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第四章 過去と現実

真実

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「……私は、何も分からないまま。彼に別れも告げられず、王宮へと連れ戻されたわ。」


そして、王宮にある高い壁に囲われた、白い建物へと監禁された。そう、あの僕が暮らしていた白い平屋の建物だ。


突然王宮へと攫われたセレーネは、常に人に監視され建物から外に出ることも許されなかった。

どこにも出られず、何もできない。
外部の情報も遮断され、そのときは何が起きているのか本当に分からなかったそうだ。


愛しい人に無事を伝えることも、連絡を取ることもできない。
セレーネはせめて、魔王の無事と幸せを願って、建物内の庭で祈祷を行った。

それが、聖魔術だった。


その当時は聖魔術について、詳しいことは誰にも分らなかった。セレーネ自身も、この魔術は治癒を行うか、人々に癒しを与えることしか知らなかったらしい。


ひっそりと祈祷を行っていたが、セレーネは僕のように隠蔽魔法を使えなかった。いつしか、国の魔導士たちに聖魔術の存在がバレてしまう。

セレーナが不思議な魔術を使っていると知った魔導士たちは、自分たちの興味欲求を満たすために、更なる非人道的な行為をした。


「……実は、それからの長い期間のことは、私自身ぼんやりとしか覚えていないの。……サエが身に着けている、その首輪で私は洗脳されてしまった……。」


セレーネは、魔導士たちに首輪をつけられた場面までは正確に覚えていた。それ以降の記憶は、セレーネは靄がかかったようにうろ覚えなのだそうだ。


ただ、覚えているのは、毎日王宮の狭い部屋で、ひたすらに聖魔術を魔石に付与していたということのみ。1つの魔石が白く眩く光り出すまで、聖魔法を付与した。それを、毎日、毎日ずっと繰り返していたことは覚えていた。


なぜそんなことをしているのか。
その魔石をどうするのか。


そう考える思考は、首輪によってすべて奪われた。
ただ、聖魔術を魔石に付与する操り人形になっていた。


そんな監禁生活を長らく続け、日付も数えることを忘れてしまったある日。セレーネは宰相に連れられて、再び辺境の屋敷へと連れられる。


「……宰相は、私を辺境の屋敷に送った後に、私に付けていた首輪を外したのよ。……今でも、忘れられないわ。」

宰相が私に付けていた首輪を外した直後の、あの表情。


人の絶望が、この上なく愉しみで、
セレーネが闇のどん底に堕とされるのを、今か今かと待ちわびて涎を垂らす、悪魔のように歪んだ笑みを。


セレーネは、顔を顰め、か細い手首を震わせ拳を握った。


「……宰相は、こう言ったの。『お前の作った魔石のおかげで、魔族を滅ぼすことが出来た。魔王を打ち倒すことが出来たぞ。』……と。」


魔導士たちは、セレーネを洗脳し聖魔術の効果を調べ上げた。そして辿り着いてしまったのだ。魔族の魔力は、強い聖魔術の光の前では太刀打ちが出来なくなることを。


聖魔術が魔族にとっては弱点だということに、人間たちは気が付いてしまった。


宰相は洗脳が解けて自我が戻ったセレーネに向かって、聖魔術の研究成果や魔族の国への侵攻の状況、人間が勝利したことを事細かく、実に愉快そうに話した。

その情報1つ1つが、セレーネの心を削っていった。


そして、最後にはこう言い放ったのだそうだ。


『お前の魔術は、良い武器になった。お前の恋人は、その魔術によって国もろとも死んだ。』

宰相はセレーネを貶めるように、狡猾に笑ったのだそうだ。


「……私は、そのときに絶望した……。私の聖魔術が、彼を殺したのだと。」


彼の怪我を癒し無事を祈る魔術は、
彼を殺す魔術だった。


「……その日のうちに、私はこの泉に足を運んでいたの。自分でも本当に無意識だったわ……。」


彼と出会い、愛をゆっくりと育んだ思い出の泉。
生涯の愛を誓い合った、大切な場所。

せめて、彼の近くに居たかった。
この世界では既に出会えないと言うのなら、魂は寄り添いたかった。


セレーネはそこまで話すと、一度言葉を切った。サファイヤブルーの大きな瞳に、陽の光が映りこむ。一度瞼を閉じたセレーネは、意を決したように僕を見ると言葉を続けた。


セレーネの壮絶な過去を知った僕は、言葉を紡ぐこともできずに、黙って聞いていることしか出来なかった。


「……だから、私はこの泉に身を投げた。彼の魂と共に眠るために。」

「っ!」


セレーネの大きな瞳に、驚いて目を見張る僕の顔が映っている。壮絶な事実を聞かされた僕は、息を止めて固まった。僕の様子に、セレーネは再び僕の両手を優しく包み込んだ。


「……だけど、彼の魂は天界へと来なかった。彼に会えるまで、魂の輪廻に乗らずっと天界を彷徨っていた。そしたら、あるとき天界の長が教えてくれたの。……彼の魂は、未だにこの地に縛られている。……『暗黒の種』という宝玉になってね。」




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