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12話

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 翌朝、二人は明るい日差しに瞼を焼かれて目を覚ました。先にはっきりと覚醒したレグルスは勢い良く起き上がると辺りをキョロキョロと見回した。見慣れない部屋と床に直接敷いた布団、隣に寝ているニクスを確認して自分がどこにいるのかをようやく思い出す。昨夜、体力が尽きるまでニクスと睦み合ってそのまま寝てしまったので、旅館に宿泊したことも一瞬忘れていた。ニクスと思いが通じ合った時から夢を見ていただけなのかもしれないとも思ったが、レグルスは自分もニクスも服を着ていないこと、それから隅の方にくしゃくしゃになって丸まっている浴衣の残骸を目にして深く息を吐いた。どうやらあれは現実だったらしい。頭が蕩けそうなほどに浴びせられた好きという言葉と、情熱的なニクスの愛撫も思い出して、レグルスは照れ臭そうに口元をもごもごさせる。ニクスも目を覚ましてはいたが、あまりに眩しいので目を開けられず、ううー、と唸って布団を頭に被った。ニクスよりは眩しさに耐性のあるレグルスは、しぱしぱと瞬きをしながら窓際に這い寄り障子を閉めて光を遮る。しばらくするとニクスもようやく布団から顔を出して、レグルスを眩しそうに目を細めながら見やった。

「おはよ」

その声は甘く幸福感に満ちていて、レグルスは微笑み返す。

「おはよう……大丈夫?」

かなり遅い時間まで体を重ねていたので疲れが残っていないかとレグルスは心配していたのだが、ニクスは不敵ににやりと笑う。

「大丈夫じゃないかも」

その言葉とともにレグルスはニクスに腕を掴まれて引き寄せられた。そのまま唇に吸い付かれて、朝の挨拶としては少々濃厚すぎるキスをする。すっかり慣れた様子でレグルスの唇をひと舐めしたニクスは、レグルスを解放して顔を覗き込む。

「昨日あんなにしたのに、もう足りない」

ニクスのふわふわした尻尾の先端がレグルスの背中を撫でる。レグルスはくすぐったさに笑いながら、ニクスの悪戯な尻尾を押しやった。

「だめだめ、続きは帰ってからね」

レグルスは無邪気に笑いながら言ったが、ニクスはムラっとしていた。そう、続きがあるのだ。昨日過ごした時間だってニクスにとっては刺激的でめくるめくものだったが、あれで終わりではない。準備さえ出来れば、もっと凄いこともできる。ニクスは早く先に進みたい気持ちに突き動かされて、すぐに起き上がった。朝の清く眩い光の中で素肌を晒すレグルスを見ているとうっかりまた欲情してしまいそうなので、一旦浴衣を羽織って立ち上がる。ぐしゃぐしゃになった布団を簡単に整えて、昨日の行為の形跡が残っていないか確認した。昨日寝落ちする前にちゃんと浄化魔法をかけておいたので、布団や身体に汚れはない。しかしレグルスの首筋や胸元、背中にまでニクスがつけた鬱血痕が残っていて、ニクスは慌ててレグルスの肩に浴衣をかけた。

「ごめん、襲いたくなるから、早く着替えて」

「えっ、あっ、うん」

レグルスはちょっとしどろもどろになりながら浴衣で胸元を隠し、着替えをするために隣の部屋に向かう。昨夜、ニクスが自分を抱きたいと言っていたのは一時の気の迷いじゃなくて本気なんだ、と改めて思い知らされて鼓動が早くなった。昨夜だってニクスの方から積極的に求められて、あの長い指で何度も絶頂まで押し上げられたのに、レグルスの腹の奥に熱が燻る。レグルスは朝から良くない方向に逸れていこうとする思考を振り払うように、手早く着替えを済ませた。

