6 / 8
第六話
しおりを挟む
王城教会へ突如現れた——いや、小さな金の糸紡ぎ車に引っ張られてやってきたエアル王子は、無言のまま最前列左の長椅子に座り、しばらくぼうっとしていた。
その傍らには大きな白い箱が置かれ、エアル王子は片時も手を離さない。
小さな金の糸紡ぎ車を止めたサリーは、じれったいのか口を尖らせていた。
「あいつ、いつまで座ったままなのかな。荷物を開ける素振りもないしさ」
「分かりません。何を考えているのかさえ、ずっと理解できないままでした」
思えば、生前のロザリアはエアル王子から罵倒以外の言葉を受け取ったことがない。
その真意を確かめようにも、エアル王子の機嫌を損ねてはならないと周囲に諫言されたこともあって容易に接触できず、ロザリアは色々と限られた範囲でエアル王子の気を引こうと試してはみたが、どれも失敗に終わった。
努力は実を結ばず、そして今に至る。ならば、ロザリアにエアル王子の気持ちなど、分かりようがないのだ。
幽霊ながら気まずくなり、ロザリアは話題を変える。
「サリー、気になることがあるのですが」
「何だい?」
「あの世、すなわち冥府に行けば、先に死んだ家族と会えたりはするのでしょうか?」
「うーん、よく聞かれるけど、大体は無理だね」
「そう、ですか」
「簡単に言うと、冥府の門前には忘却の川が流れていてね、そこでこの世の記憶やしがらみはすべてなくして、死者は冥府神の裁定を受けるんだ。生前の行いは関係ない、そこからの行き先は純粋に魂の性質だけで決まるのさ」
「なるほど……それでは確かに無理そうですね」
冥府の仕組みを聞いても、ロザリアとしては大して残念でも何でもなかった。そういうものだ、と受け入れるしかないし、ロザリアの人生のほとんどは抗うことなく受け入れるしかないことばかりだったから、不服はない。
魂の性質。その基準で言えば、冥府からの使者たるサリーから見て、エアル王子の魂はやはり輝いているようだ。
「性質だけで言うと、あの男は本当に輝かしい魂を持っているね。いつの時代でも英雄になれる素質の持ち主だ。滅多にお目にかかれないよ」
だとすれば、ロザリアは己の無能さとお荷物具合を再確認させられる。
「私はそんな彼に気に入られることもなく、五年もの間、邪魔をしてしまいました。私がいなければ、もっと魅力的な女性と気兼ねなく出会えたでしょうに。かわいそうなことをしてしまいました」
それは間違いなく、ロザリアの本心だ。
ただ、サリーは思いっきり首を傾げた。
「そうかい?」
「あなたから見て、違いますか?」
「少なくとも、荷物の中身を見れば分かるんじゃないかな。ほら、開けようとしている」
ロザリアはエアル王子のほうへと振り向く。
エアル王子が傍らに携えていた大きな白い箱の蓋は開かれ、押し込められていた中身が少し膨らんで出てくる。それを丁寧に持ち上げ、エアル王子は立ち上がって全体を軽く一振りする。
純白のドレスだ。緻密なレースと極小の宝石があしらわれ、スカート部分の絹の照り返しがさらにまばゆく輝かせ、その光は王城教会の片隅まで届くほどだ。
エアル王子はそのドレスを広げ、棺の上にかけた。とても、故人への贈り物以外の意味は見当たらないがゆえに、ロザリアは困惑する。
(見たことのないドレス……いえ、これは、ウェディングドレス? どうして、棺に収まっている死体は、私でしょう?)
