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2[リア]
アレンさん
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キッチンへ続く廊下を一人で機嫌良く歩いていると、後ろから急にニョッと長い腕が伸びてきて捕まった。
「ひゃうっ」
「こら、どこへ行くつもりですか。私の目を盗んで」
「まだ何もしていませんよ。アレンさん……」
わたしが一人でキッチンへ向かうときは悪巧みをしていることが多かった。そのせいで信用されていないらしい。
でも、今日はまだ何も悪いことはしていないし、ほんのちょっぴりしか企んでいない。なのに、左の鎖骨から肩をガッツリと大きな手で押さえている。
恐る恐る後ろを振り返ると、ホトケを脱皮したイケメンがいた。
「ぐぁっ!」
「ようやくすんなり名を呼んでくれたと思ったら、最後の『ぐあ』はなんですか」
「ご、ごめんなさい……」
お忍びでの外出が増え、身バレのリスクを下げるために宮殿の皆を名前で呼ぶように変更したばかりだった。
名前を覚えるのが苦手なせいで、わたしだけが上手く切り替えられず苦戦している。
イケ仏様ことアレン・オーディンス副団長のことは、ずっと「副団長様」と呼んでいた。最初は二重敬称で気持ち悪いなと思ったけれども、言語も風習も違う国の文化なので、皆の呼び方に従った。
習慣とは恐ろしいもので、なかなか新しい呼び名が頭に定着しない。
ただ「アレンさん」と呼べば良いだけなのに、何度も間違えて「ふく…アレンさん」と呼び、色んな人の名前とごちゃ混ぜになって「アライさん」になる始末。
「それ誰ですか」とツッコまれながら、ようやくこの残念なおつむに彼の名前が定着したところだ。つらかった……二度と別の呼び方はしない。
「なぜ一人で歩いているのですか?」と、彼は言った。
確かに、わたしが一人で歩いているのは珍しいことだ。
いつもアレンさんかフィデルさん(ジェラーニ副団長)のどちらかと一緒に歩いているのが神薙様である。
「お部屋を出たら、誰もいなかったのです」
「フィデルさんは? 私の代わりに彼がいるはずですよ?」
「ヴィルさんに呼ばれて、そのままいなくなってしまいました」
「仕方のない人たちですねぇ。で、リア様はどちらへ?」
「料理長にお米の調理法をご説明する予定がありまして」
「ほほう」
そろそろつらくなってきた。
仏像アレンさんに慣れ親しんでいるせいで、生アレンさんの爽やかな香水の匂いや、体温が伝わってくる感じは少々刺激が強すぎる。
「あの……メガネ、していないのですねぇ?」
暗に「忘れているならかけてね」と言ったつもりなのだけど、どういうわけか、わたしを拘束する腕に、ぎゅ……と力を込められた。
はあああぁぁぁぁッ!
アレンさんがメガネを外しているときは別人だ。
普段、エスコートしてくれるときに触れる彼はヒンヤリしていて固く、本当に生身の人間なのかと思うほど無機物感がある。しかし、説明しようのないこの人間感と温もりがわたしを激しく動揺させる。
両手で彼の腕に触れ、にぎにぎと握ってみた。
おお、ちゃんとした人間だ。だって、弾力がある。
ノーメガネのアレンさんは生身のオトコ感があって、非常に危険だ(鼻血でる)
「どうしました? 甘えているのですか?」
「うぐっ。い、いいえ、なんていうか、その、いやー、人だなぁと思って……」
自分でもすごく変なことを言っている自覚がある。
モゴモゴしていると、左腕も巻きついてきた。
なああぁぁぁッ!
