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リル・クーロのホワイト&ホワイト

4話

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 それからおれがどうやって宿屋に辿り着き、どうやって部屋に戻ったのかよく覚えていない。
けど、気が付いたらおれはダブルベッドに腰掛けて、ケイジュに抱き締められていた。
おれはその背中に手を回していいのか迷って、腕が宙を彷徨う。
ケイジュが身体を離し、おれを見つめる。
 
「セオドア……無理して、応えなくても良かったんだぞ」
 
ケイジュの表情は不安そうだ。
おれは急いで首を横に振る。
ちりん、と耳飾りが揺れて涼やかな音が鳴った。
新しい傷口が引っ張られて、痛みを訴える。
 
「……違うんだ……嬉しい……嬉しいんだ。けど、急だったから、まさか、こんな……」
 
言葉がまとまらないおれを、ケイジュはなだめるように背中を撫でてくれる。
 
「驚かせてしまったな……買い物をしていたら、たまたま耳飾りを見つけて……石の色があまりにもセオドアの目の色に似ていたから、つい買ってしまったんだ。ちょうど濃い青色の石も隣にあったから、これは何かの運命だと……」
 
ケイジュは照れ臭そうに、珍しく早口にまくし立てる。
 
「しかも丁度満月だったし、告白するなら今日しかないと、そのことで頭が一杯になっていた……セオドアからすぐに返事がもらえるとは思ってなかったから、つい勢いで耳飾りも交換してしまったし、おれは、その、あー」
 
ケイジュは言葉に詰まると片手で顔を隠してしまう。
 
「……舞い上がってるな、おれ」
 
ケイジュの耳が真っ赤になっている。
こんなに取り乱しているケイジュ、初めて見た。
おれはそこでようやく表情が緩むのを感じた。
今まで輪郭がぼやけていた視界も、ちゃんと現実として認識できるようになる。
腹の底からじわじわと喜びがこみ上げてきて、ほっと息が漏れた。
 
「……本当に、夢じゃないんだな……?」
 
おれの呟きを聞いたケイジュが、少し怒ったような顔でじっとりと見つめてくる。
 
「耳、まだ痛いだろう?」
 
おれは痛みよりも熱さを感じる耳に、そっと触れる。
そこにはちゃんと耳飾りがある。
 
「嬉しい……おれの都合のいい妄想じゃないんだな……」
 
「……妄想?」
 
「そう、妄想。ドルトス鉄道で核のことを話してから、ずっと思ってたんだ……ケイジュと、恋人になれたらいいのにって……」
 
おれが白状するとケイジュは目を丸くして、それから破顔する。
 
「そう、か……おれも、セオドアをそういう風に意識し始めたのは同じ時期だ」
 
今度はおれも驚いた。
そんなに前から想ってくれているなんて、想像してなかった。
やっぱり都合のいい夢を見ているんじゃないのか?
 
「……おれからも、聞いていいか?」
 
確かめるために、ケイジュに向き直る。
 
「おれの、恋人になってくれないか、ケイジュ」
 
色々考えていたはずなのに、出てきたのはそんな単純な言葉だった。
ケイジュは美しい形の唇をうっとりするくらい優しく緩めて、ああ、と声を漏らす。
 
「喜んで」
 
ケイジュの手がおれの頬に添えられた。
そのままケイジュの端正な顔が近付いてくるので、おれは一気に心拍数があがって仰け反った。
 
「ぅぁああ!」
 
勢い余ってそのままベッドに仰向けに倒れる。
目が回りそうだ。
ほ、本当に、ケイジュは、おれが好き、なんだな。
喜びと興奮が遅れて一気に押し寄せてくる。
おれは両手で顔を覆い、大声で叫んで手足をばたつかせたいのを必死に抑える。
ケイジュと、あの格好よくて頼りになる優しいケイジュと、おれは、両想いだったんだ!
喜びに打ち震えていると、上から不機嫌そうな声が降ってきた。
 
「……そんなに嫌か?」
 
おれが顔から手をのけると、ケイジュの顔がすぐ近くにあっておれの息が止まった。
仰向けに倒れたおれの頭の横に、ケイジュが手をついて覆い被さっている。
嫌でも性的なものを想起する体勢に、おれの顔がみるみる熱くなる。
 
「いっ、嫌じゃない!嫌じゃないんだが、ちょっと落ち着く時間をくれ!か、顔が近い!」
 
「今まで散々見てきただろう。口付けぐらいさせろ」
 
お、おお?く、くちづけ?
お、おれとケイジュが?
想像したおれは頭が真っ白になる。
 
「まま、ま、待ってくれ!まだ、心の準備が出来てない!」
 
ケイジュはむっと唇を引き結んで、眉をしかめる。
そんな顔すら完璧すぎる。
おれはまた手で顔を隠して気持ちを落ち着ける。
大丈夫だ。これは夢じゃない。夢じゃない。
十代のガキじゃないんだから、口付けぐらいで動揺するんじゃない。
落ち着け、落ち着け。
けど、また至近距離でケイジュと顔を合わせる勇気がなくて、動けない。
しばらくケイジュはじっと黙って待っていたのだが、小さなため息と共に手首を掴まれた。
力強く顔から引き剥がされて、手首をまとめて頭の上に押さえつけられる。
 
