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ギルド職員はよしよしされたい
しおりを挟むその日、ウォルフは爽快な気分で仕事を終えた。
ずっと心に引っかかっていたとある事案が、ようやく解決したのだ。
しかも、今日は水曜日だ。
他のギルド職員はようやく週の真ん中を越えた所なので、まだ浮足立つような様子はないが、ウォルフにとっては週末である。
シグと相談した通り、ウォルフは上司に日曜日の出勤を願い出て無事に認められ、その代わり木曜日を休みにしてもらった。
シグも同じようにシュガルに頼み、ウォルフと休みを合わせてくれている。
ただ、ニャミニャミ堂の営業時間は深夜に及ぶため、シグの休みは水曜の夕方から翌日の夕方までと定められた。
とにかく、ウォルフはご機嫌で帰路を辿っていた。
シグはもう店で待つことはなく、直接ウォルフの自宅に行っているはずだ。
先週の休みの時にすでに合鍵は渡してある。
本格的な冬を迎えたヘレントスは指先がかじかむような寒さだったが、ホクホク顔のウォルフには関係なかった。
「ただいま」
ウォルフは自宅の扉を開け放ち、元気よく帰宅した。
その声を聞いたシグがのそのそと玄関に出迎えに来て、ウォルフの胴体にがっしりと抱き着く。
「おかえり」
熱烈な歓迎だが、シグの表情はさほど動いていない。
蛇人であるシグは寒さに滅茶苦茶弱い。
暖房のきいた部屋にいれば平気だが、外を少し歩くだけで身体が強張って表情が動かなくなってしまうそうなのだ。
ウォルフはまだ冷たいシグの顔を両手で挟み、熱を分け与えるように柔らかいキスをした。
逆に、ウォルフは寒さには強い。
冷え性などとは縁がなく、いつでも指先までぽっかぽかだ。
ウォルフに温もりを分け与えられたシグの表情が徐々に和らぎ、キスにも湿っぽい音が混ざり始める。
初めて身体を繋げた日から3週間ほど経ったが、こうして玄関で盛り上がってしまうこともまぁまぁあった。
外に声が漏れないようにシグに口を塞がれ、立ったまま尻を犯された時は背徳感でそれはもう興奮したものだ。
しかし今日はシグがまだ寒そうにしているので程々の所で切り上げて、ウォルフは暖房がある居間にシグを押し返した。
魔石を利用したストーブはまだ付けたばかりらしく、部屋の中はひんやりしている。
しかし台所には調理中らしい食材が転がっていた。
「シグ、身体が温まってないのに無理して動かなくても良いんだぞ?」
「うん、けど、なんにもせずに暖を取ってるのもなんか、落ち着かなくて」
根っからの尽くすタイプであるシグは、恋人の部屋に上がり込んで何もせずにいるというのは有り得ないらしい。
シグはようやく滑らかに動き出した手を握ったり閉じたりして、台所に入っていく。
ウォルフもそれにくっついて移動し、紙切れをじっと睨みつけているシグを後ろから抱き締める。
「今日は、何を作る予定なんだ?」
「スープと、このローストチキンとやらを作ってみる。焼くだけだったらおれにも何とかできるかもしれない」
何でも器用にこなしそうなシグだが、実は料理が出来ない。
製薬とは違い、量が正確には決まっていない所が難しいらしい。
初めて料理に挑戦したシグが、塩少々ってどのくらいだよ!数字で書けよ!とレシピに向かって激怒していたのを思い出して、ウォルフはこっそり笑う。
「シグはもう少し温まっててくれ。水を触ってまた冷えたら良くないし、包丁は危なっかしいから持たせたくないし……シグはおれに指示を出してくれるか?」
シグは悔しそうにしていたが、ウォルフの言うことに従ってレシピを読み上げ始めた。
料理の才能はウォルフのほうがあるらしく、前にシグが料理を作ったときも、最後に味付けをしてきちんと料理として仕上げたのはウォルフだ。
腕まくりをしたウォルフは早速スープに入れるキャベツをむしり始める。
しばらくして、大の男二人で料理するには狭過ぎる台所に、美味しそうな匂いが漂い始めた。
何とかレシピ通りに出来上がった料理が食卓に並び、二人は食卓につく。
レシピ通りに作ったはずなのに、二人分には量が多い。
シグは、キャベツの葉っぱの適量なんてわかるわけないだろ!とまだ鼻息が荒い。
ただ、味付けはウォルフが担当したのでちゃんと美味しくできていた。
ウォルフは食べながら、美味しく出来たし良いだろう、と宥めたのだが、シグは腑に落ちてない顔をしていた。
こんなつもりじゃなかったのに、と呟いていたので、シグの予定では手際よく料理を作ってウォルフにご馳走して喜んでもらうつもりだったのだろう。
ウォルフは苦笑しながらシグをフォローする。
「シグ、料理まで完璧にやらないでくれ。ただでさえ掃除やら洗濯やらをシグにやらせてしまってるし……これ以上お世話されたらおれがダメ人間になってしまう」
シグはカリッと焼けたローストチキンをもぐもぐ咀嚼して、ちょっとため息をついた。
美味しくできているのが悔しい、という顔だ。
「おれはウォルフを、おれが居ないとダメな人間にしたいんだよ……」
