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フォリオのファストフード

7話

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 仕事の募集をするためにギルドに向かう道中、少しケイジュと話し合って休暇の日数を決めた。
ひとまず5日間は休みを取り、藍月26日以降に仕事を始めることにする。
ヘレントスまでなら本格的な冬になる前に帰ってこられるはずだ。
丁度良く仕事があればいいけど、さて、どうなるか。
秋は冒険者にとって繁忙期なので、ギルド前の広場は人で賑わっている。
人をかき分けつつギルドの建物に入ると、昨日の緊急クエストの張り紙はなくなっていた。
どうやら誰かが無事にあの貴族の一団を保護してくれたようだ。
ケイジュにはギルドの入り口近くで待ってもらい、受付で仕事を募集する張り紙を作成する。
掲示板に紙を貼り付けたら、あとは依頼人が来ることを祈るだけだ。
他に用事はないので、そのまま外に出る。
しかし、ギルド前の広場に出た所で、ケイジュの足が止まった。

「まずい、あいつは、」

ケイジュは素早くおれの影に隠れて顔を隠したのだが、人混みの中でまっすぐにこちらに歩み寄ってくる男がいた。

「団長!?団長だよね!?」

嬉しそうにケイジュに呼びかけながら近付いてくる男は、長身の蟲人だった。
白と黒の縞模様の長い触角が額から二本生えていて、髪の色も白と黒が入り交じる独特な色味をしている。
肌は血の気を感じないほど白く、その中でつり上がった目だけは真っ黒でつやつやと光を反射していた。
細くて驚くほど長い足で器用に人混みをすり抜けて、おれたちがあたふたしている間にあっという間に目の前にやってきてしまう。
顔立ちも体型も純粋な人間とは違うので、見下されると独特の迫力があった。
その男は後ろのケイジュに視線を送っていたが、おれがケイジュの前に立つとおれにもにっこりと笑いかけた。
その表情は朗らかで、見た目の取っ付きにくさとは反対に人懐っこい。

「どうも。えーと、後ろにいる人って、スラヤのケイジュだよね?おれ、その人の友だちで、ザッカリーっていうんだけど……ちょっと時間もらっても良い?」

どうやら友好的な人らしいので、おれは後ろを振り返った。
ケイジュは諦めたように前に進み出ると、フードを跳ね上げてザッカリーと名乗った男と相対した。

「……ザッカリー、久しぶりだな」

ケイジュは未だに怪しむような視線を送っていたけど、ザッカリーはなおも笑顔を崩さずに嬉しそうな声を上げた。

「ああ!やっぱり団長だ!いや~ほんとごめんね~めちゃくちゃ迷惑かけちゃってさ~!とりあえず謝りたいんだけど、今時間ある?」

おれはザッカリーの言葉を聞いて思い当たることがあった。
ケイジュと出会った時、意図せず魅了してしまった部下に追いかけられていると言っていた。
もしかして、この男がその部下か?
もしかして逃げたほうが良いか?
ケイジュの顔色を伺ったら、ケイジュは意外にもほっと安心したようにため息を吐いていた。

「その様子だと、魅了は解除されているようだな……少しなら時間もある。ここは邪魔になるから移動しよう」

ケイジュの言葉におれも一安心して、おれたちとザッカリーは広場の隅に移動した。
ザッカリーはケイジュに向き合うと、いきなり手を合わせて頭を下げた。
律儀に四本の腕を全部使って合掌している。

「ほんっとにごめん!まさか自分があんなに魅了されちゃうなんて思ってもみなくて!」

ケイジュは長い溜息の後、首を横に振った。

「もういい。あの時は確かに苦労したが、もう気にしていない」

ザッカリーは頭を下げたままちらりとケイジュに視線を向けた。

「でもローレル団もおれのせいで解散することになっちゃったし、団長を急に無職にしちゃうし、友達失格だよ……」

黒い複眼は涙でうるうるしており、情けなくハの字になった眉毛は愛嬌がある。
ケイジュの傭兵団の団員はほんとに個性豊かだな。

「ローレル団の解散は最初から決まっていたことだ。遅かれ早かれ、誰かに魅了の影響が出始めたらおれは出ていくつもりだった。だから頭を上げろ。それに、お前に追われてフォリオに逃げてきたおかげで、おれは新しい雇用主にも出会えたし、上手く行ってる」

「ほんとに?ってことは、この人が新しい雇い主さん?」

「そうだ」

ザッカリーは勢いよく頭を上げて、おれの顔を見た。

「はじめまして。運び屋のセドリックです。よろしく」

イェリのことがあるので、おれは気合を入れて手を差し出した。
すると、ザッカリーはおれの手を4つの手で握ってぶんぶん上下に振り回してきた。

「わ~~!よろしく!おれはザッカリー・カナーン!元ローレル団の団員で、うっかり団長に魅了されちゃってここまで追っかけてきちゃったんだ~。もう魔法は解けてるから安心して!」

