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第四話
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王城の三階以上の高層階は、本来居住用スペースではない。滅多に使われない客間や美術品収蔵庫、物置と化した部屋、衣裳部屋などばかりで、普通なら出入りしやすい一階か二階部分に居室を持つ。エアル王子の婚約者だったとはいえ、ロザリアは腫れ物を扱うように、四階の片隅へ追いやられていたに過ぎない。
ロザリアは、滅多に降りない王城一階の廊下を歩くだけでも緊張する。幽霊になって誰にも見えないと分かっていても柱の影伝いに隠れて進むし、人が通りすがれば身を隠そうとしてしまう。
ロザリアの悲しい習慣を見て、サリーは呆れていた。
「ここは君の家だったんだろう? なぜそんなにもコソコソと?」
「いえ、これは癖というか……エアル王子に出会わぬよう、それと噂好きなメイドたちに見られぬよう動いていたものですから」
「窮屈な暮らしだったんだね」
「そうですね。何も、いい思い出はありませんでした」
もはや、ロザリアは思い出を振り返らず、切り捨てている。私の人生は何もいいことはなかった、それ以上、感想も感傷も、何かを思う必要はない。
ロザリアは自分の左手を胸の前へ掲げる。
今のロザリアの左手薬指の先からは、幾本かの淡く光る糸が遠くへと伸びていた。それぞれ太さは違い、サリーの言うところによれば、ロザリアへの未練の大きさが大きければ糸も太くなり、その分ロザリアの魂をこの世に縛りつけているそうだ。
「細い糸はそのうち切れるだろうからいいとして、問題は太い糸だね。この撚り合わさった二本を処理できればいいんだけど、見てよこれ、君の小指くらい太いんだからさ」
確かに、ロザリアも不気味だった。
左手薬指から伸びる糸のうち、二本は自分の小指と同じくらい太く、もはや糸や紐ではなく綱だ。しかも他の糸もまとめて絡まっているようで、そのややこしさは事情に明るくないロザリアも一目で見てとれる。
だが、逆に言えば、それさえ何とかなればいいわけだ。
サリーとともに、ロザリアはちゃんと燭台に火の灯った廊下を、糸を追いかけて進んでいく。
幽霊となると少し歩く速さが上がっているようで、走るような速さで滑るように進むことができる。
これはちょっと楽しい、などとロザリアが子どもっぽくはしゃいでいると、急に冷や水をかけられる事態に陥った。
太い糸の先が、眼前の廊下にいるとある人物の背中の真ん中へと繋がっていたからだ。
サリーは、その人物——背の高い偉丈夫であり、三十手前ほどの男性——へと首ごと向けて指し示す。
「この糸は、あの男に繋がっているね。誰か分かる?」
ロザリアは一瞬ためらったのち、『アルデラ王国においてはエアル王子に次ぐ輝かしい人物』と目されるその男性の名を口にした。
「エアル王子の側近であるリーガン卿です」
「会ったことは?」
「何度か。でも、挨拶以外に言葉を交わしたことはありません」
それもそのはずだった。エアル王子の腹心中の腹心、ナバルシア伯爵リーガン卿はエアル王子の幼少時からの筆頭騎士兼傅役であり、数々の華々しい戦功と領地経営の見事な手腕で知られる。
エアル王子が君子不器の天才肌ならばリーガン卿は碧血丹心の秀才肌であり、その優れた才覚の持ち主同士、特に気心の知れた親友でもある——となれば当然、リーガン卿もまた主君であるエアル王子と同じように、ロザリアを遠ざけていた。
ロザリアは、今更リーガン卿に恨みはない。だが、あまり会いたいとは思わない相手だ。
リーガン卿は衛兵行き交う廊下でももっとも大きな扉の前に立ち、中にいるであろう部屋の主へと声をかけた。
「殿下、リーガンです。おられますか?」
リーガン卿のその憂いを帯びた横顔ときたら、舞踏会の令嬢たちだけでなくメイドたちまでうっとり惚れさせる玉艶の色気さえ滲み、天は気に入った人物には二物も三物も与えるものだと思い知らされる。
