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幼少期編
舞踏会の後に①
しおりを挟む舞踏会で起きたシャンデリア落下事件の日、
どうやら思わぬハプニングのせいで舞踏会が終了した後には貴族たちが我先にと急いで帰り支度をしている。宮殿の外では帰りの馬車が何台も列をなしており王城の門までかなり渋滞していた。
そんな渋滞とは無関係に舞踏会の会場から離れた宮殿の一室にはあのヨーゼフがいた。また彼の側には側近と第二王子派の貴族がいる。
ここにいるのは全てアレク暗殺に関わった者たちだ。王子暗殺失敗の反省会なのか、ヨーゼフは部屋に入る前から不機嫌を隠さず怒りを露わにしていた。
「くそっ!!あの小僧にあそこまで強力な魔法が使えるとは思いもよらんかったわ!」
部屋に入るなり、ヨーゼフは苛立ちを抑えられず大声で喚き散らかした。
「あのシャンデリアでうまくいけば二人とも消せると思っておったのだがな。まさか王子が魔法を使って邪魔するとは思わんかった。ガルシアから魔法を師事していたとは聞いておったがあそこまでの力を持っておったとは・・・」
「そうですね」
返事をしたのはアイリーンにダンスの申し込みをした男だった。眉目秀麗の優男は爽やかに微笑みながらヨーゼフに同意する。
「どうせ能力もない王子がせめて魔法師総帥の名を借りて自らの王族たる立場を得ようとしておったのだとばかり思っておったが」
違っていたようだ。
ヨーゼフはその時のことを思い出す。
あの巨大なシャンデリアが、
相当な重量を有するあのシャンデリアが、
なんとアレク王子の行使した竜巻のような風魔法でいともたやすく吹き飛ばされてしまったのだ。
その時はヨーゼフもまさかそんなはずはと口をあんぐりと開けたまま、何も出来ずにその光景を見ることしかできなかった。
しばらくして我に帰ったときようやく自分たちが暗殺に失敗したのだと気付いたほどに驚いてしまった。また驚きすぎて鼻水とよだれが垂れていたのにも気づかないぐらい、とにかく人生で一番驚いたのではないかと思うぐらいに驚いてしまった。
こんな醜態を晒したのは歴戦の英雄と呼ばれたヨーゼフにとって初めての経験だった。
そう、故に今回の結末は彼にとって屈辱でしかない。
「無詠唱で魔法を行使していましたな」
「うむ、あの若さで無詠唱とは、王国魔法師でも数えるほどしかいないというのに」
「あのような凡愚に力を与えるとは、王国の先行きが危ぶまれますな」
「やはり早く手を打たねばなりますまい」
「しかし我々が送った暗殺者たちは全て返り討ちにされてしまったではありませんか。これからどうすれば良いのでしょうか」
ヨーゼフの企みに手を貸した者たちは口々に語る。しかし誰一人この状況を覆すほどの妙案を思いつく者はいなかった。
「うーむ、・・・クレメンスよ、何か策はあるか?」
クレメンスと呼ばれた眉目秀麗の優男はヨーゼフの問いに何か思索を巡らせるような仕草をしている。
「そうですねえ。無いこともないですが」
「申してみよ」
「私が学園の教師となって王子暗殺の機を伺うというのはどうでしょう」
「なんだと?」
「来月、王子は王立学園に入学いたしますし、あそこでは王族であっても学生寮で生活することになっていますので、内部に入り込めば機会はあるかと」
「なるほどな。それならばその手で話を進めよう。ただ学園長は元王女だから気をつけておけ。ワシは仲間の教頭の方に話を通しておく」
「わかりました」
「しかし暗殺には失敗したが、あのシャンデリアの落下は見事だった。どうやってあの巨大なシャンデリアを落としたのだ?」
「そうですね。これを用いました」
クレメンスは一枚の紙切れを胸のポケットから取り出した。
「それは何だ?」
「私の魔法紙です」
「魔法紙?」
「魔法陣を紙に描いておくと、あとは紙に魔力を流すだけでその魔法が使えるのです」
「なんと、そんな物は見たことがないぞ」
「はい、私のオリジナル魔法ですので」
「ならばその魔法紙を持って学園の教師の話を進めておこう」
「いえ、これは本来秘匿すべきものでして、この存在が明らかになればシャンデリアを落としたのが私の仕業だとわかってしまいます。これはヨーゼフ様だからこそお話したのです。好んでこの魔法を広めるつもりはありません」
「そうか、ならばワシからは何も言うまい。確かに彼奴らに知られていない分、その魔法でこちらが優位に立てる。わざわざ広める必要はないな」
「では仲間である私たちには教えてもらえるのでしょうな」
「そうですな。ぜひ我らにもその秘術を教えていただきましょう」
「うむ」
第二王子派の貴族たちはここぞとばかりクレメンスに群がった。
「いえ、この魔法紙は私にしか作れないものでして、皆様だけで制作は不可能かと思います。まあ必要があれば私が用意しますので、何なりと申し付けください」
「・・・それならば仕方ありませんな」
「残念ですな」
それぞれ納得できないものの、クレメンスを殺してしまっては技術を奪うこともできず渋々了承する。
その中で一部の者たちはクレメンスを拉致して牢に閉じ込めておけばと考えているようだ。
そうした輩をクレメンスは面白そうな目で見ていた。
