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第六話
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王城教会へ突如現れた——いや、小さな金の糸紡ぎ車に引っ張られてやってきたエアル王子は、無言のまま最前列左の長椅子に座り、しばらくぼうっとしていた。
その傍らには大きな白い箱が置かれ、エアル王子は片時も手を離さない。
小さな金の糸紡ぎ車を止めたサリーは、じれったいのか口を尖らせていた。
「あいつ、いつまで座ったままなのかな。荷物を開ける素振りもないしさ」
「分かりません。何を考えているのかさえ、ずっと理解できないままでした」
思えば、生前のロザリアはエアル王子から罵倒以外の言葉を受け取ったことがない。
その真意を確かめようにも、エアル王子の機嫌を損ねてはならないと周囲に諫言されたこともあって容易に接触できず、ロザリアは色々と限られた範囲でエアル王子の気を引こうと試してはみたが、どれも失敗に終わった。
努力は実を結ばず、そして今に至る。ならば、ロザリアにエアル王子の気持ちなど、分かりようがないのだ。
幽霊ながら気まずくなり、ロザリアは話題を変える。
「サリー、気になることがあるのですが」
「何だい?」
「あの世、すなわち冥府に行けば、先に死んだ家族と会えたりはするのでしょうか?」
「うーん、よく聞かれるけど、大体は無理だね」
「そう、ですか」
「簡単に言うと、冥府の門前には忘却の川が流れていてね、そこでこの世の記憶やしがらみはすべてなくして、死者は冥府神の裁定を受けるんだ。生前の行いは関係ない、そこからの行き先は純粋に魂の性質だけで決まるのさ」
「なるほど……それでは確かに無理そうですね」
冥府の仕組みを聞いても、ロザリアとしては大して残念でも何でもなかった。そういうものだ、と受け入れるしかないし、ロザリアの人生のほとんどは抗うことなく受け入れるしかないことばかりだったから、不服はない。
魂の性質。その基準で言えば、冥府からの使者たるサリーから見て、エアル王子の魂はやはり輝いているようだ。
「性質だけで言うと、あの男は本当に輝かしい魂を持っているね。いつの時代でも英雄になれる素質の持ち主だ。滅多にお目にかかれないよ」
だとすれば、ロザリアは己の無能さとお荷物具合を再確認させられる。
「私はそんな彼に気に入られることもなく、五年もの間、邪魔をしてしまいました。私がいなければ、もっと魅力的な女性と気兼ねなく出会えたでしょうに。かわいそうなことをしてしまいました」
それは間違いなく、ロザリアの本心だ。
ただ、サリーは思いっきり首を傾げた。
「そうかい?」
「あなたから見て、違いますか?」
「少なくとも、荷物の中身を見れば分かるんじゃないかな。ほら、開けようとしている」
ロザリアはエアル王子のほうへと振り向く。
エアル王子が傍らに携えていた大きな白い箱の蓋は開かれ、押し込められていた中身が少し膨らんで出てくる。それを丁寧に持ち上げ、エアル王子は立ち上がって全体を軽く一振りする。
純白のドレスだ。緻密なレースと極小の宝石があしらわれ、スカート部分の絹の照り返しがさらにまばゆく輝かせ、その光は王城教会の片隅まで届くほどだ。
エアル王子はそのドレスを広げ、棺の上にかけた。とても、故人への贈り物以外の意味は見当たらないがゆえに、ロザリアは困惑する。
(見たことのないドレス……いえ、これは、ウェディングドレス? どうして、棺に収まっている死体は、私でしょう?)
