昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[クリス]

紳士のたしなみ §2

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「それにしてもすごい人数だな」
 ヴィルがグラスを片手にキョロキョロと会場を見回している。
 開店記念パーティーとは思えないほどの入りだった。作りも個性的だ。前方に舞台があるのは見慣れた光景だが、中央にも張り出している。

「あの真ん中の舞台は何をするのだろう? まるでブランド服の新作発表会みたいだよな」
 アーロン君に罵倒されながらもらった高級ワインをチビリと飲んだ。
 背の高い立食用テーブルには、リナちゃんが置いてくれたつまみが盛りだくさんだ。どれを食べても美味い。
「女性が大勢来ているのが気になる」と、ヴィルは薄切りのサラミをつまんで片眉を上げた。

「男の肌着の店なのだろう?」
「彼女からはそう聞いている」
「招待状には『紳士のたしなみに革命を』と書いてあったよな」
「なぜかそれを見に来た大勢の令嬢……そして、あの舞台」
 彼はアゴをなでながら「実に不穏だよ、ドノヴァン君」と言った。また「名探偵ごっこ」をしている。

 彼女が新しく出す店は『紳士のたしなみ』という屋号だった。
 仕掛け人が聖女であるにも関わらず、これまでの店とは違って彼女の存在が前面に出ていない。

「――これより舞台近くのお席へご案内いたします。先着順となりますので、ご希望のお客様はお早めにどうぞ」
 係員が出てきて席の案内を始めた。
 張り出した舞台の両脇にある座席が開放されると、なぜか若い令嬢たちが黄色い歓声を上げ、一斉に移動し始めた。

 ヴィルと俺は顔を見合わせていた。
「なあ……今の話、喜ぶところなどあったか?」と、俺は尋ねた。
「いや、足腰の弱い年寄りがどっと座りに行くのだろうと思っていた……」
 彼はハムが刺さっていたピックをくわえたまま答えた。
「ところが、高齢者と体の不自由な人々には、もっと至れり尽くせりの良い席があるということに気づいてしまった。ほら」
 彼が指さす方を見ると、座り心地の良さそうな椅子におさまり、高級ワインを片手にご満悦の高齢者たちがいた。車いすにちょうどいいテーブルも用意されている。

 令嬢軍団が席に着くと、会場全体の明かりが落ち、司会者の男に照明が当たった。
 手短にパーティーの主旨が説明され、ベルソール商会の幹部が登場。店についての概要を説明している。
 やはり聖女の話は出てこない。
 しかし、そんな話題性がなくとも、非常に興味深い店だった。しきりに「意識改革をする」と説明しているのだ。

「――それでは、前方の舞台にご注目ください。商品のご紹介です」
 案内と同時に、今しがたまで優雅な曲を奏でていた楽団が、突如としてノリのいい音楽を演奏し始めた。そのまま幹部が淡々と商品紹介をするものだと思っていた会場はざわついている。
 舞台前の令嬢たちが急にそわそわし始めた。
「何を始める気だ?」と聞いたが、ヴィルも首を振った。
「わからない。俺も詳しくは聞いていないんだよ」

 派手な衣装を着た男が一人、舞台に飛び出してきた。
「誰だ? あっ……!」
 会場がどよめいた。
「お、おい、あれ、グロジャンじゃねぇか!」
 思わず指をさしてしまったが、会場中が同じ反応をしている。
 なんと、人気歌手のジャン・ジェイク・グロジャンだ。

 彼は会場をあおりながら、王都で暮らす者なら誰もが知っている曲を歌っていた。街の広場で楽器をかき鳴らしている者が必ず演奏する曲だ。
「なぜこんな無料のパーティーに……?」
 グロジャンのコンサートと言えば、王立音楽堂などの大ホールだ。券は即日完売で「王国で最も券が手に入らない男」と呼ばれている。
 人気者の登場に、観客は手拍子と歓声で大盛り上がりだ。令嬢たちは音楽に合わせて体を揺らし、一緒になって歌っている。

「まるでリサイタルだな」と、ヴィルが手拍子をしながら言った。
「なあ、商品の紹介は?」と、俺は尋ねた。
「忘れていた……。そこにマネキンでも並べるのだろうか」
「あんなにノリノリで歌っちまったら無理だろ……」

 二人で首をかしげていると、舞台奥のカーテンが勢いよく開いた。
 そこから風呂上がりの大富豪のようなイケメンが出てくると、また客が指をさして大騒ぎをし始める。
 バスローブの前をはだけさせ、わざと下着を見せながら、張り出した舞台を踊るように歩いている。
「なんだあのクソかっこいいパンイチ野郎は!」
 俺の風呂上がりと並べてみろ。まるで原始人と現代人の比較図のようになる。「このように人は進化しました」とでも解説を付けてもらえれば幸いだ。

「なぁクリス、あの男って俳優じゃなかったか?」
「ああ、主役級のな」と、俺は返した。
 実際に舞台を観たわけではないが、つい数十分前に会場の入り口でポスターを見たばかりだった。街でも広告などでよく見かける顔だ。
 狭い空間に、王都民なら誰もが知っている有名人が二人もいる。

 会場が揺れていた。男も女も歓声を上げ、拍手をして喜んでいる。
 最前列で手拍子をしていた令嬢が一人、失神して運ばれた。ほかの女性は両手で顔を隠すような素振りをしているが、指の間からガッツリと俳優の下半身を見てキャーキャー言っている。
 やり方はブランド服の新作発表会と同じだ。まさかそれを「パンツ」でやるとは予想外だった。

