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[クリス]
本音 §2
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改めて領館へ行き、リア様を父に会わせた。
タヴァルコ市長夫人から詳細を聞いて事態のすべてを把握していた父は、彼女を見るなり膝をついて謝罪した。
「膝なんかつかないでくださいませ」
彼女は床にペタリと座り込み、「先日は美味しいワインをありがとうございました」とホワホワ話し始めて父の思考を停止させている。
辺境伯よりも聖女の頭が低いところを人に見られるのはよろしくない。俺は大慌てで二人を立たせた。
父はトーマスを呼び入れてリア様に紹介した。
彼は相当きつい説教を食らったようで、俺が見た時と人相が変わっている。顔面蒼白で半分死んだような顔をしていた。
彼も膝をつき、己の浅はかさと傲慢さを悔いていること、今の自分はとても兄の代わりを務められる人間ではないことなど、きちんと反省を述べて謝罪した。
――願わくは、トーマスの不始末をこの場でおさめてもらいたい。
おそらく父もそう考えていたはずだ。だから迷わず膝をついた。
なかったことにしたい。もみ消したい。何か渡して口留めをする方法もあるだろう。金か、物か……手に入れられるものなら、父はどんな要求にでも応えるはずだ。
父は正面から、俺は横から、彼女の一挙手一投足を見ていた。それを俯瞰している意識もある。
「やめろ。そんな隙をうかがうような目で見るな。彼女はお前の想い人ではないか。その心の内を知ったら失望するぞ」と、俺自身の中でも葛藤がある。
彼女は微笑みながらトーマスと話していた。王妃教育で有名なセルマ・フィッシャーに師事しているだけあり、負の感情は気配すら見せない。しかし、ほんの小さな一言で、俺たちに本音を伝えてくれた。
「領館の皆さまはアレでしたけれど、それ以外の方々はとても親切で、楽しく過ごせました」
リア様に不敬を働いた後も、ダドリーは役人や領主の名を語り、罪なき民を追い返していた。
それを止めるどころか放置していたのだから、本当に「領館の皆さまはアレ」だ。アレが何を意味しているかなど、わざわざ確認する必要もない。
俺が彼女の立場ならば、こんなふうに穏やかな会話はできないだろう。父ならばその場でダドリーを殺したはずだ。自分にできもしないことを彼女に求めるのは間違っている。ましてや、気高い彼女を買収するなんて不可能だ。
ダドリーとクランツの領館は、聖女の怒りに触れた。もう、王の許しがない限り、トーマスを外に出すことはできない。
「あのぅ、なぜトーマス様が謹慎になるのですか?」と、彼女は不思議そうな顔で聞いてきた。
「それは……王都に戻ってから陛下を交えてお話をさせてください」
俺はこの場で説明することを避けた。ここで「彼は悪くない」と言われるのは困る。ただそれだけの理由だ。彼女は何かを察したように、それ以上は質問を重ねてこなかった。
口元に無念を滲ませる父が、初めて小さく見えた。
☟
リア様はタヴァルコ市長夫人から借りた資金で、領館前広場に露店を出していた。
朝と昼はサンドウィッチを売り、それ以外の時間はチョコレートなどの菓子を売った。農家出身の夫人もそれを喜んで手伝っていたようだ。
彼女の作るサンドウィッチと菓子が猛烈に美味いことは、俺が誰よりも知っている。当然、売れるだろう。
一緒にいた甘味同好会の女学生四名とも、露店がきっかけで知り合ったらしい。彼女たちが菓子を試食して大騒ぎしたのを機に、店は爆発的人気を得ることに成功した。わずか五日ほどで帰りの旅費を稼いでしまったというから驚異的だ。
俺が領館に着いた時に騎士が責め立てられていた場所こそが、彼女の店があった場所だった。てっきり定休日だと思い込み「店主の都合も考えろ」などと民に説教をしてしまったが、あれは失敗だった。
彼女の露店の評判は父にも届いていたようだ。父は従者に頼み、菓子を五箱もまとめ買いしていた。
「なぜ気づかなかったのですか……」
あきれる俺に、父は「ばかだな。お前考えてもみろ」と弁明を始める。
「王都で売られているものとは形状も名も違う。それに、足元にリア様が店を出しているなど、誰も想像すらつかんぞ」と父は言う。
「それもそうですね」と、俺もあっさり納得してしまった。
茶の供として楽しんでいると言うその菓子を、一箱もらって屋敷へ戻った。
『パヴェ』という名で売られていた小さな箱を開けると、石畳のように四角いチョコレートが敷き詰めてある。溶けやすいので付属のピックで刺して食べるそうだ。彼女の元いた世界では「石畳」をパヴェと呼ぶ地域があるらしい。
一つ口に入れ、俺はニヤリとした。それを見て、彼女もニッと笑っている。
「いつも食べているトリュフの『中身』に味が似ているが、風味付けの酒が入っていないような……その分、ミルクの味が濃い」
「うふふ、正解ですわ」
広場を訪れる庶民が商売相手であるため、手間のかかる工程と原価の高い材料を省いて価格を抑え、なおかつ子どもが喜ぶ味にしたそうだ。
晩餐にタヴァルコ市長夫人を招き、二人の武勇伝を聞いた。
彼女は夫人の前で惜しみなく魔法を披露したらしく、夫人は興奮気味にその話をしていた。二人の息はピッタリで、セシル・サンストンは聖女の良き友になりそうだった。
リア様と過ごす幸福な時間は、あっという間に過ぎてゆく。
