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食べ頃はもう少し先

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 そこから更に一週間。
月が変わり、季節はついに秋から冬へと移り変わっていた。
在来生物の襲撃も一段落し、大規模な討伐作戦も無事に終了した。
ギルドもまだ数日は後処理で忙しいが山場は越え、お祭り騒ぎだったヘレントスも一旦は落ち着きを取り戻している。
あと二ヶ月もすれば新しい年がやってくるので、人々の財布の紐もきゅっときつくなり、ニャミニャミ堂もしばらくは閑散期だ。
そして久方ぶりに、ウォルフはきっちり一時間の昼休憩を確保できたのでニャミニャミ堂を訪れた。
店に客の姿はなく、カウンターの向こうに座っていたシグが立ち上がり、フードを跳ね上げる。
その顔が歓喜でいっぱいの笑顔だったので、ウォルフもつられて笑いながら扉を閉めた。
手早く営業中の札を休憩中に入れ替え、シグに歩み寄る。
シグが手を広げて待ち構えているので、ウォルフは勢い良く腕の中に飛び込んだ。
ウォルフのタックルの重さによろけたシグだったが、すぐに押し返してぎゅうぎゅうと強く抱き締めてくれる。

「シグ、休みが、とれた」

「そうか、やっとか、お疲れ様」

シグは万感の思いを込めて告げた。
このまま口付けて押し倒してめちゃくちゃに抱いてしまいたいが、シグはやはり楽しみにとっておこうと身体を離した。

「休みはいつになった?」

ウォルフも今暴走するのはまずいとわかっているのか、落ち着いた表情を作って答える。

「今週の木曜だ。また前みたいに、親父さんに店番を代わってもらえたり……できそうか?」

シグは頷く。
家族経営の良いところは、急に休みが取りたくなった時に気軽に頼めるところだ。
それに今は閑散期なので、父親もそんなにゴネることなく店に出てくれるだろう。

「また水曜の夜から木曜の夕方まで親父に頼むことにする。飯でも食いに行くか?」

ウォルフは少し考えて首を横に振った。

「いや、ゆっくりしたいし、おれの家で食べよう。ほとんど料理なんて出来ないから、買い食いになると思うが……」

「いいね。今日は昼飯どうする?いつ来るかわからなかったから、用意してないけど……」

「それは心配いらない。ギルドに弁当売りが来てたから、今から買ってくる。サンドイッチでいいか?」

「ああ。じゃ頼んだ」

ウォルフは再び外に出ていき、シグはその間に食卓を整えておくことにした。
久しぶりにウォルフ用のマグカップを取り出して、お気に入りの薬草茶を煮出しておく。
すぐにウォルフが二人分のサンドイッチを手に戻ってきたので、久々に二人で食卓を囲んだ。

「もうギルドの仕事は落ち着いたみたいだな」

「なんとかな。もし、おれがシグと出会わず、何でも全部自分でやろうとしていたら、きっと身体が持たなかっただろう。シグのおかげで、乗り越えられた。ありがとう」

ウォルフはシグを見つめ、真剣な声色で告げた。
シグは照れて目を合わせられず、サンドイッチに大きく噛み付いた。

「おれの力なんて微々たるもんだ。乗り越えられたのはウォルフ自身にそれだけの力があったからだろ」

「ふふ、謙虚だな、シグ」

ウォルフは前より一層柔らかくなった微笑みを浮かべている。
繁忙期を乗り越えたことで、自信を取り戻せたのだろう。
態度に余裕が見えた。
しかし、尻尾はゆらゆら揺れていて落ち着きがない。
シグは唇についたパンくずを舐めとり、挑戦的な流し目をウォルフに送る。

「余裕ぶっこいてられるのも今のうちだぜ」

シグの雰囲気が変わったことに気付いたウォルフの尻尾がもわっと膨らむ。
ウォルフの表情には隠しきれない期待が滲んでいた。
先程までどっしり構えて穏やかに食事していたのに、急に落ち着き無く薬草茶を飲み始める。
シグはわかりやすいその態度をじっとりと観察して、食べ頃はいつかを真剣に考えていた。

 昼食を終えると、ウォルフは待ちきれないように長椅子に座ってシグが来るのを待った。
まだ時間は30分以上ある。
これだけ頑張ったのだから、今までにないくらい褒められても良いはずだ。
じっくりキスもしたいし、あわよくばその先も、とウォルフの脳内はすでに発情期だ。
しかし、シグはいつも通りの少し気だるげな動作で昼食の後片付けを始め、なかなか来てくれない。
ギルドに顔を見に来てくれたときはあんなに性急なキスをしたのに、今日は嫌に落ち着いている。
ウォルフがじりじりしながら座っていると、シグがようやく振り返ってウォルフの前に歩み寄る。
それだけでウォルフの尻尾は激しく動き出して、ぱたぱたと長椅子を叩いた。

