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第一章 淫魔の王と淫夢《ゆめ》みる聖女

╰U╯Ⅹ.ウォルフスの後悔

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 ミオリがマ・クバス=イオスへやってきて、数日が経った。

「ミオリ。お前の両親のことなんだが」

 この日、ミオリとウォルフスは午後のお茶をたのしんでいた。
 普段の昼間は政務に出ている彼だが、時おり部屋にお茶を用意させてミオリと共に過ごす。ミオリが退屈しないようにとの気遣いなのだろう。

 今日もウォルフスは部屋にお茶を用意させたが、切り出したのは雑談ではなかった。

「ええ」
「すでにヤヌアには住んでおらず、消息が掴めなかった。すまねぇ」

 長椅子に腰掛けたウォルフスは、膝の上で手を組み語る。

「え……?」
「どうやら、お前が聖女になって二、三年後にはヤヌアを出て行ったらしい。その後も引っ越しを繰り返していているらしく、足取りが掴めないんだ」

 ミオリは睫毛を震わせ、軽く吐く息に載せて問うた。

「そうなの……でもどうして」

 ミオリの問いに、ウォルフスは眉根をしかめる。
 その後彼が語ったことは、ミオリが考えてもみないことだった。

「周りの住人と揉め事があったらしい。お前が聖女になったことで、両親には神殿から莫大な謝礼が支払われた。それを妬んであれこれ言う輩が居たってこった」
「……」

 ミオリは少し息を吸い込んだが、何も言わなかった。
 ウォルフスは組んだ手を解くと上を見上げ、軽く背もたれに身を寄りかからせる。

「俺からすると、形骸化した聖女なんていう制度は、誰も幸せにしねぇと思うんだがな」
「でも、わたしは聖女で……」

 ミオリは両手をぎゅっと握りしめる。
 聖女として神殿に召された時は辛かったが、それからずっと聖女として生きてきた。そんな自分のこれまでの人生を、否定することはできない。

 ウォルフスはミオリに向き直り、真摯な表情をしてこう言った。

「……お前の両親は、いつか必ず見つけてやる。十四年前の罪滅ぼしだ」
「罪滅ぼし?」

 なんのことだかわからず、ミオリはおう返しに尋ねた。

「十四年前、有無をいわさず攫って、お前を聖女にさせなきゃよかったんだ」
「え?」

 ミオリは問い返す。一体どういうことだろう。

「当時、ミオリの両親ごとマ・クバス=イオスに迎えることを考えたにも関わらず、俺はサウラ=ウルと事を構えることを恐れたんだ。……昔の俺だったらそんなことは気にせず、他国に戦を仕掛けてたってのに……」
「ウォルフス」

 ミオリは驚愕した。まさか彼がそんなことを考えていただなんて、思ってもみなかった。

 ウォルフスはミオリをしっかりと見つめ、真剣な表情で語る。

「ミオリ。俺は今度こそ両親を見つけて、お前を両親の元に帰してやる。こんなところに閉じ込めて不満だろうが、それまで我慢してくれ」
「え……?」

 ミオリは愕然として瞳を見開く。

 不満? 不満などミオリは感じたことはないというのに。

「ミオリ。お前は幸せになるべきだ」

 ウォルフスはそう言うと、十四年前のように手を伸ばしてミオリの頭を撫でた。
 ミオリは言葉を失い、されるままになっていた。

 やがて彼はいっきにお茶を飲み干すと、何も言わず部屋を出て行ったのだった。



 部屋を出たウォルフスを、宰相エルシオが待ち構えていた。

「なんだお前。ミオリには会わせんぞ」

 にべもないウォルフスに、エルシオは眼鏡を中指で持ち上げつつ答えた。

「承知しております。……聖女に、サウラ=ウルの現状を知らせたのですか?」
「いや、まだだ」

 サウラ=ウルでは、ミオリと神殿を糾弾した反神殿派はすでに制圧されたらしい。だからと言って、ミオリを神殿に返すわけにはいかない。

「ついにサウラ=ウルに戦を仕掛ける覚悟を?」

 眼鏡の奥のエルシオの瞳に熱が灯る。だがウォルフスは否定した。

「そうじゃねぇよ。いずれそうなることもあるかもしれんが、できるだけ穏便に済ませたいと思っている」
「なぜですか? サウラ=ウルの王権は張りぼてだ。神殿が強権的に国を支配している。その神殿の圧政に民の不満も募っている。叩くなら今でしょう」
「別に俺は、かの国を属国にしたいわけじゃねぇよ。リュートとかいう第一王子が居るだろう。奴は反神殿派とはまた別のやり方で、王家の権力を復権しようとしてるそうじゃないか」

 エルシオはぎり、と奥歯を噛み締める。

「……サウラ=ウルのことはサウラ=ウルの王子に任せると?」
「そりゃそうだろ」
「以前のあなたとは違います! 多数の国に分かれ争う淫魔族を、マ・クバス=イオスとして統一したのはあなたでしょう!?」

 エルシオは激しい口調で言い募るが、ウォルフスはあっさりと斬り捨てた。

「昔は考えなしだったからな」
「……っ」

 エルシオはぐっと拳を握りしめる。

「おい。俺はもう行くぞ。百騎長に、兵の鍛錬を見てやると約束してるんだ」

 ウォルフスはまだ不服そうにしているエルシオを一瞥し、だが彼を置いて兵舎へと向かったのだった。
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