上 下
26 / 143
ヘレントスのワイルドステーキ

8話

しおりを挟む


「イェリ、君は人の魔力量を見ることはできるか?」

おれが唐突に訪ねたので、イェリはきょとんとして、それから嫌そうに顔をしかめた。

「……急になんだ……できるが、そんなことは真っ当な冒険者ならしない」

「じゃあおれが許すから、おれの魔力量を見てくれ。レイも見て構わない」

イェリは訝しげにしながらも、テーブルの上に手を出した。

「じゃあ、手を出せ」

おれは言われたとおりにテーブルの真ん中に手を置く。
イェリの指がおれの手の甲に触れ、レイも同じくおれの手に触れる。
そして二人は深く息を吐き、集中するような仕草を見せた。
魔力量を測るときは、こういう動作が必要のようだ。
そして数秒後、二人は顔を見合わせて、そして驚愕の表情でおれを見た。

「どうして……お前……」

「魔力を持ってないのか……?」

おれは手を引っ込めて、軽く頷く。

「出自を明言はできないが、そういう体質だ。だからおれに魅了魔法は効かない」

イェリとレイは、まだ信じられないようにおれを見ている。
しかしおれの耳を見て、尾が無いことも確認して、ようやく合点がいったようだった。
レイはひたすら感心したように、へぇ~、と声をもらしていたが、イェリはなおも厳しい表情を崩さない。

「……特権階級の権力を使って、団長を無理に従わせてるんじゃ……」

おれはまた同じ言葉を繰り返した。

「ケイジュが権力で脅されて、やりたくもない仕事をやり、あまつさえ雇い主を馴染みの居酒屋に誘うような男だと思うか?」

イェリはムキになったように言い返してきた。

「貴族なら、自分の益のために何をするかわからない!団長の体質を良いように利用して、団長を独り占めしてるんだ!私から団長を奪って、お前は、」

「姉さんッ!」

激高したイェリの肩を、レイが強く掴んで引き戻す。

「姉さん、少し落ち着いた方がいい。外の空気吸ってきなよ」

レイの顔を見たイェリはしばらく呆然として、それから泣きそうに顔を歪めた。
そして、悪い、言い過ぎた、と言い残して店を出ていく。
その背中を見ていたレイが、おれに頭を下げた。

「セドリックさん、すいません。頭に血が上っちゃったみたいです」

おれは罵られたことよりも、イェリの異様な様子が気になっていた。
ケイジュはイェリのことは直情型だと言っていたけど、あんなふうに喚き散らすような子には見えなかったのに。
戸惑うおれに、レイが言いづらそうに口を開いた。

「……姉さんとおれはスラムで育ちました。スリや暴力しか、生きる術を持たなかったおれたちを、まだ駆け出しの冒険者だった団長が気にかけてくれて……いつも一緒には居れなかったけど、おれたちに食べ物を分けて、戦い方を教えてくれた。それでようやく、おれと姉さんは狩人として生きていけるようになったんです。……団長が傭兵団を立ち上げるって言ったとき、真っ先に入れてくれと頼みました。団長の居場所を作るために、魅了魔法対策にも気を使って、上手く行ってたはずなんです。けど……」

レイはそこで一旦言葉を切り、安らかに寝息を立てているケイジュを見る。
兄を慕う弟の顔だった。

「姉さんは、魅了されかかってるみたいなんです。気が強いのは元からだけど、あんな風に感情的に怒鳴る人じゃなかった。何も悪くない人を、あんな風に敵視して暴言を吐くなんて、以前だったらなかったことです。
姉さんも、自覚はしてるみたいです……団長のことになると、急に感情が抑えきれなくなるって。なにかおかしいって」

レイは疲れた顔でため息をついた。
思春期の女の子が恋をして、感情的になって暴走して、それで周りに八つ当たりするというのはよくある話だ。
イェリの態度もそれだと片付けられれば、レイもこんなに悩むことはなかったんだろう。
相手がケイジュなので、話がややこしくなっている。
しかし、魅了されてはならない、恋をしていることを気付かれてはいけない、と本人が一番言い聞かせているのに、それをコントロールできずに表に出してしまうというのは、確かに魅了魔法の影響を疑っても仕方ない。

「でも、フォリオまで追っかけて行ったザッカリーほど理性を失ってるわけじゃないし、団長には黙っておくつもりでした。姉さんも、たとえ魅了魔法にかかってたとしても、私が団長のことを想う気持ちに嘘はないって、言ってましたし……」

おれは沈黙したまま、その言葉を頭の中で反芻した。
魅了魔法にかかったとしても、気持ちに嘘はない、か。
一途な言葉だ。
イェリの言葉をケイジュが信じ、受け入れたら、きっとハッピーエンドになるんだろう。
おれにとっても、その結末の方がすっぱりと諦めがついていいかもしれないな。
おれはレイに見えないように、微かに自嘲する。

「……そうか。話してくれてありがとう。おれは気にしていないから、イェリにも気にするなと言っておいてくれないか?あと、おれは家出してるから、心配するほどの権力は持ってないとも、伝えておいてくれ」

おれが微笑みながら告げると、レイはようやく申し訳なさそうに笑ってくれた。
ようやく話が着地したので、おれは時計を見上げる。
明日も早いのに、ついつい長居してしまった。
そろそろ帰るべきだろう。おれは寝ているケイジュの肩を軽く揺する。

