幼馴染たちは恋をする

久野真一

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一年前に絶縁した「元」幼馴染から謝罪されたけど、何故か「なんでもしますから付き合ってください」と告白された件

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(さむさむ)

 どんよりとした空模様の中二階建ての我が家にたどりついてほっと一息だ。
 手袋をしていても手がかじかむ寒さだ。

「ん?」

 玄関前の郵便受けをのぞいてみると、白無地しろむじ和封筒わふうとう。親父かお袋の友達か誰かか?

 封筒を取って差出人を見たのだけど……息が止まるかと思った。

 差出人の名前は海原由奈うみはらゆな
 幼馴染で一年前に絶縁状を叩きつけた忌々しい相手だ。
 俺んちの右隣に住んでいるけど、顔を合わせても完全無視。
 顔を合わせるたびに何か言いたそうにしてくるけど、言葉を交わしてしまったら何かがぐらつきそうだ。今でも時折あの時・・・の真意を尋ねたく思いつつも何も言わないでいる。

 普通の友達だったら、縁を切って未練も残さずにいられたけど、家族のようであって、でも家族そのものではない相手への気持ちは複雑だ。

 とりあえず部屋に戻って暖まろう。奴からの手紙を読むのはそれからだ。

◇◇◇◇

河合大介かわいだいすけ様……か」

 海原からの手紙というと縁を切る前のさらに一年前の年賀状を思い出してしまう。

(無心、無心)

 封筒を切って白色で高級感溢れる便箋びんせんを取り出す。

(しかし……)

 和封筒に丁寧に折りたたまれた美しい便箋は何かチグハグだ。

 顔を思い出さないようにしながら、最初の一行に目を留めると、
 
拝啓はいけい 河合大介様かわいだいすけさま

 とあった。

【丁寧に書いてみようと思ったけど、うまく書けないや。ごめんね】

 次の一行で急に親しげになった。

【まずは一年前の事を書くね。ほんとうにごめんなさい。許されないことをしたよ】

 妙な言い訳でもしたくなったんだろうと斜めに構えていたのに。
 書き出しは簡潔なものだった。

「もう遅いっつーの」

 あの件の数日後だったならまた違っただろう。
 言い訳をしないのはせめて潔くというところだろうけど。

(でも……)

 絶縁は少しやり過ぎだった。
 顔を合わせたら挨拶くらいしてやってもいいかもな。
 仲の良い家族のような関係には戻れなくても。

(後は何が書いてあるのやら)

 この一年間、徹底して奴からの連絡方法を断ち切って来た。会っても口を利かない。話しかけられても無視。ラインはブロックしたし、メールは即ゴミ箱行き。クラスだって別だ。色々悩んだ末に手紙という手段を取ることにしたんだろう。

 近況でも書いてあるのかもしれない。
 読んだらブロックは解除して、会ったら挨拶くらいはしようか。

【だから、ずっと前からの気持ちだけを書くね。大好きです】

「えええ!?」

 知らず大声を出していた。
 なんで唐突な告白?
 
【あの陰口だけど、好きだって友達に気づかれたくなかったから見栄張っちゃったの。それで縁切られるんだから世話ないよね。本当に自己嫌悪。それよりも大ちゃんをすごく傷つけちゃった】

 続く言葉に手汗が滲むのを感じる。
 文字がブレブレで海原も心が揺れ動きながら書いたのだとよくわかる。

(なんだよ)

 思い出が憎しみに変わったからこその縁切りだったのに。
 本音じゃなかったと?

