失恋は新しい恋の始まり

白井由貴

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5:寂しがりやの兄

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※食事中に咽せる表現があるので、苦手な方はご注意ください。




 三度目のキスはトイレの中だった。
 なんてところでしてしまったんだと、帰宅してからの僕はずっと部屋の床で頭を抱えている。よりにもよってトイレ。校内でするのもどうかと思うけど、でも校舎に殆ど人がいなかったんだから何もトイレでしなくてもよかったのでは、と後悔が渦巻いている。

 あれから理人と教室に戻ると、教室には誰もいなかった。荷物を持って戸締りをして鍵を職員室に返し、そして帰路に着いた。お互いあまり会話もないままに家につき、そうして僕は今のこの状態である。

「あああぁぁ……」

 理人は気にしてない?それともあんなところでするなんてなんて情緒のないって思われてる?

 いや、あいつはそんなことを思わない。幼馴染なんだからよく知ってるはずなのに、恋人になってからの僕達は少しおかしい気がする。知っているはずなのに知らない、いつも見ていたはずなのに見たことがないものが多いような気がするんだ。
 関係が変わるだけでこんなにも見え方や考え方が変わるものなのかと驚く一方、今までどうしていたのかが分からなくなって不安になる。

「はあぁぁ……」
「蒼真ぁ、風呂空いた……って、お前そんなところで何してんだ?」
「何でもない……てか、勝手に入ってくるなよ」

 ガチャリと部屋のドアが開き、隙間からひょっこりと顔を出したのは兄だった。風呂が終わったから呼びにきてくれたらしいが、ノックもせずに勝手に入ってくるのは正直どうかと思う。
 僕が床から立ち上がりながら文句を言うと、兄はニヤリと笑って小声で「ティッシュの替え持って来てやろうか」と言ってきたので、軽く腹パンした。

 取り敢えず悩むのは後にしてお風呂に入り、母と兄と共に食卓を囲んで夕飯を食べる。僕の家族は他に父ともう一人兄がいるが、父は単身赴任で兄は地方の大学に通うために一人暮らしをしているので、今家にいるのは僕たち三人だけだ。
 たまに理人もこの食卓に加わることがあるけど、そういえば付き合い始めてからはまだ一度も家に来てないな、と唐揚げを口に放り込みながらぼんやりと考えていると、母が僕の名前を呼んだ。

「そういえば最近理人くん来ないけど、元気なの?」
「ごふっ!ごほ、ごほっ」
「あらら……大丈夫?ほらお茶」
「おいおい、大丈夫か?」

 まさに今考えていた人物の話を振られ、咀嚼途中だった唐揚げを間違えて飲んでしまって盛大に咽せた。咄嗟に母が差し出してくれたお茶を飲む。そしてげほごほっと咽せる僕の背中を、兄は優しく摩り続けてくれた。

 僕が目尻に涙を浮かべながらお礼を言うと、二人は心配そうな表情で大丈夫かと聞いてくれたので大丈夫だと笑って答える。ほっとしたような表情の二人に、僕はなんだか胸が温かくなった。

「理人は元気だよ。また今度誘ってみるね」
「ええ、またいらっしゃいって言っておいてね」
「うん、わかった」

 僕と母さんがそんな会話をしていると、不意に兄が僕の方を向いた。二番目の兄は僕とは二つ離れているので現在は大学一年生だ。近くの大学に通っているためこうして今自宅にいるが、少し前までは僕と同じ高校に通っていたので、理人のこともよく知っている。
 兄は何か言いたそうな顔をした後、一つ溜息をついて僕から目を逸らして唐揚げを口に入れた。

 夕飯が終わり、僕が部屋に戻ると同時に兄が部屋にやってきた。その手にはスマホだけが握られていて、僕は首を傾げる。
 手近な場所に腰を下ろした兄は、少し意地悪な笑みを浮かべながらベッドに座る僕を見上げた。

「蒼真、お前彼女とはどうなんだよ?」
「あー……振られた」
「……は?」

 そう言えば兄には話していなかったなと思い出す。母さんには話の流れでそれとなく話はしたが、この兄には別に進んで話さなくてもいいかと思って後回しにしていた。さっき何か言いたそうにしていたのはこの事だったのかと一人納得していると、兄は目をぱちくりと瞬かせながら俺を呆然と見ている。

