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第二十三話
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どこかブレイブリクの顔に翳りが見えた。母のその過去は、きっと母に何度も何度も悔しい思いをさせて、押し込められる苦痛に耐え忍んできたのだろうことは分かる。そんな母を、ブレイブリクはずっと支えてきたのだ。近衛騎士としての栄誉も、高給も、勲章も何もかも捨てて、ただ一人、忠誠を誓った人のために。
「それで女王になったらお母様が嬉しいってことは分かるけど……私は別に、そういうことは好きじゃないのに」
「ご安心を。アンブロシーヌ様はイグレーヌ様のご意思を何よりも尊重してくださいます。あなたがあまりにも鍛錬に一生懸命だったから、結局一人旅を許してくださったではないですか」
「うん、あなたとブルックナーのおかげで一人旅できるくらいに強くなったから」
「どうですか? このまま、戦う王女として最高位の将軍を目指してみては? それならば我々は全力でバックアップしますとも。大丈夫です、この国の騎士たちはアンブロシーヌ様、ならびにイグレーヌ様が生涯の忠誠を誓うにふさわしい相手と見ております」
「ブレイブリク、それって私の嫁の貰い手がなくなるって思わない?」
「何の、すでにそこの二人はあなたの横を狙っていると思いますよ」
「へ?」
素っ頓狂な声が出てしまった。私はそこの二人、つまりウルスとハイディをまじまじと見つめ、「どういうこと?」と目で問いかける。
すると、二人はちょっと恥ずかしそうに、思わずにやけてしまっていた。
「あ、えっと」
「……否定はしません」
——OH、逆玉の輿狙いかしら。
そんな私のモヤっとした感情をウルスがいち早く察して、弁解する。
「いや、そうでなくて! イグレーヌ様には今までにない美味しい鹿肉ステーキをご馳走になった大きな恩がありますから、何だってご命令を聞きますよ! 騎士として扱ってくださるなら、この上ない幸せです!」
一生懸命な弁解は、多分本心だろうと思う。それにハイディが続く。
「私たちはバルドア王国との連携を強化するために、できることは何でもするつもりです。故郷のため、自分のため、何より騎士として身を立てるために、です。しかし、それを抜きにして……先日いただいたあのステーキは、とても美味しかったです。それに、あなたがただの貴族令嬢ではなく、しっかりとした一人前の女性であることはこの旅でよく知りましたから」
二人の目は、すっかり私に気を許して懐いているようだった——シャリアピンステーキの効果は抜群だった、ということだろうか。二人の胃袋を掴んでしまったわ、私。
異国から密命を帯びてやってきて、機会を窺っていたであろう二人の騎士見習いは、悪い人ではないと私もこの旅で知った。
うーん、と私は気恥ずかしさを誤魔化して、ブレイブリクに話題を振る。
「とりあえず、二人はブレイブリクに剣術を習ってね。ブレイブリク、この二人は剣術が苦手みたいだから、みっちり基礎を叩き込んであげて!」
「承知いたしました。ふっ、イグレーヌ様もお人が悪い」
憧れの騎士に剣術を習える、二人はぱあっと目を輝かせた。
しかしこのとき、まだウルスとハイディは知らない。銀槍の騎士ブレイブリクの剣術指導は、多分並の騎士ではついていけないほど厳しく激しい。訓練の一日が終わるころに立っていられるかどうかも怪しいくらいだ。
「ウルス、ハイディ。今日から私が貴様らを鍛える。心してついてこい、これからもイグレーヌ様のお傍にいたいのならな」
やる気満々のブレイブリクに、ウルスとハイディは機敏に敬礼をして応じる。希望に満ちた目だ、おそらく明日は死んだ魚のような濁った目になっている。
ブレイブリクはくるっと私へ向き直り、おもむろに剣を抜く。
「それで女王になったらお母様が嬉しいってことは分かるけど……私は別に、そういうことは好きじゃないのに」
「ご安心を。アンブロシーヌ様はイグレーヌ様のご意思を何よりも尊重してくださいます。あなたがあまりにも鍛錬に一生懸命だったから、結局一人旅を許してくださったではないですか」
「うん、あなたとブルックナーのおかげで一人旅できるくらいに強くなったから」
「どうですか? このまま、戦う王女として最高位の将軍を目指してみては? それならば我々は全力でバックアップしますとも。大丈夫です、この国の騎士たちはアンブロシーヌ様、ならびにイグレーヌ様が生涯の忠誠を誓うにふさわしい相手と見ております」
「ブレイブリク、それって私の嫁の貰い手がなくなるって思わない?」
「何の、すでにそこの二人はあなたの横を狙っていると思いますよ」
「へ?」
素っ頓狂な声が出てしまった。私はそこの二人、つまりウルスとハイディをまじまじと見つめ、「どういうこと?」と目で問いかける。
すると、二人はちょっと恥ずかしそうに、思わずにやけてしまっていた。
「あ、えっと」
「……否定はしません」
——OH、逆玉の輿狙いかしら。
そんな私のモヤっとした感情をウルスがいち早く察して、弁解する。
「いや、そうでなくて! イグレーヌ様には今までにない美味しい鹿肉ステーキをご馳走になった大きな恩がありますから、何だってご命令を聞きますよ! 騎士として扱ってくださるなら、この上ない幸せです!」
一生懸命な弁解は、多分本心だろうと思う。それにハイディが続く。
「私たちはバルドア王国との連携を強化するために、できることは何でもするつもりです。故郷のため、自分のため、何より騎士として身を立てるために、です。しかし、それを抜きにして……先日いただいたあのステーキは、とても美味しかったです。それに、あなたがただの貴族令嬢ではなく、しっかりとした一人前の女性であることはこの旅でよく知りましたから」
二人の目は、すっかり私に気を許して懐いているようだった——シャリアピンステーキの効果は抜群だった、ということだろうか。二人の胃袋を掴んでしまったわ、私。
異国から密命を帯びてやってきて、機会を窺っていたであろう二人の騎士見習いは、悪い人ではないと私もこの旅で知った。
うーん、と私は気恥ずかしさを誤魔化して、ブレイブリクに話題を振る。
「とりあえず、二人はブレイブリクに剣術を習ってね。ブレイブリク、この二人は剣術が苦手みたいだから、みっちり基礎を叩き込んであげて!」
「承知いたしました。ふっ、イグレーヌ様もお人が悪い」
憧れの騎士に剣術を習える、二人はぱあっと目を輝かせた。
しかしこのとき、まだウルスとハイディは知らない。銀槍の騎士ブレイブリクの剣術指導は、多分並の騎士ではついていけないほど厳しく激しい。訓練の一日が終わるころに立っていられるかどうかも怪しいくらいだ。
「ウルス、ハイディ。今日から私が貴様らを鍛える。心してついてこい、これからもイグレーヌ様のお傍にいたいのならな」
やる気満々のブレイブリクに、ウルスとハイディは機敏に敬礼をして応じる。希望に満ちた目だ、おそらく明日は死んだ魚のような濁った目になっている。
ブレイブリクはくるっと私へ向き直り、おもむろに剣を抜く。
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