昨今の聖女は魔法なんか使わないと言うけれど

睦月はむ

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[クリス]

紳士のたしなみ §3

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 俺たちは大きな買い物袋を抱え、ホクホク状態で即売会場から出た。
「ヤバいぞ。爆買いしてしまった」と、ヴィルは買い物袋の中をうれしそうに眺めている。実は俺も、しこたま買ってしまった。
「お買い上げありがとうございまーす」と、かわいいリナちゃんが言った。
「ありがとうはこちらのセリフだ」
 アーロン君からもらった割引札は、店の紋章が印刷されただけの簡単なものだったが、驚異的な力を秘めていた。
 会計時に提示したら別室へ連れて行かれ「お友達価格」の割引率を知らされる仕組みだった。
 なんと、驚きの九割引。タダも同然だ。

 リナちゃんと雑談をしていると、口の悪いアーロン君がニヤニヤしている。
「ゴリラおぱんつはお買い求めいただけましたか? ソックリですよっ、お客様」と、彼は言った。
 ――誰だよ、こいつに給仕の役割を任せた奴は。大はしゃぎじゃねぇか。
 リナちゃんは彼が何か言うたびにお腹を抱えて笑っていた。

 褒賞として「夫にしてほしい」などと言わなくてよかった。
 もし、ダドリーの件がなかったら、俺は舞い上がった勢いで彼女に不快な思いをさせただろう。
「俺はダメな奴だ……」と、ため息まじりにつぶやいた。
 それを聞いたヴィルはクワッと目を見開き「あのヒモパンツを買うといい」と真顔で言う。

「いいかクリス、あのヒモパンツで鏡の前に立ち、股間の横でグー! これで絶対に自信がつくはずだ。悩みはすべて解決するぞ?」

 脱 力 ……。

 昔からこうだ。こいつと一緒にいると、悩んでいるのがばかばかしくなる。
 ――次の好機を待とう。その間に少しでも成長して、彼女にふさわしい男になれればいい。
「ひとまず、ヴィルの隣で我慢するか……」
「さあ、クリスも一緒に!」
 俺は彼の隣に立ち、同じポーズを決めた。
「グー!」

 翌日『紳士のたしなみ』は開店した。
 長蛇の列ができて新聞に載り、そのせいでさらに果てしなく長い行列となった。
 俺もチラっと見に行ったが、商人街がかつて見たことがないような状況になっている。近隣の商店に迷惑がかかるからと、いったん店を開けるのをやめるほどだ。
 民間の体育館を借りて臨時店舗を開設し、あらかた客をさばいてから改めて開店した。

 予告どおり『革命』は起きたのだった。

 ☟

 非番の日、ザップに手伝ってもらい、釣り糸が絡まった衣裳部屋を片づけた。
 ついでに釣り道具も整理していると、何やら大きな荷物が届いた。送り状の差出人欄を見たザップが「これ誰ですか?」と首をかしげている。
 サカシタ――それはオルランド家の養女になる前に、リア様が名乗っていた異世界の家名だ。

 開けてみると、高さ百五十センチほどの棚が出てきた。
 モダンなデザインで、俺の部屋の雰囲気にピッタリだった。
「彼女、うちに来たことがあったっけ?」と思うほど、置くのにちょうどいい場所がある。しかし、物を収納するには幅が狭い。手の平ほどしかないのだ。
「ギリギリ釣りざおぐらいなら入るか……?」
「でも、全部は無理ですよね。たくさんあるので」
「高いやつとか貴重なものだけ入れるか」
 俺はザップと顔を見合わせた。

「なあ、なぜリア様が棚を送って来るのだろう?」
「私もそれがちょっと……」と、彼も首をひねっている。
「まあ、いいか」
「そうですね」

 棚を運んでいると、ザップが「若ぁッ!」と叫んだ。何か小さな紙を持っている。
「なんだ?」
「これ、あの、あれ! あれです! リア様の、花柄の袋!」
「グログロクジラの口のことか?」
「それです。亜空間のアレ!」
「いやお前、それはいくらなんでも……うおおおーーーっ!!」
 棚を開けると、亜空間への入り口がグログロと渦を巻いていた。幅が狭いのは、人がうっかり入らないようにするためらしい。

「『釣り道具をしまうのにぜひお使いください』って、メモが……」
 小さなメモを見ると、確かに彼女の字だった。「たくさん入ります。無限に」と書いてある。
 フワフワのうさぎさんは、自分の食料倉庫だけは飽き足らず、俺に無限の釣り道具倉庫を与えてしまった。
「追伸:釣ったお魚を入れておくと、一生腐りません」
 なんだこれは。最高すぎるだろ。

 試しに手を入れてみた。
「おおおぉぉあおおッッ!!」
「若ぁぁッッ!!」
「す、すげえ……入り口が何とも言えない感触だ」
 クジラの腹のようでもあるし、生温いゼリーのようでもある。ぬるん、うにょん、どぅるん……そんな感じだ。
 気持ち悪い部分を通り過ぎると、何もない空間が広がっていた。

「釣りざお……入れてみますか?」と、ザップが上目遣いで言った。
「待て、これは国宝だ! まずは持っていて構わないか陛下に許可を取る! 着替えるぞ!」
「は、はいっ!」

 リア様の夫にはなれなかったし、公には褒賞ももらえなかった。
 しかし、気づけば俺は国宝の所有者になり、やたらと現金を持っている。そして、左右で色柄の違うおしゃれなシャツを着て、かっこいいパンツをはいていた。
 悪くない……。

 彼女にお礼の手紙を書くと、三日と経たずに返事が来た。
 しばらく彼女に会う予定はない。一往復で終わらせるのは惜しかった。
 ちょうど王宮で得たばかりの情報を伝えるため、もう一度手紙を書いた。
 だいぶ先だが、ヴィッヒル・ハートがオルランディア王都で個展を開くことが決まった。許可が下りたばかりだから、まだ誰も知らない。
 彼女はハートの大ファンだ。
 もしよかったら二人で行かないか、と書いた。その頃にはヴィルとの甘い蜜月も落ち着いているだろう。

 翌々日、仕事から戻ると返事が届いていた。しかし、なかなか封が切れない。
 開ける決心がついたのは、もうじき日付も変わろうという時間だった。
 しんと静まり返った部屋で精神統一をした。戦に出る前に必ずやる我流の儀式だ。
 戦は異様な世界だ。俺はいつもこうして己の心が壊れないよう、ひっそりと予防線を張っていた。

 まぶたの裏に、青く、清く透き通った湖を想像する。
 辺り一面に、鬱蒼うっそうと茂る樹々。
 湖の上に、雲一つない青い空が見える。
 まぶしい光が差し込み、その清らかな水面を照らす。
 胸いっぱいに息を吸う。森の匂いを感じる。
 美しい水面に乱れはない。
 ごく小さな波紋が、鼓動に合わせてゆるゆると広がる。
 そこはすべての苦痛を吸収し浄化する場所だと言い聞かせた。その場所があるかぎり、俺は何があろうとも壊れないのだ、と。

 我ながら小心者だと思う。しかし、恐れのない人間は弱い。
「恐怖を操作できる人間であれ」これはクランツ家の家訓だ。

 目を開け、静かな心で封を開けた。
 ゆっくりと読み始め、肝心な部分に差しかかった。
 返事は?

「すてきなお誘いをありがとうございます。その際はぜひご一緒させてください。楽しみにしています」
 静かに便箋を畳み、封筒へ戻す。
 ふわっと彼女の花の香りがした。

 こぶしを握った。
 静かだった俺の心の湖は、バッシャバッシャと激しく音を立てて波打っていた。今なら調子に乗って波乗りもできるかも知れない。
「よっ……しゃあッッ!!」

 こうして、長いようで短い俺の旅は終わった――
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