらります。可能なら今すぐ中に入って殺りたい」
 剣に手をかけたアレンさんは暗黒面ダークサイドに堕ちていた。
 本気で止めないと、本当に死人が出る。

「アレンさん、悪いお顔をしていますよ? 剣はダメ。殺すのもナシです。寒いし、魔力漏れも止めましょう? 落ち着いて。ね? ねっ?」
 アレンさんの腕をさすってなだめる。
 必死でお願いをすると、彼はしぶしぶ剣から手を離してくれた。風も少し弱まった気がする。

 ホッとしていると、彼はふいにわたしの頬に触れた。
「リア様、あなたは清く可憐です。あなたを膝に乗せて甘ったるいイチゴを食べさせたい。毎日ドロドロに甘やかしたい。品のない声に耳を傾けて欲しくない。その形の良い耳がけがれるのは嫌です。あなたを侮辱するものは誰であっても許せない。俺は、あのような者たちとあなたが同じ空気を吸うのも耐えられませんっ!」

 ち……っ、ちかい、カオ、ちかい……。
 ヒイィィィ、顔が良すぎて話が全然入ってこないですぅぅッ!

「落ち着け、アレン。お前のことはリアもよくわかっている」
 ヴィルさんがやんわりと彼を制止してくれた。
 アレンさんはブチ切れを通り越して弾け壊れていた。

 それにしても、甘ったるいイチゴってなんだろう。
 イチゴは好きだしフツウに食べたいけれども、彼のお膝に乗せられて食べるのはちょっと恥ずかしい。
 それにアレンさん? あなたは十分過ぎるほど過保護です。すでに毎日ドロドロに甘やかされてスクスク育っています。
 今日なんて、たかだか数段の階段で、表面の石がほんのちょっぴり欠けていただけなのに「危ないから」と、あなたはわたしを抱っこして上がりました。
 わずか三段くらいの階段ですよ? そのくらい一段飛ばしでヨイショと足を伸ばせばよいだけなのに。これ以上、わたしをどう甘やかすつもりなのでしょうか。

「アレンさん……まだ甘やかし足りないのですか?」
 チラリと彼を見た。
「まったく足りません」
 そう言うと、彼は突然わたしの髪にキスをした。

「ぴゃぁぁぁぁぁッッッ!!」

 飛び上がりそうになった。しかし、人目があるため気合いで足を踏ん張る。
 ハァ、ハァ、ハァ……
 今日のアレンさんは殺傷力が強すぎて危険だ。わたしはギロチンよりもアレンさんのキラキライケメンビームのほうが怖い。
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