「……っ!」
 
おれは口を開く余裕もなく、咄嗟に目を瞑って横を向く。
ケイジュは低い声で囁く。
 
「まだ、信じられないか?」
 
おれは薄っすらと目を開けてケイジュの様子を窺った。
ケイジュの表情は明らかに怒っていた。ギラついた目でおれを見下ろしている。
 
「おれを見ろ、セオドア」
 
おれは心臓が爆発しないように祈りながら、やっとの思いでケイジュと目を合わせた。
 
「けい、じゅ、」
 
「これは現実だ。受け入れたくないなら、さっさとおれを殴ってでも止めろ」
 
「そんな、そんなことしない!ただ、まだ、実感が……」
 
ケイジュの目が、すうっと細まる。
眉間にしわを残したまま、唇の片側がゆっくりと持ち上がる。
ケイジュのやや冷たい印象を受ける美貌が、恐ろしいくらい妖艶な微笑を浮かべた。
 
「なら、このまま一晩中犯して、現実だと思い知らせてやってもいいぞ、セオドア」
 
ケイジュはおれの手首をぐっとベッドに押し付け、体重をかけてきた。
鍛えられた筋肉の硬さと重み、そして下半身の体温まで生々しく伝わってくる。
おれは咄嗟に、はぁ、と息を吐き出していた。
興奮していることが丸わかりな、熱っぽいため息。
照れ臭さが一瞬で吹き飛んで、おれは瞬きもせずにケイジュを見つめ続ける。
ケイジュはようやく満足そうに眉間のしわをなくすと、目を開けたままおれに口付けた。
何度か夢想したけど、現実はもっとすごかった。
ケイジュは無表情でいると冷たそうに感じるのに、重なった薄い皮膚から伝わってくるのは確かな熱だ。
柔らかい唇が、意思を持っておれの唇をそっと食む。
視界を占めるのは、ケイジュの底光りするような青い瞳。
おれはそこから目を離すこともできずに、しばらく唇を重ねたまま動きを止めた。
息が苦しくて、ふ、と鼻で呼吸すると、唇を塞いでいたケイジュがようやく離れていく。
 
「っは、はぁ、ああ、ケイジュ……」
 
おれはたまらずケイジュの背中に腕をまわした。
離れたくない。これが現実なら、手放したくない。
今度はおれからケイジュの唇に口付ける。
目を閉じると、ケイジュの身体がより重くのしかかり、キスの角度を変えられた。
すり、と皮膚が擦れあっておれの背中が震える。
おれの身体の感覚が全部唇に集まっているみたいに、ケイジュの小さな震えや吐息さえ感じられた。
それをもっと感じたくて、おれは少しだけ唇を開く。
もっと内側の濡れた粘膜が触れ合って、おれの指に力がこもる。
ケイジュもさっきより大胆に口を開けると、にゅる、と熱いものでおれの下唇を軽くなぞった。
2度目のキスは酷く卑猥な水音をたてて続く。おれは夢中でキスに応え、酸欠で意識が遠のきそうになっても気付かなかった。
そして、いつの間にかケイジュの唇は離れていた。
 
「はぁ、セオドア……少しは、思い知ったか?」
 
ケイジュは苦しそうに眉を寄せたまま、壮絶に色っぽい顔でおれに言った。
濡れた唇が艶めいている。
おれは口を開けたままはぁはぁと呼吸を繰り返しながら、頷いた。
 
「……夢じゃ、ないってことは、わかった……けど、もっと、してくれ、たのむ」
 
おれはキスが終わってしまった切なさに耐えきれず次を強請ってしまう。
ケイジュは未だ強い視線でおれを貫き、好戦的な笑みを浮かべた。
 
「途中で後悔するなよ」
 
ケイジュが体を起こし、着たままだった外套を脱ぐ。
そしてその下の立襟の黒いシャツのボタンも外していく。
逞しい身体を見せつけるように徐々に白い肌があらわになっていく。
ケイジュの唇は微かに笑っていた。
おれは頭がくらくらした。
身体が熱い。
おれが寝そべったまま服を脱ごうと体を捩らせると、ケイジュの手がそれを手伝ってくれた。
外套を脱ぎ、シャツの前を寛げる。
高熱を出したときのように頭がぼんやりしてくる。
おれは自分が何をしようとしているのかはっきりわからないまま、ケイジュの身体に抱き着いた。
薄いシャツ越しにケイジュの身体の形を確かめて、もっと、と強請る。
ケイジュが息をのむ音が聞こえる。
それから、ごと、と何かが床に落ちる音。
おれは自分の足を見て、ようやく靴を脱がされたんだと理解した。
きれいに整えられたシーツをぐしゃぐしゃに歪めてベッドの真ん中にずり上がる。
追いかけてきたケイジュも余裕のない手つきでおれのシャツのボタンを一番下まで外していく。
汗ばんだ胸が外気に晒されて気持ちいい。
おれはケイジュのシャツも脱がしてやろうと、ただただ必死に手を伸ばした。





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