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スラヤ村の肉じゃが

6話

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 しばらくして、さっきよりも軽装になったエルムさんが戻ってくる。
無言で椅子を引き、優雅に腰掛ける。
エルムさんは顔はエンジュとよく似ているのだが、身のこなしはケイジュにそっくりだ。
ケイジュのお父さんだなぁ、とうっかり感心してしまう。
おれは気を引き締めて、エルムさんに会釈する。

「改めて、はじめまして。おれはケイジュと仕事をしている運び屋です。外に停めてある魔導具を見たかもしれませんが、あれを使って殻都を行き来しています。ケイジュとはフォリオで出会い、護衛として同行してもらっています」

「……息子が、世話になっている。セオドア君、だったな」

「ええ、ギルドにはセドリックという名前で登録していますが……」

エンジュとエルムさんはそっくりな仕草でちょっと首を傾げた。

「じゃあ、ほんとはセドリックさん、ですか?」

エンジュが尋ねるので、おれはケイジュを見る。
ケイジュは無言で頷いた。
説明はおれに任せるということなのだろう。

「いえ、セオドアが本名です。出自を隠すために、セドリックという偽名を使っています」

「出自?」

エルムさんの視線に応えて、おれは深く被っていたフードを跳ね上げた。
おれの顔を見たエンジュとエルムさんはなおも不思議そうな顔をしている。

「森人……か?」

「いえ、おれは純粋な人間です」

おれの言葉にエンジュもエルムさんも息を呑んだ。

「……つまり、セオドア君は貴族、ということか」

「はい。表向きはフォリオの子爵家の放蕩息子という設定ですが、本名はセオドア・リオ・イングラム。公爵家の三男です。家出しているので相続権は放棄しましたが、一応まだ貴族です」

エンジュはよくわかっていないようで首を傾げていたが、エルムさんの表情は硬い。

「……そうか……村の中では顔を隠していた方が賢明だろうな」

「……おれ自身は、何を言われても、それを受け止めるべきだと思っています。おれの曽祖父や、その前の世代が、魔人たちに何をしたのか、忘れるつもりはありません。けど、おれを受け入れてくれたケイジュの判断は、批判しないでほしい」

おれが腹の底に力を込めて告げると、エルムさんの視線が一瞬おれの横のケイジュに向けられる。
それからおれの耳飾りにも一瞬視線を感じ、それからエルムさんは表情を和らげた。

「おれは、セオドア君が貴族だろうと、何だろうと、口を出すつもりはない。ケイジュが信頼しているのなら、何も問題はない」

その言葉の後、エルムさんはケイジュの方を見て、少し唇を吊り上げた。
やるじゃないか、とでも言うような、ちょっとふてぶてしい父親っぽい笑い方だった。
ケイジュは涼しい顔で父親を見返すだけだ。エンジュはそんな父親と兄とおれを見比べて、ようやく耳飾りに気付いたのか口を手で覆っている。
その驚きが去った後は、にまにまと笑いながら兄の方を見た。

「あの堅物なお兄ちゃんが、伴侶を家に連れてくるなんて、まだ信じられないんだけど……よかったね!」

伴侶という言葉におれは過剰反応してしまう所だったが、先にケイジュが口を開いた。

「セオドア、まだ説明していなかったが、魔人の言う伴侶には意味が二つある。一つは一般的な夫婦という意味だが、お互いの合意に基づいて定期的に精気を提供してくれる相手を指して伴侶と言うこともある」