 唐突に涙がジワリとこみあげて来るのを感じる。
 一年前の思い出が脳裏にフラッシュバックする―

◆◆◆◆一年前◆◆◆◆

 由奈ゆなは昔から同い歳なのに俺に姉貴風を吹かせたがる奴だった。

 毎朝うちまで起こしに来たがる。うちは共働き家庭だけど、小学校高学年にもなれば規則正しく起きて朝食を作ってと自分の事は自分で出来るようになっていた。夕食だけは作ってくれたけど、朝に時間がないのは仕方がないし。

「だいちゃーん。起きてるー?」

 由奈はお袋から妙に信頼されていて、合鍵まで渡されていた。
 そんな声で起こされることも多かった。
 なんだかんだ悪い気はしていなかった。
 小学校高学年の頃、心配する両親に
 「これから朝ご飯は自分で作るから。仕事の方頑張って?」
 そう言って、二人に手間をかけさせないように誓った。
 でも、両親の居ない朝は寂しくて、それを埋めてくれたのが彼女だった。
 
「朝食はもうすぐで出来るから待っててねー」
「ガキじゃないんだから一人で出来るっつーの」

 そんな軽口も頻繁だった。

「そんな事言って栄養バランス考えないでしょ」
「たまにカップラーメン食べたっていいだろ」
「そういう考え方がいけないの。私がついてなきゃダメだね」
「好きにしてくれ」

 糠に釘。暖簾に腕押し。

「大ちゃんは感謝が足りないなあ。こんな美人で可愛くて、体型もスマートな女の子がお世話焼きに来てあげてるのに」

 由奈なりの軽口というやつだ。概ね事実なのが悔しいが。

 努力家で定期的な運動を怠らないから無駄な贅肉はつかない。
 容姿も身内贔屓だけどクラスで一番と言っていいくらい。
 笑顔だって容姿が半端なく整っているから、アイドル顔負けだ。
 他の男どもが惚れ込むのもよくわかる。
 性格だって可愛らしいところがいっぱいある。
 意外に涙もろかったり、からかった時の反応が楽しかったり。

 雑談で告白された話をされることもあったけど二桁いってるんじゃないか?

 でも素直に肯定するのも負けた気がして、

「自分で言ってりゃ世話無いぞ」

 話を逸らすのが常だった。

「もう本当に素直じゃないなー」

 やっぱり幸せそうに言うのが由奈だった。
 それを見ると俺もどこか心が温かくなるような気がしていた。
 家族以外で唯一そんな風に接してくれるのが由奈だから。
 一人っ子だけど、姉が居たらこんなのかもしれないな。

「行ってきまーす」
「誰もいない家なのに」
「由奈に言ってるつもりだったんだけどな」

 なんだかんだ一人での登校は寂しい。
 こいつも寂しがりだからお互い様だけど。
 二人で寂しさを埋め合うのだって悪くない。 

「そっか。ありがとう」

 由奈は短い言葉で返すだけだった。
 
 12月の初旬。とっくに冬服になっていて、手袋にマフラーとコートは標準装備だ。山間にある地方都市なここは盆地気候というやつで夏は暑くて冬は寒い。

 手袋にマフラーまで由奈の手作りだ。
 彼女でもないのに恥ずかしいと押し返そうと思ったこともある。
 でも、由奈が悲しむのはわかってるし。

「ほんっと寒すぎ。歩いて学校行けりゃいいのに」

 歩いて10分のバス停からさらに20分程。
 しかも、公共交通機関がバスなせいかいっつも満員。

「いい加減あきらめようよ。あと二年はこのままだし」

 今は高校一年生の3学期が始まったばかりの頃。
 由奈の言っていることはそのままの事実だ。
 
「徒歩通学の奴がうらやましいんだよ」

 隣同士でバス停まで歩きながらの何気ない会話。
 こんな寒い朝も二人でいれば割と楽しい。
  
「まだ先だけど大学はどうするの?」

 家から通うつもりはないの?ということか。

「出来たらアパート借りたい。大学に徒歩0分が希望」
「そんな都合の良い大学ないって」
「マジな話、関東の筑峯つくほう大学はそんな感じらしいぞ」
「嘘でしょ」

 露骨に警戒される。
 由奈は結構騙されやすいから。今度こそ引っかからないぞ、というところか。

「これ見ろって。筑峯大学の学生ブログ」

 スマホをぽいと手渡す。
 じいっと画面を見つめたかと思うと、

「ほんとだ……」
「だから言っただろ?」
「その勝ち誇った顔がやだ」
「それはおいといて」
「おいとかないでよ」
「筑峯大学狙えるならありかな」
「アパート暮らしかあ……」

 どこか寂しそうな声だった。
 由奈は何を思っているんだろうか?

