1 / 12
1.夢見る花畑の貴族
とある貴族のソムニ・パーティクルは、煌びやかな部屋とは言い難い質素な部屋でひとり刺繍を指していた。
貴族と言っても貧乏でお金が無く、家計が火の車であるパーティクル家。
少しでも稼ごうとソムニは手を動かした。
しかし、恋に恋する彼の脳内ではいつもの様に花が咲いていた。
『今日もまた、世界は恋に満ちている……そう、ここは美しい花畑!可愛らしい妖精と優しい王子様……!優しく手を引かれて散歩をする…』
「……ふふふ、ようこそ、我がバラの館へ。ええ、あなたが私の運命の相手……ですね?なんてっ!」
刺繍糸をくるくる巻きながら、ソムニ・パーティクルはぽわんと頬を染めて微笑む。
目の前にあるのは、ただのクッションカバー。けれど彼にとっては、王子様との永遠の愛を誓う夢の舞台である。
「おい、また始まってるぞ」
部屋の扉が開いた音に、ソムニはびくりと肩を跳ねさせた。
現れたのは、泥だらけのブーツにシャツの袖をまくった、見慣れた少年。
「チルド!ノックして!乙女の妄想空間に無遠慮に踏み込まないで!」
「つーか乙女ってなんだ、お前男だろ!」
「僕の心はいつだって乙女だよ!!」
「あーはいはい、お前は乙女だったな」
「もう!」
ソムニの幼なじみ、チルド・キャールソン。万能便利屋(自称)今日も山から帰ってきたばかりらしく、魔物の毛皮と薬草入りの袋を背負っていた。
「父様の手伝い、終わったの?」
「ああ。山道ぬかるんでたけど、例の皮、持って帰ってきたぜ。……ほら、報酬の半分」
いつもの様にチルドが今日の取り分を手渡す。
「ありがとう!今夜のおかずが豪華になるね……!」
くるくる変わるソムニの表情を見ながら、チルドは手を洗いに奥へと向かった。
戻ってくると、机の上には紅茶とクッキーが用意されていた。
「おぉ、今日は焼いたんだな。……ん、美味い」
「ほんと?それ、夢見るマジョラムの香り、恋の味!」
「知らねーよ」
年季の入った少し軋むソファーに、二人で並んで静かに紅茶を飲む。
村の外れの小さな屋敷。薄汚れたソファと、擦り切れた絨毯。でもこの部屋は、ソムニにとって世界で一番、安心できる場所だった。
「ねえチルド……最近、妖精のタマゴが見つかったって話、聞いた?」
「……またその手の話か。どこの誰が言ってたんだよ」
「薬屋のポーレおばさまが!昔、森で拾ったことがあるって……!僕もいつか拾って素敵な王子様と恋をするんだ」
「タマゴ拾っただけで何でそうなるんだよ」
「もう、現実を突きつけないで!」
頭を抱えるチルドの横で、ソムニの妄想劇場がまた開幕しはじめた。
「――白い光に包まれ、卵から現れる麗しの王子。「君を迎えに来たよ」と囁く声に、胸は高鳴り……!!」
「……おまえのその妄想、いったい何回目だ?」
「今回の王子様はね、妖精で、冷たくてツンとしてるけど、実は孤独な人なの!そこに僕が癒しを与えて、そしてふたりで恋に落ちて、夜明けの森でキスを……」
「こら待て、夜明けの森はまずいだろ、狼が出るぞ」
ソムニは紅茶を飲み干し、うっとりと息をついた。
「いつかきっと、迎えに来てくれるの……僕の、白馬の王子様が」
その横で、チルドは小さく鼻を鳴らした。
「……バカか、おまえ」
「バカじゃないもん!ロマンチストなの!」
その声にチルドはふと視線を外す。日差しの差し込む窓の向こう。あの光の先に、ソムニの夢はあるのかもしれない。
……でも。
「白馬の王子が来ねぇなら、俺が馬になってやってもいいぞ」
「えっ?」
「……いや、なんでもねぇ」
妄想にふけっていたソムニはチルドの言葉が聞き取れず疑問符を浮かべる。
チルドはそっとクッキーを取り、口に放り込んだ。
あなたにおすすめの小説
happy dead end
瑞原唯子
BL
「それでも俺に一生を捧げる覚悟はあるか?」
シルヴィオは幼いころに第一王子の遊び相手として抜擢され、初めて会ったときから彼の美しさに心を奪われた。そして彼もシルヴィオだけに心を開いていた。しかし中等部に上がると、彼はとある女子生徒に興味を示すようになり——。
「お前を愛する事はない」を信じたので
あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」
お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。
王命で第二王子と婚姻だそうです(王子目線追加)
かのこkanoko
BL
第二王子と婚姻せよ。
はい?
自分、末端貴族の冴えない魔法使いですが?
しかも、男なんですが?
BL初挑戦!
ヌルイです。
王子目線追加しました。
沢山の方に読んでいただき、感謝します!!
6月3日、BL部門日間1位になりました。
ありがとうございます!!!
来世はこの人と関りたくないと思ったのに。
ありま氷炎
BL
前世の記憶を持つ、いずる。
彼は前世で主人だった三日月と、来世で関わらない事を願った。
しかし願いは叶わず、幼馴染として生まれ変わってしまった。
楽な片恋
藍川 東
BL
蓮見早良(はすみ さわら)は恋をしていた。
ひとつ下の幼馴染、片桐優一朗(かたぎり ゆういちろう)に。
それは一方的で、実ることを望んでいないがゆえに、『楽な片恋』のはずだった……
早良と優一朗は、母親同士が親友ということもあり、幼馴染として育った。
ひとつ年上ということは、高校生までならばアドバンテージになる。
平々凡々な自分でも、年上の幼馴染、ということですべてに優秀な優一朗に対して兄貴ぶった優しさで接することができる。
高校三年生になった早良は、今年が最後になる『年上の幼馴染』としての立ち位置をかみしめて、その後は手の届かない存在になるであろう優一朗を、遠くから片恋していくつもりだった。
優一朗のひとことさえなければ…………
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
【8話完結】ざまぁされて廃嫡されたバカ王子とは俺のことです。
キノア9g
BL
廃嫡され全てを失った元王子。地道に生きたいのにハイスペ幼馴染が逃がしてくれません。
あらすじ
「第二王子カイル、お前を廃嫡する」
傲慢な振る舞いを理由に、王位継承権も婚約者も失い、国外追放されたカイル。
絶望の最中、彼に蘇ったのは「ブラック企業で使い潰された前世の記憶」だった。
「もう二度と、他人任せにはしない」
前世の反省を活かし、隣国の冒険者ギルドで雑用係(清掃員)として地道にやり直そうとするカイル。しかし、そんな彼を追いかけてきたのは、隣国の貴族であり幼馴染のレオナードだった。
「君がどんな立場になろうと、僕にとっては君は君だ」
落ちぶれたカイルに変わらぬ愛を注ぎ、元婚約者の悪意ある噂からも守り抜くレオナード。
すべてを失った元バカ王子が、社畜根性と幼馴染の溺愛によって幸せを掴むまでの、再起と愛の物語。
全8話。
王様の恋
うりぼう
BL
「惚れ薬は手に入るか?」
突然王に言われた一言。
王は惚れ薬を使ってでも手に入れたい人間がいるらしい。
ずっと王を見つめてきた幼馴染の側近と王の話。
※エセ王国
※エセファンタジー
※惚れ薬
※異世界トリップ表現が少しあります