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第三話
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「ランパード、こんなところにいたのね。あら、イグレーヌも」
舌っ足らずな声は、たおやかそうに聞こえる。金髪の巻き毛は私よりもふわっふわにカールさせて、絹のツーピースドレスはお姫様のようだ。
私の双子の姉、アヴリーヌがハイヒールをゆっくり鳴らしながらやってくる。相変わらずお姫様のような格好でお姫様のように振る舞うことが好きで、屋外活動したりリネンやツイードの服を好む私とはまったく異なる。双子なのにね。
ランパードは助けが来たと喜びをあらわに、私を押し除けてアヴリーヌの前へ身を乗り出した。
「やあ、アヴリーヌ。待たせたね。君との婚約について説明していたんだ」
「そうなのね。イグレーヌ、いいわよね?」
——ああ、やっぱり。
私は無表情になり、すぐに諦めた。
私の婚約者ランパードを、姉アヴリーヌが欲しがっている。それならば、父のモーリン子爵は断らないだろう。ラングレ侯爵を説得し、双子の姉妹だからどちらでも問題ないとでも言うのかもしれない。
姉アヴリーヌが私のものを欲しがるのは、今に始まったことではない。昔からずっとだ。手に入らなければいじらしいことを口にし、父におねだりする。そして私は、王位継承権以外はどんなに大事なものであっても、姉のために欲しがられたものはつつがなく譲り渡すと決まっていた。
こうなれば、私が抵抗する意味はない。お馬鹿なランパードや姉アヴリーヌ相手に真っ当な道理を説くなんて無駄なことはしない。
私は、諦めの境地に達しているので特に怒りも悲しみもなく、欲しがりやの姉へ譲る。
「どうぞ、お好きになさって。私には分不相応な男性でしたから」
くるっと踵を返し、私はエントランスから外へ出る。ここから屋敷内を通ってまっすぐ自分の部屋に帰るのもしゃくだから、ガーデンパーティ会場でお菓子をつまみ食いして、遠回りして戻ろうと決めた。
ちょうど庭園の門をくぐったところで、私は腕を掴まれ、引き止められた。
「ちょっと、イグレーヌ! あなた、本気で婚約破棄なんか受け入れるの!?」
私よりもずっと悔しそうに、婚約破棄に憤慨してくれている同年代の友達、マリアンだった。赤みがかった金髪は夕日を浴びているかのように美しく、いつもバーガンディのシックなドレスを隙なく着こなす彼女は私の従姉妹でもあり、ちょっとだけ正義感が強いが誰かを思いやることのできる貴族には希少な人格者だ。
マリアンは興奮のあまり、私の返答次第ではランパードと姉アヴリーヌへ突撃しかねないほどだ。それはそれで困る、私はどうどうとマリアンを落ち着かせる。
「しょうがないじゃない。お姉様は言い出したら聞かないもの。それに、私のことすっかり悪く言ってるみたいだし、もういいわ。もういい、私、お母様のところに行く。しばらく帰らないわ」
あんなにはっきりと皆の前で謂れもない私の悪口を言った以上、私がそうでなかったとしたらランパードは大恥をかく。ひいては姉アヴリーヌも泣き出し、事態は混沌を極めることになるだろう。であれば、私はさっさと身を引いて、ほとぼりが冷めるまで雲隠れするほうがいい。あの場にいた人間は大体分かっているだろう、ランパードによる私への悪口が真実であってもでまかせであっても『外野は様子見したほうがいい』案件だと。
マリアンはそういう打算を抜きにして、私の気持ちを確かめに追いかけてきてくれたのだから、これから私がどうするかくらいは伝えるべきだ——まあ、これが初めてというわけでもないし、マリアンは妙に納得して私の腕を離した。
「あー……また、一人旅?」
私はこくんと頷く。母の住む療養地はここ王都からずっと北西にあり、行ってくつろいで時期を見て帰ればちょうどいい塩梅だ。帰ってくるころにはランパードも姉アヴリーヌも私のことなんか眼中になくなっているだろう。
ただ、マリアンが口にしたように、私は『一人旅』をする。
「うん。大丈夫、ちゃんと騎士領を通っていくから安全よ。お父様だってお姉様にかかりきりで私のことなんか放ったらかしだもの」
「もう、思い切りよすぎない? とりあえず、あなたの風評については私に任せて。できるかぎりのことはしておくから」
「ありがとう、マリアン。表向きは私は傷心で引きこもったってことにしておいて」
「それはそうよ」
マリアンは神妙に、両腕を組んでぼそっとこう言った。
「王位継承権持ちの貴族令嬢が武器とキャンプ道具一式持って野営しながら旅するなんて、誰も信じてくれないでしょ……」
そのとおりではあるが、そう面と向かって言われると何だか照れる。