「大学どこ行きたい?」
「私も……筑峯大学アリかも」
「うええ。大学にまでついてくる気かよ」
「大ちゃん生活能力皆無だから心配になるよ」
「うっせえ。俺だってやれば出来るっつーの」
「そんな事言ってる内はまだまだだね」

 この調子だと、本当に大学までついてきそうだ。

(でも、そんな大学生活も悪くないかもな)

 満員バスで息苦しいけど。
 同じように苦しそうで、でも笑顔の由奈を見て思った。

「おはよー」
「おはよー」

 揃って教室のドアを開けて入ると、

「いつもだけど夫婦揃って仲いいな」

 友人にはそうからかわれるのが常だった。
 俺たちも慣れたもので、
 
「前から言ってるだろ。こいつはオカン」
「せめて姉にして欲しいな」

 なんて言い合ってると。

「お前らからかいがいがないな」
「もうちょっと照れるものじゃないの?」

 つまらなそうな友人たちを、

「腐れ縁って奴だよ」
「もう。素直じゃないんだから」
「言ってろ」

 そんな風にいなして席につくのが日常だった。

 一度席につけばお互いは別世界。
 俺はゲームが好きで手芸には興味がない。
 由奈は手芸が趣味で反対にゲームには興味なし。
 そんな事もあって学校では由奈とは案外しゃべらない。
 普通の友達と違うのはそういうところかもしれない。

(クリスマスプレゼントは良いもの考えてやろうかな)

 感謝を言うのは照れくさいけどまあたまには。
 今年は何にするかな。
 
(俺も手編みでもやってみるか)

 手先は器用な方だし家庭科で習った最低限のスキルはある。
 家族のような相手に手編みの手袋くらい送ってもいいだろう。
 つまらない授業に定評がある現国教師の言葉を聞きながら考えていた。
 まさか、その日にあんな陰口を聞くなんて思ってもいなかったけど。


 それは昼休みの事。
 学食でゲーム好きな友達と今度出るスマホゲーの話をして教室に戻ろうとすると、何やらひそひそ声が聞こえて来た。

「由奈ちゃん本当は大介君の事好きなんじゃないの?」

 由奈の友人である美咲みさきの声だ。
 噂話が大好きな奴で俺は少し苦手にしている。

「別に昔からの付き合いだからってだけだよー」

 困ったように追及を躱す由奈の声を聞いて、

(変わった関係は周りから理解してもらうのも大変だよなー)

 最初はそう思っていた。
 男女が一緒に居れば周りはすぐ恋愛に結び付けたがる。

「毎日起こしに行って朝ご飯まで作ってあげるんでしょ?」
「どこから聞いたのその話?」

 確かに。その辺はクラスメートにすら明かしていないはず。

「いいから。理由は?」
「うーん……」

 どう答えたものかしばらく悩んでいるようだった。
 そりゃそうか。高校生の女子が男子の家に足しげく通う。
 家族のようなものだから、というのは理解してもらえないかもしれない。

「ちょっと言いづらいんだけど。大ちゃんは私がいないと色々ね」

 え?なんだよ、その言い方。
 唐突にナイフで心を抉られたような気分だった。
 アレはこいつだってやりたいからという事だったろ?

「えー。たとえば?」
「いつも私が起こしに行くまで寝てるの。ほっといたら遅刻」

 苦笑いのような声。ちょっと待て。俺は普通に起きられるぞ?

