昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[クリス]

本音 §3

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 聖女の帰還とともに、我が家の大不祥事が陛下に伝わる。それは俺の心に大きな影を落とした。
 父は遅くに帰ってくると、俺を部屋に呼んだ。
 久々に入った父の部屋で向かい合わせに座ると、早々にダドリーの話になった。
「俺が放ったらかしにしていたせいだ」と、父は己を責めている。
「リア様が無事だったおかげで、最悪の状況は免れました」と、俺は答えた。
 それくらいしか言えることがない。うなずいた父の眉間には、深い溝が縦に刻まれていた。

「聖女殿とはどうだ?」
 ふいに父が言った。なんとも答えにくい質問だ。
「上手くやっているのか? 夫になれそうか?」
 ますます答えに困った。
 嫌われてはいないだろうが、夫になれそうな気配もない。不甲斐ない息子で申し訳ないと言いかけたが、それも情けないので黙っておいた。
「王都へ行った際に聞いたのだが、カールがお前を推してくれたようだ」
「え……?」
 父がカールと呼んでいるのは、王兄殿下のことだ。
 王族を呼び捨てかよとは思うのだが、俺もその息子のヴィルを呼び捨てにしまくっている手前、偉そうなことは言えない。
 父は王と王兄の二人とは乳兄弟の関係にある。三人同時に生まれて同時に育てられているため、感覚としては三つ子に近い。
 俺とヴィルと王太子も一緒に生まれて一緒に育てられた。

「あいつの話では、彼女も理解を示しているそうだ」と父は言う。
「なぜアレンではなく俺なのですか?」
「逆に、なぜそこでアルベルトの息子の話になる?」
「彼はヴィルが嫉妬するほどリア様と親しくしています」
「そうなのか」と言うと、父はメイドに酒を準備させた。
「これはヴィルからもらった。彼もすっかり領主だな」と舶来物の蒸留酒を指さしている。
「カールはお前を高く評価している。だから二番手に推した。アルのところは三番手だと聞いている」
「そんな話は初めて聞きました」俺は戸惑った。推してもらえるのはありがたいのだが、なぜかモヤモヤとする。
「あいつがベラベラしゃべるのは、家族に対してだけだ」
「なぜ父上にそんな話を?」
「乳兄弟は家族だろう?」
「はあ、それはそう、です……かね?」
 傾けたグラスの氷がカチャリと音を立てた。窓の外から、木々の葉がこすれる音が聞こえてくる。静かな夜だった。リア様はもう休んでいる。

「よほどのことがないかぎり、次はお前が選ばれる」と、父は言った。
「俺を思って、今その話をしてくれたのは、ありがたいと思っています」
 父が急にこんな話をし始めた理由はわかっている。
「ただ、その『よほどのこと』が起きています」と、俺は言った。
 カチコチと時を刻む秒針の音が聞こえている。
 俺はふと父の髪を見て、だいぶ白いものが目立つようになったな、と思った。

 話があったのは俺のほうだった。父が呼びに来なければ、こちらから声をかけただろう。
 父は俺がこれから何を話すかがわかっている。
 何か月も前に王都で聞いた話をし始めたのは、俺の気持ちをおもんぱかってのことだろう。 
 俺にも父の気持ちがわかる。
 父がトーマスに領地管理を教えていた理由は、父亡き後も俺が王都にいられるようにするためだ。領内には「先代が死ぬと人質になっていた嫡男が帰ってくる」という根も葉もないうわさが流れているが、クランツの嫡男は人質などではない。
 俺はクランツ領へ行くことを便宜上「帰省」と呼んでいるが、生まれ育った愛着のある場所を故郷と呼ぶのであれば、俺の帰る場所は王都だ。
 かつて父も王都で暮らし続けることを望んでいたが、実弟を戦で亡くしたため、その夢はかなわなかった。
 父は事あるごとに俺に言った。
 王都で生きろ。国政に携われ。この家から宰相を輩出することがクランツ家の悲願なのだ、と。

「――ダドリーの件はさておき」俺は沈黙を破った。
 父は小さく「ん」と言った。
「聖騎士団の捜索隊だけでは、聖女が自力で帰るほうが早かったはずです」
「それは間違いない」
「俺と同じ速さでここまで来られる人間はいません。特命を受け、馬も王家から賜った最高の馬。自宅に残っていた魔法薬を持参し、馬に飲ませて回復させながら走らせました。薬が少ししかなかったので最後までは持ちませんでしたが、それでも相当な効果があった。実はそれも陛下から昔もらった薬です。王家の力を借りて最善を尽くしました。できることはすべてやった。判断を一つも誤らなかったし、自分でも最高の仕事をしたと思います。タヴァルコ市とフォルサン村の判断も素晴らしかった。彼らのような配下がいることはクランツ領の誇りです」
 父はうなずいた。
「過去に例を見ないほどの褒賞が出るだろう。お前が欲しいと願ったものをくれるはずだ。フォークハルトは必ず欲しいものを聞くからな」
「――聖女の夫になりたい、と言うつもりでした」
 父が「うむ」と答えた。
「『絶対に夫にしろ』という意味ではありません。二番目の夫になれるか否かを検討してもらいたいと。想いは伝えてありますが、彼女は忙しすぎる。とにかく彼女の目をこちらに向けないことには話にならない。だから、それを褒賞として頼むつもりでした。それ以外で欲しいものを聞かれても、もはや思いつきません」
 父は何も言わなかったが、相づち代わりに首を縦に振っていた。
「ところが、こちらに着いてみたらダドリーの件が起きていた……」
 俺がそう言うと、父は眉間にシワを寄せて目を伏せた。
 また沈黙が部屋を支配した。

 民やトーマスに向かって言った言葉を、自分自身に対しても言わなくてはならない。目を閉じ、わがままを捨てきれない己に言い聞かせた。
 人の都合も考えよ。
 欲しいものが手に入らない日もあるのだ。
 お前もクランツ王の血を引く者だろう。恥をさらすな。
 父上を失望させてはいけない。俺には嫡男としての責任がある。
 いつかきっと次の風が吹くと信じろ。風が吹かないのなら、自ら風を起こせばいい。
 目を開けた。
 言え。俺が言わねば、家族が死ぬ。

「――今回は褒賞を辞退し、代わりにトーマスの赦免しゃめんを請います」

 父は顔をゆがませ、何度も俺に謝った。
「すまない、クリス。必ず彼を一人前に育てる。約束する」と。
 トーマスはこれを機に大きく成長するだろう。そして、それは俺自身の財産にもなるだろう。俺が王都にいても、安心して領地管理を任せられる部下になるだろう。そう自分を納得させた。

 聖女の夫への道は、果てしなく遠く長い旅路だ。
 しかし、落ち込むことはない。あのアレンですら、まだ手に入らないのだ。俺は自らを励まし、奮い立たせた。



「恋は人を盲目にする」とは、上手いことを言う者がいたものだ。
 最善を尽くしたという自負があるとはいえ、欲しいものが目の前でこちらに向かって微笑んでいる状況で諦めるのは、なかなか厳しいものがある。
 しかし、欲しい欲しいと言っている割に、俺は彼女のことをあまりわかっていなかったようだ。それを復路で思い知ることになった――
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