(フフ、あなたたちの考えていることが透けて見えます。やれるものならやってみなさい。すぐに返り討ちにしてあげましょう)
クレメンスは不敵に嗤う。
簡単な手口だった。
あらかじめシャンゼリアをつなぐ鎖に切れ目を入れておく。
そして鎖に紐を簡単に結んで、火の魔法を描いた魔法陣の紙を貼り付けておくだけだ。
あとは協力者の貴族の魔法師が魔力を込めれば火の魔法によって紐は燃え、シャンゼリアの重さによって自然に鎖は切れるといった手筈だ。
魔法陣の紙はすでに燃えている。
証拠はもうない。
現代の警察ならば現場をくまなく調査して証拠を突き止めることは可能かもしれないが、ここは異世界である。
魔法は進化していても、こうした現場での検証技術は昔の中世並みだった。
よってヨーゼフたちにとって、これは完全犯罪だったのである。
♢
舞踏会の次の日。
王城内では国王の謁見の間にてアレクサンドル国王がガスタル辺境伯を呼び出していた。
「さてガスタル辺境伯よ。よく来てくれた」
「さすがに昨日の今日ですからな。ワシの孫娘のことを考えたらもう、怒りで居ても立っても居られなかったところですじゃ」
国王の前でありながら飄々とした態度でガスタルは構えていた。
「昨晩は突然シャンデリアが落下するアクシデントが起きたが、幸い我が息子のおかげでそなたの孫娘も無事怪我もなく、そしてなんとか舞踏会を終えることができた。しかし問題は解決しておらぬ。未だ犯人を捕まえることができてはおらぬからな」
「この老いぼれに何をさせようとおっしゃっられるのですかな?」
「ふむ、まずはこの者から話を聞こうか」
王に呼び出された者はヨーゼフの息子ダルタニアンであった。彼は王国騎士団の白金騎士で副団長の立場にある。
「失礼いたします」
ダルタニアンが入ってくるとガスタルの機嫌が一気に悪くなる。
「ふんっ!」
「これはこれはガスタル辺境伯、しばらくお会いしておりませんでしたがどうやら変わらずお元気そうですな」
「キサマとは話しとうないわい」
「私の父と仲違いされておられることは十分承知しておりますが、今回はそういうわけにもいきませんので」
「さてダルタニアンよ、話してもらおうか」
「御意に」
アレクサンドル国王の指示のもとダルタニアンは昨日の経緯を話し始めた。
アレク王子の頭上に落ちたシャンデリアの件。
ヨーゼフが以前からアレク暗殺を仄めかしていた事。
息子であるダルタニアンがヨーゼフのアレク王子暗殺の企てを止めていたが、まったく言う事を聞かず、しかもダルタニアンを領地に入れなくさせていた事。しかも久しぶりに王都へやってきたと思ったら第二王子派と交流を深めて何かよからぬ事を企てていたこと。
そして舞踏会に現れたかと思えば、タイミング良くアイリーンの上にシャンデリアが落ちるという事件が発生したのだ。
動機、
アリバイ、
証人、
ある程度、ヨーゼフの罪を立証できる材料は揃っていた。
しかし、
「動機があったことはわかった。確かに第二王子派の連中とその筆頭に担がれたヨーゼフはアレク王子を亡き者にしようと画策しておったのはワシでも知っておる。しかしだ。証拠がないのでは捕まえようがあるまい」
もしここにヨーゼフを召喚したとしても知らぬ存ぜぬでしらばっくれるだろう。ガスタルとしてもヨーゼフを無理やり捕まえて尋問したいところを我慢しているのだ。
実は他の部屋では第二王子派の貴族たちがすでに数人尋問を受けていた。
しかし、みんな口を揃えて証拠はないだろうと開き直っていたのである。
しまいには、
「私たちを疑ってただで済むとは思うなよ!」
などと粋がっている者もいたのだ。
白金騎士団の騎士たちも対応に困り始めた。
なにしろ証拠を提示出来なかったからである。
いざとなれば強引に罪をなすりつけることもできるのだが、それでは王の名を汚すことになると無理は出来なかった。
特にヨーゼフは元英雄であり、名誉を汚すには余程の罪でなければ立証して断罪するのは難しい。
ということで何か突破口はないかとアレクサンドル国王はダルタニアンとガスタル辺境伯を呼び出したのだ。
ガスタルは悔しそうに歯噛みしている。
アレクサンドル王も彼と同じ気持ちではあるが、国王として安易な行動は避けるべきだと自らに言い聞かせている。
「まあ、すぐに捕まえることが出来ないからといって焦るのは禁物だ。不用意に動かずとも、今回の暗殺が失敗したということは、どうせまた次の機会を狙ってくるであろう。その時が来たなら必ず潰すのだ」
「そうですな。かならず奴らを始末してやりましょう!ダルタニアンよ。聞いておったのなら頼んだぞ?」
「・・・はい、承知しました」
「なあに、王国のためならば身内を裁くのは仕方あるまい。ワシの息子たちもよからぬことに首を突っ込んでおるようだからな。その時は頼んだぞ?」
「ガスタル辺境伯よ。あまり彼に無茶振りをするでない。まあ私も今回の件で第二王子派の貴族たちには煮湯を飲まされたからな。証拠を掴み次第、奴らには相応の報いを受けさせるつもりだ」
「そうですな」
フフフ・・・、
ふははは!!
国王と辺境伯が悪人面をして高笑いする中、忠臣たるダルタニアンは冷や汗をかきながら自分は自分のやるべきことを為そうと考えるのであった。
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