「大介君ってそんなに?うちの弟もだらしないけど引くわー」
「他にもね。毎朝カップラーメンで済まそうとするからほっとけなくて」

 話盛り過ぎだろ。自炊する時だってあるのを遮ろうとしてきたのは由奈の方じゃねえか。俺が本当にだらしなくてお情けで世話焼かれてるみたいじゃないか。

「そこまでだらしないのなら由奈がほっとけないのもわかるかも」

 だんだんと怒りが抑えきれなくなって来た。

(いや。まだ俺が何か誤解しているかもしれない)

 たとえば美咲の追求を躱すためとか。
 廊下でスマホに集中するフリをして聞き耳を立てる。

「いい加減独り立ちして欲しいかな」

 ちょっと待て。そこはさすがにおかしいだろ。
 お互い助け合って生きて来た仲だろ。怒りが限界に来そうだ。

「じゃあさ。ほんとうにダメな弟だけど見放すのは可哀想みたいな?」
「可哀想は少し違うけど……そういう感じ」

 今までの思い出が音を立ててガラガラと崩れていくのを感じる。
 本当にお情けで世話を焼かれていたと?

 毎年誕生日パーティを開いてプレゼントを渡していた。
 繊細なところがある由奈の相談にだって何度となく乗っていた。
 二人で深夜に長電話したことも時々あった。
 俺の気持ちは一方通行だったのか?
 ならいいさ。そんな相手を見下したような歪な関係こっちから願い下げだ。
 お言葉通り独り立ち・・・・してやるさ。
 ひそかに決別の言葉を考えながら放課後を待ったのだった。


「どうしたの。大ちゃん?」

 空き教室でいつもの笑顔で話しかけてくる由奈だけど白々しい。
 全部演技だったんだろうな。俺が馬鹿だったよ。

「由奈。今日でお前とは絶縁する」

 先にそれだけを言う。

「ちょ、ちょっと待って。な、なんで!?」

 手が震えて明らかに冷静さを欠いていた。

「「いい加減独り立ちして欲しい」んだろ?望み通りにする」

 昼休みの言葉を脳裏に思い浮かべながら冷たい視線で見据える。

「それは大ちゃんの誤解で……」

 言い訳がましいな。

「何の誤解だっていうんだ?説明つかないだろ」

 最初の方だけならあるいは誤解と言えたかもしれない。
 でも、独り立ちして欲しいは心に刺さった。

「だってその……わかるでしょ?付き合い長いんだし」
「わからねえよ。何で俺が朝食も作れないダメ人間設定になってるんだよ」
「それは……話の流れっていうやつで」
「起こしに行かないと遅刻するんだろ。大した世話焼きだ」
「傷つけてごめん。でも、その……」

 一体何が言いたいんだ?

海原うみはら。見苦しいって」

 言い訳に言い訳を重ねられると辛い。

「私の気持ち……ぜんぜん伝わってなかった?」
「昼休みの件で正しく伝わったけど」
「そういうのじゃなくて……」
「無理してダメ人間の世話焼かなくていいから」

 そう思った。俺の人を見る目の無さが嫌になる。

「ごめん。じゃあ言い訳はしないから。チャンスをもらえない?」

 懇願するような響きだったけど本当にわけがわからない。

「仕方なく世話を焼いてたんだろ?なんのチャンスだよ」
「友達でいるための。縁を切られたくないよ……!」

 涙を流し始めた海原。泣くのはズルいだろ。
 俺が何か悪いことをしたのか?

「……本心隠したままだと無理だな」

 関係を茶化されるのが恥ずかしいってのは俺も考えた。
 でも、適当にあしらえない程由奈は不器用じゃない。
 
「でも……今言ってもきっと伝わらないし」

 苦しそうだけど俺の方がお前のせいで苦しいんだぞ?