「ウォルフ、あらためて、お疲れ様。なかなか会えなくて、おれも寂しかったぜ」

シグはウォルフの頬に手をあてて、親指でウォルフの目の下をすりすりと撫でる。
薬品を触るせいか、シグの指先は皮膚も厚くなっているし、カサついている。
しかしウォルフは極上の毛布に顔を埋めているかのように目を細めて手に擦り寄った。
いよいよ犬っぽくなってきたウォルフに、シグは小さく笑う。

「よしよし、えらかったな」

そのまま両手でウォルフの顔や頭を撫でくりまわし、最後に唇にキスをする。
しかし挨拶程度の軽いものに押しとどめてすぐに顔を離した。
ウォルフは拍子抜けした顔でシグを見上げた。

「シグ……?」

きっと今日は身体の境目がわからなくなるくらいのキスができると思っていたのに、一向にそれを与えてくれない。
ウォルフの手がシグの身体にのびてぎゅうと抱きしめたが、シグは温かく抱きしめ返すだけで、全く性的な匂いがしない。

「ウォルフ、今日はこれで我慢な」

シグはウォルフの頭を抱きかかえて優しく顔の輪郭を撫でた。
ウォルフはここに来ての焦らしに思わず泣きそうになったが、なんとか年上の男のプライドを保って涙をこらえる。
しかし、つい拗ねた声でシグを詰ってしまった。

「こんなに頑張ったのに、これだけしかしてくれないのか?」

「ん~?ちゃんとよしよししてるだろ?」

シグはウォルフの右耳にちゅっと音を立ててキスを落とすが、すぐに宥めるように背中を撫でる。

「もっと、キスしてくれ」

ウォルフがたまらず強請ると、シグはきちんと応えてウォルフの唇に触れるだけのキスをする。
口を開けて舌を伸ばそうとするとすかさず顔を離してそれ以上は応えない。
ウォルフはシグを睨みつけたが、シグはひどく楽しそうに目を細めるだけだ。
またシグはおれを最後までとっておくつもりだ、とウォルフは確信して歯噛みする。

「シグ、ここまで来てお預けはないんじゃないか」

ウォルフは低い声で唸ったが、シグは笑みを崩さない。

「ここまで来たからこそ、だろ?明後日まで我慢するだけだ。出来るよな?」

シグは縦長の瞳孔をやや太くしながらウォルフに迫る。
有無を言わせない口調にウォルフは耳をぺったりと伏せて、唇を噛みながらゆっくり頷く。
シグはそれを見届け、ウォルフの隣に座った。

「恋人として甘やかすのはお預けだけど、それ以外のことなら何でもしてやるよ。膝枕してやろうか?」

ウォルフは今そんなことされたら焦れて辛いだけだ、とわかっているのに頷いてしまった。
シグは衝動を堪えているために強張ったウォルフの身体を引き寄せて、横になるように誘導した。
以前と同じようにウォルフの頭を膝に乗せ、子供を寝かしつけるように肩をぽんぽんと軽く叩く。
ウォルフはぎゅっと身体を縮めたまま、シグのお腹側に顔を向けて腰に抱きつく。
ローブに隠れていていつもはわからない、シグのしっかりした腰と腹筋の硬さを感じてウォルフは目を強く閉じる。
股間が熱を持って苦しいのに、そこから離れられない。
せめてシグも勃起していれば良いのに、とわざと股間に顔を擦り寄せると、流石にシグも表情を歪めた。
ウォルフは頬にしっかりと熱を持った膨らみを感じて恍惚とする。
服の生地が厚いので形はわからないが、しっかり反応している。
シグも、手を出したくてたまらないのは同じなのだ。
ただ、シグは我慢しているときも楽しめる性癖を持っているだけで。
シグは苦笑しながらウォルフの頭を撫でる。
しかしその間もウォルフは脈動するシグの熱を感じていた。
鼻先を股間に埋めて匂いを吸い込めば、ローブに染み付いた薬草の匂いの向こうに、はっきりと生臭い男を感じる。
ウォルフは今すぐ服を脱ぎ散らかして生身の匂いを感じたくなったが、服を握りしめることでその欲望を押し込める。
今これだけ辛い思いをして耐えているのだから、きっとそれを解放できたときは頭がおかしくなるくらい気持いいはずだ。
ウォルフは少しだけシグの気持ちもわかった気がして、ひたすら大人しくシグに抱きついていた。






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