しかし、そんな気分とは裏腹に、クランツ家は危機的な状況にあった。
タヴァルコ市長夫人から詳細を聞いて事態のすべてを把握していた父は、彼女を見るなり膝をついて謝罪した。
「膝なんかつかないでくださいませ」
彼女は床にペタリと座り込み、「先日は美味しいワインをありがとうございました」とホワホワ話し始めて父の思考を停止させている。
辺境伯よりも聖女の頭が低いところを人に見られるのはよろしくない。俺は大慌てで二人を立たせた。
父はトーマスを呼び入れてリア様に紹介した。
彼は相当きつい説教を食らったようで、俺が見た時と人相が変わっている。顔面蒼白で半分死んだような顔をしていた。
彼も膝をつき、己の浅はかさと傲慢さを悔いていること、今の自分はとても兄の代わりを務められる人間ではないことなど、きちんと反省を述べて謝罪した。
――願わくは、トーマスの不始末をこの場でおさめてもらいたい。
おそらく父もそう考えていたはずだ。だから迷わず膝をついた。
なかったことにしたい。もみ消したい。何か渡して口留めをする方法もあるだろう。金か、物か……手に入れられるものなら、父はどんな要求にでも応えるはずだ。
父は正面から、俺は横から、彼女の一挙手一投足を見ていた。それを俯瞰している意識もある。
「やめろ。そんな隙をうかがうような目で見るな。彼女はお前の想い人ではないか。その心の内を知ったら失望するぞ」と、俺自身の中でも葛藤がある。
彼女は微笑みながらトーマスと話していた。王妃教育で有名なセルマ・フィッシャーに師事しているだけあり、負の感情は気配すら見せない。しかし、ほんの小さな一言で、俺たちに本音を伝えてくれた。
「領館の皆さまはアレでしたけれど、それ以外の方々はとても親切で、楽しく過ごせました」
リア様に不敬を働いた後も、ダドリーは役人や領主の名を語り、罪なき民を追い返していた。
それを止めるどころか放置していたのだから、本当に「領館の皆さまはアレ」だ。アレが何を意味しているかなど、わざわざ確認する必要もない。
俺が彼女の立場ならば、こんなふうに穏やかな会話はできないだろう。父ならばその場でダドリーを殺したはずだ。自分にできもしないことを彼女に求めるのは間違っている。ましてや、気高い彼女を買収するなんて不可能だ。
ダドリーとクランツの領館は、聖女の怒りに触れた。もう、王の許しがない限り、トーマスを外に出すことはできない。
「あのぅ、なぜトーマス様が謹慎になるのですか?」と、彼女は不思議そうな顔で聞いてきた。
「それは……王都に戻ってから陛下を交えてお話をさせてください」
俺はこの場で説明することを避けた。ここで「彼は悪くない」と言われるのは困る。ただそれだけの理由だ。彼女は何かを察したように、それ以上は質問を重ねてこなかった。
口元に無念を滲ませる父が、初めて小さく見えた。
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リア様はタヴァルコ市長夫人から借りた資金で、領館前広場に露店を出していた。
朝と昼はサンドウィッチを売り、それ以外の時間はチョコレートなどの菓子を売った。農家出身の夫人もそれを喜んで手伝っていたようだ。
彼女の作るサンドウィッチと菓子が猛烈に美味いことは、俺が誰よりも知っている。当然、売れるだろう。
一緒にいた甘味同好会の女学生四名とも、露店がきっかけで知り合ったらしい。彼女たちが菓子を試食して大騒ぎしたのを機に、店は爆発的人気を得ることに成功した。わずか五日ほどで帰りの旅費を稼いでしまったというから驚異的だ。
俺が領館に着いた時に騎士が責め立てられていた場所こそが、彼女の店があった場所だった。てっきり定休日だと思い込み「店主の都合も考えろ」などと民に説教をしてしまったが、あれは失敗だった。
彼女の露店の評判は父にも届いていたようだ。父は従者に頼み、菓子を五箱もまとめ買いしていた。
「なぜ気づかなかったのですか……」
あきれる俺に、父は「ばかだな。お前考えてもみろ」と弁明を始める。
「王都で売られているものとは形状も名も違う。それに、足元にリア様が店を出しているなど、誰も想像すらつかんぞ」と父は言う。
「それもそうですね」と、俺もあっさり納得してしまった。
茶の供として楽しんでいると言うその菓子を、一箱もらって屋敷へ戻った。
『パヴェ』という名で売られていた小さな箱を開けると、石畳のように四角いチョコレートが敷き詰めてある。溶けやすいので付属のピックで刺して食べるそうだ。彼女の元いた世界では「石畳」をパヴェと呼ぶ地域があるらしい。
一つ口に入れ、俺はニヤリとした。それを見て、彼女もニッと笑っている。
「いつも食べているトリュフの『中身』に味が似ているが、風味付けの酒が入っていないような……その分、ミルクの味が濃い」
「うふふ、正解ですわ」
広場を訪れる庶民が商売相手であるため、手間のかかる工程と原価の高い材料を省いて価格を抑え、なおかつ子どもが喜ぶ味にしたそうだ。
晩餐にタヴァルコ市長夫人を招き、二人の武勇伝を聞いた。
彼女は夫人の前で惜しみなく魔法を披露したらしく、夫人は興奮気味にその話をしていた。二人の息はピッタリで、セシル・サンストンは聖女の良き友になりそうだった。
リア様と過ごす幸福な時間は、あっという間に過ぎてゆく。
しかし、そんな気分とは裏腹に、クランツ家は危機的な状況にあった。
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