「言えよ。本当に俺が誤解してるなら」

 本当にしんどい。
 説明が納得いくのだったら縁を切らなくてもいいかもしれない。
 でも、言えないのだったらやっぱり縁を切るしかない。

「……ううん。ごめん。頭を冷やしてみる」

 泣きながら教室を後にする海原を見て心が痛んだ。

 どうにも後味の悪さが残ってしまった。
 でも、今までの関係が歪だったんだ。
 これで良かったんだ。

 自分に言い聞かせて納得するまで一か月はかかった。
 その後も、結局、言えなかった本心は一体なんだったのか。
 時折、そんな事を思い出すことがあった。 

◇◇◇◇

「お前がそんなに見栄っ張りだったなんで初めて知ったよ」

 あの日に本音が出てこなかった理由がようやくわかった。
 実は好きで……とか言ったら美咲の事だし噂にするかもしれない。
 にしても、俺の頭が冷えた頃に……って俺が全部連絡拒否ったのだったか。

【世話を焼きたかったのも、好きだから。喜んでくれてたのがわかったから】

 そうだよな。結局、そうなるわけだ。

(俺も鈍感にも程があるよな)

 当然のように一緒だったから気づかなかった。

(しかし……)

 あいつもめんどくさいやつだな。
 少し涙が出てきた。発端はそりゃ由奈のせいだ。
 でも、こちらから後日に真意を問いただしても良かったわけで。
 そして、積み重ねた時間を信じられなかったことも。
 あいつのは確かにひどい言い草だった。
 でも、今まで支え合って来たことはわかっていたはずだった。
 
 そして。言葉にされて俺も気づいてしまった。
 由奈の事が異性として好きだ。
 ようやく理解出来た。家族のような「好き」もきっとあるけど。
 
(しょうもない事で一年間ふいにしてたんだな)

 ほっとしていたところ。最後に、

【P.S. これがラストチャンスのつもり。もしも私の気持ちを受け入れてくれるなら。何でもするから付き合ってください】

 爆弾発言があった。
 「何でもするから」か。ある意味由奈らしいというか。
 なら、いい機会だし一つだけ大きな約束をしよう。

◇◇◇◇

「寒い寒い。なんでこんな時間に待ち合わせするかなあ。俺も」

 時刻は午後九時。寒いのなんの。
 手紙を読んだ俺は居てもたってもいられず。
 ラインのブロックを解除して、

【手紙読んだ。一年間ずっと誤解してた。仲直りしたい。手紙の件も返事したいからバス停近くの公園で待ってる】

 それだけを送信した。

【ありがとう。私も覚悟決めて行くから】

 一体何の覚悟を決めてるのやら。

 俺たちが登校に使う最寄りのバス停はただ一つ。
 その近くにあるベンチがいくつかあるだけの寂しい公園だ。
 ベンチに座って二人でどうでもいいことを話し合ったりする事も多い。

 一年間分の罪悪感も、気づいてしまった好きも、ちょっとした悪戯心も。
 そんな気持ちをないまぜにしつつ手持無沙汰でいると。

「お待たせ。大ちゃん。ご無沙汰だね・・・・・・

 ベージュのコートを羽織った由奈が嬉しそうに駆けて来た。
 こいつの笑顔を見るのも一年ぶりだな。

「アレは俺も悪かった。つか、調子戻るの早いな」

 もっと沈んでるかと思ったのに。

「許してくれてホッとしたの。なんだか一年前に戻った気分」

 俺だって一か月は引きずってたし、漠然とした寂しさはずっとあった。
 由奈はそれ以上だっただろうな。

「とりあえず座れよ。返事もしたいしさ」
「寒いんだけど」
「こっちも寒いんだよ」
「ま、いっか」

 ロマンチックさの欠片もないうら寂しい公園。
 ベンチで二人座っている男女を見て通行人は何を思うだろうか。

「本当に良かった。私の事どうでもよくなったのかなって思ってたし」

 手に息を吹きかけて温めながら幸せそうな顔だ。

「無理だった。お前が俺の心に入り込み過ぎなんだよ」

 由奈が居ない登校風景や下校風景。
 独りで起きて独りで朝食を作って食べるのは味気なかった。
 そのたびに「俺はダメ男じゃない」と言い聞かせていた。
 ひょっとしたら、既に骨抜きにされていたのかもしれない。

