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第二十四話
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「と、その前に。イグレーヌ様、一手、手合わせを。きちんと鍛錬を続けているかどうか、確認しましょう」
「えー……分かった」
師匠にそう言われては、私も断れない。しぶしぶと赤いリボン付きの片刃剣を持ってきて、鞘から抜く。
片刃剣の切先が鞘から抜け出るか出ないかのその刹那、ブレイブリクは使い古した細身の剣を——私へとノーモーションで刺突する。
ゆるり、と世界が遅くなっていっているような感覚に浸りながら、私は片刃剣の根元、もっとも幅広くなっている頑丈な部分で剣先を受ける。そのまま後ろへ受け流し、細身の剣を伝ってブレイブリクへ最速で踏み出す。
火花を散らしながら滑ってくる私の片刃剣の刃を、ブレイブリクは剣の鍔をわずかに回して止めた。それから手首をぐるりと回して、私の片刃剣を上へ弾き上げようとしたため、私は体の重心を低く構え、地面スレスレに膝を落として回避する。
まだ、私の目から見える世界はゆるやかだ。そのまま体を右回転させ、地面を踏み締めて遠心力を加えた片刃剣を振り上げる。
ところが、ブレイブリクは一歩早く、後ろに退いていた。掠ることさえなく、私は地面を右手と右膝につけ、左手で払った剣をしっかりと握り、踏み締めた左足は芝生に思いっきり深い足跡を残していた。
静寂、そして、世界は元どおりに動き出す。私は昔から、集中すると世界が極端に遅くなるような感覚になるのだ。ブレイブリクやブルックナーはそれを才能と言ってくれたが、いまいち実感が湧かない。
調息してから立ち上がった私へ、ブレイブリクは細身の剣を鞘に戻し、余裕で拍手を送ってくれた。
「お見事。イグレーヌ様は本当に筋がよい」
「お世辞はいらないわ。刺繍より得意なのは事実だけど」
「いいえ。これならば、もし一人旅中に盗賊と鉢合わせても安心です」
「まあ、うん、そうね……今まで三回くらいあったけど、そう」
「とどめは刺しましたか?」
「物騒なこと言わないでよ! 腕と足の骨を折ってやっただけよ!」
ブレイブリクは私を何だと思っているのか。プンスカする私へ、はははと余裕綽々の笑みを浮かべたブレイブリクが頭を撫でた。
☆☆
ほんの一瞬の出来事、イグレーヌとブレイブリクの剣の手合わせを間近で見てしまったウルスとハイディは、ポカンと口を開けていた。
ブルックナーから話は聞いていたのだ。イグレーヌ・モーリンは剣を持たせれば騎士よりも強い、才能がある、と。
しかし、目の前の一瞬の攻防を、二人は目で追いきれなかった。それほど早く、鋭く、もはや達人と言ってもいいレベルの交錯だったのだ。
呆気に取られたまま、ウルスは同じ状況のハイディへ、確認する。
「なあ、ハイディ。イグレーヌ様ってもしかして、貴族で可愛くて強くて料理が上手い……おまけに優しい」
「そう、なるな。すごいお方だ」
二人は目を見合わせ、認識を共有した。ブレイブリクとじゃれているイグレーヌのもとへ、片膝を突いて滑り込んできて宣言する。
「イグレーヌ様! 一生ついていきます!」
「お供させてください!」
「いきなり何!?」
こうして、ウルス・ウヴィエッタとハイディ・トフトは、長く険しいイグレーヌの婿候補レースに名乗りを上げたのだった。
「えー……分かった」
師匠にそう言われては、私も断れない。しぶしぶと赤いリボン付きの片刃剣を持ってきて、鞘から抜く。
片刃剣の切先が鞘から抜け出るか出ないかのその刹那、ブレイブリクは使い古した細身の剣を——私へとノーモーションで刺突する。
ゆるり、と世界が遅くなっていっているような感覚に浸りながら、私は片刃剣の根元、もっとも幅広くなっている頑丈な部分で剣先を受ける。そのまま後ろへ受け流し、細身の剣を伝ってブレイブリクへ最速で踏み出す。
火花を散らしながら滑ってくる私の片刃剣の刃を、ブレイブリクは剣の鍔をわずかに回して止めた。それから手首をぐるりと回して、私の片刃剣を上へ弾き上げようとしたため、私は体の重心を低く構え、地面スレスレに膝を落として回避する。
まだ、私の目から見える世界はゆるやかだ。そのまま体を右回転させ、地面を踏み締めて遠心力を加えた片刃剣を振り上げる。
ところが、ブレイブリクは一歩早く、後ろに退いていた。掠ることさえなく、私は地面を右手と右膝につけ、左手で払った剣をしっかりと握り、踏み締めた左足は芝生に思いっきり深い足跡を残していた。
静寂、そして、世界は元どおりに動き出す。私は昔から、集中すると世界が極端に遅くなるような感覚になるのだ。ブレイブリクやブルックナーはそれを才能と言ってくれたが、いまいち実感が湧かない。
調息してから立ち上がった私へ、ブレイブリクは細身の剣を鞘に戻し、余裕で拍手を送ってくれた。
「お見事。イグレーヌ様は本当に筋がよい」
「お世辞はいらないわ。刺繍より得意なのは事実だけど」
「いいえ。これならば、もし一人旅中に盗賊と鉢合わせても安心です」
「まあ、うん、そうね……今まで三回くらいあったけど、そう」
「とどめは刺しましたか?」
「物騒なこと言わないでよ! 腕と足の骨を折ってやっただけよ!」
ブレイブリクは私を何だと思っているのか。プンスカする私へ、はははと余裕綽々の笑みを浮かべたブレイブリクが頭を撫でた。
☆☆
ほんの一瞬の出来事、イグレーヌとブレイブリクの剣の手合わせを間近で見てしまったウルスとハイディは、ポカンと口を開けていた。
ブルックナーから話は聞いていたのだ。イグレーヌ・モーリンは剣を持たせれば騎士よりも強い、才能がある、と。
しかし、目の前の一瞬の攻防を、二人は目で追いきれなかった。それほど早く、鋭く、もはや達人と言ってもいいレベルの交錯だったのだ。
呆気に取られたまま、ウルスは同じ状況のハイディへ、確認する。
「なあ、ハイディ。イグレーヌ様ってもしかして、貴族で可愛くて強くて料理が上手い……おまけに優しい」
「そう、なるな。すごいお方だ」
二人は目を見合わせ、認識を共有した。ブレイブリクとじゃれているイグレーヌのもとへ、片膝を突いて滑り込んできて宣言する。
「イグレーヌ様! 一生ついていきます!」
「お供させてください!」
「いきなり何!?」
こうして、ウルス・ウヴィエッタとハイディ・トフトは、長く険しいイグレーヌの婿候補レースに名乗りを上げたのだった。
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