「ケイジュ、気分はどうだ?起きれそうか?」

むー、という無防備なうめき声が聞こえ、ケイジュの頭がゆっくりと持ち上がる。
ケイジュはぼんやりとした顔のまま、何事かを呟き指が宙を泳ぐ。
その後魔力の仄かな光がケイジュを包んだ。
淡い青と緑の光。
浄化魔法だろうか。その魔法の光が消えると、ケイジュの背筋がしゃっきり伸びる。

「……セドリックがこんなに酒に強いとは思わなかった……」

悔しそうに呟き、目頭を揉む。

「一眠りしてスッキリしたか?」

「ああ。もうあんな醜態は晒さない」

レイはニヤニヤと笑っている。

「団長が酔い潰れるなんて、珍しいもの見ちゃいました。酔い覚ましの魔法使えるなら、早めに使えばよかったのに……」

「……しばらく使ってなかったから、存在を忘れてたんだ……あんまり言いふらすなよ、レイ」

ケイジュに釘を刺されてもレイは、はーい、と呑気な返事をするだけだ。
ケイジュはバツが悪そうにしながら立ち上がり、辺りを見回す。

「イェリは?先に帰ったのか?」

「姉さんは、ちょっと飲みすぎたから外の空気吸ってくるって」

「そうか。おれとセドリックはそろそろ宿に帰るから、残ってる奴によろしく言っといてくれ」

「了解です。おーい、団長帰るってさ~~!」

その声に店のあちこちから返事が聞こえてきたが、みんな結構酔っ払っているのか呂律が怪しい。
ケイジュは片手を上げるだけでそれに応え、会計を済ませて外に出た。
店に入ったときはまだ明るかったのに、もう外は真っ暗だ。
しかし、裏路地の窓からは他の店の喧騒も聞こえてくる。
まだまだ夜は長いのだろう。
ひんやりと冷たい空気が気持ちよく、おれは思い切り伸びをした。
宿に向かってゆっくりと歩き始めたとき、後ろから呼び止める声がした。
振り返ると、静かな表情で立ち尽くすイェリが居た。
先程の激情に駆られた表情ではないことに、おれは安心する。

「団長。明日、出発するんですよね?」

イェリの声は、少しだけ震えていた。
おれもこのまま聞いていいのか迷ったが、先に帰ろうにも道がわからないので、とりあえず視線をそらしておく。

「ああ」

「その仕事が終わったあとは、どうするんですか?」

「セドリック次第だ。仕事がある限り雇ってもらうつもりだから、ヘレントスにはしばらく戻らない」

おれの心臓が跳ねる。
歓喜と罪悪感がこみ上げ、おれは目を強く閉じた。

「じゃあ、もう、団長にはなってくれないんですか?」

イェリは涙声だった。

「……ああ。イェリもレイも、立派な冒険者だ。おれに頼らずとも、やっていける」

ケイジュの声はどこまでも優しかった。
妹を思いやる兄の声だ。

「……私は、団長と一緒に居たいんです。それを、叶えてくれませんか?」

真っ直ぐな声が裏路地に響く。

「……イェリ、それは、」

「はい。私がこんなことを言うのは、魅了魔法の影響かもしれません。でも、偽りじゃないんです。団長を想う気持ちは、ずっと私の中にありました。最後のひと押しが魔法によるものでも、それまでに積み重なった想いは本物です。もし、団長が魅了魔法を使えなかったとしても、私は同じことを言ったと思います」

痛いほどの沈黙のあと、ケイジュの息を吸う音が聞こえた。

「…………ありがとう。だが、それは叶えられない。おれは、セドリックと共に行く」

おれは歯を食いしばる。
そうしないと、泣いてしまいそうだった。

「……わかりました……旅のご無事を、お祈りしています」

イェリは最後まで気丈に言い切る。
その後土を踏む音がして、おれはようやくそらしていた視線をもとに戻してイェリの背中を見た。
何か吹っ切れたように颯爽と夜の街に消えていく。
角を曲がって、姿は見えなくなった。
ケイジュは前に向き直り、いつもと変わらない表情で歩き出した。

「よかったのか?」

おれは隣を歩きながら、つい声をかけてしまった。

「これでいい。これはおれの人生だ。おれがやりたいようにやる」

迷いのない、晴れやかな声だった。
ケイジュは自身の意思で、おれの隣を選んでくれた。
自惚れてもいいだろうか。
おれは想われていると。
けれど、その想いが本物だと確証が持てない。
幸福感と絶望感で、身体が二つに引き裂かれそうだ。
できることなら、何も知らない頃に戻りたい。けど、魔法が使えないおれにそんな便利な手段はない。
惨めでも、前に進まないと。
真実は、未だ遠くにある。
それを少しでも手繰り寄せるべく、おれは足を踏み出した。



しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

男前生徒会長は非処女になりたい。

BL / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:630

フェロ紋なんてクソくらえ

BL / 完結 24h.ポイント:931pt お気に入り:389

お隣さんは〇〇〇だから

BL / 連載中 24h.ポイント:555pt お気に入り:9

鏡に映った俺と彼

BL / 完結 24h.ポイント:49pt お気に入り:15

セカンドライフは魔皇の花嫁

BL / 連載中 24h.ポイント:56pt お気に入り:2,519

下級兵士は皇帝陛下に寵愛される

BL / 連載中 24h.ポイント:284pt お気に入り:2,706

俺の幸せの為に

BL / 連載中 24h.ポイント:4,710pt お気に入り:215

蛍光グリーンにひかる

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:24

俺様王様の世話係

BL / 連載中 24h.ポイント:390pt お気に入り:26

処理中です...