「とっくに大ちゃんの心をゲットしてた?」

 俺がどう思ってくれてるのか確信できなかったけど、と。
 少しはにかみながらの言葉。可愛い。

「悔しいけど降参。今も大好きだ」

 家族以上にお互いの心の中に入り込んでいた。
 親父もお袋も由奈との一件は色々気にしてくれてたし、一人俺を朝置いてくことを以前にも増して気にしてくれるようになったけど、小学校以来抱えていた漠然とした寂しさはきっと由奈しか知らないだろう。

 ま、寂しがりなのはお互い様だったけど。

「大好き、大ちゃん。ってダジャレみたいだね」
「雰囲気ぶち壊すなよ」
「冗談。大好きだよ」
「仲直りから早すぎないか?」

 なんで一年間の事がなかったかのようになってるんだ。
 わかってはいるんだ。許したかったけど、ずっとモヤモヤしてた。

「やっぱり家族愛みたいなものもある…のかも」
「手紙で好きなだけとか書いといて」
「もちろん本音だけど、1か0かじゃないの!」
「わかってるよ」

 自然とお互い笑いあってた。

「はあ。馬鹿らしいことで喧嘩してたよな」

 しかし、これで復縁か。
 いや、告白しあったのだから恋人同士?
 なにはともあれその前に言っておかないと。

「「何でもするから付き合ってください」ってあったよな」
「必死だったの。言葉の綾ってことでなんとかならない?」
「無理。こっちから条件つけさせてもらうけどいいよな?」

 どんな要求をしようか。

「お願いだから妙な要求はやめてね?」

 少し引き気味になってる由奈が面白い。

「手紙の中の必死だった由奈さんはどこに行ったのかなあ」
「あれはその。深夜に書いたから色々……!」

 顔を真っ赤にしちゃってまあ。
 でも、深夜に書いたなら少し納得だ。

「さてさて。何をしてもらおうかなー」
「大ちゃんの笑顔が怖い……」

 くくく。笑顔が引き攣ってる。
 せっかく権利を手にしたんだ。
 使わないのももったいない。

「エッチな要求だったらどうする?」
「それは……大丈夫だけど。どんなの?」

 OKなのか。おいおい。

「言ってみただけ」
「私をイジメて楽しんでない?」
「いつも姉貴ぶって来たしちょっと楽しいな」
「大ちゃんにサドっ気があるって初めて知ったよ」
「俺も初めて知った」

 というのはともかく。

「ラノベ的なシチュエーションを再現したみたいんだけど」
「……あまり妙なのじゃなければ」
「冗談だ。本命のお願いは既に決まってる」
「そういう焦らしはやめてよ」
「別にいいだろ。お前の言葉に一年間振り回されたんだぞ」
「……わかった。もう、好きなだけ焦らして」

 さすがに降参したらしい。

「本命のお願いってか約束だけど」
「う、うん……」

 ごくりと生唾を飲み込む音が聞こえた。
 一言一句を聞き漏らすまいと由奈も真剣だ。

「お互いに別れるの禁止。効力は一生な」

 言い切ってしまった。

「えーと……プロポーズ?」
「理解が早い」
「でも……まだ高校生だよ?」
「事実婚的なものでいいから」
「じゃあ……不束者ですがよろしくお願いします」

 秒で俺の方に向かって頭を下げられた。

「もうちょっと悩んでいいんだぞ?」
「妙なお願いだったら悩んだかも」
「プロポーズは悩まないのか」

 お互いに本当に重い。

「だって。きっと、私は他の誰にももう恋出来ないから」
「俺も無理だろうな。誰かさんが世話焼いてくるから」
「大ちゃんもわかってて受け入れてくれたんでしょ?」
「もちろん。鍵っ子なのはお互い様だからな」

