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第二話

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「イグレーヌ、お前との婚約は破棄する。モーリン子爵に頼んで、アヴリーヌと婚約することにしたよ」

 わざわざ朝からモーリン子爵家屋敷にやってきて、私の婚約者であるラングレ侯爵家次男ランパードはそう宣言した。

 今日は友人たちを招いてのガーデンパーティの日だ。お城のように、とはいかなくて、我が家もそれなりに財産があるため数十人くらいの規模のパーティなら余裕でこなせる。やってくる貴族令嬢たちのために取り寄せた一番摘みの紅茶ファーストフラッシュに、王都でも人気のパティシエに依頼して長テーブルいっぱいに並べられた色とりどりの甘いお菓子、男性陣には生ハムやローストビーフ、焼きたてのパンはどれもふわふわ——そんな浮かれた雰囲気の中なのに、ガーデンパーティの開始前に私の気分を台無しにしたランパードは、屋敷のエントランスで衆人環視の場だというのに私を指差して、とんでもないことを言い放つ。

「お前よりアヴリーヌのほうがお淑やかで、可愛らしくて……何よりお前にずっといじめられてきたそうじゃないか」
「は? どういうこと?」
「そうやってとぼけるということは、事実なんだな。王位継承権を持っていることを笠に着て、家ではやりたい放題。そう聞いたぞ」

 まるで招待客たちにも周知させるかのように、ランパードは私の正体を暴いているのだ、とばかりの正義感たっぷりの言葉だ。

 ——ランパード、ここまで馬鹿だったんだ。

 私は激しく落胆した。ランパードは侯爵家次男坊という恵まれた生まれ育ちで、顔だって美人のお母上譲りの——それにしては中の上くらいだが——そこそこの美男子だというのに、残念ながら甘やかされた結果、きわめて思い込みが激しく何でも自分の思い通りにしたがる厄介な性格をしていた。政略結婚だから私も目を瞑っていたが、まさかランパードから婚約を破棄してくるとは思いもよらなかった。それをしたかったのは私だ。私のほうがずっと我慢していた。絶対。

 ざわつく若い招待客たちも、驚く使用人たちも、状況が呑み込めていないらしく誰も割り入ってこない。つまり、私はこの馬鹿げた茶番劇に自分で対処しなくてはならないのだが、正直なところ嫌いな男との婚約の破棄を子どものように手放しで喜ぶわけにはいかない。

 何せ、貴族同士の結婚はおおむね政略結婚だ。結婚する当人たちの意思ではなく、家そのものや家長たる当主の意思によって決定されるものだ。そこには数多の損得勘定があり、決してわがままで覆していいものではなく、婚約に関する契約書だってきちんと数十枚以上の規定事項を記した文量を誇るのだから、どれだけ重大な話かなどそれこそ子どもでも分かる。

 とはいえ、ランパードは私の父であるモーリン子爵に頼むとまで言った。婚約する両家の当主たちが同意するなら、確かに婚約破棄も可能だ。何事もなく同意するなら、だが。

「はあ。ランパード、一応聞くけど……ラングレ侯爵もご承知のことなの?」

 ここでランパードは目を泳がせ、痛いところを突かれたことをあからさまに隠せていなかった。

「ま、まあな。父上はお忙しいから詳しくは話せていないが、話せばきっと分かってくれるだろうさ」

 何という杜撰な婚約破棄の計画だろうか。せめて自分の父親の承諾くらい得てから、婚約破棄を宣言するべきである。

 だが——私もランパードほど馬鹿ではない。この話の裏に、元凶がいることは直感的に察知していた。

 その元凶と思しき人物が、エントランスの階段を降りてきた。
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