私はモーリン子爵家次女イグレーヌ。バルドア王国王位継承権を持つ貴族令嬢で——一人旅大好き女子なのだ。
舌っ足らずな声は、たおやかそうに聞こえる。金髪の巻き毛は私よりもふわっふわにカールさせて、絹のツーピースドレスはお姫様のようだ。
私の双子の姉、アヴリーヌがハイヒールをゆっくり鳴らしながらやってくる。相変わらずお姫様のような格好でお姫様のように振る舞うことが好きで、屋外活動したりリネンやツイードの服を好む私とはまったく異なる。双子なのにね。
ランパードは助けが来たと喜びをあらわに、私を押し除けてアヴリーヌの前へ身を乗り出した。
「やあ、アヴリーヌ。待たせたね。君との婚約について説明していたんだ」
「そうなのね。イグレーヌ、いいわよね?」
——ああ、やっぱり。
私は無表情になり、すぐに諦めた。
私の婚約者ランパードを、姉アヴリーヌが欲しがっている。それならば、父のモーリン子爵は断らないだろう。ラングレ侯爵を説得し、双子の姉妹だからどちらでも問題ないとでも言うのかもしれない。
姉アヴリーヌが私のものを欲しがるのは、今に始まったことではない。昔からずっとだ。手に入らなければいじらしいことを口にし、父におねだりする。そして私は、王位継承権以外はどんなに大事なものであっても、姉のために欲しがられたものはつつがなく譲り渡すと決まっていた。
こうなれば、私が抵抗する意味はない。お馬鹿なランパードや姉アヴリーヌ相手に真っ当な道理を説くなんて無駄なことはしない。
私は、諦めの境地に達しているので特に怒りも悲しみもなく、欲しがりやの姉へ譲る。
「どうぞ、お好きになさって。私には分不相応な男性でしたから」
くるっと踵を返し、私はエントランスから外へ出る。ここから屋敷内を通ってまっすぐ自分の部屋に帰るのもしゃくだから、ガーデンパーティ会場でお菓子をつまみ食いして、遠回りして戻ろうと決めた。
ちょうど庭園の門をくぐったところで、私は腕を掴まれ、引き止められた。
「ちょっと、イグレーヌ! あなた、本気で婚約破棄なんか受け入れるの!?」
私よりもずっと悔しそうに、婚約破棄に憤慨してくれている同年代の友達、マリアンだった。赤みがかった金髪は夕日を浴びているかのように美しく、いつもバーガンディのシックなドレスを隙なく着こなす彼女は私の従姉妹でもあり、ちょっとだけ正義感が強いが誰かを思いやることのできる貴族には希少な人格者だ。
マリアンは興奮のあまり、私の返答次第ではランパードと姉アヴリーヌへ突撃しかねないほどだ。それはそれで困る、私はどうどうとマリアンを落ち着かせる。
「しょうがないじゃない。お姉様は言い出したら聞かないもの。それに、私のことすっかり悪く言ってるみたいだし、もういいわ。もういい、私、お母様のところに行く。しばらく帰らないわ」
あんなにはっきりと皆の前で謂れもない私の悪口を言った以上、私がそうでなかったとしたらランパードは大恥をかく。ひいては姉アヴリーヌも泣き出し、事態は混沌を極めることになるだろう。であれば、私はさっさと身を引いて、ほとぼりが冷めるまで雲隠れするほうがいい。あの場にいた人間は大体分かっているだろう、ランパードによる私への悪口が真実であってもでまかせであっても『外野は様子見したほうがいい』案件だと。
マリアンはそういう打算を抜きにして、私の気持ちを確かめに追いかけてきてくれたのだから、これから私がどうするかくらいは伝えるべきだ——まあ、これが初めてというわけでもないし、マリアンは妙に納得して私の腕を離した。
「あー……また、一人旅?」
私はこくんと頷く。母の住む療養地はここ王都からずっと北西にあり、行ってくつろいで時期を見て帰ればちょうどいい塩梅だ。帰ってくるころにはランパードも姉アヴリーヌも私のことなんか眼中になくなっているだろう。
ただ、マリアンが口にしたように、私は『一人旅』をする。
「うん。大丈夫、ちゃんと騎士領を通っていくから安全よ。お父様だってお姉様にかかりきりで私のことなんか放ったらかしだもの」
「もう、思い切りよすぎない? とりあえず、あなたの風評については私に任せて。できるかぎりのことはしておくから」
「ありがとう、マリアン。表向きは私は傷心で引きこもったってことにしておいて」
「それはそうよ」
マリアンは神妙に、両腕を組んでぼそっとこう言った。
「王位継承権持ちの貴族令嬢が武器とキャンプ道具一式持って野営しながら旅するなんて、誰も信じてくれないでしょ……」
そのとおりではあるが、そう面と向かって言われると何だか照れる。
私はモーリン子爵家次女イグレーヌ。バルドア王国王位継承権を持つ貴族令嬢で——一人旅大好き女子なのだ。
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