「そ、そうなのか……」

おれは挙動不審にならないように必死に相槌を打ったのだが、視線は泳いでしまった。
ケイジュはじっとりと妹を見て、たしなめるように言葉を続けた。

「エンジュ、何か勘違いしているようだが、おれはセオドアに魅了魔法は使っていないぞ。セオドアには魔力がないから、そもそも効かない」

「えっ、そうなの?」

エンジュはしげしげとおれを見たが、納得したようにへーと声を漏らす。

「ほんとだぁ……純粋な人間って、ほんとに魔法使えないんだね……」

感心するエンジュに対して、エルムさんは旧人類の特性のことは知っていたのか、納得したように頷いた。

「ケイジュが魅了魔法なんて使いたくないと家を出た時はかなり心配したが、相手が見つかって良かったな……」

エルムさんはしみじみと呟いた。
今まで硬かった表情も段々と和らいでくる。
エルムさんは椅子の背もたれに体を預けると、ようやく自分の分のお茶を飲み始めた。
これは、おれのことは受け入れられていると思っていいんだよな?
ケイジュの言葉を信じてなかったわけじゃないけど、へなへなと肩から力が抜けていく。
よかった、お茶をぶっかけられて息子から離れろ!なんて言われなくて。

「じゃあ、セオドアさんはお兄ちゃんと話し合って、伴侶になるって決めたってことですよね?お兄ちゃん無愛想なのに、よく受け入れましたね?」

エンジュは兄をちらちら見ながら、おれに話しかける。
おれは気が抜けて笑いながら、言葉を返す。

「精気の提供のことは、最初、おれが言い出したんですよ。魔人に会うのは初めてだったんで、つい、好奇心がうずいて……」

「ええっ、いくら魅了魔法が効かなくても不用心過ぎですよ!」

「ははは、ええ、ケイジュにもよく言われます。けど、ケイジュは初めて会ったときから真面目でしたし、仕事も完璧にこなしてくれたので、すぐに信頼できる男だと思いました」

流石に隣のケイジュが照れ臭そうに身じろぎしてもう一つクッキーを摘む。

「お兄ちゃん、お菓子ばっかり食べてたら夕御飯入らなくなっちゃうよ。今晩は食べていくでしょ?」

それをたしなめるエンジュが、クッキーが入った皿を引き寄せて腕の中に抱え込んでしまう。

「……昼飯も食べずに帰ってきたんだから、これぐらい良いだろう」

「じゃあ早めにご飯作るから。肉じゃがでいい?」

「ああ」

おれは兄と妹の微笑ましいやり取りを聞きながら、ふぅとため息をついた。
なんだかもっと深刻な話になるんじゃないかと思っていたので、ちょっと拍子抜けしたけど、安心した。
後は家族水入らずで過ごした方が良いだろうと、おれが立ち上がろうとすると、エルムさんに呼び止められる。

「セオドア君、大したものはないが、夕飯を食べていけ。空いている部屋もあるし、今晩は泊まっていくといい」

「え、いや、しかし」

「私、もうちょっとお仕事の話聞きたいです!それに、おじいちゃんとかおばあちゃんたちに貴族だってバレたら、ちょっと面倒なことになりそうだし……」

エンジュにも言い募られて、おれがケイジュに助けを求めると、今度はおれに味方することなく頷いていた。おれは気が引けたが、やんわり笑って答える。

「では、お言葉に甘えます。自動二輪車を家の前に停めたままなので、どこか邪魔にならない場所を教えていただけますか?」

ケイジュが先に立ち上がって、おれが動かしてくると言って部屋を出ていく。
エルムさんが何故かそれを追いかけて行ってしまったので、おれも慌てて追いかけた。

「これは、どういう魔導具なんだ?どのくらいの速度が出るんだ?」

エルムさんはケイジュを質問攻めしていて、ケイジュが困った顔でおれを振り返る。ケイジュの機械好きはお父さん譲りか。
おれはケイジュに代わって、自動二輪車の解説を始めた。

 エルムさんに自動二輪車のことをあらかた説明し終わって家の中に戻ると、エンジュは台所で料理を作り始めていた。
手伝いを申し出ると、遠慮がちにじゃがいもを渡される。
にくじゃが、というのがどういう料理なのか知らないけど、じゃがいもを大量に使う料理のようだ。
おれがナイフを借りて皮をショリショリ剥いていると、エンジュは意外そうに目を丸くしている。

「セオドアさん、料理するんですね……」

「ええ、人一倍食べることが好きなので、自然と自分でも作るようになりました」

「そうなんですね……殻都のご飯に慣れてたら、私の料理なんて美味しくないかもですよ」

「大丈夫です。クッキーも美味しかったので、にくじゃがというのも美味しいに違いありません」

「ふふ……あんまり期待し過ぎちゃだめですよ」

「善処します。それで、皮を剥いたら次は何をしましょうか?使う野菜はじゃがいもだけですか?」

「人参と玉ねぎも使います。野菜は大きめに切って、それから……」

エンジュとはその後も料理の話で盛り上がり、しばらくすると砕けた口調で話し合えるくらい打ち解けられた。
エンジュは活発な子で、人見知りもしないのでかなり助かった。
エンジュが兄を慕っていることは言葉の端々から伝わってきたので、これでエンジュに嫌われていたらおれも流石に落ち込んでいただろう。
ケイジュとエルムさんは先程薪を割ってくると言って家の外に出てしまったので、今はエンジュと二人きりだ。
おれを信頼してくれているんだな。
おれが鍋がのせられたかまどを弱火にし終えて立ち上がると、エンジュがふと真面目な顔になっておれに告げる。

「お兄ちゃんのことよろしくね、セオドアさん」

「ああ、任せとけ……って言いたいけど、おれの方がよく迷惑かけてるしなぁ……」

おれが苦笑すると、エンジュは鍋をゆっくりかき混ぜながら首を横に振った。

「んーん、お仕事のことをよろしくって言いたいわけじゃなくて……うーん、お兄ちゃんの、心?とか、そういう大事な所を、セオドアさんに支えてほしいの。
お兄ちゃん、すっごく真面目で、融通きかないから、この村には馴染めなかったんだぁ……やっぱり精気のことを考えると、真面目なだけじゃ生きていくの大変だし、他の人たちもお兄ちゃんのこと心配してるだけなんだよ?
でも、お兄ちゃんは無理やり魅了魔法で人の感情を動かすのは嫌だの一点張りで、いつの間にか孤立しちゃってた……普通の亜人には魅了魔法が効いちゃうから、友達になるのも難しいし……お兄ちゃんの生き方を認めてくれる、魅了魔法が効かない人が居てくれたらなぁって、ずっと思ってたんだ。
私は貴族のことはよく知らないけど、セオドアさんが良い人なのはわかるよ。だから、よろしくね」

真剣な話をするのはまだ少し照れくさかったのか、エンジュの尖った耳の先が赤くなっている。
普通の男が見れば目眩を起こすような美少女が頬を赤らめていても、おれは微笑ましく感じるだけだった。

「……そういうことなら、任せてくれ」

おれは力強く胸を叩いた。
万が一、ケイジュが浮気したり、おれに愛想を尽かしたりして、恋人関係が破綻したとしても、おれはケイジュを嫌いにはなりきれないだろう。
できればこのままお互いを慈しむ関係でありたいけど、そうじゃなくなったとしても、おれはケイジュと関係を切るつもりはない。
おれの言葉にエンジュは照れ臭そうに笑って、おれに小皿とスプーンを差し出した。

「ありがとう。お礼に、味見させてあげる」

おれが剥いたじゃがいもがよく煮込まれてホクホクと湯気を上げている。
ほんのり茶色に染まったそれをスプーンですくい上げて、息を吹きかけて口の中に放り込んだ。
ほふほふと湯気を外に逃していると、じゃがいもは口の中で崩れた。
甘じょっぱくて、美味しい。
あまり殻都では味わったことのない味だけど、これがショウユとかいう調味料の味なのか。
香ばしくてコクがあり、塩味はまるくて優しい。

「どう?」

「美味しい」

「良かった。しばらく冷まして味を馴染ませたら完成!手伝ってくれてありがとう」

「大したことはしてないよ」

おれは使い終わった調理器具を布巾で拭きあげてから台所を後にした。




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