チート魔王はつまらない。

碧月 晶

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150.見学

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来たる工房見学の日。ルカと二人で工房に訪れると、

「ようこそ、俺の工房へ!」

ニカッと明朗快活な笑みを浮かべるドワーフのおじさんに出迎えられ、ルカがペコリと頭を下げる。

「見学の件、承諾して頂いて感謝する。モーニ殿」
「なあに、街を救ってくれたんだ。これくらい安いもんよ。ほら、着いてきな。案内するぜ」

鉄を打つ金槌かなづちの音がそこかしこから響き渡る工房の中は、熱気が凄かった。空調完備のローブを着ていなかったら暑くてヤバかったかもしれない。

ちらりと隣りにいるルカを盗み見る。うん、平気そうにしてるね。汗腺バグってるのかな?

あ、因みにその快適ローブの中では俺の肩の上で小竜化したイリゼがスヤスヤ眠ってたりもするよ。

「ここは鍛錬場たんれんじょうだ。武器や防具なんかを作ったり修理してる。で、こっから左に行った所で装飾品を、右に行った所は魔道具の製作・修理をやってる」
「魔道具?」
「ああ。言ったろ?ここには大陸中から修理依頼のもんが送られてくる。その中に魔法都市『オペラ』から魔道具も送られてくるんだよ」

へえ、魔法都市なんてのもあるんだ。後でルカに聞いてみよ。

「んじゃあ、早速──」
「親方ー!!」

右奥から走ってきたドワーフの若者(と思しき人)がモーニのおじさんを呼ぶ。

「何だ、どうした」
「それが…『また』なんです」
「何ぃ?またか…」

若いドワーフの言葉にモーニのおじさんはうんざりしたように溜め息を吐いた。

「どうかされたのか?」
「何でも……いや、話しておいた方が良いか」

モーニのおじさんが改まった口調で話し始める。

「実は…俺がこの工房を継いでからまだ新しい機械や道具の調子が悪くなったり壊れたりする事が多々あってな。あんまりにも不調が続くもんだから詳しく調べたら…」
「調べたら?」
「…これを見てくれ」

モーニのおじさんがポケットから砕けた歯車を取り出す。

「これは…」

それは、『何か』にかじられたような痕跡あとがあった。

「最初の頃は週に一つ二つ程度だったんだが、最近じゃあ数十個にもなる。全く、一体何がどうなってるんだか」

困ったように頭をかくモーニのおじさん。

『…主』

あ、イリゼが起きたみたい。話し込んでいるモーニのおじさんとルカたちから少し離れ、ぼそぼそとイリゼと話す。

「何?」
『ずっとこちらを見ているものたちがいるぞ』
「誰が見てるの」
『この気配は…妖精だな』
「妖精?」

そんなメルヘンな生き物、この世界にいたんだ。

「へぇ、どれくらいいるの」
『数百匹はいるな』

その時、足元を何か小さいものが物凄い速さで通り過ぎていった。だけど、一瞬だけ見えた。

今のって…

「アメ?どうかしたのか」
「…ねえ、おじさん」
「何だ?」
「ちょっと聞きたいんだけど」

工房、機械、部品の破損とくれば…

「代替わりしたって言ったよね。それっていつ?」
「ああ。つい二十年ぐらい前だ。」
「先代がやってた変な習慣とか無かった?例えば…」

ちらりと太い柱に祀られている大きな神棚を見やる。それはホコリを被っていて、もう随分と誰も掃除をしていない事が見て取れた。

「神棚に何かお供え物をしてた、とか」
「神棚に供え物?……ああ!そういや、よく売りに出せねえ規格外の鉱石や宝石なんかを菓子と一緒に供えてたな。いつの間にか無くなっててよ、不思議だったなぁ…。でも、俺の代になってからはバタバタしててそんな暇なくてな。そういう事があったのも忘れちまってたよ」

ビンゴ。やっぱりね。

「それがどうかしたのか?」
「アメ、何か分かったのか?」

んー、分かったっちゃあ分かったけど…

チラッとフードの影からルカの様子を確認する。

うわ、めっちゃ期待の眼差しで見てる。

『主、鬱陶しいようなら建物ごと焼き払う事も可能だぞ?』

こっちはこっちで物騒な事言ってるし…

「ねえ、ルカ」

ちょいちょいと手招きすると直ぐに傍に来たルカに、こそっと耳打ちする。

「ちょっと頼まれてよ」
「分かった。私は何をすれば良い?」
「………」
「? アメ?」
「…俺、まだ何も言ってないけど?」

なのに何でそんな安請け合いするかな。

「モーニ殿を助けられる策を思い付いたのだろう?なら、私に異論はない」
「…あっそ」

相変わらずのお人好しのようで何よりだよ。

さて、では気を取り直して頼むとしようか。


*****


「───アメ!」

一時間後、俺が頼んだ物を大きな布袋三つに入れて買って帰ってきたルカに「ここに置いて」と指示する。

「なあ」
「何?」

話しかけてきたモーニのおじさんとその後ろにいる若いドワーフたちを見やる。

「言われた通り、規格外の鉱石と宝石を集めてきたが…こんな大量に何に使うつもりなんだ?」

モーニのおじさんが指差す方向には、規格外の鉱石と宝石がパンパンに詰められた大きな布袋が三つ。

モーニのおじさんたちには、ルカがお使いに行っている間にさっき言った物を集めて貰った。

…それにしても、ルカもモーニのおじさんも碌に説明もしていないのに、よく言う事聞いてくれたよね。
「説明するより見た方が早い。工房で起きている問題を解決できるから協力して」的な事を言っただけだよ?
俺が言うのも何だけど、もうちょっと警戒心を持った方が良いと思う。

「ちょっとね」

そう言って神棚の前に立った俺を不思議そうな顔で見るモーニのおじさんを横目に、ルカに目配せをする。

意図を察したルカが「モーニ殿、私たちは外へ」と言って、ドワーフたちを部屋の外へと連れていった。

さてと…

ルカたちが完全に退室したのを確認して、俺は天井にいる『彼ら』に向かって声をかけた。

「ねえ、いるんでしょ?」

突然の俺の問いかけに、天井裏にいる『彼ら』が顔を見合わせたのが気配で分かった。

「モーニのおじさん、先代から君たちの事聞いてなかったんだって。だから、わざと意地悪した訳じゃないんだよ」

増えていく『彼ら』の気配。

俺の話を聞きに来たのか。はたまた、ここにある大量の『彼ら』の『大好物』に釣られて寄ってきただけなのか。

「君たちは偉いね。意地悪されてもこの工房を見捨てなかったんだから」

どちらにせよ、もう一歩なのは確実だろう。

「それに『あの時』俺と遊んでくれて、ありがとう」

お祭りでルカが人混みに流されていった赤毛を連れ戻しに行っていた『あの時』、俺の足元でたわむれていたフワモフ生物がいた。
スイカ頭が現れたせいで直ぐにどこかへ消えてしまったけれど、さっき俺の足元を通り過ぎていった『何か』と同じ特徴だったから驚いた。

「もう一回、俺と遊んでくれる?」

身を屈め、神棚が祀ってある太い柱の根元、その陰にいる『存在』に向かって問いかけると…

「………」

彼らのうちの『一匹』が柱の陰からひょっこりと顔を見せた。

一見するとハリネズミのような見た目。だが、二足歩行している上に熊っぽい顔をしている。

やっぱりね。

あの時、俺の足元にいたフワモフ生物と同じだ。
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