昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

文字の大きさ
359 / 392
[クリス]

ピナーグレン §1

しおりを挟む
 王都を出て十日目。
 グレコルを出発した。いよいよ復路だ。
 初日はゆっくり移動し、夕方、宿場町ピナーグレンに入った。町で最も有名な宿が最初の滞在先だ。
 ところが、俺は宿の受付で嘆いていた。
「なぜだ。ずっと順調だったのに……」
 俺はどこで何をしくじったのだろうか――

 朝、俺が買ったドレスに身を包んだリア様は、女神のごとく微笑んでいた。
 大急ぎで用意した既製品ではあったが上出来だ。幸福感を味わいながら彼女の手を取り、ダイニングへ案内した。
 ふと服を買った時のことを思い出す。採寸をした店員が「理想的な体型」だと絶賛していた。
 確かに彼女の細い腰は見ているだけで抱き寄せたくなる……がっ! 朝っぱらからムラムラしている場合ではない。爽やかな朝に相応しい精神状態を保つため、俺は騎士の心得十か条を唱えて邪念を払った。
 相変わらず使用人たちが失敗を繰り返していたものの、リア様は気づいている様子がない。高い皿を割ったメイドと楽しそうにホワホワ笑って話している。
「お前の釣ろうとしている魚は大変な大物だな。釣れそうなのか?」と、父が小声で言った。
「餌がわからないので、まだ自慢の竿さおを披露できていません」と答えた。朝っぱらから下品すぎる俺である。しかし、そんなバカ息子の一言で激ウケしている父も父だ。

 リア様が持っていた花柄の大きな巾着袋のおかげで、出発の準備はすこぶる順調だった。
 その正体は、古代魔法【亜空間収納】である。彼女が復活させた古代魔法は、転送だけではなかったのだ。
 【亜空間収納】は二つの空間をつなぐ特殊な魔法で、発動には触媒が要る。彼女が言うには、「ただの出入り口なので、中に空間さえあればなんでもいい」とのことだ。
 タヴァルコ市長夫人の前では紙の箱を使い、グレコル土産を入れて持ち運ぶのには花柄の袋を使った。すでに備蓄倉庫として使っていた亜空間倉庫に、街で手に入れた箱や袋を使って接続し、物を出し入れしていたのだ。
 
 亜空間とは、同じ世界の中に存在していながら、あらゆる物理の法則が通用しない場所だ。仮に発見できたとしても、そこには時間の概念がないため、人が暮らすことはできない。
 古代人はあえてそこに着目していた。入れた物をそのままの状態で永遠に保存できるのが最大の利点だ。
 滅亡した古代王国が、亜空間に財宝を隠していた……などということも、あり得る話だ。
 無欲な彼女は、宝物ではなく「食べ物」を保管していた。それも避難訓練のためだと言う。今回のことを教訓に、帰ったらお金も少し入れておくそうだ。

「袋なら畳んで持ち歩けることに気がつきまして。ほら、こんなふうに」
 彼女は花柄のデカい巾着袋を開いて俺のほうへ向けた。
 古代魔法の復活を喜ばしく思っていた俺は、興味津々でのぞき込んだのだが……
 ――き、気持ち悪りぃ。なんだこれは?
 直径四十センチほどの袋の入り口で、黒い何かがグログロと渦を巻いている。伝説の古代魔法であることは間違いないのだろうが、「魔界への入り口だ」と言われても信じてしまいそうなほど不気味だった。これもかわいい彼女には似合わない魔法だ。
 俺が返答に困っていると、「これは大昔に冒険者と名乗っていた人々が使っていた魔法では?」と、父が尋ねている。うまい返事だ。だてにトシを食っていない。
「まあ、そうなのですか? わたしも冒険者になれるでしょうか。うふふ」
「はははっ、公務が魔物退治になってしまいますな」
 父が上手くやってくれたおかげで和やかな雰囲気だった。俺もこういう気の利いたことが言えるオッサンを目指したい。
 しかし、よくアレンがあのような魔法を許したものだ。
 彼は聖女限定のひどい潔癖症だ。彼女がグログロに手を突っ込む様子を見たら冷静ではいられないだろう。最初に自ら安全確認をし、そのうえで彼女に使わせたのかもしれない。

 まるでクジラの口のように、花柄袋はなんでも飲み込んでいった。
「出し入れの時、ちょっとだけキモチワルイ感触がしますの。もう少し改良が必要ですわ」
 彼女は細く白い手を躊躇ちゅうちょなく黒の渦に突っ込み、前日に追加購入した土産物を次々と収納していく。俺が大量に買った服などもすべて収まったと、ばあやが興奮気味に言った。
 荷馬車にリア様の荷物を積む必要がなくなり、宿泊のたびに積み降ろしをする手間も省ける。見た目の不気味さを除けば素晴らしい魔法だった。

 彼女を馬車に乗せ、王都へ向けて出発した。
 俺は馬車の扉側に護衛としてつき、父が選抜したクランツ領の若手騎士が六名、王都まで同行する。実力では聖騎士団の足元にも及ばないが、馬車を護ることぐらいはできるはずだ。
 彼らには傭兵ようへいの格好をさせ、俺も山越え用の旅服を着た。リア様は平民服におさげ髪という可憐かれんな町娘の出で立ちだ。尻に敷くために買ったピンクのクッションを抱っこし、聖女のオーラをかき消している。
 彼女は騎士団員にも気さくに話しかけてくれた。
 団員は皆、彼女の露店に連日並んでいた客だ。激うまサンドウィッチ屋の店主が聖女だったのだ。彼らの士気がウザいくらいに上がったことは言うまでもない。
 道中の宿を確保するため、前日に騎士団の先発隊も出してあった。
 準備の段階で、何か落ち度があったとは思えない。すべて順調だった。ところが、最初の宿泊先で冒頭の嘆きに至った。

 問題は三つある。
 まず、リア様が俺の「婚約者」ということになっていたこと。次に、部屋が二名一室で予約されていたこと。そして、宿泊客がいっぱいで部屋を変更できないことだ。
 先発隊の勘違いか、それとも宿の手違いか、原因すらも釈然としない。
 クソッタレな騎士団員が「若殿、好機です。がんばってください!」とぬかしやがった。
 大ばか野郎がッ! そこらへんの町娘をナンパして宿に連れ込んでいるわけではないのだぞ!
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【完結】『飯炊き女』と呼ばれている騎士団の寮母ですが、実は最高位の聖女です

葉桜鹿乃
恋愛
ルーシーが『飯炊き女』と、呼ばれてそろそろ3年が経とうとしている。 王宮内に兵舎がある王立騎士団【鷹の爪】の寮母を担っているルーシー。 孤児院の出で、働き口を探してここに配置された事になっているが、実はこの国の最も高貴な存在とされる『金剛の聖女』である。 王宮という国で一番安全な場所で、更には周囲に常に複数人の騎士が控えている場所に、本人と王族、宰相が話し合って所属することになったものの、存在を秘する為に扱いは『飯炊き女』である。 働くのは苦では無いし、顔を隠すための不細工な丸眼鏡にソバカスと眉を太くする化粧、粗末な服。これを襲いに来るような輩は男所帯の騎士団にも居ないし、聖女の力で存在感を常に薄めるようにしている。 何故このような擬態をしているかというと、隣国から聖女を狙って何者かが間者として侵入していると言われているためだ。 隣国は既に瘴気で汚れた土地が多くなり、作物もまともに育たないと聞いて、ルーシーはしばらく隣国に行ってもいいと思っているのだが、長く冷戦状態にある隣国に行かせるのは命が危ないのでは、と躊躇いを見せる国王たちをルーシーは説得する教養もなく……。 そんな折、ある日の月夜に、明日の雨を予見して変装をせずに水汲みをしている時に「見つけた」と言われて振り向いたそこにいたのは、騎士団の中でもルーシーに優しい一人の騎士だった。 ※感想の取り扱いは近況ボードを参照してください。 ※小説家になろう様でも掲載予定です。

黒騎士団の娼婦

星森
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です

氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。 英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

蝋梅
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

存在感のない聖女が姿を消した後 [完]

風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは 永く仕えた国を捨てた。 何故って? それは新たに現れた聖女が ヒロインだったから。 ディアターナは いつの日からか新聖女と比べられ 人々の心が離れていった事を悟った。 もう私の役目は終わったわ… 神託を受けたディアターナは 手紙を残して消えた。 残された国は天災に見舞われ てしまった。 しかし聖女は戻る事はなかった。 ディアターナは西帝国にて 初代聖女のコリーアンナに出会い 運命を切り開いて 自分自身の幸せをみつけるのだった。

異世界に行った、そのあとで。

神宮寺あおい@1/23先視の王女の謀発売
恋愛
新海なつめ三十五歳。 ある日見ず知らずの女子高校生の異世界転移に巻き込まれ、気づけばトルス国へ。 当然彼らが求めているのは聖女である女子高校生だけ。 おまけのような状態で現れたなつめに対しての扱いは散々な中、宰相の協力によって職と居場所を手に入れる。 いたって普通に過ごしていたら、いつのまにか聖女である女子高校生だけでなく王太子や高位貴族の子息たちがこぞって悩み相談をしにくるように。 『私はカウンセラーでも保健室の先生でもありません!』 そう思いつつも生来のお人好しの性格からみんなの悩みごとの相談にのっているうちに、いつの間にか年下の美丈夫に好かれるようになる。 そして、気づけば異世界で求婚されるという本人大混乱の事態に!

花嫁召喚 〜異世界で始まる一妻多夫の婚活記〜

文月・F・アキオ
恋愛
婚活に行き詰まっていた桜井美琴(23)は、ある日突然異世界へ召喚される。そこは女性が複数の夫を迎える“一妻多夫制”の国。 花嫁として召喚された美琴は、生きるために結婚しなければならなかった。 堅実な兵士、まとめ上手な書記官、温和な医師、おしゃべりな商人、寡黙な狩人、心優しい吟遊詩人、几帳面な官僚――多彩な男性たちとの出会いが、美琴の未来を大きく動かしていく。 帰れない現実と新たな絆の狭間で、彼女が選ぶ道とは? 異世界婚活ファンタジー、開幕。

処理中です...