「クリス、見ろ! 後ろから来た奴!」
 グロジャンの歌に合わせ、今度はモデルの男が颯爽さっそうと歩いてきた。
 パンツ姿とは言え、さらりと羽織ったシャツだったり、ローブだったり、身に着けている飾りなど、どれもこれも高価なものばかりだった。だらしないパンイチ野郎は一人もいない。

 次々と現れる色男たちは、張り出した舞台の一番前まで歩くと、ぴたりと止まってポーズを決めた。
「見ろ! 股間の横でグーだ! 男らしい。俺もやるぞ。グー!」
 ヴィルがうれしそうに真似をしている。相変わらず面白い男だ。
「格好いいなぁ。俺も欲しい」
「一度買ったら、もう元の生活には戻れそうにないな」

 まばゆい照明に包まれたイケメン軍団を見ながら、俺は古い友人のことを思い出していた。
「なあ、昔、ヴィルと同室だった裸族の彼も、あれなら着ていたのではないか?」
「ブランブラン君かぁ。懐かしいなぁ」
「ブーラン君だろ」
「同じさ」
「同じじゃねえよ」
「彼と同室だった一年はつらかったなぁ……毎日のように全裸で目の前をブラブラしていてさぁ。元気にしているかなぁ」
 彼は感慨深げに言った。
「今度連絡してみようぜ」
「ブラブラ君な」
「ブーラン君だぞ」
 俺たちがくだらない思い出話をしている間も、次々とパンツ一丁のイケメン野郎が出てきてはポーズを決めていく。

「見ろ、クリス! あれはゾウさんおぱんつ『ぱおーん』だ」
 ヴィルのアホが舞台を指さした。
「お前、アタマ大丈夫か?」
「あれだけはリアが教えてくれた。今日、一番面白いところだと」
「はあ?」舞台を見ると、ゾウの絵のパンツをはいたモデルがいた。真ん中に鼻があり、両側に大きな耳だ……。
 俺は口元を押さえた。聖女が全力で俺を笑わせにきている。しかし、紳士がパーティーでばか笑いをするわけにはいかない。

「リアは動物と冗談が大好きだからなぁ」
「両方合わさるとこうなるのか……って、シャレにならねぇぞ」
「昼と夜では鼻の大きさと角度が違うよな。まあ、これは中のゾウさんの話だが」
「お前は一度ゾウに踏みつぶされろ!」

 バナナを持つゴリラ、キノコ、腸詰めと、ちゃめっ気たっぷりのお笑いシリーズが続き、紳士の腹筋にダメージを蓄積させる。
 ――こらえろ。なんでもないフリをするのだ。
 周りの様子をうかがいながら、必死で笑いを飲み込む。ヴィルは何度もせき払いをしてごまかしていた。
 しかし、有名なクッキー缶に描かれた絵と同じパンツが出てくると、さすがの紳士集団も限界に達した。一瞬のどよめきの後、会場は大爆笑だ。

「くっそぉー、我慢できなかった。『ネコさんクッキー』はズルイだろう!」
 口々に敗北を言葉にする紳士たちに向け、モデルの男は勝者の笑みを浮かべていた。ネコのポーズでさらに笑わせると、くるりと振り返る。
「ぐはっ!」
 尻の部分に猫のシッポが描かれていた。我々の腹筋を完膚なきまでにたたきのめし、モデルは満足そうに舞台の奥へと去っていった。 

「ちょっ、クリス!」ヴィルが俺のジャケットを引っ張った。
「なんだよ。もう腹筋が死んだぞ、俺は」
 彼が指さす先には、驚くほど露出度の高いパンツをはいたモデルが、その肉体美を惜しげもなく披露している。
「あれはすごい。ほとんど尻が丸出しだ」
「……用途が謎すぎるぞ」
「隠したいのか見せたいのか」
「ヴィル、すげぇぞ、横がヒモ一本だ」
「はたして、収まるのだろうか?」
「それこそ夜は収まりが悪そうだ」
「大ばかクリス」
「お前が先に言ったんだろうが!」

 たわいのない話をして笑っていた。周囲の男たちもまた、ワインを片手に驚いたり笑ったりして盛り上がっている。
 男女で楽しみ方はまるで違っていたが、同じものを見て歓声を上げていた。ポーズを決めていくモデルたちも、歌い手も、会心の笑みを浮かべている。こんなに愉快で楽しいパーティーは初めてだった。

 ジャン・ジェイク・グロジャンは満場の拍手の中、令嬢たちに口づけを投げた。黄色い声を浴びながら舞台奥へと姿を消していく。
 間髪入れずに人気芸人が飛び出してきて、リナちゃんが話していた『びんご大会』が始まった。
 大盛況でゲームが終わると、隣の部屋へつながるカーテンが開き、即売会場が現れた。もう欲しいものに目星のついている紳士は一斉に移動を始める。

 同時に「お菓子とお茶のサービスがございます」と案内があった。
「皆さま大変ですわ! 『聖女のショコラ』のお菓子が!」
 帰ろうとしていた女性たちは目を輝かせ、あっさりと帰り支度をやめてしまった。
 右の即売会場には男が、左のお茶会場には女性が、どっと吸い込まれていく。男にがっつり買い物をさせるためなのだろうが、見事な作戦だ。

 ヴィルと一緒に移動しようとした時、後ろから肩をたたかれた。振り返ると七三分けのアーロン君が、不敵な笑みを浮かべて立っている。
「賓客の八名様は、お会計の際、こちらの札をご提示ください。割引がございます」
「おお……アリガトウ」
「ごゆっくりお買い物をお楽しみください、お客様っ」
 アーロン君はクルッと回れ右をしてリナちゃんの待つ場所へとスタスタ戻って行く。
 リナちゃんは俺たちを見ながら、黒ぶちメガネをキラッと光らせていた。
 ……二人が似てきたように思えるのは俺だけだろうか。
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