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第十二話

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 私がずびっずびに涙と鼻水を垂らしながら完成させた玉ねぎペーストと料理用ワイン、急速冷却した鹿の肉、それに砕いたスパイスを加えて、防水加工を施した大きめの皮袋に放り込んでしっかりと揉む。夕暮れの風が冷えてきて、生肉を外に放っておいても問題ないくらいの寒さになってきた。

 ウルスとハイディは一晩燃やす分の量の枯れ枝でいいのに、倒れて大分経った細い木を丸ごと持ってきた。苦手な剣を使って乱暴に木の皮や枝を削ぎ、速やかに川沿いの石を拾ってきて円形に並べ、焚き火の準備を整えた。やっぱり二人とも手慣れている、野営訓練なんてしなくてもいいんじゃないかと思えてしまうほどだ。

 ブルックナーが私の護衛——あくまで女の一人旅は危ないからと親心で——にと二人を付けたのではないか、とさすがに私も勘繰りはじめたが、それよりもそろそろ肉を焼きはじめないと日が暮れてしまう。森の日暮れは早い、私は自分のリュックから鉄製フライパンを引っこ抜く。しかし一人用で小さいため、これで鹿一頭を焼くとなると時間がかかりすぎる——私はウルスとハイディにも協力を仰ぐ。

「二人とも、焼く道具は持っている?」
「一応、フライパンなら」
「私は鍋を」
「使わせてもらっていい? 一気に焼いておかないと、もったいないから」
「そういうことなら全然オッケーです! 鹿の解体を……って、もうやったんですか?」
「うん。食べられる部分は全部削ぎ落として、いらないのはそこにまとめてあるわ。あ、そうだ。脳や舌は食べる?」
「い、いえ、遠慮します……ハイディ、食うか?」
「いらない。いらないです」

 そんな調子で、割と自然に私と二人との間にあった気まずい空気はなくなり、焚き火が熾きるとより口は軽やかに、気分は楽しくなってきた。大人数でのキャンプは、不思議とうきうきする。火を囲んでみんなでおしゃべりをして、そういうのは私——イグレーヌ・モーリンという貴族令嬢のしみったれた境遇をすべて忘れさせてくれた。

「ステーキに、皮袋……?」
「中で漬けているの。前にシェフから習った鹿肉の美味しい食べ方があって」
「へえ……鹿肉って焼くと固いんですよね。干し肉のほうが俺は好きです。ハイディは?」
「私は鹿肉自体が初めてだ」
「あれ、そうだったのか。鹿追いは上手かったのに」
「要領的には羊や馬を追うのと同じだからな」

 熱したフライパンに大きめのバターのかけらを加えながら、私は話を聞き逃さない。

 狩猟と弓が得意なウルス、馬術が得意で羊や馬を追ったことのあるハイディ。どちらも騎士見習いにしては、異色の経歴だ。少なくとも、王都など都市部に住んではおらず、騎士になる伝手のある比較的裕福な家の出身ということは分かるが、ウヴィエッタもトフトも聞いたことのない家名だ。もっとも、私だってすべての王侯貴族と騎士たちの家名を把握しているわけではなく、バルドア王国国境沿いの地域はそれぞれ隣接する国との関係のほうが王都よりも強いことはままある。

 それはさておき、私は皮袋から漬けておいた鹿肉を取り出した。すでに切ってあるので、あとは焼くだけで美味しくいただける。

 石を組んだ焚き火にかけられた二つのフライパンと鍋には、すでにバターが溶けて沸騰し、食欲をそそる香りを放っている。そこへ、私はスプーンとフォークをトング代わりにして肉を放り込んでいく。じゅわっと熱々のバターによって鹿の生肉は色付き、焦げ色がつく。

 忙しなく肉をひっくり返し、フライパンを一つ空けて肉汁の中に皮袋に残った玉ねぎペーストや漬け汁を混ぜ、塩胡椒で軽く味つければソースの出来上がりだ。

 ウルスとハイディはというと——期待に満ちた目は肉に目を奪われ、くださいとばかりに自分の木製皿を差し出している。

 焼き上がれば即皿へと肉を取り出し、私はそのご期待に応えて料理を完成させる。

「というわけで作りました、シャリアピンステーキ! 召し上がれ!」
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