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第九話
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三日後、ブランシュは登城していた。約十年ぶりの城は何も変わっておらず、堅牢な灰色の壁と床ばかりで退屈そのものだ。
取次のウスターシュへ、封魔道具があるから魅了魔法は使えない、使わないことを証明できると手紙を送り、ようやくリオネル第一王子との面会の日取りをセッティングしてもらったのだ。面会の前にウスターシュが確認する、という関門はあるが、問題ないだろう。
これであとは婚約をどうにか断る方向へ話を持っていくことだけを考えればいい。ブランシュは何度も頭の中でその文句を考えながら、城の別棟入り口に門番と並んで立つウスターシュへ、逆さの指輪をつけた右手人差し指を差し出して見せた。つけた人差し指がむずむずするが、我慢している。気を抜けば指輪を放り出してしまいたくなる。
細面のウスターシュは眼鏡をかけていて、いかにも堅物そうな顔をしている青年だ。とてもブランシュとは気が合いそうにない。
品定めするように逆さの指輪を認めたウスターシュは、眼鏡をくいっと持ち上げた。
「ふむ」
ブランシュは胸を張る。
「どうかしら。これで、私は魅了魔法は使えないわ」
「そのようですね。まさか封魔道具を用意してくるとは思いませんでした」
「リオネル殿下とお会いするためだもの。これで文句はないでしょう、ウスターシュ様?」
返事の代わりに、ウスターシュは門番へ別棟への扉を開けるように命じた。負け惜しみでも言うかと思いきや、拍子抜けのブランシュはこう尋ねた。
「ねえウスターシュ様、封魔道具のことをご存知だったの?」
「貴族たるもの、魔法から身を守る術くらいは把握済みです。コシェ王家に仕える身として、当然の知識です」
「ふぅん」
そうなのか、内心ブランシュはドキドキだ。危ない危ない、メイドのマルティーヌに教えてもらわなければ知らなかった。
ウスターシュの嫌味は続く。
「常日頃より男を手玉に取る悪女を輩出する、悪名高いトリベール侯爵家の魅了魔法であろうと、リオネル殿下に害をなすことができないならばそれでいいのです。どうぞ、進んだ先のテラスに殿下はおられます」
それはどうも、とつぶやいて、ブランシュはそそくさと別棟へ入る。廊下を進みながら、ぷんすかとウスターシュへの鬱憤を吐き出して。
「何よ、他人の家を悪呼ばわりだなんて! 失礼しちゃうわ!」
それがコシェ王国の王侯貴族におけるトリベール侯爵家の魅了魔法への認識なのだろう、と思うとブランシュは気分が悪い。何よ、美貌に現を抜かしたり魅了魔法であっさり骨抜きにされるほうが悪いじゃない。ブランシュとしては腹立たしい認識で、受け入れがたいものの、前からそう水面下で悪口を囁かれていることは耳に届いていた。ただしトリベール侯爵家の誰もがそれを何とかしようと思うことはなく、放置されているだけだ。やっぱりウスターシュに魅了魔法をぶつけてやればよかった、と後悔してくる。
本来の目的を忘れつつあるブランシュは、とにかく廊下を進み、中庭へと出た。その先の石造りのテラスに、一人の大柄な青年を見つけ、少しだけ髪をまとめてドレスの裾が跳ねていないかチェックして、それからブランシュはテラスに歩いていく。
取次のウスターシュへ、封魔道具があるから魅了魔法は使えない、使わないことを証明できると手紙を送り、ようやくリオネル第一王子との面会の日取りをセッティングしてもらったのだ。面会の前にウスターシュが確認する、という関門はあるが、問題ないだろう。
これであとは婚約をどうにか断る方向へ話を持っていくことだけを考えればいい。ブランシュは何度も頭の中でその文句を考えながら、城の別棟入り口に門番と並んで立つウスターシュへ、逆さの指輪をつけた右手人差し指を差し出して見せた。つけた人差し指がむずむずするが、我慢している。気を抜けば指輪を放り出してしまいたくなる。
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「ふむ」
ブランシュは胸を張る。
「どうかしら。これで、私は魅了魔法は使えないわ」
「そのようですね。まさか封魔道具を用意してくるとは思いませんでした」
「リオネル殿下とお会いするためだもの。これで文句はないでしょう、ウスターシュ様?」
返事の代わりに、ウスターシュは門番へ別棟への扉を開けるように命じた。負け惜しみでも言うかと思いきや、拍子抜けのブランシュはこう尋ねた。
「ねえウスターシュ様、封魔道具のことをご存知だったの?」
「貴族たるもの、魔法から身を守る術くらいは把握済みです。コシェ王家に仕える身として、当然の知識です」
「ふぅん」
そうなのか、内心ブランシュはドキドキだ。危ない危ない、メイドのマルティーヌに教えてもらわなければ知らなかった。
ウスターシュの嫌味は続く。
「常日頃より男を手玉に取る悪女を輩出する、悪名高いトリベール侯爵家の魅了魔法であろうと、リオネル殿下に害をなすことができないならばそれでいいのです。どうぞ、進んだ先のテラスに殿下はおられます」
それはどうも、とつぶやいて、ブランシュはそそくさと別棟へ入る。廊下を進みながら、ぷんすかとウスターシュへの鬱憤を吐き出して。
「何よ、他人の家を悪呼ばわりだなんて! 失礼しちゃうわ!」
それがコシェ王国の王侯貴族におけるトリベール侯爵家の魅了魔法への認識なのだろう、と思うとブランシュは気分が悪い。何よ、美貌に現を抜かしたり魅了魔法であっさり骨抜きにされるほうが悪いじゃない。ブランシュとしては腹立たしい認識で、受け入れがたいものの、前からそう水面下で悪口を囁かれていることは耳に届いていた。ただしトリベール侯爵家の誰もがそれを何とかしようと思うことはなく、放置されているだけだ。やっぱりウスターシュに魅了魔法をぶつけてやればよかった、と後悔してくる。
本来の目的を忘れつつあるブランシュは、とにかく廊下を進み、中庭へと出た。その先の石造りのテラスに、一人の大柄な青年を見つけ、少しだけ髪をまとめてドレスの裾が跳ねていないかチェックして、それからブランシュはテラスに歩いていく。
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