「は……え?本当か?」
「そんな事で嘘ついてどうするんだよ」
「いや……まあ、そうか」

 納得いっていないような表情で首を傾げる兄に、何が言いたいのと少し強めに聞くと、兄は困った表情で俺を指さして言う。

 ――その割にお前ショック受けてないんだな。

 少し前の僕は確かに彼女に振られた事でかなり落ち込んでいた。その落ち込みようは酷く、二、三日は寝込むほどだったのだが、新しく入学した大学の新入生宿泊研修で家を空けていた兄が知るはずもない。その時に母にはバレてしまったのだが、母は「失恋したなら次行きましょう!」とにっこにこの笑顔で励まされた。

 あの時は運良いのか悪いのか寝込んだのが土日だった事が幸いし、週明けの月曜日には辛うじて登校することができたのである。そして月曜日の放課後に理人と付き合う事になって少し浮ついていた所を、宿泊研修から帰ってきた兄に目撃されたので兄は僕が落ち込んでいたことを知らない。

「はあぁぁ……そうか、蒼真も漸く童貞を卒業したんだと思ってたけど……そうか……」
「ど、童貞って……!」
「その反応は童貞のままか。まあそんな真面目なところが蒼真の良いところだからなぁ……でもそうか、お前フリーなんだったら今度の合コン来てみるか?」
「合コン……?」

 現在大学四年生の長兄とは違い、歳が近い次兄は事あるごとに僕にかまってくる。それはそれで嬉しいこともあるのだが、こと恋人関係に関してはそっとしておいてほしいと言うのが本音だ。
 
 彼女に振られたけど新しく恋人出来た、と言おうとしたが、早すぎると言われるだろうかとか早過ぎて引かれるだろうかとか考えているうちに、いつしか僕が合コンに参加する流れになっていた。いやうん、合コンという言葉が気になって聞き返してしまった僕が悪いんだけどね。

「合コンって言ってもそんな大人がやるようなもんじゃない。二十歳未満の奴らしか来ないし、場所も駅前のお洒落なカフェだ。今女子の方が人数多いとかって主催が言ってたからどうだ?もし空いてるんだったら理人も一緒に来れば良いし」
「えっ?!」
「もし二人が来るんなら、バイト代も入ったからお前ら二人の分は俺が出してやるよ」

 兄――颯太(そうた)兄ちゃんが全部出してくれるなら行っても良いかもなんて一瞬思ったが、男同士とはいえカップルが行くのはどうなんだと考え直す。でも理人が一緒なんだったらとか色々考えているうちに兄は理人にメッセージを送ったらしく、お前が来るなら良いってよと言いながらスマホの画面を見せてくれた。

 え、行くの?と少しモヤモヤした気持ちで眉を顰めると、スマホがブーブーと震えた。スマホを手に取り、今きたばかりの新着メッセージを開くと、それは理人からだった。
 文面にはただ一言、『合コン行くって本当か?』とだけ書かれていた。それにどう返信しようかと迷っていると、続いて『行くなら俺も行く』『一人で行くな』と連続でメッセージが送られてくる。きっと慌てて送ったんだろうな、途中のメッセージが誤字だらけだったので思わずくすりと笑ってしまった。

「まあ合コンとか言ってるけど、別に気軽に話すれば良いだけだからな、気負う必要はないぞ。失恋の痛みを癒せたらそれで良いし……あと俺がちょっと心細いってのもある」
「……なにそれ」
「笑うな。そりゃそうだろ……主催の奴しか俺は知らないし、元々人数足りないからって誘われたんだよ。知ってる奴がいてくれた方がいい」

 そういえばこの次兄は顔に似合わず寂しがりだった。家では僕に偉そうな事や無神経な事を言うくせに、一歩外に出ると途端に別人になる。外面は良いが、外面を良くし過ぎて後で困るパターン、まさに次兄がそれだった。

 僕のことを想ってくれているのも本当だが、一人で知らない人の中に行くのが怖いというのもきっと本当なのだろう。僕は理人に『兄ちゃんが寂しいらしいから二人で行ってやろう』と送ると『いつものあれか、わかった』と返事が来た。
 僕と理人は幼馴染だが、それと同時に理人は颯太兄ちゃんとも幼馴染なのである。兄に行ってやると答えると、兄はぱああぁ……と効果音でもつきそうなほどの笑顔になった。

 
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