9 / 158
グレイセル王国からの逃亡
回復の魔法
しおりを挟む
アイザック兄さんがのっそりと動き始め、フラフラとした足取りで僕についてきた。あの家で死ぬことは諦めたようだ。
今からすることは兄さんにとって残酷なことかもしれない。でも僕は見てられなかった。初めて会った日のことを思い出す。大きな身体、しっかりとした足取り、力強い目。
兄さんを抜け殻にした全てに腹が立った。母に1日中理不尽に罵られてもここまで腹は立たない。頭が沸騰しそうな純粋な怒りだ。
「兄さんここに寝転がって」
兄さんは僕が示した場所になんの抵抗もなく寝転がり、虚空を見つめている。
「ここはね、僕の秘密基地なんだ。何をしてもバレない。1年かけて調査した、村で1番人の目がないとこだよ!すごいでしょ!」
兄は声を出さず頷いている。多分僕の言ってることの半分も理解していないだろう。
「ここでたくさん魔法の練習をしてるんだ。実際にいろんな魔法を使って魔物を倒してる。今までは使う必要がなかったから、聖属性魔法の《回復》を使ったことがなかった」
「でもさ、兄さん言ってたよね?せめて脇腹の傷が治るまではここに居させてほしいって」
「ああ」
兄さんが返事をしてくれた。僕はそのまま言葉を続ける。
「僕に回復を使わせてよ。返事は聞かない。勝手にやらせてもらうね」
膝立ちになって兄さんのお腹に手を置く。
「痛くない?」
「ああ」
僕の好きなようにさせてくれるらしい。
さっそく《回復》を使おうと思ったら前世の知識が浮かぶ。
『回復の魔法を使う前にレントゲンの要領で身体の状態を確認する?』
たしかに無属性魔法だったら出来そうだ。さっそく試してみたらすんなり上手くいった。
うわーこれは痛いだろうな、よく我慢してたな。思わず眉を顰める。全身ボロボロだ。神経が切れてる。剣が握れない原因はそこか。脇腹以外にも裂傷がある。何ヶ所か骨にヒビが入ってる。過去に負った古傷や骨折跡もたくさんある。たくさんの人を守るためにボロボロになってあの顛末。僕は気づかないうちに涙を溢していた。
「どうした」
「ごめんね。兄さん頑張ったんだなって。今回のことだけじゃなくて、ずっとずっと頑張ってたんだって分かって。兄さんの身体を見たら堪え切れなくて。辛いのは兄さんなのにね」
兄さんの目がわずかに見開く。
「そうか。俺のせいですまない」
「兄さんのせいじゃないよ」
兄さんの身体を隅々まで診て確信した。
『僕の力を使えば兄さんはまた剣を握れる』
本来なら兄さんに治療の意思を確認するべきだ。でも今の兄さんは治療を断るだろう。
もしも兄さんが、再び剣を握れることに絶望して、自分を殺してくれと懇願してきたら僕は兄殺しの咎を一生背負い続けよう。
「目をつぶって」
「ああ」
「聖属性魔法《回復》」
魔力がぐんぐん減っていくが許容範囲だ。
この世界の魔法はイメージが具体的であるほど威力を発揮する。失敗は許されないが、前世の知識が僕を導いてくれる。
僕は兄さんを治すことに全神経を集中させた。
終わった。やりきった。兄さんの怪我は完治した。後遺症もない。他の不調も治したからむしろ以前より動けるようになったかもしれない。
覚悟はしていたが今後のことを考えて身震いする。
兄の目がゆっくりと開く。その顔は驚愕に染まっていた。
「ルカ、お前は何者だ」
ここで話は冒頭に戻る。
今からすることは兄さんにとって残酷なことかもしれない。でも僕は見てられなかった。初めて会った日のことを思い出す。大きな身体、しっかりとした足取り、力強い目。
兄さんを抜け殻にした全てに腹が立った。母に1日中理不尽に罵られてもここまで腹は立たない。頭が沸騰しそうな純粋な怒りだ。
「兄さんここに寝転がって」
兄さんは僕が示した場所になんの抵抗もなく寝転がり、虚空を見つめている。
「ここはね、僕の秘密基地なんだ。何をしてもバレない。1年かけて調査した、村で1番人の目がないとこだよ!すごいでしょ!」
兄は声を出さず頷いている。多分僕の言ってることの半分も理解していないだろう。
「ここでたくさん魔法の練習をしてるんだ。実際にいろんな魔法を使って魔物を倒してる。今までは使う必要がなかったから、聖属性魔法の《回復》を使ったことがなかった」
「でもさ、兄さん言ってたよね?せめて脇腹の傷が治るまではここに居させてほしいって」
「ああ」
兄さんが返事をしてくれた。僕はそのまま言葉を続ける。
「僕に回復を使わせてよ。返事は聞かない。勝手にやらせてもらうね」