ため息を我慢して、ロザリアは思い出したくもない人生の思い出に引きずられまいと意識を現実に留めた。
ちょうど、リーガン卿は扉を開けて中へ入っている。まんまるなサリーはふわりとロザリアの目の前に浮かび、促した。
「ついていこう」
「……私も、ですか?」
「そうだよ。ほら、早く」
つい、ロザリアはとぼけたことを言ってしまった。サリーに引きずられるように、ロザリアはリーガン卿の背を追っていく。
行きたくないと思いながも、行かなければならない。いつものことだが、つらいものだ。
リーガン卿が『殿下』と呼ぶ人物はただ一人しかいないのだから、その部屋へ入るということはロザリアの古傷を抉るようなものでしかない。
そこは広く、豪奢で、一流の調度品が揃えられた執務室だった。シャンデリアが昼間のように明るく照らし、ガラス窓に反射する光は闇夜を遮る。あらゆる人々からの期待が形になれば、こうもきらめく場所を与えられるのか、と思うほどに。
金髪の青年が、頬杖を突いて分厚いソファのようなアームチェアに座っていた。執務机から離れ、応接用の長ソファにも頼らず、独りポツンと窓辺でどこか遠くを眺めている。
金髪の青年のどこか虚ろな横顔を目の当たりにし、小さなため息を吐いたリーガン卿は、扉を閉めると足音を立てずにそのそばへ歩を進め、こう言った。
「殿下。そろそろ、気持ちを切り替えてくださいませんか」
労わっているようで諌めている臣下の言葉に、エアル王子は目も合わさず不機嫌に答えた。
「戦勝の式典には出ただろう。何が気に入らない?」
「この国と民は、あなたの号令を待っているのです。これからどうすべきか、次の国王としてあなたがどう振る舞うか。皆、その一挙手一投足を見ているのですよ」
真剣な諫言にも、エアル王子は返事の代わりに、ふん、と鼻を鳴らしただけだった。
すかさず、リーガン卿は不機嫌の原因に言及する。
「ロザリア姫のことは、心中お察しします」
突如出された自分の名前に驚き、びくっ、とロザリアは肩を震わせた。
ロザリアは、やめて、もう自分の存在をこの世に残さないで、とさえ思う。しかし、不幸にも、エアル王子とリーガン卿の間に諍いの火種として残っているようだった。
エアル王子は苛立ち、口調を荒げる。
「お前は何も分かっていない。あれは婚約を破棄すると言ったんだぞ。俺に対して、最大の不名誉を押し付けていった!」
「だとしても、婚約など最初からなかったようなものです。当事者たるヴィリジア王家が滅亡したのですから、婚約という契約自体が無効です」
「世間がそれで納得すると?」
「ええ。新たな婚約者を選びましょう。周辺国から、あなたに釣り合う身分の高い姫を探してまいります。まばゆいほどに美しく聡明な姫君が輿入れしたとなれば、世間とやらはしばらくその話題で持ちきりでしょう」
エアル王子の、憎々しさか悔しさかのあまり、歯噛みする軋んだ音が部屋へ響く。リーガン卿はきわめて冷静に、エアル王子の怒りを買っても物怖じする様子は微塵も見られない。
ロザリアは何も言えない。幽霊になろうとなるまいと彼らに口を挟める立場にはないし、そもそもあの身投げは自分をこの人生から解放するために行なったに過ぎない。
もちろん、エアル王子や周辺への当てつけの意味がまったくなかったわけではないが、ロザリアにとってはどうでもよかった。これから死ぬ人間がどうして残される人々の感情を気遣う必要があるのか、と投げやりに、無関心になっていただけなのだ。
ここまでエアル王子やリーガン卿をわずらわせ、怒りをあらわにさせるほどのこととは思っていなかっただけに、ロザリアは底知れぬ罪悪感から床へと目を逸らす。
一方、サリーは自分の仕事を忘れていなかった。
「うーん、今の言い合いで少しは解けたみたいだし、時間が必要なタイプかもね。だったら放っておくしかないか。絡まらないようほぐしておこう」
すると、サリーはどこからともなく木製の大きな糸紡ぎ櫛を取り出し、蛇の口にくわえてロザリアの指先から伸びる糸を丁寧に梳いていく。淡く光る糸のうち、梳かれてポロポロと光の粒子が落ち、細く切れていくものとともにそのまま消えていき、残る糸たちもだんだん細くなっていく。