これは、拘束ではなくて「バックハグ」と呼ぶのではないだろうか。
どうしたのだろう。いつもヴィルさんに「ベタベタ触るな」と怒っている彼がこんなことをするなんて。
ただ、よくよく考えてみると、日頃から一番スキンシップが多いのはアレンさんだった。そして、その次がフィデルさんだ。
ヴィルさんは別の種類の特大スキンシップをしてくるので、そういう意味だと比較にならない。
ここがキッチンへ向かう廊下であることを踏まえると、やはりこれは拘束であってバックハグではないのかも。
「料理長には説明だけをするのですか? 実演は?」
「ひえっ」
この世界の尋問は耳元でささやくように行われるものなのだろうか。
近い。わたしは左耳が少々敏感なので、あまり顔を近づけないでいただきたいのだけど……。
「す、少しだけ実演もしようかな、と」
「だから専用の厨房を作ろうと言ったでしょう?」
「腕まくりはしませんので(離して)」
「当たり前です。夫以外の男に肌は見せないでください」
「ハイ、それは承知していますので(そろそろ離して)」
彼が一緒に来るのなら実演はあきらめたほうがよいかも知れない。
「何を作るのですか?」彼はまた小声で言った。
「料理長はオニギリにしようと言っています。ただギュッと握るだけなのですけど、意外とコツがいるというか……」
「ターロンで買った材料で作るものですか?」
「そうですね」
「カラカラの魚とか、黒いベロベロしたもので?」
「そ、そんなふうに煮干しや昆布をバカにしてはダメなのですよー?」
お出汁は日本人の超魂なのだと口ごたえをしたせいか、彼の腕にギュウゥッと力が入る。
ひ~~~ん……ごめんなさい。
ジタバタしていると、後ろから不機嫌そうなヴィルさんの声がした。
「何をしているのかなぁ、アレン君」
「あ、団長、フィデルさんを知りませんか?」平然と答えるイケメン兵器。
「頼みごとをした。今、執務室にいる」
「了解」
アレンさんは拘束を解きながら「いい子にしていてくださいね」と耳打ちして離れていく。いつの間にメガネをかけたのか、去っていく姿は超絶イケている仏像だった。
「また仏像になってる……」
「ブツゾー?」ヴィルさんが首をかしげた。
「人の形をしたありがたい石像です。母国にたくさんあったのです」
「あそこまでカッコ良くはないですが」と付け加えた。
ヴィルさんは顎をさすりながら「なるほど。高魔力者には顔の付いた石に見えるのか」と言った。聞き捨てならない。
どういうことなのかと聞いたけれども「ふふふ。内緒だ」と言われてしまった。
「ひゃうっ」
「こら、どこへ行くつもりですか。私の目を盗んで」
「まだ何もしていませんよ。アレンさん……」
わたしが一人でキッチンへ向かうときは悪巧みをしていることが多かった。そのせいで信用されていないらしい。
でも、今日はまだ何も悪いことはしていないし、ほんのちょっぴりしか企んでいない。なのに、左の鎖骨から肩をガッツリと大きな手で押さえている。
恐る恐る後ろを振り返ると、ホトケを脱皮したイケメンがいた。
「ぐぁっ!」
「ようやくすんなり名を呼んでくれたと思ったら、最後の『ぐあ』はなんですか」
「ご、ごめんなさい……」
お忍びでの外出が増え、身バレのリスクを下げるために宮殿の皆を名前で呼ぶように変更したばかりだった。
名前を覚えるのが苦手なせいで、わたしだけが上手く切り替えられず苦戦している。
イケ仏様ことアレン・オーディンス副団長のことは、ずっと「副団長様」と呼んでいた。最初は二重敬称で気持ち悪いなと思ったけれども、言語も風習も違う国の文化なので、皆の呼び方に従った。
習慣とは恐ろしいもので、なかなか新しい呼び名が頭に定着しない。
ただ「アレンさん」と呼べば良いだけなのに、何度も間違えて「ふく…アレンさん」と呼び、色んな人の名前とごちゃ混ぜになって「アライさん」になる始末。
「それ誰ですか」とツッコまれながら、ようやくこの残念なおつむに彼の名前が定着したところだ。つらかった……二度と別の呼び方はしない。
「なぜ一人で歩いているのですか?」と、彼は言った。
確かに、わたしが一人で歩いているのは珍しいことだ。
いつもアレンさんかフィデルさん(ジェラーニ副団長)のどちらかと一緒に歩いているのが神薙様である。
「お部屋を出たら、誰もいなかったのです」
「フィデルさんは? 私の代わりに彼がいるはずですよ?」
「ヴィルさんに呼ばれて、そのままいなくなってしまいました」
「仕方のない人たちですねぇ。で、リア様はどちらへ?」
「料理長にお米の調理法をご説明する予定がありまして」
「ほほう」
そろそろつらくなってきた。
仏像アレンさんに慣れ親しんでいるせいで、生アレンさんの爽やかな香水の匂いや、体温が伝わってくる感じは少々刺激が強すぎる。
「あの……メガネ、していないのですねぇ?」
暗に「忘れているならかけてね」と言ったつもりなのだけど、どういうわけか、わたしを拘束する腕に、ぎゅ……と力を込められた。
はあああぁぁぁぁッ!
