魅了魔法の効かないあなたと婚約したくありません!〜麗しの侯爵令嬢、空回りする〜

ルーシャオ

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第十話

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 コシェ王国第一王子リオネル、その人がいる。飴色の金髪に薄茶色の瞳、特別美形というわけではないが精悍な顔立ちで、馬に乗れば騎兵として映えるほど足が長く背も高い。簡素なシャツと訓練用の皮当てがついたズボンを身につけ、小さな物事にこだわらないあっけらかんとした性分も——昔と変わらないようだ、とブランシュは意図せず少しだけ感慨深い。

 やってくるブランシュを見つけたリオネルは、大げさに手を広げ、喜びをあらわにした。

「おお、君がブランシュか?」
「はい、リオネル殿下。私はブランシュ、トリベール侯爵家の三女でございます」

 そう挨拶し、話を続けようとしたところで、リオネルが何かに気付いたように立ち止まった。

「あれ?」

 何だろう、ブランシュは同じく立ち止まる。リオネルが顎に手を当てて、何やら考え込んでいる。

 ああもう、人差し指がむずむずする。早く話をして終わらせたいのに、ブランシュはちょっといらいらしてきたが——リオネルは不思議そうに話しかけてくる。

「ブラン、ひょっとして」

 その次の言葉は、聞こえなかった。

 中庭の植木の影から、暗色のローブを着た人影が飛び出してきたからだ。

「殿下、覚悟!」
「なっ!?」

 ブランシュは咄嗟に、逆さの指輪レトロウェルトを親指で弾いて、放り出していた。

 小柄なブランシュではどうすることもできない。人影の腰元に陽光を反射するものが見えた、刃物だ。こんなところでリオネルへ刃物を向ける人物、暗殺か。

 そこまで一瞬で考えて、ブランシュは逆さの指輪レトロウェルトを外して解放された力を放出するように、全力で魅了魔法を人影へと放った。

「危ない!」

 魅了魔法は目に見える効果を発揮する種類の魔法ではない。人体へ直接作用し、精神を融和的に、心の壁を取り除く魔法だ。

 すると、魅了魔法にかかった人間は、脱力感に覆われる。張り詰めた気持ちを一気にほぐされた人間は、少しの間我を忘れてしまう。

 リオネルに迫っていた人影は急にふらりと倒れそうになり、それでも足を踏み締めて持ち堪えていたが、その隙が致命的だった。リオネルが一気に距離を詰め、刃物を奪って返り討ちにしたのだ。

 実に鮮やかな手際で、地に伏せた暗色のローブは溢れた血で染まっていく。

 ブランシュはそこまで見届けて、その場に倒れた。
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