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第十一話

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 時折鳥や動物の声が聞こえてくるほかは静かな森の小道で、突然ウルスが私の肩を叩いて止まった。

「静かに。あそこ、鹿がいます」

 思わず私も足を止め、ウルスが指差す先へ視線を向ける。豆粒に見えるほど遠くに、ときどきある木立の下草を食べている鹿の後ろ姿があった。

 私がどうする、と聞くまでもなく、ウルスは狩る気満々で狩猟用弓を手にして、ハイディを手招きしていた。 

「あっちに川ありますね。ちょっと寄り道しましょう。ハイディ、手伝ってくれ」
「分かった」

 小声で短く打ち合わせて、ウルスとハイディはリュックを下ろし、静かに行動を開始した。私は狩猟はあまりやったことがないので、参加はせずここで座って荷物番として見守っていようと思う。

 一流の狩人は、獲物を水辺へ追い込んでから仕留めるという。なぜなら獲物の息の根を止めたあと、美味しく肉をいただくためには素早く血抜きと冷却を行わなくてはならないからだ。

 ウルスは忠実にその手順を守り、ハイディを風下に向かわせて鹿を追わせ、先にある川へと誘い込んでいた。先回りしていたウルスが矢を番え、待ち構えているところに——という考えだろう。しかし地の利のない慣れない土地、狩人も毎回獲物を仕留められるわけではないし、失敗してもそれはそれで、などと私は呑気に慰めの言葉は必要かと考え込んでいた。

 ところが、である。道端の木の根を椅子に座り込んでいる私の耳へ、鹿の甲高い鳴き声が聞こえた。その一鳴きのあとは何も聞こえなくなり、しばらくするとハイディが戻ってきた。精悍なその顔には、ほんの少し笑みが浮かんでいる。

「やりましたよ。ウルスが仕留めました」
「えっ、本当に?」

 このとき、私は割と本気で驚いた。

 ハイディとともにリュックを持って川へ辿り着くと、すでにウルスが仕留めた鹿の内臓を取り出して、川の中へと鹿の体を置いているところだった。石を運んできて川底に鹿を固定している真っ最中で、ブーツを脱ぎ、シャツの袖とズボンの裾を思いっきりめくっている。

 水からざぶざぶと上がってきたウルスは、狩猟用弓と矢筒を拾って、イタズラが成功した子供のように満面の笑顔で私たちを迎えた。

「獲れたのは若い牝鹿めじかでしたよ。いやあ、やってみるもんですね」
「へえ、牝鹿めじかがいるなんて運がいいわ」
牡鹿おじかはこの時期臭いですからね。川も冷たくて気持ちいいですよ!」

 そう言いつつ、ウルスは「へぷし!」とくしゃみをして笑いを取った。

 これにより、どうやらウルス・ウヴィエッタは狩人としての腕ではなかなかのものだ、と証明されはしたのだが——ウルスは確か騎士見習いだったはず、という私の疑問はとりあえず胸の奥底にしまっておいた。弓術に精通した騎士がいたっていいじゃない、うん。

 ——そんなことより、功を立てた騎士を労わなくてはならない。

 私は二人へ、ある決断を伝えた。

「ウルス、ハイディ。今日はここで野営をしましょう。美味しいステーキを作るから、まずは火を熾すための枝を集めて」
「了解です!」
「お任せください」

 二人はキビキビと動き、森の中へ枝探しに走り出す。

 残った私はやることがある。そう——。

「よし、玉ねぎペーストを作るわ! ……目が痛くなりませんように!」

 どすんと地面に置いたリュックから、大きな玉ねぎを二つ。それと小さい木のまな板と愛用のペティナイフが揃えば、ああちょっと待った、安定して座れるところじゃないと。

 覚悟を決めて、私は玉ねぎとの格闘に入った。
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