エアル王子は棺を見下ろし、じっとたたずむ。
そのとき、因果の糸から弾かれた未練が、王城教会に反響する。
『馬鹿な女だ。ここまで馬鹿とは思いもしなかった』
ロザリアが聞き慣れたエアル王子の罵倒にはいつもの威勢がなく、ただただ寂寥の意思だけが感じ取れた。
『お前を死なせないために、お前を見捨てたヴィリジアを滅ぼしたのに。そうしてこの城の馬鹿どもをお前から遠ざけさせて、俺が華々しく文句のつけようのない戦果を挙げて、やっと堂々と迎えに行けると思ったのに。すべてが水の泡だ、馬鹿』
未練から溢れた後悔ばかりが千本の針のようにロザリアを刺し、どうしようもない運命を呪うのは自分だけではなかったと気付かせる。
まもなく、王城教会へ、エアル王子を追いかけてきたリーガン卿が慌ててやってきた。
「ここにおられましたか、殿下」
「リーガン、ついてくるなと言ったはずだ」
「諦めてください。もうロザリア様は亡くなったのです」
「誰のせいでこうなった。正直に言ってみろ」
「殿下、後悔してもどうにもなりません。我々は最後に失敗してしまった、それがすべてです」
その傍らには大きな白い箱が置かれ、エアル王子は片時も手を離さない。
小さな金の糸紡ぎ車を止めたサリーは、じれったいのか口を尖らせていた。
「あいつ、いつまで座ったままなのかな。荷物を開ける素振りもないしさ」
「分かりません。何を考えているのかさえ、ずっと理解できないままでした」
思えば、生前のロザリアはエアル王子から罵倒以外の言葉を受け取ったことがない。
その真意を確かめようにも、エアル王子の機嫌を損ねてはならないと周囲に諫言されたこともあって容易に接触できず、ロザリアは色々と限られた範囲でエアル王子の気を引こうと試してはみたが、どれも失敗に終わった。
努力は実を結ばず、そして今に至る。ならば、ロザリアにエアル王子の気持ちなど、分かりようがないのだ。
幽霊ながら気まずくなり、ロザリアは話題を変える。
「サリー、気になることがあるのですが」
「何だい?」
「あの世、すなわち冥府に行けば、先に死んだ家族と会えたりはするのでしょうか?」
「うーん、よく聞かれるけど、大体は無理だね」
「そう、ですか」
「簡単に言うと、冥府の門前には忘却の川が流れていてね、そこでこの世の記憶やしがらみはすべてなくして、死者は冥府神の裁定を受けるんだ。生前の行いは関係ない、そこからの行き先は純粋に魂の性質だけで決まるのさ」
「なるほど……それでは確かに無理そうですね」
冥府の仕組みを聞いても、ロザリアとしては大して残念でも何でもなかった。そういうものだ、と受け入れるしかないし、ロザリアの人生のほとんどは抗うことなく受け入れるしかないことばかりだったから、不服はない。
魂の性質。その基準で言えば、冥府からの使者たるサリーから見て、エアル王子の魂はやはり輝いているようだ。
「性質だけで言うと、あの男は本当に輝かしい魂を持っているね。いつの時代でも英雄になれる素質の持ち主だ。滅多にお目にかかれないよ」
だとすれば、ロザリアは己の無能さとお荷物具合を再確認させられる。
「私はそんな彼に気に入られることもなく、五年もの間、邪魔をしてしまいました。私がいなければ、もっと魅力的な女性と気兼ねなく出会えたでしょうに。かわいそうなことをしてしまいました」
それは間違いなく、ロザリアの本心だ。
ただ、サリーは思いっきり首を傾げた。
「そうかい?」
「あなたから見て、違いますか?」
「少なくとも、荷物の中身を見れば分かるんじゃないかな。ほら、開けようとしている」
ロザリアはエアル王子のほうへと振り向く。
エアル王子が傍らに携えていた大きな白い箱の蓋は開かれ、押し込められていた中身が少し膨らんで出てくる。それを丁寧に持ち上げ、エアル王子は立ち上がって全体を軽く一振りする。
純白のドレスだ。緻密なレースと極小の宝石があしらわれ、スカート部分の絹の照り返しがさらにまばゆく輝かせ、その光は王城教会の片隅まで届くほどだ。
エアル王子はそのドレスを広げ、棺の上にかけた。とても、故人への贈り物以外の意味は見当たらないがゆえに、ロザリアは困惑する。
(見たことのないドレス……いえ、これは、ウェディングドレス? どうして、棺に収まっている死体は、私でしょう?)