それでも、リーガン卿の背中に伸びる綱のような糸はまだ残り、もう一本ある外のどこかに繋がっている太い糸もほつれがなくなっただけで健在だ。
一生懸命に糸を梳くサリーへ、この場にいたくないロザリアは急かす。
「……サリー、もういいかしら。リーガン卿は私のことを忘れさせようとしているし、未練があっても時間とともに消えるなら、ここに残る意味はないでしょう?」
「そうかもしれないけど」
「別の場所にも繋がっているかもしれないわ。私は、外で探します」
サリーの返事を聞くことなく、ロザリアは二人に背を向け、駆け足で部屋を飛び出していく。自分でも思った以上に速さが出ていることにさえ気付かず、幽霊だということも忘れて人々の間を縫うように廊下を突き進んだ。
さっきのエアル王子とリーガン卿のやり取りが茶番ならよかったのに、と後悔がロザリアの心へ止めどなく湧いてくる。
今更だ、エアル王子は今まで自分を蔑ろにしてきたじゃないか、といくら斜に構えて開き直ろうとしても、こんなはずじゃなかったのにと悔やんでしまう。
(……私は、自分の人生が嫌になっただけで、エアル王子のことなんて考えなかった。関心がなかった。あの人がどうなってもいい、そう思っていたはずなのに、どうして)
自身の死を引きずるエアル王子の姿を見てしまっただけで、ロザリアは心が乱れた。
エアル王子から受けた今までの仕打ちを忘れたわけではない、祖国を滅ぼしヴィリジア王家をなくして婚約は解消されていた。
それはすべて、エアル王子が自ら考え、決定し、実行したことだ。最初からエアル王子がロザリアをぞんざいに扱い遠ざけることがなければ、アルデラ王国の人々もロザリアを表立って放置することはなく、王子の婚約者として婚約を解消される最後の日まで真っ当な待遇でいられた。
少なくとも、アルデラ王国に来てからのロザリアの不遇は、エアル王子が元凶といっても過言ではない。
だから我慢に我慢を重ねてきたロザリアは吹っ切れて、どうでもよくなって——自身はこの世に何の未練も残さなかった。
だというのに、他人はロザリアへの未練を残す?
一体、何を間違ってしまったのだろうか?
ロザリアは、滅多に降りない王城一階の廊下を歩くだけでも緊張する。幽霊になって誰にも見えないと分かっていても柱の影伝いに隠れて進むし、人が通りすがれば身を隠そうとしてしまう。
ロザリアの悲しい習慣を見て、サリーは呆れていた。
「ここは君の家だったんだろう? なぜそんなにもコソコソと?」
「いえ、これは癖というか……エアル王子に出会わぬよう、それと噂好きなメイドたちに見られぬよう動いていたものですから」
「窮屈な暮らしだったんだね」
「そうですね。何も、いい思い出はありませんでした」
もはや、ロザリアは思い出を振り返らず、切り捨てている。私の人生は何もいいことはなかった、それ以上、感想も感傷も、何かを思う必要はない。
ロザリアは自分の左手を胸の前へ掲げる。
今のロザリアの左手薬指の先からは、幾本かの淡く光る糸が遠くへと伸びていた。それぞれ太さは違い、サリーの言うところによれば、ロザリアへの未練の大きさが大きければ糸も太くなり、その分ロザリアの魂をこの世に縛りつけているそうだ。
「細い糸はそのうち切れるだろうからいいとして、問題は太い糸だね。この撚り合わさった二本を処理できればいいんだけど、見てよこれ、君の小指くらい太いんだからさ」
確かに、ロザリアも不気味だった。
左手薬指から伸びる糸のうち、二本は自分の小指と同じくらい太く、もはや糸や紐ではなく綱だ。しかも他の糸もまとめて絡まっているようで、そのややこしさは事情に明るくないロザリアも一目で見てとれる。
だが、逆に言えば、それさえ何とかなればいいわけだ。
サリーとともに、ロザリアはちゃんと燭台に火の灯った廊下を、糸を追いかけて進んでいく。
幽霊となると少し歩く速さが上がっているようで、走るような速さで滑るように進むことができる。
