シスルの花束を

碧月 晶

文字の大きさ
31 / 62

31

しおりを挟む
そう告げると漸く雨月うげつは振り向いた。

「な、何で…」

その名前を知っているのか、そう問いたいのだろう。だが、雨月は驚きに目を開くばかりで、その先の言葉が出てこないでいるようだ。

「お前と喧嘩した後、沢巳さわみっつう野郎から聞いた。胡散臭ぇカメラマンだったがな」
「沢巳…」
「ん、知ってんのか」

聞くと、雨月はぎこちなく頷いた。

「おれも、会いました…」
「は?」

って事はあいつ、オレと雨月両方に接触してきてたのか?

「あいつ…」

舐めた真似しやがって

その節操のなさに思わず頭をガシガシとかく。

…いや、待てよ

「お前、あいつと何を話した」

奴はオレに雨月の事を興味本位で明かしてきた。なら、雨月のところへは一体何をしに行ったんだ?

「別に、何も…」
「嘘だな」

至近距離で雨月の瞳を捉える。その瞳は揺れていた。

「お前さっき、オレに迷惑をかけるのは本意じゃないって言ったよな。って事は、何か別の目的があったって事だよな」
「…っ」

押し黙る雨月に、やはりと確信する。それと同時に当たってほしくなかったのも本心で。

「…答えろ。お前はオレの事を最初から知っていたのか?知っていてオレを助けたのか?」
「それ、は」

雨月の答えを待つ数秒間が途轍もなく長く感じた。オレにしては珍しいが、それほど緊張していたのだろう。

「───…」
「!」

その瞬間、雨月の無感情な瞳から一粒の涙が零れ落ちた。

まるで泣くはずのない人形が泣いているような奇妙な感覚。
けれど、それと同時に思い出す。あの夜、雨月が母親を呼びながら泣いていた事を。

「…君が、君達が憎いと思った」

夕陽が部屋に差し込む。

「母さんを苦しめておいて、自分たちだけのうのうと幸せそうに生きているのが我慢ならなかった」

赤く染まった部屋で、それはまるで告解しているかのようだった。

「…でも、君は関係なかった。おれの復讐に一番関わらせちゃいけない人だった」
「………」
「ごめん、なさい…」

正直、雨月の言葉の意味は分からなかった。

だが、これだけは分かった。オレの事は…いや『冷泉院三門』の事は知っていたが、過去の被害者の息子としての『氷室三門』の事は知らなかったようだ。
…大方、沢巳の野郎から真実を知らされたのだろう。

雨月が何のために復讐しようとしているのかは分からないが、今こいつはオレをそれに一番関わらせてはいけなかったと言った。

だから、こいつはオレの前から姿を消そうとした。利用しようとしていたオレがその復讐とやらに無関係だと知ったから。
罪悪感、とでも言えば良いのだろうか。いやオレがそう信じたいだけかもしれない。

だが、それでもオレは…

「雨月」
「っ」

思ったよりも低い声が出た事に自分でも驚いたが、それ以上に驚いたらしい雨月は肩をびくりと揺らした。

「正直、お前の言ってる事は分かんねえ」
「………」
「オレが憎いだの復讐だの、身に覚えのねえ事ばっかだし」

雨月がばつが悪そうにうつむく。

「…だがな、それでも傍にいたいと思っちまったんだよ」
「───え?」

濡れた真っ黒な瞳と目が合う。

「お前が好きだ」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

またのご利用をお待ちしています。

あらき奏多
BL
職場の同僚にすすめられた、とあるマッサージ店。 緊張しつつもゴッドハンドで全身とろとろに癒され、初めての感覚に下半身が誤作動してしまい……?! ・マッサージ師×客 ・年下敬語攻め ・男前土木作業員受け ・ノリ軽め ※年齢順イメージ 九重≒達也>坂田(店長)≫四ノ宮 【登場人物】 ▼坂田 祐介(さかた ゆうすけ) 攻 ・マッサージ店の店長 ・爽やかイケメン ・優しくて低めのセクシーボイス ・良識はある人 ▼杉村 達也(すぎむら たつや) 受 ・土木作業員 ・敏感体質 ・快楽に流されやすい。すぐ喘ぐ ・性格も見た目も男前 【登場人物(第二弾の人たち)】 ▼四ノ宮 葵(しのみや あおい) 攻 ・マッサージ店の施術者のひとり。 ・店では年齢は下から二番目。経歴は店長の次に長い。敏腕。 ・顔と名前だけ中性的。愛想は人並み。 ・自覚済隠れS。仕事とプライベートは区別してる。はずだった。 ▼九重 柚葉(ここのえ ゆずは) 受 ・愛称『ココ』『ココさん』『ココちゃん』 ・名前だけ可愛い。性格は可愛くない。見た目も別に可愛くない。 ・理性が強め。隠れコミュ障。 ・無自覚ドM。乱れるときは乱れる 作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。 徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。 よろしくお願いいたします。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

処理中です...