エアル王子は棺を見下ろし、じっとたたずむ。
そのとき、因果の糸から弾かれた未練が、王城教会に反響する。
『馬鹿な女だ。ここまで馬鹿とは思いもしなかった』
ロザリアが聞き慣れたエアル王子の罵倒にはいつもの威勢がなく、ただただ寂寥の意思だけが感じ取れた。
『お前を死なせないために、お前を見捨てたヴィリジアを滅ぼしたのに。そうしてこの城の馬鹿どもをお前から遠ざけさせて、俺が華々しく文句のつけようのない戦果を挙げて、やっと堂々と迎えに行けると思ったのに。すべてが水の泡だ、馬鹿』
未練から溢れた後悔ばかりが千本の針のようにロザリアを刺し、どうしようもない運命を呪うのは自分だけではなかったと気付かせる。
まもなく、王城教会へ、エアル王子を追いかけてきたリーガン卿が慌ててやってきた。
「ここにおられましたか、殿下」
「リーガン、ついてくるなと言ったはずだ」
「諦めてください。もうロザリア様は亡くなったのです」
「誰のせいでこうなった。正直に言ってみろ」
「殿下、後悔してもどうにもなりません。我々は最後に失敗してしまった、それがすべてです」
53
あなたにおすすめの小説
私を捨てた元旦那様へ。私が第一王子様から求婚されたことを知って、今どんな気分ですか??
睡蓮
恋愛
リナレーはフォルン第二王子との婚約関係を結んでいた。しかしフォルンはある日、リナレーの事を一方的に婚約破棄することを決定する。その裏にあったのはシュヴァル第一王子への妬みであり、フォルンは婚約破棄をすることでシュバルの心を傷つけようと考えていた。しかし、リナレーはその後そのシュバル第一王子と良い雰囲気に包まれはじめ、一方のフォルンは次第に孤立していき、二人の事を妬まずにはいられない日々が続いていくことになるのだった…。
陶器の人形は夢を見る
透明
恋愛
愛人に夢中な王子に愛想をつかして婚約者の侯爵令嬢ソフィアは逃げ出すことを決めた。
王子と愛人はまだ知らない。
自分達に地獄が待っていることを・・・
あなたは私を『陶器の人形』と言うけど陶器の人形にだって感情はあるのよ。
マリアの幸せな結婚
月樹《つき》
恋愛
花屋の一人娘マリアとパン屋の次男のサルバトーレは子供の頃から仲良しの幼馴染で、将来はマリアの家にサルバトーレが婿に入ると思われていた。
週末は花屋『マルゲリータ』でマリアの父の手伝いをしていたサルバトーレは、お見舞いの花を届けに行った先で、男爵家の娘アンジェラに出会う。
病気がちであまり外出のできないアンジェラは、頻繁に花の注文をし、サルバトーレを呼び寄せた。
そのうちアンジェラはサルバトーレとの結婚を夢見るようになって…。
この作品は他サイトにも投稿しております。
選ばれなかった令嬢は、何も選ばずにすべてを手に入れる
ふわふわ
恋愛
婚約破棄された令嬢は、泣き叫ぶことも、復讐を誓うこともなかった。
ただ――何も選ばないことを選んだだけ。
王太子の婚約者という立場。
期待される役割。
戻るべき場所と、果たすべき義務。
そのすべてから静かに距離を置いた彼女は、
誰にも縋らず、誰も恨まず、
「選ばれない」まま生きる道を歩き始める。
すると不思議なことに、
彼女が手放した席は流れ始め、
戻らなかった場所は道となり、
選ばなかった未来は、彼女の背中を押していく――。
これは、
誰かに選ばれることで価値を証明しない、
静かで、確かな“ざまぁ”の物語。
何も選ばなかった令嬢が、
いつの間にかすべてを手に入れていた理由を、
あなたは最後まで見届けることになる。
――選ばないことで、生きている。
『彼を解放して!』とおっしゃいましたが、何から解放されたいのですか?
シエル
恋愛
「彼を解放してください!」
友人たちと教室に戻ろうとしていると、突如、知らない令嬢に呼び止められました。
「どなたかしら?」
なぜ、先ほどから私が問いかける度に驚いているのでしょう?
まるで「え!?私のこと知らないの!?」と言わんばかりですけれど、知りませんよ?
どうやら、『彼』とは私の婚約者のことのようです。
「解放して」とおっしゃっいましたが、私の目には何かに囚われているようには見えないのですが?
※ 中世ヨーロッパモデルの架空の世界
※ ご都合主義です。
※ 誤字、脱字、文章がおかしい箇所は気付いた際に修正しております。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
双子の姉がなりすまして婚約者の寝てる部屋に忍び込んだ
海林檎
恋愛
昔から人のものを欲しがる癖のある双子姉が私の婚約者が寝泊まりしている部屋に忍びこんだらしい。
あぁ、大丈夫よ。
だって彼私の部屋にいるもん。
部屋からしばらくすると妹の叫び声が聞こえてきた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる