上 下
53 / 143
侯爵の晩餐

1話

しおりを挟む


 藍月15日、夜。
今、おれはドルンゾーシェの宿屋にいる。
スラヤ村を出発したおれたちは再び丸一日半をかけて森を抜け、ひとまずヘレントスに戻った。
ギルドに遺品を預け、食料などを買い足してすぐに出発。
かなりギリギリにはなったが、なんとか夕暮れにはドルトス鉄道の北駅に到着し、その日最後の列車に乗り込むことができた。
ただ、おれたちが乗り込んだ時点で席はほとんど埋まっており、おれたちは出入り口近くの場所で立ったまま、列車は動き出した。
それでも乗車できただけ幸運だった。
この調子なら予定よりも早くフォリオに帰り着けそうだ、と嬉しく思ったものだ。
今預かっている荷物の期日は藍月の25日なので、急ぐ必要はないのだが、それでも、1日も早く仕事を終わらせたい。
理由は、言わずもがなだ。
記録には残さないでおく。
夕方に乗ったので、すぐに日が落ちて暗くなり、夜中にはやはり在来生物の襲撃があった。
普段は単独行動をしているラシーネが、どういうわけか群れを作って燃料補給中の列車を包囲したのである。
冬前で狩りに積極的になっていること、たまたま群れのリーダーを務められるほどの強力な個体が存在したことなどが原因に考えられる、とはケイジュの談だ。
連携して糸を吐き、列車を雁字搦めにしたラシーネの群れだったが、今回の列車には多く冒険者が乗り合わせていたこともあり無事に危機は脱した。
ケイジュも撃退に参加したのだが、糸くずの一つも浴びずに戻ってきたのでおれは安心した。
再出発した列車はやや遅れながらも南駅に到着する。
座れなかったこともあってかなり疲労していたが、駅で力尽きるわけにもいかず、何とかドルンゾーシェの殻壁をくぐったのが一時間ほど前のことだ。
流石に店を探して入る気力がなかったので、屋台で夕飯を済ませて宿屋で部屋をとった。
昼夜関係なく製鉄と採掘を行うドルンゾーシェは、かなり夜遅くまで屋台が出ているし、出歩いている人も多い。
ここがリル・クーロだったら空きっ腹を抱えて途方に暮れていただろう。
ついでに冒険者ギルドにも寄って預かった手紙などを届けてきた。
しかし、その時にギルド職員から受け取った一通の手紙が、おれの新たな悩みの種になっている。

 宛先は、ポーター・セドリック。
これは、おれ宛の手紙だ。
そして差出人は、カリム・ドルン・ハッダード侯爵。
受け取ったときは疲労していたこともあって、妙な冗談はやめてくれ、とギルド職員に突き返そうとしたのだが、恐ろしいことにこれは冗談ではなかった。
ヘレントスのミンシェン伯爵に続いて、今度はドルンゾーシェの侯爵からも直々にお手紙を頂いてしまったのだ。
内容は、明日の夜、ドルンゾーシェの職人や商人を集めて親交を深める目的で晩餐会を開くので、それに参加しないかという、つまりは招待状だ。
おれに手渡したタイミングなども考えると、偶然とは思えない。
ヘレントスとドルンゾーシェは昔から繋がりが深い殻都だ。
おそらくミンシェン伯爵がハッダード侯爵に何らかの働きかけをしたのだろう。
ミンシェン伯爵があのまま諦めてくれれば良かったのだが、おれをまだ巻き込むつもりでいるらしい。
今度はご丁寧に、護衛の青年も是非一緒に、と書かれていた。
ケイジュのことも筒抜けになっているとなると、いよいよミンシェン伯爵の差し金としか思えない。
おれはかなり迷ったが、ケイジュとも相談して、その場で参加の返事を出した。
疲れた頭で更に気を遣う案件を抱え込んで、おれの頭はさっきから鈍痛を訴えている。
だが、断れば更に良くない展開になることは予想できたので、参加するしかない。
おれが断るということは、おれは親父の側、イングラム家の味方だと解釈されても仕方ない。
そうなると、インゲルの福音のことや革命のことなど、余計なことを知っているおれは危険分子なのだ。
こっちは在来生物の相手で精一杯なのに、暗殺者など仕向けられたらそれこそ死ぬ。
だからひとまず参加して、おれはもうイングラム家側の人間ではないとアピールするしかない。
しかし、完全にミンシェン伯爵の協力者として認識されては困るので、その辺りの振る舞いは気を付けないとな。

「大丈夫か、セオドア」

おれが頭を抱えていると、風呂から出てきたケイジュに声をかけられた。
おれは水晶板のスイッチを切る。

「ケイジュまで巻き込んで、悪いな……」

おれは頭を垂れる。
晩餐会という名目なので、ケイジュには普通に食事を楽しんでもらいたいとは思うのだけど、やはりどうなるかはわからない。
おれの振る舞いがまずかったら、仕事を継続できるかも怪しい。
おれは胃がキリキリと痛み始めるのを感じた。

「気にするな。突拍子もない話を聞かせてきた鮮血伯爵が元凶だろう。それに、何かまずいことになったら、しばらく田舎の方に身を隠せばいい。二人で在来生物狩りをしながら隠遁するのも良いな」

ケイジュはベッドに腰掛けるおれの隣に座り、おれの背中をぽんぽんと叩いた。
その声が思ったより楽しげだったので、おれも表情を緩める。
隠遁生活か。
そうだな、いざとなれば自動二輪車でどこまでも逃げてもいいんだ。
思い切って東島の辺境に逃げてみるのも刺激的で良いかもしれない。
ケイジュが居ればそれも可能だ。
一気に心が軽くなったおれは深く息を吐きだして天井を見上げた。

「うん、そうだな、何も起きていないうちから心配しても仕方ないか」

「ああ、だから風呂に入ってさっぱりして、今日はもう休もう」

おれはケイジュの声に促されて立ち上がった。
せっかく風呂付きの部屋を取ったんだし、久々に広くてふかふかしたベッドに寝られるんだから、悩むのは一旦お終いだ。

 温かいお湯で全身さっぱりするとすぐに眠気が襲ってきた。
大あくびをしながら部屋に戻り、ケイジュが横たわっているベッドに腰掛けると、おれにつられたようにケイジュもあくびをした。
うつったな。
スラヤ村を出てからなかなか忙しない数日だったので、流石のケイジュもお疲れのようだ。
今回はベッドが二つある部屋を取れたので、おれのベッドは隣にあるのだが、少し温もりを感じたくなってケイジュの隣にどさりと横になる。
ケイジュは待ってましたとばかりにおれの肩を抱き寄せ、おれの髪を触った。
その手つきは優しい。
おれも甘えたな気分になって、ケイジュの首元にすり寄った。
ケイジュはおれの頭頂部、額、頬、まぶたと順々に口づけ、最後に唇が重なる。
風呂上がりでしっとりした皮膚同士を柔らかく押し付け合う。
ケイジュの手は肩や胸を撫でていったが、そこにいやらしさはなく、なんだか寝かしつけられているような気分になる。
おれは自分のベッドに戻ることを諦めて、もぞもぞと体勢を整えた。
おれからもケイジュに抱き着いて、引き締まった腰に腕をまわす。
体温が馴染んでいく感覚に、思わずため息が漏れた。

「……何が起きようと、何を言われようと、おれはずっとここにいる……一人で、抱え込み過ぎるなよ」

ケイジュは穏やかな声でおれに囁きながら、おれの耳飾りに触れた。
もうそこは傷口が塞がり始めているらしく、触られても痛みはない。
おれも手だけを伸ばしてケイジュの耳飾りの存在を確かめて、うっとりと目を閉じた。

「……ああ、大丈夫だ……」

疲れた身体は少しだけ不満そうに熱を訴えたけど、睡魔に押し流されて意識が遠のいていく。
おれはケイジュの体温に包まれたまま心地よい眠りに落ちていった。




しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

回々団地

BL / 連載中 24h.ポイント:456pt お気に入り:7

聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:33,155pt お気に入り:11,549

【BL】僕の恋人4

BL / 完結 24h.ポイント:1,043pt お気に入り:0

BLエロ小説短編集

BL / 連載中 24h.ポイント:1,279pt お気に入り:97

【R18】BL短編集

BL / 連載中 24h.ポイント:1,874pt お気に入り:982

お隣さんは〇〇〇だから

BL / 連載中 24h.ポイント:597pt お気に入り:9

フェロ紋なんてクソくらえ

BL / 完結 24h.ポイント:42pt お気に入り:387

蛍光グリーンにひかる

BL / 完結 24h.ポイント:7pt お気に入り:24

毒を喰らわば皿まで

BL / 完結 24h.ポイント:7,888pt お気に入り:12,784

処理中です...