膝立ちになって兄さんのお腹に手を置く。
「痛くない?」
「ああ」
僕の好きなようにさせてくれるらしい。
さっそく《回復》を使おうと思ったら前世の知識が浮かぶ。
『回復の魔法を使う前にレントゲンの要領で身体の状態を確認する?』
たしかに無属性魔法だったら出来そうだ。さっそく試してみたらすんなり上手くいった。
うわーこれは痛いだろうな、よく我慢してたな。思わず眉を顰める。全身ボロボロだ。神経が切れてる。剣が握れない原因はそこか。脇腹以外にも裂傷がある。何ヶ所か骨にヒビが入ってる。過去に負った古傷や骨折跡もたくさんある。たくさんの人を守るためにボロボロになってあの顛末。僕は気づかないうちに涙を溢していた。
「どうした」
「ごめんね。兄さん頑張ったんだなって。今回のことだけじゃなくて、ずっとずっと頑張ってたんだって分かって。兄さんの身体を見たら堪え切れなくて。辛いのは兄さんなのにね」
兄さんの目がわずかに見開く。
「そうか。俺のせいですまない」
「兄さんのせいじゃないよ」
兄さんの身体を隅々まで診て確信した。
『僕の力を使えば兄さんはまた剣を握れる』
本来なら兄さんに治療の意思を確認するべきだ。でも今の兄さんは治療を断るだろう。
もしも兄さんが、再び剣を握れることに絶望して、自分を殺してくれと懇願してきたら僕は兄殺しの咎を一生背負い続けよう。
「目をつぶって」
「ああ」
「聖属性魔法《回復》」
魔力がぐんぐん減っていくが許容範囲だ。
この世界の魔法はイメージが具体的であるほど威力を発揮する。失敗は許されないが、前世の知識が僕を導いてくれる。
僕は兄さんを治すことに全神経を集中させた。
終わった。やりきった。兄さんの怪我は完治した。後遺症もない。他の不調も治したからむしろ以前より動けるようになったかもしれない。
覚悟はしていたが今後のことを考えて身震いする。
兄の目がゆっくりと開く。その顔は驚愕に染まっていた。
「ルカ、お前は何者だ」
ここで話は冒頭に戻る。
172
あなたにおすすめの小説
嫌われ者の長男
りんか
BL
学校ではいじめられ、家でも誰からも愛してもらえない少年 岬。彼の家族は弟達だけ母親は幼い時に他界。一つずつ離れた五人の弟がいる。だけど弟達は岬には無関心で岬もそれはわかってるけど弟達の役に立つために頑張ってるそんな時とある事件が起きて.....
【完結】我が兄は生徒会長である!
tomoe97
BL
冷徹•無表情•無愛想だけど眉目秀麗、成績優秀、運動神経まで抜群(噂)の学園一の美男子こと生徒会長・葉山凌。
名門私立、全寮制男子校の生徒会長というだけあって色んな意味で生徒から一目も二目も置かれる存在。
そんな彼には「推し」がいる。
それは風紀委員長の神城修哉。彼は誰にでも人当たりがよく、仕事も早い。喧嘩の現場を抑えることもあるので腕っぷしもつよい。
実は生徒会長・葉山凌はコミュ症でビジュアルと家柄、風格だけでここまで上り詰めた、エセカリスマ。実際はメソメソ泣いてばかりなので、本物のカリスマに憧れている。
終始彼の弟である生徒会補佐の観察記録調で語る、推し活と片思いの間で揺れる青春恋模様。
本編完結。番外編(after story)でその後の話や過去話などを描いてます。
(番外編、after storyで生徒会補佐✖️転校生有。可愛い美少年✖️高身長爽やか男子の話です)
【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
この世界は僕に甘すぎる 〜ちんまい僕(もふもふぬいぐるみ付き)が溺愛される物語〜
COCO
BL
「ミミルがいないの……?」
涙目でそうつぶやいた僕を見て、
騎士団も、魔法団も、王宮も──全員が本気を出した。
前世は政治家の家に生まれたけど、
愛されるどころか、身体目当ての大人ばかり。
最後はストーカーの担任に殺された。
でも今世では……
「ルカは、僕らの宝物だよ」
目を覚ました僕は、
最強の父と美しい母に全力で愛されていた。
全員190cm超えの“男しかいない世界”で、
小柄で可愛い僕(とウサギのぬいぐるみ)は、今日も溺愛されてます。
魔法全属性持ち? 知識チート? でも一番すごいのは──
「ルカ様、可愛すぎて息ができません……!!」
これは、世界一ちんまい天使が、世界一愛されるお話。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる