昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[クリス]

志願 §1

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 歩きながらヴィルの話を聞いた。
 彼は努めて冷静を装っていたが、その目はチラチラと焦点が定まらず、かすかに充血している。普通の状態でないことは明らかだった。彼がこの世で唯一執着を見せるのがリア様だ。
 アレンにも同じことが言えるだろう。表には出さないが、むしろ彼のほうが執着は強い。彼女に何かあれば冗談抜きで彼は死ぬだろうし、もうすでに死にそうな顔をしていた。顔は青白く、頬がコケていて目が落ちくぼんでいる。唇も乾燥でひび割れ、髪もパサパサして全体的にいつものツヤがなかった。
 ヴィルはまだ「国のために生きる」という逃げ道があるが、今のアレンは彼女がすべてだ。
 ――たぶん今、一番冷静なのは俺だろう……。

「なあ、さっきの赤い線だが」と、俺は切り出した。「広い範囲にいきなり人を送るのではなく、もう少し絞り込んだほうがいい。目星をつけた場所に多めの人員で捜索隊を出さないか?」
「どう目星をつけるのだ。ただの草原、ただの林、ただの海。安全な場所のほうが少ない。燃えさかる北大陸や、岸から遠い海に飛んでいたら」
 彼はイラついた様子で一気に言うと、口元を押さえた。
「今頃、リアは……」
 危機的な状況下で彼は冷静な判断力を失っている。この状態の彼を一人にしておくのもまた危険だ。
 俺はいったん彼を止め、外に連れ出した。硬直した肩が、彼の心の状態を表しているようだった。
 庭と言えるほど立派ではないが、執務棟の敷地内でも外の新鮮な空気を吸うことぐらいはできる。涼しい空気に頬をなでられ、少しでも心が和らげば大助かりだ。人も来ないから話がしやすかった。
「悪いほうに考えるな。リア様は緯度を間違えて術式に書いた。そうだろう?」
 俺はあえて普段よりもゆっくりと話すようにした。しかし、彼はまくし立てるように一気に事実を並べる。

 彼の話をまとめるとこうだ。
 アレンは正しい座標をメモに書き、リア様に渡した。
 彼女はそれをもとに【転送】の術式を書いたはずだった。
 しかし、彼女は予定の場所には飛ばなかった。
 だからユミールは術式を復元し、座標を解読しようと試みた。彼はたまたま別件で古代数字の一覧を彼女からもらっていたため、数字だけなら解読ができた。
 経度に関しては、アレンのメモと同じ数字が術式にも書かれていた。
 ……ヤレヤレだ。ヴィルが二次災害を起こさないよう注意しつつ問題を解決しなければならない。

 俺は彼の肩をつかんだ。
「彼女の思考と行動を想像しろ。数字を間違えたのなら、入れ替えたか、見間違えたか、桁を間違えたか、そういうことだろう? 座標なら正負を間違えることもある」
 彼は小刻みにうなずいた。
「リアは頭がいい。でも、うっかりすることはある。彼女はどんな言語でも話せるし読めるが、書くのは練習が必要だと言っていた。よく字を書いているのはそのためだ」
 ヴィルの声は震えて上ずっていた。
「ちょっとそれを見せてみろ」
 赤い線が引かれた地図と、古代文字の数字一覧を借り、しばし眺めた。

「海に行く可能性は低いと思わないか? ――森にも林にも入らないと俺は思う。ペンも貸してくれ」
 彼から赤色のペンを受け取ると、キャップをくわえて引っこ抜き、ペンの尻にはめ直した。
「いいか、数字を入れ替えてしまったなら、リオス山の手前だ。ヨークツリッヒの宿場町だな。で、見間違えたとしたら二桁目だろう。似た数字を入れると、行き先は……ここ。王都の少し南にある小さな町。次だ。正負を間違えた場合は……ここだ。エルディル領の少し手前。街道に沿って少し進むと、まあまあ大きな町がある。ここなら馬車の往来は多いだろう」
 俺はありがちな数字の間違えを予想し、説明しながら地図に印をつけた。
 ヴィルはその印を見ながら「見間違えって、それでいいのだろうか」とつぶやいた。
「この古代数字を見るかぎり、似ていると思うが?」と、俺は古代数字の一覧を見せた。
「いや、リアは古代語の一覧は見ないと思う。普通に読めるから。ただ……」
「そうか、書記が書いたメモだな! そうだろう?」
「ああ。アレンの字はきれいだが、数字は少しクセがある」
「異世界から来たリア様は見間違えたかもしれない」
「そうなると、どこだ?」
「だいぶ南にズレるぞ。これはウチの領地の端っこ。ド田舎の農村だな。しかし、ちゃんと人がいる場所だ。畑に突っ込んでいる可能性は否定できないが、海とか森とか危険な場所ではない」
 全部で四か所に印がついた。
 彼は事務所にいるアレンたちに伝令を飛ばし、優先的に捜索隊を向かわせるように命じた。

「俺も探しに行く。リアが一人で泣いているかも知れない」と、彼は言った。しかし、俺は首を横に振った。
「ヴィル、落ち着いて考えろ。空も見ろ。雨は降っていない。曇ってもいない。リア様は泣いていない」
 彼はハッとしてから、うわ言のように「そうか……ああ、そうだよな」と唇を震わせている。
 今の彼は外には出せない。王位継承権を持ってボーっとしている美味しいカモだ。どこかへ行くなら、彼にも護衛をつけなければ。
「お前はここで指揮を取れ。書記を放っておいたら、ぶっ壊れるぞ」
「しかし、自分で探したほうが早い!」
「お前はひどく動揺している。いつもの力は発揮できない」
「でも、何もせずにはいられない!」
「俺がお前の代わりになる。一番遠い南を探してくる。俺なら山を越える進路が取れるから、お前の部下よりも早く目的地に着ける」
「あの山脈を越えるのは無理だ!」
「誰に向かって言ってんだ。俺は帰省で慣れっこだぞ。年に二回あの山脈を越えている。適材適所だろ。俺を使え!」
 ヴィルは両手で顔を覆って大きなため息をついた。
 手の隙間から見えた彼の唇は血の気がなく、ひどく震えている。
「どうしたらいい、クリス。俺に何ができるのだろう」
「彼女を見つけたら、すぐに知らせる。信号を決めよう。王都の信号所をこの件で使えるようにしろ。クランツ領以外で彼女が見つかったら、すぐに南へ連絡してくれ。王族の権限でもなんでもいい。何もかも全部使って人を動かせ! 言うことを聞かせろ! お前にしかできないことだろ」
「そうは言うが……」
「グズグズ言っていると、お前を『で』から始まる敬称で呼ぶぞ!」
「やめてくれ、蕁麻疹じんましんが出る。――わかった。信号所を優先的に俺たちが使えるようにする。捜索隊も出す。アレンも休ませる。クリス、一緒にリアを探してくれ」
「よし、俺も腹をくくる。陛下に会おう」
 俺たちは大急ぎで王宮へ向かった。
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