 実は由奈の家も両親が共働きなのだ。
 だからこそ、俺たちは家族のようなものでもあったし。
 だからこそ、あの言葉に裏切られた気持ちにだってなった。

 お互いの両親が俺たちを引き合わせた経緯も以前に聞いたことがある。
 同じ年頃の子ども同士で仲良くしてくれればだとか。
 由奈の両親にも一年間心配かけたな。

「だよね。以前にその事話した記憶もあるんだけど」

 そう。何気ない日常の中に埋もれていた記憶だけど。

「一度だけ聞くけど。俺に世話焼いてるときはどういう気持ちなんだ?」
「一度しか言わないよ?」
「あ、ああ」
「世話を焼かせてくれてありがとう、かな。ほら。私も寂しがり屋だから」

 そんな会話を交わした記憶がある。

「お前も根に持つなー。俺も今思い出したけど」
「二度と忘れないでね。旦那様」
「お前も今回みたいな事は禁止な。お嫁さん」
「お嫁さんにお嫁さんって言う旦那様は居ないよ」
「そこはどうでもいいとしてだ」

 残りは明日からのことだ。由奈の居ない朝はしっくり来ない。

「明日からまた通い妻・・・やってくれるか?」
「言い回し!」

 やっぱり彼女はからかうと反応が面白い。

「実質的にそうだろ」

 由奈みたいに弟の世話を焼く姉なんてそうそう居ない……はず。

「だから言葉にしないで!」
「これからは通い妻ちゃんとでも呼ぼうか」
「明日からは関係が逆転しそうなんだけど」
「でも楽しそうじゃないか?」
「否定しないけどもやもやする」

 溜息をつきつつ恥ずかしそうなこいつは今までと違う可愛さがある。
 明日からが楽しみになってきた。

「一つだけお願いしてもいい?」
「ん?」

 そういえば、さっきから顔が紅潮してて息が荒いような。

「キス……したい」
「お、おう」

 いずれはと思っていたけどこのタイミングでかー。

「嫌?」
「緊張するだけ」

 ともあれキスだ。
 
「こうして、目を閉じればいい?」

 目を閉じて上を向かれる。

「たぶん」

 非常におそるおそるだったけど。
 なんとかかんとか唇同士をあわせたのだった。
 由奈が食べたっぽいドーナツの味がした。

「初めてのキスはミスドのドーナツ味だったな」
「夕食の後にドーナツ食べたせい……歯、磨いた方が良かった?」
「これはこれで」

 初めてのキスはミスドのドーナツ味だった。面白い。

「思い出話のネタに出来そうだとか思ってるでしょ」

 もう、ほんとにこいつはと言いたそうな目だ。

「読むなよ」
「これでも付き合い長いから」

 しかし、思い出話にするにはオチが弱いな……。

「あ、そうだ!」
「なに?」
「あの封筒と便箋はなんだよ。親父への手紙かと思ったぞ」

 真意を聞いておきたかった。

「言わないと駄目?」
「「何でもするから付き合ってください」」
「もう消費したよね?」
「今日中は有効ということで」
「白無地は……あなたの色に染まります。的な?」

 今までに見たことがないくらい顔が真っ赤っかになっている。
 あの手紙に本当に全部注ぎこんだんだな。

「本当に深夜のテンションだったんだな」
「もう思い出させないで―!」

 こうして修復不可能だと思っていた俺たちの関係は―
 二度と切れない関係になったのだった。

 明日の朝。こいつが迎えに来たら早速からかってやろう。

「おはよう、通い妻ちゃん」って。

 きっと、恥ずかしくて何も言えなくなるに違いない。
 毎日そんな事が出来るかと思うと今から顔がにやけて来た。
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