 帰りの馬車は昼頃に出発する予定だ。そのまま街道の途中で夜を明かし、次の日の昼にヘレントスに到着するのである。二人は朝にもひとっ風呂浴びてスッキリしたあと、旅館を出て温泉街をぶらつくことにした。温泉卵や温泉の蒸気で蒸した饅頭などを食べ歩きし、土産物屋もいくつか覗いてみた。レグルスは温泉成分入りの石鹸を見つけ、手にとって匂いを嗅ぐ。おそらく女性向けのお土産なのだろう。様々な香り付けがされていて、選ぶのが楽しい。いくつかお土産に買っていこうとレグルスが楽しそうに物色し始めたので、ニクスは少しレグルスから離れて一人で店内をうろつくことにした。木彫りの置物や温泉を使って染めた布などをしばらく見物していると、土産物屋の奥に布で仕切られたちょっと怪しげな棚があることに気付いた。興味本位でそこを覗くと、棚に並んでいるのは液体の入った瓶、薄い冊子、それから奇妙な形をした魔道具などだった。ニクスはその正体を確かめるために仕切りの中に入り、冊子の表紙の文字を読む。そこには「女性を悦ばせる10の方法」「これを読めばあなたも性魔法マスター!」などといういかがわしい文言が乱舞していた。ニクスの尻尾がぶわっと膨らんで、慌てて周りを見回す。布のおかげで他の客の視線も遮られているし、店主は別の客に置物を売り込むことに夢中になっている。ニクスはほっとして改めて棚に並んでいる冊子の文字を読む。どれもちょっと卑猥な内容だ。温泉街ともなれば、そういう目的で宿に泊まる人もそこそこ居るのだろう。表の通りから少し奥に入れば娼館もいくつかあるし、恥をかきたくない客はこういう冊子や道具を購入していくのかもしれない。ニクスは冊子の中から男同士の性交に役立つものがないかと素早く表題を確認した。あまりおおっぴらにしている同性カップルは見かけないが、それなりに数がいることはニクスも知っている。需要はあるはずだ。
ニクスの読み通り、棚の端っこにひっそりと同性愛者向けの指南書も置いてあった。ずばり「安全な男同士の性交の方法」である。結構厚みもあり、ここで立ち読みするには厳しい文量だ。ニクスはぱらりとめくって内容を確かめると、文字が見えないように裏側を向けて人から見られないうちに急いで仕切りから出た。先程見つけた温泉染の手ぬぐいと川の景色を模写した絵葉書も手に取り、その指南書を紛れ込ませて会計係の店員のもとに向かう。幸い店員は深いシワを刻んだおじいちゃんだったので、ニクスは恥ずかしさをこらえてそれらを購入した。会計時、おじいちゃんはにやりと笑ってニクスを見たが、特に何も言わずに金を受け取り、その商品を紙袋に入れて手渡してくれた。ニクスは気まずさで顔がこわばって恐ろしい目つきになっていたので、他の客はニクスを遠巻きにしている。無事にこれからの指針を手に入れたニクスは紙袋を荷物の中に押し込むと、ようやくほっと息を吐いてレグルスと合流した。レグルスはやっと買うものを決めたところで、ホクホク顔で石鹸を持っていた。

「ごめんね、色々種類があったからなかなか決められなくて。ニクスは何か買わなくていいの?」

「あっ、ああ、大丈夫。温泉染の手ぬぐい買った」

「へえ、それもいいね」

レグルスは自分の戦利品に気を取られていて、ニクスが挙動不審になっていることには気づかなかった。無事にそれぞれの買い物を終えた二人は、その後ものんびりと散策を続け、昼過ぎには再び馬車に揺られてケーロンを後にした。こうして二人の短いながらも濃厚な温泉旅行は幕を閉じたのである。

 休暇最終日。この日レグルスは食材や消耗品を買うために市場に向かい、留守だった。ニクスも普段はそれについて行って、荷物持ちをしたりおやつをねだったりするのだが、今日は部屋の掃除をするからと言って家に一人残っていた。レグルスが出ていってからすぐに掃除を手早く済ませたニクスは、満を持して机の引き出しに隠していた指南書を引っ張り出した。そしてごくりと生唾を飲み込んで冊子を開く。ニクスは尻尾をぴんと立てたまま、貪るように読み始めた。

 旅行から帰ってきた日の夜も二人は熱い夜を過ごしたのだが、行為の内容としては前回と同じだ。レグルスはまだ本番のセックスに必要なものが手元にないから、もう少し待ってほしいとニクスに告げていた。ニクスも心の準備ができていなかったのでその提案をすぐに受け入れ、レグルスのベッドに二人で寝転んで甘い時間を過ごしたのである。ちなみに、ニクスは初めてレグルスの部屋に入ったのだが、レグルスの部屋は暖色のカーテンと敷物で色味が統一されており、小さな木彫りの置物が窓際にきちんと整列して並んでいて可愛らしい印象を受ける部屋だった。大柄なレグルスのために特注したというベッドはニクスと二人で寝ても十分な広さがあったので、ニクスはその夜レグルスの部屋で眠った。これからもレグルスの部屋で眠ることが多くなりそうなので、ニクスは早々に自分の部屋の毛布をレグルスのベッドに運び込んでいる。

 話をもとに戻すと、ニクスはレグルスを抱くための知識を取り入れるべく、真剣な顔で冊子を読み進めた。途中恥ずかしさで目をそらしたり、生々しい挿絵に驚いたりしながらも、ニクスは驚くべき速さで知識を吸収し、読了した。内容は大変役に立つものだった。男同士の性交についてふんわりとしたイメージしか持っていなかったニクスは、大きなため息とともに冊子を机の上に置き、いつの間にか額に浮いていた汗を拭う。どっと疲れが押し寄せてくるような感覚はあったが、おかげでニクスの覚悟は決まった。ニクスは自分の手を見下ろすと、早速手に入れた知識を元に魔法の練習を始めた。男同士のセックスでどうしても必要となるのが、洗浄だ。もともとそういう目的でない所に挿入するわけだから、それを怠れば抱く方も抱かれる方も大変なことになる。指南書にはその洗浄の仕方も丁寧に解説されていたが、この手順は浄化魔法が使えるのならそれで代用できるという話だった。通常の浄化魔法は物や身体の表面に使うのだが、身体の内側に使えれば手軽に清潔な状態にできる。ニクスは毒物を飲み込んでしまったときの対処法として口の中や胃の中に浄化魔法を使うことは練習していたので、それを下半身にも使えるようにすれば良いわけだ。更に水を操る魔法と、特定の植物の成分を用いれば、直接体内に潤滑剤を生成することもできる。いわゆる性魔法と呼ばれるそれらの練習を、ニクスはレグルスが帰宅するまで熱心に続けたのだった。
 



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