エアル王子は棺を見下ろし、じっとたたずむ。
そのとき、因果の糸から弾かれた未練が、王城教会に反響する。
『馬鹿な女だ。ここまで馬鹿とは思いもしなかった』
ロザリアが聞き慣れたエアル王子の罵倒にはいつもの威勢がなく、ただただ寂寥の意思だけが感じ取れた。
『お前を死なせないために、お前を見捨てたヴィリジアを滅ぼしたのに。そうしてこの城の馬鹿どもをお前から遠ざけさせて、俺が華々しく文句のつけようのない戦果を挙げて、やっと堂々と迎えに行けると思ったのに。すべてが水の泡だ、馬鹿』
未練から溢れた後悔ばかりが千本の針のようにロザリアを刺し、どうしようもない運命を呪うのは自分だけではなかったと気付かせる。
まもなく、王城教会へ、エアル王子を追いかけてきたリーガン卿が慌ててやってきた。
「ここにおられましたか、殿下」
「リーガン、ついてくるなと言ったはずだ」
「諦めてください。もうロザリア様は亡くなったのです」
「誰のせいでこうなった。正直に言ってみろ」
「殿下、後悔してもどうにもなりません。我々は最後に失敗してしまった、それがすべてです」
その傍らには大きな白い箱が置かれ、エアル王子は片時も手を離さない。
小さな金の糸紡ぎ車を止めたサリーは、じれったいのか口を尖らせていた。
「あいつ、いつまで座ったままなのかな。荷物を開ける素振りもないしさ」
「分かりません。何を考えているのかさえ、ずっと理解できないままでした」
思えば、生前のロザリアはエアル王子から罵倒以外の言葉を受け取ったことがない。
その真意を確かめようにも、エアル王子の機嫌を損ねてはならないと周囲に諫言されたこともあって容易に接触できず、ロザリアは色々と限られた範囲でエアル王子の気を引こうと試してはみたが、どれも失敗に終わった。
努力は実を結ばず、そして今に至る。ならば、ロザリアにエアル王子の気持ちなど、分かりようがないのだ。
幽霊ながら気まずくなり、ロザリアは話題を変える。
「サリー、気になることがあるのですが」
「何だい?」
「あの世、すなわち冥府に行けば、先に死んだ家族と会えたりはするのでしょうか?」
「うーん、よく聞かれるけど、大体は無理だね」
「そう、ですか」
「簡単に言うと、冥府の門前には忘却の川が流れていてね、そこでこの世の記憶やしがらみはすべてなくして、死者は冥府神の裁定を受けるんだ。生前の行いは関係ない、そこからの行き先は純粋に魂の性質だけで決まるのさ」
「なるほど……それでは確かに無理そうですね」
冥府の仕組みを聞いても、ロザリアとしては大して残念でも何でもなかった。そういうものだ、と受け入れるしかないし、ロザリアの人生のほとんどは抗うことなく受け入れるしかないことばかりだったから、不服はない。
魂の性質。その基準で言えば、冥府からの使者たるサリーから見て、エアル王子の魂はやはり輝いているようだ。
「性質だけで言うと、あの男は本当に輝かしい魂を持っているね。いつの時代でも英雄になれる素質の持ち主だ。滅多にお目にかかれないよ」
だとすれば、ロザリアは己の無能さとお荷物具合を再確認させられる。
「私はそんな彼に気に入られることもなく、五年もの間、邪魔をしてしまいました。私がいなければ、もっと魅力的な女性と気兼ねなく出会えたでしょうに。かわいそうなことをしてしまいました」
それは間違いなく、ロザリアの本心だ。
ただ、サリーは思いっきり首を傾げた。
「そうかい?」
「あなたから見て、違いますか?」
「少なくとも、荷物の中身を見れば分かるんじゃないかな。ほら、開けようとしている」
ロザリアはエアル王子のほうへと振り向く。
エアル王子が傍らに携えていた大きな白い箱の蓋は開かれ、押し込められていた中身が少し膨らんで出てくる。それを丁寧に持ち上げ、エアル王子は立ち上がって全体を軽く一振りする。
純白のドレスだ。緻密なレースと極小の宝石があしらわれ、スカート部分の絹の照り返しがさらにまばゆく輝かせ、その光は王城教会の片隅まで届くほどだ。
エアル王子はそのドレスを広げ、棺の上にかけた。とても、故人への贈り物以外の意味は見当たらないがゆえに、ロザリアは困惑する。
(見たことのないドレス……いえ、これは、ウェディングドレス? どうして、棺に収まっている死体は、私でしょう?)
エアル王子は棺を見下ろし、じっとたたずむ。
そのとき、因果の糸から弾かれた未練が、王城教会に反響する。
『馬鹿な女だ。ここまで馬鹿とは思いもしなかった』
ロザリアが聞き慣れたエアル王子の罵倒にはいつもの威勢がなく、ただただ寂寥の意思だけが感じ取れた。
『お前を死なせないために、お前を見捨てたヴィリジアを滅ぼしたのに。そうしてこの城の馬鹿どもをお前から遠ざけさせて、俺が華々しく文句のつけようのない戦果を挙げて、やっと堂々と迎えに行けると思ったのに。すべてが水の泡だ、馬鹿』
未練から溢れた後悔ばかりが千本の針のようにロザリアを刺し、どうしようもない運命を呪うのは自分だけではなかったと気付かせる。
まもなく、王城教会へ、エアル王子を追いかけてきたリーガン卿が慌ててやってきた。
「ここにおられましたか、殿下」
「リーガン、ついてくるなと言ったはずだ」
「諦めてください。もうロザリア様は亡くなったのです」
「誰のせいでこうなった。正直に言ってみろ」
「殿下、後悔してもどうにもなりません。我々は最後に失敗してしまった、それがすべてです」
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