アレンさんがメガネを外しているときは別人だ。
普段、エスコートしてくれるときに触れる彼はヒンヤリしていて固く、本当に生身の人間なのかと思うほど無機物感がある。しかし、説明しようのないこの人間感と温もりがわたしを激しく動揺させる。
両手で彼の腕に触れ、にぎにぎと握ってみた。
おお、ちゃんとした人間だ。だって、弾力がある。
ノーメガネのアレンさんは生身のオトコ感があって、非常に危険だ(鼻血でる)
「どうしました? 甘えているのですか?」
「うぐっ。い、いいえ、なんていうか、その、いやー、人だなぁと思って……」
自分でもすごく変なことを言っている自覚がある。
モゴモゴしていると、左腕も巻きついてきた。
なああぁぁぁッ!
これは、拘束ではなくて「バックハグ」と呼ぶのではないだろうか。
どうしたのだろう。いつもヴィルさんに「ベタベタ触るな」と怒っている彼がこんなことをするなんて。
ただ、よくよく考えてみると、日頃から一番スキンシップが多いのはアレンさんだった。そして、その次がフィデルさんだ。
ヴィルさんは別の種類の特大スキンシップをしてくるので、そういう意味だと比較にならない。
ここがキッチンへ向かう廊下であることを踏まえると、やはりこれは拘束であってバックハグではないのかも。
「料理長には説明だけをするのですか? 実演は?」
「ひえっ」
この世界の尋問は耳元でささやくように行われるものなのだろうか。
近い。わたしは左耳が少々敏感なので、あまり顔を近づけないでいただきたいのだけど……。
「す、少しだけ実演もしようかな、と」
「だから専用の厨房を作ろうと言ったでしょう?」
「腕まくりはしませんので(離して)」
「当たり前です。夫以外の男に肌は見せないでください」
「ハイ、それは承知していますので(そろそろ離して)」
彼が一緒に来るのなら実演はあきらめたほうがよいかも知れない。
「何を作るのですか?」彼はまた小声で言った。
「料理長はオニギリにしようと言っています。ただギュッと握るだけなのですけど、意外とコツがいるというか……」
「ターロンで買った材料で作るものですか?」
「そうですね」
「カラカラの魚とか、黒いベロベロしたもので?」
「そ、そんなふうに煮干しや昆布をバカにしてはダメなのですよー?」
お出汁は日本人の超魂なのだと口ごたえをしたせいか、彼の腕にギュウゥッと力が入る。
ひ~~~ん……ごめんなさい。
ジタバタしていると、後ろから不機嫌そうなヴィルさんの声がした。
「何をしているのかなぁ、アレン君」
「あ、団長、フィデルさんを知りませんか?」平然と答えるイケメン兵器。
「頼みごとをした。今、執務室にいる」
「了解」
アレンさんは拘束を解きながら「いい子にしていてくださいね」と耳打ちして離れていく。いつの間にメガネをかけたのか、去っていく姿は超絶イケている仏像だった。
「また仏像になってる……」
「ブツゾー?」ヴィルさんが首をかしげた。
「人の形をしたありがたい石像です。母国にたくさんあったのです」
「あそこまでカッコ良くはないですが」と付け加えた。
ヴィルさんは顎をさすりながら「なるほど。高魔力者には顔の付いた石に見えるのか」と言った。聞き捨てならない。
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