これはちょっと楽しい、などとロザリアが子どもっぽくはしゃいでいると、急に冷や水をかけられる事態に陥った。
太い糸の先が、眼前の廊下にいるとある人物の背中の真ん中へと繋がっていたからだ。
サリーは、その人物——背の高い偉丈夫であり、三十手前ほどの男性——へと首ごと向けて指し示す。
「この糸は、あの男に繋がっているね。誰か分かる?」
ロザリアは一瞬ためらったのち、『アルデラ王国においてはエアル王子に次ぐ輝かしい人物』と目されるその男性の名を口にした。
「エアル王子の側近であるリーガン卿です」
「会ったことは?」
「何度か。でも、挨拶以外に言葉を交わしたことはありません」
それもそのはずだった。エアル王子の腹心中の腹心、ナバルシア伯爵リーガン卿はエアル王子の幼少時からの筆頭騎士兼傅役であり、数々の華々しい戦功と領地経営の見事な手腕で知られる。
エアル王子が君子不器の天才肌ならばリーガン卿は碧血丹心の秀才肌であり、その優れた才覚の持ち主同士、特に気心の知れた親友でもある——となれば当然、リーガン卿もまた主君であるエアル王子と同じように、ロザリアを遠ざけていた。
ロザリアは、今更リーガン卿に恨みはない。だが、あまり会いたいとは思わない相手だ。
リーガン卿は衛兵行き交う廊下でももっとも大きな扉の前に立ち、中にいるであろう部屋の主へと声をかけた。
「殿下、リーガンです。おられますか?」
リーガン卿のその憂いを帯びた横顔ときたら、舞踏会の令嬢たちだけでなくメイドたちまでうっとり惚れさせる玉艶の色気さえ滲み、天は気に入った人物には二物も三物も与えるものだと思い知らされる。
ため息を我慢して、ロザリアは思い出したくもない人生の思い出に引きずられまいと意識を現実に留めた。
ちょうど、リーガン卿は扉を開けて中へ入っている。まんまるなサリーはふわりとロザリアの目の前に浮かび、促した。
「ついていこう」
「……私も、ですか?」
「そうだよ。ほら、早く」
つい、ロザリアはとぼけたことを言ってしまった。サリーに引きずられるように、ロザリアはリーガン卿の背を追っていく。
行きたくないと思いながも、行かなければならない。いつものことだが、つらいものだ。
リーガン卿が『殿下』と呼ぶ人物はただ一人しかいないのだから、その部屋へ入るということはロザリアの古傷を抉るようなものでしかない。
そこは広く、豪奢で、一流の調度品が揃えられた執務室だった。シャンデリアが昼間のように明るく照らし、ガラス窓に反射する光は闇夜を遮る。あらゆる人々からの期待が形になれば、こうもきらめく場所を与えられるのか、と思うほどに。
金髪の青年が、頬杖を突いて分厚いソファのようなアームチェアに座っていた。執務机から離れ、応接用の長ソファにも頼らず、独りポツンと窓辺でどこか遠くを眺めている。
金髪の青年のどこか虚ろな横顔を目の当たりにし、小さなため息を吐いたリーガン卿は、扉を閉めると足音を立てずにそのそばへ歩を進め、こう言った。
「殿下。そろそろ、気持ちを切り替えてくださいませんか」
労わっているようで諌めている臣下の言葉に、エアル王子は目も合わさず不機嫌に答えた。
「戦勝の式典には出ただろう。何が気に入らない?」
「この国と民は、あなたの号令を待っているのです。これからどうすべきか、次の国王としてあなたがどう振る舞うか。皆、その一挙手一投足を見ているのですよ」
真剣な諫言にも、エアル王子は返事の代わりに、ふん、と鼻を鳴らしただけだった。
すかさず、リーガン卿は不機嫌の原因に言及する。
「ロザリア姫のことは、心中お察しします」
突如出された自分の名前に驚き、びくっ、とロザリアは肩を震わせた。
ロザリアは、やめて、もう自分の存在をこの世に残さないで、とさえ思う。しかし、不幸にも、エアル王子とリーガン卿の間に諍いの火種として残っているようだった。
エアル王子は苛立ち、口調を荒げる。
「お前は何も分かっていない。あれは婚約を破棄すると言ったんだぞ。俺に対して、最大の不名誉を押し付けていった!」
