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第五章
閑話 瀬名律樹は我慢する
しおりを挟む弓月が話してくれた内容を繰り返し読み直しているうちに、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。重い瞼を押し上げると緩やかな光が目に入る。視線をずらした先、カーテンの隙間から僅かに見えた外はすでに明るくなっていた。
今は何時なんだろう。枕元に置いていたスマホを手に取って見てみれば、見慣れた数字の羅列がそこには映し出されていた。今日は休日なので当然アラームは鳴らない。しかし不思議なことに俺が目を覚ましたのはいつもと同じ時間だった。
「んー……っ」
手に持っていたスマホを画面を下にした状態で枕横のマットレスに置き、布団の外に腕だけを出して伸びをした。頭上に伸ばすと手が壁に当たってしまうため、指を絡めた手のひらを天井に向けて伸ばす簡易的なものだ。背中や腰をぐぐっと伸ばせば、腕や背中の関節からぽきぽきと軽い音を鳴った。
そうして限界まで伸ばし終えた腕を、今度は息を吐き出しながらゆっくりと下ろしていく。そのまま体の力も同時に抜いていき、やがて布団の上にぱたりと下ろせば、なんとなくすっきりとした心地がした。
体はそのままに顔だけを横に向ける。俺が眠る前は腕の中にいた弓月だが、今は拳二個分くらい離れた隣で眠っていた。こちらに背を向けて眠っているため、残念ながら俺が寝転んでいる位置からは寝顔を見ることができない。弓月は今どんな夢を見て、どんな表情をしているんだろうな……。
当たり前のことなんだが、俺に夢を制御する力なんてものはない。そんな特殊な力が存在するのは漫画や小説の中だけだ。けれどあんなにも辛くて苦しい過去をなぞるような夢をまた見ることがあれば、どうにかしてやりたいと思ってしまう。出来ることなら楽しくて幸せな夢を見て欲しいなんて思うのは俺の願望であり、エゴなのかもしれないとも思う。
でも今は魘されてはいないので少なくとも少し前のような悪夢のような過去を見ているわけではないようだ。そのことに俺はほっと息を吐く。
体に掛けられた布団がゆっくりと規則正しく上下に動いているのが見える。きっとすやすやと気持ちよさそうに眠っているのだろうなと思うと、自然と頬が緩んだ。
(髪……長くなったな……)
少し前までは半分ほど見えていた首元が、今はほとんどが隠れてしまっている。俺自身はどんな弓月のことも愛しているので髪が長いからどうだとか短いからどうだというのは全くない。寧ろどちらの弓月にも良さがあっていいなと思っている。
けれどその中でも今の長さが一番好きかもしれない。動く度に白い頸と俺がプレゼントした黒い首輪《カラー》がちらりと覗くのが好きだなぁ……と思う。
今もほら、弓月の頭が僅かに動いた瞬間にのぞいた黒と白のコントラストに、俺の心臓は大きく跳ね上がった。
俺があげた黒い首輪――それは正式なパートナーであり、俺のものだという証だ。
渡した当初は嬉しそうだったが、やはりつけている時はどこか違和感を感じているようだった。まあアクセサリーの類を身につける習慣がなかった弓月からすれば、突然身につけることになった装身具の感触や感覚にに違和感を感じてしまうのも無理はないと思う。
俺自身高校の頃に初めてピアス穴を開けたのだが、初めの頃はピアスの硬い感触が肌に触れる感覚に慣れず、違和感を感じることも多かった。しかしそれも最初だけで、気づけば慣れていたような気がする。きっと弓月もそうなのだろう。寧ろ今では不安や寂しさを感じている時に無意識に首輪に触れることがあるくらい精神安定剤のようなものになっているようだ。それだけ弓月にとって馴染んだものになっているという事実が、俺にとってはすごく嬉しかった。
「んん……」
白くて細い綺麗な頸にそっと指先を這わせ、僅かに寝癖のついた黒髪を掻き分ける。擽ったいのか小さく声を漏らした弓月が布団の中でもぞもぞと動き、ころんと寝返りを打った。突然目と鼻の先に現れた可愛い寝顔に胸が高鳴る。
先程の寝返りで布団から出てしまった肩が寒かったのか、弓月の細い肩がふるりと震えた。軽く息を吸い、吐き出して速度を上げようとしていた鼓動を少し落ち着かせる。少し落ち着いてきた頃、俺は捲れた布団を掛け直そうと手を伸ばし――止まった。
「……!」
触れる寸前、中途半端な位置で止まる指先。折角落ち着かせたはずの心臓がまた速度を増し、激しく鼓動を打ち始めた。ふわりと香る甘くて柔らかな香りに全身が熱を帯びていくのがわかった。
どれだけ一緒にいたり、一つのベッドで一緒に眠ったとしても、この先もきっと俺はずっとどきどきしているんだろうなあ……なんて思う。弓月がいくら細くて男にしては華奢な体つきをしているとはいっても、決して女の子のような見た目でもないし、女の子のような柔らかさを持っているわけではない。けれど俺にとってはこの世で一番大切で大事な子だからこそ何度でもときめいたり、欲情してしまうんだろうなぁと苦笑した。
そんなことをしみじみと考えていると、さらなる温もりを求めているのか弓月の体が俺の身体にぴったりとくっついてきた。足同士が絡まり、彼の膝があらぬところに押しつけられている。寝起きということもあり、さらに熱を帯びて主張をし始めるモノに俺は目を閉じて片手で顔を覆った。
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