ザッカリーは純度100%の笑顔をおれに向けている。

「セドリックも気をつけてね!おれってば粗悪品の魔法よけに当たっちゃったみたいでさ~、気がついたら団長に結婚申し込んでるし、フォリオまで追いかけちゃうし、ほんと大変な事になっちゃったんだよ~」

ザッカリーは表情をくるくる変えながらまくし立てている。
確かにこの勢いで迫られたら、ケイジュじゃなくても逃げ出したくなるだろう。

「セドリックは特別で、魅了魔法が効かない体質なんだ。だからそんな心配は必要ない」

「へっ、そうなの?ふうん」

ザッカリーはようやくおれの手を解放すると、急に真顔になっておれの顔を見つめてきた。
焦点の分かりづらい黒い瞳で見つめられると、ちょっと怖気づいてしまいそうになる。
ザッカリーはすぐに目を細めて、その威圧感のある無表情を引っ込めてくれた。

「だったらよかった~!団長もやっと腰を落ち着ける場所が見つかったんだ。セドリック、団長のことよろしくね」

「え、あ、ああ」

おれが勢いに押されて頷くと、ザッカリーは嬉しそうに二本の触角をぴょんぴょんと動かしていた。

「それで、お前はここで何をしていたんだ?魅了が解けたのならヘレントスに戻ればよかっただろう。レイが心配していたぞ」

「え~~、それ聞いちゃう?っていうか聞いてよ!」

ザッカリーはまるで少女のようにはしゃぎながらケイジュに詰め寄る。

「実はおれ、フォリオのギルド職員に転職しました~!」

ザッカリーはシャツの襟に留めてあるギルドのバッヂをおれたちに見せびらかした。
おれはつい口を挟んでしまう。

「ギルド職員って、試験が相当難しいんじゃなかったか?」

ギルド職員は基本的な読み書き計算ができることはもちろん、冒険者相手でも通用する戦闘能力や交渉力、在来生物の知識なども必要となるので、なりたければ難関の試験に合格しなければならない。
かなり狭き門なのだ。
この脳天気な男がそんな実力者だったとは……。

「そ~めっちゃ難しかったけどおれ頑張ったんだよ~これも愛の力だね!」

たった一ヶ月で試験に合格したのなら、もともと能力はあったのだろう。
人は見かけによらないなあ、と感心してしまった。

「愛の力?まだ魅了魔法の影響が残ってるのか?」

ケイジュはさほど驚いた様子もなく、冷静に質問した。

「やだ~。団長は自意識過剰だなあ。おれはね、出会ってしまったんだよ、運命の人に!団長を追いかけてやってきたこの街で、情報を集めようとギルドに向かったおれは、出会ってしまった!彼女に!」

ザッカリーはうっとりと空を見上げて、大げさに手を広げた。

「まだ魅了魔法にかかっていたおれは、彼女に出会った瞬間目が覚めたんだ。黒くて艷やかな美しい瞳、小柄だけどしなやかな強さを秘めた彼女は、冷ややかな目でおれを見ていた!その瞬間、魅了魔法なんて吹っ飛んで、おれは彼女の前に跪いていた!ああ、タリア、おれの愛しい人……!」

「えっ、タリア?」

まさかの知人の名前に、流石に驚きが隠せない。
でもそうか、それでギルド職員になったんだな。

「……つまり、お前はギルドの受付嬢に恋をした拍子に魅了魔法も解除され、そのままギルド職員になってこの街に住むことにしたんだな?」

ケイジュはやれやれとこめかみを揉みながら話をまとめてくれた。

「そういうこと。団長も今はフォリオに住んでるの?」

「運び屋だから住むというほど長くは居ないだろうが……今後の拠点はフォリオだ」

「そっか~!じゃあまた今度ゆっくり飲みに行こうよ~お詫びとして奢るからさ!」

「そうだな。時間があればな」

ケイジュが少し疲れたような声色でそう答えると、ザッカリーは楽しげに触角をくるくる動かした。

「楽しみだなあ。じゃあまたね、団長!」

ザッカリーはそう言うと四本の腕をブンブン振りながら立ち去っていった。
残されたおれとケイジュはしばらく呆然とその後姿を眺めていたが、顔を見合わせて笑い合う。

「すごい陽気な奴なんだな。まるで子犬に力いっぱいじゃれつかれたみたいな気分だ」

「普段はもう少し落ち着きがあるんだが、今日は一段とはしゃいでいたな。あれでも一応、ローレル団の中核として頼りになる男だったんだ。ギルドでなら、あいつの能力も存分に生かせるだろう」

ケイジュはため息を吐きながらも、その表情は安心したように緩んでいた。
思わぬ再会で時間を取ってしまったが、そろそろ太陽が西に傾きつつある。
おれは、よし、と声をあげた。

「じゃ、買い物して家に帰るか。ケイジュは今日の晩は何食べたい?」

「少し寒くなってきたから、温かいものが良い」

「了解」

おれは家に置いてある食材を思い出しながら、商店街を目指して歩き出した。




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