「だとしても、婚約など最初からなかったようなものです。当事者たるヴィリジア王家が滅亡したのですから、婚約という契約自体が無効です」
「世間がそれで納得すると?」
「ええ。新たな婚約者を選びましょう。周辺国から、あなたに釣り合う身分の高い姫を探してまいります。まばゆいほどに美しく聡明な姫君が輿入れしたとなれば、世間とやらはしばらくその話題で持ちきりでしょう」
エアル王子の、憎々しさか悔しさかのあまり、歯噛みする軋んだ音が部屋へ響く。リーガン卿はきわめて冷静に、エアル王子の怒りを買っても物怖じする様子は微塵も見られない。
ロザリアは何も言えない。幽霊になろうとなるまいと彼らに口を挟める立場にはないし、そもそもあの身投げは自分をこの人生から解放するために行なったに過ぎない。
もちろん、エアル王子や周辺への当てつけの意味がまったくなかったわけではないが、ロザリアにとってはどうでもよかった。これから死ぬ人間がどうして残される人々の感情を気遣う必要があるのか、と投げやりに、無関心になっていただけなのだ。
ここまでエアル王子やリーガン卿をわずらわせ、怒りをあらわにさせるほどのこととは思っていなかっただけに、ロザリアは底知れぬ罪悪感から床へと目を逸らす。
一方、サリーは自分の仕事を忘れていなかった。
「うーん、今の言い合いで少しは解けたみたいだし、時間が必要なタイプかもね。だったら放っておくしかないか。絡まらないようほぐしておこう」
すると、サリーはどこからともなく木製の大きな糸紡ぎ櫛を取り出し、蛇の口にくわえてロザリアの指先から伸びる糸を丁寧に梳いていく。淡く光る糸のうち、梳かれてポロポロと光の粒子が落ち、細く切れていくものとともにそのまま消えていき、残る糸たちもだんだん細くなっていく。
それでも、リーガン卿の背中に伸びる綱のような糸はまだ残り、もう一本ある外のどこかに繋がっている太い糸もほつれがなくなっただけで健在だ。
一生懸命に糸を梳くサリーへ、この場にいたくないロザリアは急かす。
「……サリー、もういいかしら。リーガン卿は私のことを忘れさせようとしているし、未練があっても時間とともに消えるなら、ここに残る意味はないでしょう?」
「そうかもしれないけど」
「別の場所にも繋がっているかもしれないわ。私は、外で探します」
サリーの返事を聞くことなく、ロザリアは二人に背を向け、駆け足で部屋を飛び出していく。自分でも思った以上に速さが出ていることにさえ気付かず、幽霊だということも忘れて人々の間を縫うように廊下を突き進んだ。
さっきのエアル王子とリーガン卿のやり取りが茶番ならよかったのに、と後悔がロザリアの心へ止めどなく湧いてくる。
今更だ、エアル王子は今まで自分を蔑ろにしてきたじゃないか、といくら斜に構えて開き直ろうとしても、こんなはずじゃなかったのにと悔やんでしまう。
(……私は、自分の人生が嫌になっただけで、エアル王子のことなんて考えなかった。関心がなかった。あの人がどうなってもいい、そう思っていたはずなのに、どうして)
自身の死を引きずるエアル王子の姿を見てしまっただけで、ロザリアは心が乱れた。
エアル王子から受けた今までの仕打ちを忘れたわけではない、祖国を滅ぼしヴィリジア王家をなくして婚約は解消されていた。
それはすべて、エアル王子が自ら考え、決定し、実行したことだ。最初からエアル王子がロザリアをぞんざいに扱い遠ざけることがなければ、アルデラ王国の人々もロザリアを表立って放置することはなく、王子の婚約者として婚約を解消される最後の日まで真っ当な待遇でいられた。
少なくとも、アルデラ王国に来てからのロザリアの不遇は、エアル王子が元凶といっても過言ではない。
だから我慢に我慢を重ねてきたロザリアは吹っ切れて、どうでもよくなって——自身はこの世に何の未練も残さなかった。
だというのに、他人はロザリアへの未練を残す?
一体、何を間違ってしまったのだろうか?
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