「おれは十分、シグが居ないとダメになってるさ。今はシグに褒められないと仕事に行くやる気も出ないし、出会う前は食事も睡眠もまともにとってなかったし……もし、あのとき、ニャミニャミ堂に行ってなかったら、どうなってたか想像できない……仕事、辞めてたかもな」
もう随分と前のことのように思える日々を思い出して、ウォルフは目を伏せた。
「だから、やっぱりおれにはシグが居ないとダメだ」
眉を下げて、ふんわりと笑ったウォルフを見て、シグもようやく笑い返した。
「……おれも、今じゃ、ウォルフが居ないとダメだ……愛してる」
さらりとシグが告げるので、ウォルフは照れて視線をそらした。
しかしちゃんと、おれも愛してる、と返事はする。
食卓に甘ったるい空気が漂い、シグの足先がウォルフのスネをするりと撫でていった。
食事を終えた二人は、長椅子に腰掛けて今日あった出来事などを話して時間を過ごす。
ウォルフは今日のあの出来事を話してもいいだろうか、と迷いながらシグの話を聞いていた。
ウォルフの落ち着かない気持ちは尻尾と耳にわかりやすく出ていたので、シグは一通り話し終わった所でウォルフに話題を振る。
「で、ウォルフも話したいことあるんだろ?聞かせてくれ」
ウォルフはピンと耳と尻尾を立ててシグの顔を見つめる。
それから自信なさげに耳を伏せながら、実は、と口火を切る。
「シグに、こんなことを言うのは無粋とはわかっているんだが……その、全く関係がないというわけでもないし……聞いてくれるか?」
シグはウォルフの膝に手を置いて、すりすりと撫でる。
そして柔らかく微笑みかけて続きを促した。
ウォルフはその手を見下ろしながら、静かに言葉を紡いだ。
「……おれが、冒険者だったときに所属していたパーティーが、今日、中級から上級に昇格したんだ」
シグはどう反応していいか咄嗟にわからず、曖昧な表情でウォルフを見つめる。
ウォルフが怪我で冒険者を引退した後も、パーティーは冒険者を続けており、新しく重戦士を迎えて上級冒険者を目指しているのだと聞いていた。
中級から上級に昇格するというのは、すなわち冒険者として成功したということになる。
普通なら喜ばしいことだが、ウォルフの心境を思うと無邪気に喜べない。
つまり、ウォルフの力が無くとも、彼らは成功したということなのだ。
しかし、ウォルフは穏やかにシグに笑いかけた。
「もっと複雑な気持ちになると思っていたんだけどな……けど案外、そうはならずに祝福できた。おれの中にあった、冒険者への未練、みたいなものはいつの間にか小さくなってたみたいだ」
それを聞いて、シグもようやく肩の力を抜くことができた。
ウォルフは落ち着いた表情のまま続ける。
「それとリーダーも、結婚するそうだ。前々から、上級に昇格できたら結婚しようと誓いあった恋人が居たらしくてな」
シグの指がぴくりと動く。
リーダーとはウォルフと同郷の血の繋がっていない兄のような存在で、そして、ウォルフのかつての想い人のことだ。
長く片思いをしていたようなので、ウォルフのショックはいかほどか、とシグは不安になったが、ウォルフは平静なままシグを見る。
「いつか、そういう話を聞くことになるだろうと予想はしていたし、その時はヤケ酒でもして盛大に失恋しようと思ってたんだけどな……全然、そんな気分にはならなかった。友人として、幼馴染として、普通に嬉しかったよ」
ウォルフはシグに向き直り、膝に置かれていたシグの手をぎゅっと握った。
「シグが居てくれるから、いつの間にか決別できていたんだ。やっと、未練はなくなったんだと、確信できた」
ウォルフの表情は心底幸せそうだった。
シグは目頭がつーんと痛みを訴えたので、それを見られまいとウォルフの肩に顔を埋めて抱き着いた。
ウォルフが片思いしていたことは認識していたし、それよりも自分を選んでくれたのだから十分だ、とシグは思っていた。
けれど、心の隅っこにはずっと引っかかっていたのだ。
そんな小さなわだかまりも綺麗に無くなって、ウォルフの全部がついにシグのものになった。
シグは力いっぱいウォルフの厚い身体を抱き締め、口付けた。
ただ押し付けるだけの、単純なキス。
しかしその必死さに、ウォルフはシグからの愛を実感した。
しかし、強欲になってしまったウォルフは、唇を離したシグをうっとりと見つめて強請る。
「シグ、未練を断ち切れたおれは、えらいよな?」
ウォルフの精悍な顔立ちがとろりと淫靡に微笑む。
こんなに欲深で甘えん坊な男の顔を、シグは見たことがなかった。
シグの中にある凶暴性と慈愛が同時にこみ上げて、薄い唇が三日月のように吊り上がる。
「ああ、えらい。ウォルフ、がんばったな」
シグの言葉にウォルフの笑みが深くなる。
しかし赤錆色のの瞳は挑発するようにシグを見ていた。
「じゃあ、いっぱい、よしよししてくれ」
シグは甘美なその言葉に舌なめずりをして、ウォルフの頬に手を当てる。
「いいぜ。ウォルフ、後悔すんなよ」
ウォルフは返事の代わりに、シグの唇にキスをする。
後悔させられるものならさせてみろ、とウォルフの目は笑っていた。
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